序
そんなに長くないです。
明け方、寂れた商店街の片隅で。
彼は手にしたピックで弦を掻き鳴らし、叫ぶように歌っていた。
寒風がびゅうびゅうと吹きすさぶ。空き缶が風にあおられ、からからと転がった。
ジャンジャカ、ジャンジャカ
ジャンジャカ、ジャンジャカ
彼は手にしたギターを遮二無二掻き鳴らして歌う。
叫ぶように。
喚くように。
泣くように。
彼は、歌う。
彼の歌を聞くものは誰もいない。
たまに彼の前を横切る人は、眉を顰めるように通り過ぎるだけ。
うるさい青二才の戯言だと失笑し、嘲笑し、煩わしげに通り過ぎるだけ。
それでも、彼は歌う。
誰が聞いてくれるに関係なく。
誰も聞いていなくてもどうでもよく。
彼は歌う。
明け方の寂れた商店街の隅で、ただただ独りで。
それは、叶わなくとも手を伸ばし続ける、神に首を垂れる祈りのようだった。
◆
響生鳴彦は、先ほどまで掻き鳴らしていたギターをケースにしまい始める。
今日もギターでの稼ぎは数百円ほど。コンビニに寄っただけで消え飛ぶ金額だ。
しかし、生活には関係ない。これでもフリーターとしてそこそこの金額は稼いでる。たとえ夢で稼げなくとも、現実は生きていけるのだ。
ギターケースを背負い、目を瞑って深く息を吐き出す。
どうにもならないことは、きっとたくさんある。
中学からギターを始めたけど、ヘタクソで最後まで秘密にしてしまった。
高校ではクラスに馴染めず三年間を過ごした。
大学で今度こそはと軽音部に入ったけど、高校以上にその場にいた連中となじめず、三日とかからず行かなくなった。
就職してからは、ゆとりだなんだと先輩に影でバカにされ、大好きなギターも満足に引けなくて、結局一年で辞めた。
そして、現在。
しがないコンビニのアルバイト店員で生計を立て、深夜のバイト上がりにギターを独りで掻き鳴らしているだけの日々。
バンドは組みたいと思った。今も思っている。でも、現実的に友達もいない、知り合いも少ない、いてもこのヘタクソな演奏で誰かと一緒に音楽を創り上げることには抵抗がある。
だから、誰とも組めない。
故に、ほとんど聞く人のいない明け方の、誰も通らない寂れた商店街の隅で弾いて歌って自分を慰めている。
目を瞑ったまま、もう一度大きく息を吐き出す。
「…………よし」
それは、しぼんだ風船の栓を再び結ぶような決意。内に込めたものが噴き出さないように、固く締め付ける決意。
そして彼は目を開く。
いつのまにか彼は、見知らぬ城下町の一角にいた。