ぼうやのほしいもの
今日は、ぼうやのお誕生日。
年にいちどの盛大なパーティが、今年も催されます。
ぼうやのお友達や、親戚のみんなが今年もたくさんおとずれてくれるはず。
お母さんは昨日のうちから、腕によりをかけてたくさんのお料理をつくりました。
おもてなしの準備は万端。
テーブルの上には豪華なお料理があふれんばかりです。
外側はぱりっと香ばしく、中はジューシィに焼けたロースト・チキン。
ひとくちサイズでかわいらしいハンバーグ。
もちろん、ぼうやの大好物のポテトサラダも忘れていません。ほかにもたくさん、用意されたどれもがぼうやが大好きなものばかりです。
そしてなにより、ぼうやの目の前には生クリームがたっぷり、イチゴもどっさりのった見事なバースディ・ケーキが置かれています。
パーティの開始時刻は夜の6時。
その時間が近づくにつれ、招待状を受け取った人たちが続々とやってきました。
みんなまっさきにぼうやのところへ行くと、お誕生日おめでとう、と声をかけ、きれいにラッピングされたプレゼントを手渡していきます。
ぼうやも笑顔でありがとう、と答え、プレゼントを受け取り、握手をしたり、キスをしたりと上機嫌です。
やがて、6時をすぎた頃。もうパーティ・ルームは人でいっぱい。子供たちはオレンジ・ジュース、大人にはシャンパンが振る舞われ、あとはぼうやがひとことあいさつをしたら、パーティの始まりです。
ところが、どうしたことでしょう。さきほどまではうれしそうにしていたぼうやは、お母さんにうながされても口をヘの時にして、なかなかあいさつをしようとしません。
「いったいどうしたの?みんな、ぼうやを待っているんですよ」お母さんが言いました。
すると、ぼうやはパーティ・ルームに詰めかけた人びとを見回した後、「でも、まだお父さんが来てないよ」と言ったのです。
実は、ぼうやのお父さんは単身赴任をしていて、普段は一緒に暮らしていません。
でも、ぼうやのお誕生日である今日だけは、仕事を早めに切り上げて、パーティに来てくれる約束でした。
それなのに、パーティが始まる時刻になっても、お父さんはまだ来ていません。
「電話でお話したときに、絶対に来てくれるって言ったんだ」ぼうやは不満そうです。
「きっとお仕事がちょっとだけ長引いてしまったのよ」お母さんがなだめます。「心配しなくても、すぐにいらっしゃるわ。それより、せっかくぼうやのために集まってくれた人たちを、これ以上お待たせしたらいけませんよ。せっかくのお料理もさめてしまうわ」
ぼうやはやっとうなずいて、今日はみんな、お祝いに来てくれてありがとうと言いました。
それから、みんなでハッピー・バースディを歌い、ぼうやがケーキのロウソクを吹き消します。それに合わせて、みんながクラッカーをぱん! と引き鳴らしました。
そのあとは、みんなでお母さんの用意したごちそうを食べて、楽しいおしゃべりの時間です。
だけど、ぼうやはせっかくのケーキも、好物のポテトサラダもほとんど口にせず、部屋の入り口と、その脇にかけられた時計を交互に見ているばかり。
お父さんはいつ来るのかな、とそればかりが気になって、せっかくのごちそうも、楽しいはずのおしゃべりも、ちっとも楽しめないのです。
7時になりました。お父さんはまだ来ません。
8時になりました。お父さんはまだ来ません。
このころになると、たくさん用意されたごちそうもだいぶ食べられて、みんな満腹です。おうちの遠い人から、すこしずつおいとまのあいさつをする人たちもでてきます。
9時になりました。やっぱり、お父さんはまだ来ません。
子供たちは、もう寝る時間です。みんなひとりずつぼうやにさよならを言って、パーティ・ルームを後にしていきました。
あんなにいっぱい人がいたパーティ・ルームは、ぼうやとお母さんのふたりだけになりました。
ごちそうもほとんど食べつくされて、整然と輝いて見えるほどだったテーブルの上も、すっかり乱雑に汚れています。
