以津真天 最下
おぼろの声を聞いて二人が急いでその場に戻ると、そこには戸惑う柄之介と、上空から聞こえるおぼろの声。見ればおぼろは、巨大すぎるカギヅメに引っ掛かっていた。首は蛇のように長く、尾もまた鳳凰のように長い。まるで人間にクチバシがついたような顔でこちらを睨む怪鳥は、夜空に向かって鳴き叫ぶ。
「イツマデッ!! イツマデ、イツマデ、イツマデェエエエッ!!」
あまりの大きな声に、二人は耳をふさいだ。だが、二人はすぐに憎き怪鳥を睨みつけ、先ほどのように刀を心臓めがけて投げつけた。そして刀は、再び怪鳥の胸に突き刺さった。
だが、怪鳥は何もせず、ただただ鳴き叫び続けている。
「……妖刀が効かない」
そう呟いた陸奥は、慌てて後ろに退いた。次の瞬間、陸奥のいた場所に巨大な足が振り下ろされる。
二人はいつものように忍具と傘に手をかけようとしたが、手ごたえがない。先ほどの勝負の際、老いて来てしまったのだ。
「チッ 万事休すか」
そう呟いた途端、おぼろが上空でぶらさがったまま、二人に声をかける。
「お二方! 風天丸様なら、もうこの鳥さんを帰らせてますよ!!」
弟子の風天丸に抜かれた白。技で風天丸を圧倒する癖に、肝心な妖怪退治ができぬ陸奥。そう考えると、二人の闘志は先ほど以上に燃え上がった。二人は無愛想に顔を合わせ、嫌悪感むきだしの視線をぶつけあう。
「……あの妙な鳴き声に、アレをなんとかする方法が隠されているはずだと私は思うが?」
「……同感。おそらく……」
陸奥の言葉を聞こうと耳を傾けた柄之介とおぼろだったが、その鳴き声に阻まれて何も聞こえなかった。だが白は聞き取れたのか、突如として二人は巨大な怪鳥に向かい、正面から走っていく。
『む、無茶でござるッ 丸腰でござるぞ!?』
柄之介がそう思った時、二人は同時に高く跳躍し、白は空中で陸奥の襟首を掴んで怪鳥に投げつけた。
陸奥は怪鳥の首に乗り、そのままその鼻先へ飛ぶ。
怪鳥は当然嫌がり、その鎌首を振り回す。陸奥はそれをぐっとこらえると、怪鳥に向かって告げた。
「戦はもう終わった。今は、平和な世」
その言葉を聞くと、怪鳥は目を大きく見開いて黙りこくった。
「…………ケケ、ケケケ……ケーッケケケ!! ヨウヤク! ヨウヤク!! ヨウヤクゥウウ!!」
その途端、怪鳥の体が突然太陽にも劣らぬ光に包まれた。光に包まれた怪鳥は、徐々に粒子となりながら天へ昇っていく。すると、光の中から突如として怪鳥とは別の、無数の声が聞こえてきた。
「ありがとよ。終わったんだな」
声たちはそう呟くと、天へと昇って行った。
「……戦が長引くのを案じて鳴いていた。平和になったのがつい数年前。仕方ない」
白が呟くと、おぼろがかけて戻ってきた。そして、真っ先に白と陸奥に抱きついた。
「やはり! お二方は風天丸様のお師匠様とご友人! まごうことなき“テダレ”の方々なのです!」
「……友人になったつもりはない」
陸奥は自分の傘を拾い上げると、しばらく考えてその場に落ちていた白の忍具も投げ渡した。
「引き分けにしてあげる」
そう呟くと、陸奥は一人で江戸の方の闇へと消えて行った。白は「不器用な奴だ。……私に似てな」と独り言のように呟くと、次に柄之介を見た。柄之介は安心したように、地面に書いた文字を指差す。
『かたじけない。これでようやっと、成仏ができそうでござる』
「それは困るぞ。契約は守ってもらうからな」
「お師匠様、なんだかその台詞、陸奥ちゃんみたいなのです」
○
「いやぁ、大助かりですよ! 「落ち武者の霊との対談! 幽霊が語る戦の真実」大好評です!」
「そりゃよかった。……お礼なら、おれの師匠の植木屋に言ってくれよ」
スズは風天丸への固い握手を終えると、後ろにいる柄之介を指差した。
「いやぁ、それにしてもこの幽霊さん、中々どうして凄い人なんですよ。なんと一瞬にしていろんな場所に行けるんですって!」
スズは触れぬ柄之介に肩を組むふりをすると「これで“千里聴”でなく“千里眼”も手に入れたようなモンですよ!」とその小さな背で大きく笑っている。
風天丸はクマの取れた顔で朔の方を見ると「どうだ、俺だってやるだろう?」と得意げな顔をして見せたが、朔はすぐに風天丸のおでこを突っついた。
「なーにしてやったりって顔してるのよ。お師様がやったんでしょ」
「ど、どこで知ったんだよ……」
「あんたさっき「礼ならお師様に」って言ってたじゃないの、馬鹿ね」
「最後に馬鹿って言うなッ 師匠かよお前はッ」
朔は「師匠じゃないまでも、アンタよりは優等生よ」と笑うと、買いあさった大量の野菜を背負って南雲亭へ帰っていく。風天丸は「チェッ」と舌打ちをすると、柄之介を見てふと言葉を投げかけた。
「なァお前、もうこの世に未練はないんだろ? なんでまだこんなところをウロウロしてんだよ」
その言葉を聞くと柄之介は驚いたように紅くなり、しばらくモジモジとした後地面に文字を書いた。
『未練ができ申した』
小さすぎる文字を読んだ風天丸は「まさか」と顔を上げ、そしてにぃっとにやけ顔になる。そして、向こうで瓦版をばらまくスズを見た。
「お前もなかなか隅に置けねえじゃねえかよ、このこの!」
からかわれて恥ずかしくなったのか、柄之介はあわてて再び文字を書いた。
『それより、先日の方にお礼が言いたい。今、どこにいるでござろうか』
「師匠か? 師匠なら今日は、仕事がないから火島屋で飲むってよ」
思ったより長くなってしまいました。さて今回のタイトルですが、ちゃんとした妖怪の名前で「いつまで」と読みます。タイトルにしたのは今回のメインだからのはずなんですが、どうにも柄之介の方が目立ってしまいましたね。
このイツマデ、戦の長引く世の中に向かって鳴いているという説もあれば、死人を放っておいている戦場へ舞い降り「イツマデ死体を置いておくのか」という意味で鳴くとも言われているそうです。僕の好きな妖怪の一体です。