毛羽毛現
春の野原。荒れて長草が生い茂っていなければ、その野を取り囲む桜も、今より綺麗に見えるだろう。
その長草をかき分けて、風天丸はきょろきょろと何かを探している。その隣には、青柳赤鬼を持たずにやってきたおぼろの姿も見える。
「どこだぁ、どこに隠れた、毛羽毛現」
「もう疲れたのです……朝からずっと探しっぱなしなのです……」
いつもならおぼろの弱音に「もっと頑張れ」と喝を入れる風天丸だが、今回ばかりは自分もくたびれたらしい。桜の木の下におぼろとへ垂れこむと、溜まっていた息を一息で吐き出した。
「はぁ……。ったく、探し物なんかを依頼してくるなってんだ。忍の仕事じゃないぜ、全く」
「仕方ないのですよ、妖怪がらみの仕事はぜーんぶやるのが、女将さんとの契約なのです」
「そりゃそうだがなあ、どこにいるかもわからない、わけのわからない物を延々と探せって言われるこっちの身にもなってほしいもんだ」
風天丸は竹筒に入った水を飲むと「少し休むか」と花弁の影の下で風に揺れる春色を仰いだ。事の発端は、例によって火島屋に依頼が来たことであった。その日“依頼”の札が落ちてきたのは、風天丸の長屋。明け方、目を覚まして上体を起こすと同時に顔に覆いかぶさってきた。
火島屋へ行くと、案の定辰子が既に待ち伏せており、わざとらしく「あら、よく来たねェ」と言ってみせる。
「今日の依頼は、いつもと比べてちと楽かもしれないけど……構わないかィ?」
風天丸は少しほほをゆるませ「もちろんだ」とうなずいた。毎晩妖怪退治をしていては日に日に長屋の妖怪は増えて行くばかり。それにその分苦情も多くなる。妖怪退治をせずに仕事を終えれるとは、なんと楽な話だろうか。
いつものように依頼書を持ってきた陸奥は辰子を通して風天丸に依頼書を渡し、風天丸はそれを覗き込んだ。
「……なんだこりゃ、“探し妖怪”?」
「なんでも、見つけると幸せになれる妖怪がいるんだとさ。金持ちのくせにそれを捕まえようってんだから、全く人間のよくってのは、そこらの沼より深いねェ」
「ケッ 江戸一番のどケチがよく言うぜ。……で、その妖怪ってのはどんなのだよ」
「“毛羽毛現”。白くて、毛が生えてる丸い奴なんだとさ」
「白くて毛が生えてる……? おいおい、まさか正体はカビた饅頭じゃないだろうな」
辰子は口にくわえたキセルから煙を吹くと、右手に持つキセルで天井にぶつかって広がる白煙を指差した。
「空を飛ぶんだとさ。そんな饅頭、見たことあるかィ?」
「ううん、なるほど。そりゃ、確かに面妖だな……」
「そうだろう? ちなみに報酬は、大層な茶器が貰えるんだとさ。今度の茶会に持って行こうかねェ」
珍しく浮足立っている辰子だが、当然風天丸も浮足立っている。白くて毛の生えたものが空を飛んでいれば、いやでも目につくだろう。風天丸は“おぼろを使うより簡単だぜ”と笑い、依頼書を持って火島屋を飛び出したのだった。
が、やってみるとこれがとてつもなく難しい。江戸中の建物の屋根に上り探したが、どこにも“空を飛ぶ白い毛の生えた物”など飛んでいない。探しているうちに町から出て、ボロ小屋の一つもない野へ出てしまった。
「日ノ本のどこにいるかもわかんねえ。どんなものかもわかんねえ。お手上げだなぁおい……」
「毛羽毛現なんて本当はいないんじゃないのです……? めーしんなのです」
「妖怪のお前らしくもないな……とはいえ、でたらめに探しても見つかるわけねえや。師匠も言ってた通り“情報を金とし、常に蓄えよ”だな! まずは情報収集だ!」
「今更すぎるのです……」
二人がそう言った途端。くたびれて風天丸の膝を枕として寝転がるおぼろの鼻先に何かが触れた。おぼろがハッとして目を開くと目の前には、重力が無いかのようにふわふわと宙を漂う白い毛が集まったようなものが触れていた。朧があわてて「あッ」と声を上げると、その声に乗ってふわふわとどこかへ飛んで行ってしまった。
「ふ、風天丸様!! け、けけ、毛羽毛現なのです! 毛羽毛現なのですよ!!」
「何ッ!? お、おぼろ、どこ行くんだッ!?」
「おぼろにお任せくださいなのです! 立派に捕まえてくるのです!」
朧はそう言うと、走って林の中に消えてしまった。風天丸はおぼろを一人にしてはまずいと思ったのか、慌ててその後を追う。しかし、なにぶん朧はすばしっこく、忍の風天丸の目の前からすぐに姿を消してしまった。
