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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第三章《密計の見世物小屋(コンスピラシー・サーカス)》 5

「お呼びですか、陛下」

「ああ、よく来てくれたな。アルダレス」

――また一段とやつれられたな……。

 寄宿舎の一室よりも二回りは広い部屋に簡素な寝具と収納棚、そして机と椅子だけが置かれたおよそ王城とは思えぬその部屋で、若き騎士アルダレス=ファンディエナは目の前に臥せった男の身を案じた。

 クレスエント王は戦場にて魔族の呪いを受けた。そんな巷間の噂が脳裏を掠める。

 その発生源がどこであるかは知らない。しかしその風聞が真実であり、極秘情報であるにもかかわらず噂として広がっているのは、人の口に戸は立てられないということだろう。

 とはいえ、当の本人は肉体的にやつれていること以外は覇気に満ちているような気もするのだが。

「呼び出した俺が人前に出れるような恰好ではなくてすまんな」

「私相手に何を仰います。どうか、御自愛下さい」

 その症状の深刻さから政治や軍事の表舞台に立つことを医者に止められている王の自嘲に返す言葉は本心から出たものだ。それを知る王は心地が良さそうに笑う。

「ならば、言葉に甘えさせてもらおうか。まあ、俺たちの仲だ。お前も堅苦しさは抜きにしてくれ」

 当代のクレスエント王は情に篤く、堅苦しさを嫌う気性の持ち主である。

 アルダレスが騎士団長となるより以前、戦場で窮地に陥った彼を救って以来の家族或いは友人のような関係を続けた上でそれを知ったアルダレスは王の言葉に頷いて相好を崩した。

「わかりました。それで、今日はどのようなご用ですか? いつものような晩酌は……酒は医者に止められていませんでしたか?」

「あー、それは残念な、本当に残念なことだが……今日来てもらったのは別の用事だ。まあ、これを見てくれればわかるだろう」

 深く溜息を吐いて王は自らの衣服を肌蹴た。そして曝された肉の落ちた裸身の中心――心臓のある位置に浮かんだ痣にアルダレスは息を呑んだ。

「それは……まさか、呪いの?」

 アルダレスの言葉に王が首肯し、時計の針のような形状とそこから喉元へと延びる剣のような痣を指でなぞる。

「呪いの正体までは未だ不明だが、宮廷学士の話によればこの痣は呪いが完全にこの身を蝕むまでのカウントダウンだろうという話だ。事実、この針は時計のように進んでゆくし、剣もまた日を追うごとに頭――脳へと迫って来ている」

「そんな……なにか解呪の手段は?」

「伝説が本当ならば我が宝剣で、とは思ったがな……」

 宝剣とはクレスエント王家に伝わる宝剣ヴァレンシュタインのことだろう。市井の者でも知る有名な伝承で、あらゆる魔を断ち切ると伝えられる聖剣の類である。

「奏術の才を持たぬ俺では呪いの進行を遅らせることしかできんようだ。あれを手にする資格を持つ者は俺だけだというのにな」

「陛下……せめて、リティアが王位を継承できる年齢であれば……」

「そう責めてやるな。年齢の問題は誰の責任でもない」

 現在、クレスエント王家の王位継承権を持つ者は四人。王の妻であるミリア王妃と三人の子供たちだ。

 ミリア王妃は、もしこのまま国王が逝去すれば暫定的ではあるが王位に就くことになる。

 しかし、宝剣の力を継承することができるのはラティス・マグナの直系とされる王家の血を引く者だけと伝えられる。民間より嫁いだミリア王妃が宝剣の力を行使できる可能性は薄い。

 長女のリティア王女は未だ12歳ながら弓の才に優れ、弓聖ミハエルの再来とまで呼ばれている。奏術の才能においても申し分なく、解呪の希望も持てる人物だ。

 しかし、自由で国民に信頼のある政治を行えども、王家というものは仕来りを重んじる。

 クレスエント王国では王位継承が許可されるのは成人となる17歳からであり、リティア王女は王位を継ぐことができない。となれば必然的に宝剣の継承も認められず、その力を使って父である国王を救うこともできないのだ。

「まあ、それも日々の楽しさにかまけて身を固めることを遅らせた俺自身の責任だろうよ」

 我ながら不甲斐ないなと苦笑する王にアルダレスは悔しさから拳を握りしめる。自分が敬愛する王にしてやれることは何もないのだ。

「そう自分に憤るなアルダレスよ。お前に用事が――頼みごとがあると言っただろう」

「頼みごと、ですか?」

 明日をも知れぬ身だというのに穏やかな顔の王は緩やかに頷く。

「もう俺の呪いはどうにもならんだろう。だから、後事を託すために何人かの信頼できる者に話をつけてある。お前は忙しかったようだから最後にしたのだがな」

 笑って、王は控えていた侍従に指示を送った。そして傍にやって来た侍従二人がアルダレスに中身の詰まった大きな革袋を手渡した。

「陛下、これは?」

 皮袋はずっしりと重く、都の広場で遊ぶ子供に持たせようとすれば三人がかりでなければ持てないであろうほどだ。

「備えとしての軍資金だ。もし俺の身に何かあれば――いや、俺の家族が危険に曝されると感じた時はアルダレス、お前にあの子を、     を連れ出して安全に暮らして欲しい」

「そんな、陛下!」

「これはあの子たちの父親として、友人であるお前への頼みだ」

 その頼みに皮袋を取り落とし、詰め寄ろうとしたアルダレスを王は制する。止まらざるを得ないほどの力がその言葉にはあった。

「     は城にいる人間の中でも特にお前のことを兄として慕っている。もし、ここを離れることがあっても寂しくはあるまい」

 静かな瞳で見つめられ、アルダレスは言葉に詰まる。自身のことよりも娘のことを心から案じる父親の想いを否定するような言葉を自分は持っていなかった。

「あるいは、あの子を連れ出した後にどこかの村にでも立ち寄ってあの子と村の子供を入れ替えてもらってくれ。それだけの金額を渡せば村人も納得してくれるだろうし、何よりそれが一番あの子の身の安全という意味では間違いがない。できれば、民を巻き込みたくはないがな……まあ、はは」

 一瞬だけ黙り込み、国王は何を思ったのか膝の上で手を鳴らして笑い出した。

「なに、リティアはあれでしっかりしているし、ヨシュアのことは既に別の者に任せてある。それに、俺とて何かが起こるとは限らんよ。それこそ、明日には治っているかもしれん」

「……本当に、そう願いますよ」

 張りつめた空気を弾くような軽口にアルダレスは吐息を溢し、緊張に握りしめた手を解きながらも未だ真剣な目で自分を見る国王に頷いて見せた。

「そんな時は来ないと思いますけど、あの子のことは任されました……まあ、将来このネタでリティアにからかわれるのは目に見えてますけどね」

「む、たしかに」

 そうして国王の私室には控えめながらも楽しげな笑い声が木霊した。

 これが12年前に交わされた王と彼の秘密の約束。

 そしてこの日の約束は果たされ、アルダレス=ファンディエナという男は12年の歳月を呪いにも似た約束に縛られ続けることになる。


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