「くそ……一人でウロチョロすんなってのに……」
辺りを見渡す風天丸だが、すでにその視界には花柄の着物は映っていない。風天丸は依頼を中断し、おぼろを探しはじめた。一方おぼろは、先ほど見つけた毛羽毛現を追いかけ、林を抜けて澤にでた。が、風に吹かれてどこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「むう……どこかに行っちゃったのです……」
すると、澤から突如緑色をした顔がひょっこりと顔を出す。妖怪の中でも有名な類である河童だ。河童は、眠そうにも、キリリとしているようにもとれる目でおぼろをみると、ハッと気づいて澤から上がってきた。
「なんでェ、人間かと思ったら小僧ンところのガキじゃねえ、か」
「あ、河童の胡様! 丁度良かったのです、毛羽毛現を見なかったのです?」
「けうけ……聞いた事ねえなそりゃ、一体どんなもんなん、だィ」
おぼろは「ううん」としばらく考えると、何を言おうか思いついたようで、ポンと手のひらをうった。
「白い毛がはえてて空を飛ぶのです!」
「ああん? 聞いたことねェなァそんなもん。……いや、もしかすると知ってるかも知れねェ、ぞ!」
「本当なのです!? どこなのです、教えてほしいのです!」
胡は「ええっとなァ」とこめかみを掻くと、そのクチバシの端を“へ”の字に曲げてしばらく思案にふけった。突如目を開いたと思うと、「そうだ、そうだ」と頭の皿を上下に揺らす。
「知ってらァ、知ってらァ。最近は俺達河童ン中でも話題だ、ぜ」
おぼろはそれを聞いて目を星のように光らせると、胡の水かきのついた手を掴んでブンブンと上下に振った。
「ありがとうなのです! どこに行けばいるのです?」
「おうともよ。そこの山道をちょいと歩けば、開けた場所にでる。そこに何匹もウヨウヨしてやがるって話だ、ぜ」
「ふおお! そんなに近くにあったのですか! ありがとうなのです、今度、野菜を持ってくるのです!」
胡はおぼろの話を、天に突き出す耳に入れながら、とぷん。と水中に姿を消した。そして再び顔だけを水面に表し、おぼろの方を見た。
「キュウリは必ずもってこい、よ。それと魚も、な」
再び胡は、水面にその顔を表すことは無かった。
おぼろは胡の言葉を信じ、うっすらと河童たちによって踏み作られた雑な山道をよたよたと一人で歩いて行る。木によって作られる屋敷の長廊下のような道は、いつまで経っても終わらず、おぼろの顔に徒労と若干の不安の表情を創り出すだけだった。
「ううん、全然終わりが見えないのです……でも風天丸様の為なのです!」
と、その頃。川を泳ぐ胡の皿に、不意に小石が投げつけられた。
「……いってェ、な。小僧、嬢ちゃんはかわいらしいってのに、よ」
「その“嬢ちゃん”に用事があるんだぜ、河童の旦那。アイツを探してんだが、見なかったか?」
「探して、る? そいつァ、あの嬢ちゃんか、白くてふわふわ飛んでるモノか、どっち、だ?」
風天丸は道端で小判を見つけたような顔をして「両方だ!」と胡に言う。胡は「しっかたねェ、な」と川原に足をつけると、おぼろにもして見せたように「あっち、だ」と指差した。続けて「おんなじ道に、嬢ちゃんも走ってった、ぞ」と風天丸に告げ、ちゃぷちゃぷと音を立てて水の中に入って行く。風天丸は、水に消えて行く甲羅を背負った背中に向かい、声を張った。
「ご苦労さん、今度魚を持ってきてやるよ」
胡は首だけでぐるりと振り返ると、じっとりとした目でクチバシの端を上げて笑った。
「ヤマメは必ずもってこい、よ。それとついでに野菜も、な」
「ああ、情報が確かだったらな」
「……チェッ 嬢ちゃんより抜け目ねェ、や」
「当然だ。あいつの主人だからな」
胡が潜ると、風天丸は「さて」と意気込みのように呟くと、山道に向かって川を飛び越えた。
「……といっても、情報が漠然とし過ぎてんな。まァ、俺ならこのくらいで十分だぜ!」
自分に言い聞かせるように苦笑いを頬に浮かべながら、風天丸は木の枝に飛び乗った。するとその瞬間。自分の鼻先に、何か毛のようなものがチョンと触れた。ハッとして足を止め振り向くと、風に乗ってふんわりと空に浮かぶ毛羽毛現の姿が、そこにはあった。
「み、見つけたあッ!!」
風天丸は忍の素早さで毛羽毛現に飛びかかる。だが、毛羽毛現は蝶のようにそれをひらりとかわし、空中に漂っている。風天丸は負けじと手を伸ばすが、するりするりと掌中から抜け出し、風にゆられるばかりだ。
「くっそ……捕まえにくいったらありゃしねえ……」
が、風天丸はそこで考えた。そして毛羽毛現に向かって指をグイと動かす。すると毛羽毛現に糸が絡まった。おぼろを操る際に使うものだ。毛羽毛現は抵抗しているのか風にゆられているのか、その糸から逃れようと身をよじったが、すでに紐にくくられた秋津のように、風天丸につながる糸の中で動くのみであった。
「さて、任務完了、と。後はおぼろを見つけて帰れば、金も入るってもんだ」
すると森の向こうから自分を呼ぶ声がする。聞き慣れているおぼろの声だ。風天丸は毛羽毛現を握り締めると、おぼろの方に向かって飛んだ。
向かうと、春の野花が咲き乱れる開けた場所に出た。桜色の風が頬を撫で、誰ぞが切った古い切株の上で手を振るおぼろの髪の毛にも、その風の一片が乗った。
「風天丸様! おぼろは見事、毛羽毛現を捕まえたのですよ!」
「奇偶だな、俺もさっき捕まえてきたぜ」
風天丸はそう言って片手をおぼろに向かって突き出した。おぼろもにやにやと笑いながら、両手を背の後ろに隠している。
おぼろは「じゃーん!」と風天丸の顔に向かって、両手いっぱいに捕まえた毛羽毛現をつきだした。が、風天丸はそれを見て失笑する。
「おぼろ、これは“鼓草”っていう花のタネだ。ほら、あそこに咲いているだろ」
風天丸はそう言って、黄色く花弁を開く小さな花を指差した。おぼろががっかりしたようにその花に見とれていると、風が吹き、その手に入ったタネを飛ばしてしまった。
「あッ……残念なのです、お役に立てたと思ったのに……」
「心配すんな、一匹捕まえれば十分だぜ。ほらみろ、こいつだ!」
風天丸はそう言って手を開き、おぼろに見せつけた。だが、朧はそれを見て首をかしげる。
「風天丸様、これはただの糸くずなのです」
「何ッ!? ……本当だ。誰だッ 林の中で機織りなんかした奴はッ」
「きっと町から飛んできたのです……残念なのです……」
二人はがっかりしてその場にへ垂れこんだ。これで一からやり直し。
そう思った時、その古株に、一本の小さな矢が突き刺さった。朱色の矢を見た風天丸は「陸奥からだ」とあたりを見渡す。が、どこにもその姿は無い。
「あの野郎……大方、サボってないか辰子さんに言われて見に来たな……」
風天丸はそう言うと、矢を引き抜き、それにくくりつけられた紙を開いた。
『悪いねェ、働く必要は無くなっちまったよ。依頼主のヤツ、大枚はたいて毛羽毛現を商人から買ったんだとさ。その詫びに、例の茶器は渡して行ったよ。……金持ちは見る目がないのか、どうにも出来は寒いもんだがね』
風天丸の隣からその文章を呼んだおぼろは「腰おり損、なのです」と風天丸の背中に倒れるように寄りかかった。風天丸も「それを言うなら“骨折り損”」と、文書を丸めて投げ捨てる。
「……帰るぞ、おぼろ。こうなったら辰子さんのやろうに、茶碗の一つでもせびってやる」
そう言って立ち上がった風天丸だが、おぼろはその背中で首を振った。
「もう少し、桜と鼓草を見ていたいのです。ここに来たことを、無駄にしたくないのです」
おぼろの言葉を聞いた風天丸は、しばしの空白の後「そうだな、二人で花見としゃれこむか」と、再び切株に座り込んだ。二人はそのまましばらく、風に舞う花弁を眺めていた。
その後ろで、白く、大きな毛むくじゃらの生き物が二人をチラリと長め、花弁とともに飛びさったのを、同じく空を舞う鼓草の綿毛だけが知っていた。
今回、二人が探していた“毛羽毛現”とは、“ケサランパサラン”の別名のようです。何かのドラマかテレビ特集でそれを見た時は、翌日の通学路で「あッ」と言ってふわふわ浮かぶものを全部追いかけて行ったのを覚えています。お陰で遅刻すれすれでしたけど。
ですが、今回の二人のように、僕が見つけるのも全て、糸くずや鳥の羽だったりして、結局はゴミを追いかけて回ってたんですね(笑)教室でどこからともなく落ちてくる糸くずを見るたび、ケサランパサランがふと頭をよぎり「昔の自分なら追いかけたな」と失笑します。