「さあ、ぼうやももうお風呂に入って、歯を磨いて、寝る時間ですよ」お母さんが言いました。
だけど、ぼうやは首を振りました。「まだ、お父さんが来てない」
「きっと、どうしても途中で抜けられないお仕事ができてしまったのね。お父さんは、とっても忙しいから」
お母さんはそう言いましたが、ぼうやは納得しません。「絶対に来るって言った」
「でも、眠いでしょう?もうまぶたが下がってきていますよ」
まだ小さいぼうやは、普段は9時前に眠ってしまいます。今日はもうすでに夜更かしなのです。
だけどぼうやは、強情に首を振りました。「眠くない!」
「お母さんは、後かたづけもしなければいけないの。わがままを言うものじゃありませんよ」
お母さんがそう言うと、ぼうやはさらに強く言い募りました。
「お父さんが来てないから、かたづけもしたらだめ!」
お母さんは、困ってしまいました。でも、ぼうやの気持ちも分かります。
しかたなく、お母さんは言いました。「それなら、ここで待っていてもいいけれど、もし眠ってしまったら、お母さんがベッドまでだっこしてつれていってしまいますからね」
「うん!」ぼうやは威勢よくうなずくと、めいっぱい首を振って眠気を覚まし、臨戦態勢です。
お母さんはすこしでもかたづけをはじめてしまいたかったのだけれど、すこしでもお料理が残っているお皿を下げようとすると坊やが怒ります。仕方なく、お客様が使っていた取り皿やグラスを下げて、キッチンで洗いはじめました。
10時になりました。お父さんはまだ来ません。
11時になりました。お父さんはまだ来てくれません。
こんな夜遅くまで起きていることは、ぼうやにとってはじめての経験です。
がんばってがんばって、パーティ・ルームのいちばんいい席に座って、正面の入り口からお父さんが顔を出すのを待ち続けています。
だけれど、さすがにもう限界です。ちょっとでも油断すると視界がぼやけ、顔がかくんと前に落ちてしまいます。そうするとびっくりして、一時的に目は覚めるのだけど、すぐにまた眠気がおそってきます。
そしてとうとう、ぼうやの顔はかくんと落ちたまま、上がらなくなってしまいました。
その様子にお母さんが気づきました。エプロンで濡れた手を拭きながら、ぼうやに近づいていきます。
お母さんが、ぼうやの肩に手をかけようとしたそのとき。
キンコン。チャイムが鳴りました。
お母さんは振り返り、ぼうやは飛び起きました。
今のは玄関のチャイムの音です。間違いありません。
「お父さんだ!」ぼうやは叫びました。
いすから飛び降り、大急ぎで正面のドアを抜け、玄関へと駆けていきます。
そして、手を伸ばして玄関のドアの鍵を開けると、さらにめいっぱい手を伸ばして、ドアのノブを回しました。
ぼうやの力では、いっぱいに引っ張らないと玄関のドアは開きません。だけど、このときは反対側からもドアが押されたので、それほど力を入れなくともドアは開きました。
そうして、開かれたドアの向こうには──。
「お父さん!」
そう、お父さんが立っていたのです。
くたびれた灰色のスーツに、ちょっとぼさぼさの頭。あんまり格好よくないけれど、ぼうやの大好きなお父さんに間違いありません。
「やあ、ぼうや。まだ起きていたのかい?」お父さんはちょっとびっくりしていました。もうすっかり遅いので、ぼうやは眠ってしまっていると思ったのでしょう。
「お父さんを待っていたの。さあ、入って! ごちそうも、ケーキもあるよ!」
ぼうやはお父さんのスーツの袖を引っ張るようにして、お父さんをパーティ・ルームへと連れていきました。
「お母さん、お父さんが来てくれたよ! 約束を守ってくれたよ!」
ぼうやはそのままお父さんを引っ張っていき、自分の席から一番近いところにお父さんを座らせました。
だけど、ぼうや自身が自分の席に座りなおしたとき、ぼうやはがく然としてしまいます。
テーブルの上に残されているのは、どれも食べ残し。おまけに時間が経って、すっかり冷めてしまっています。あんなに柔らかでジューシィだったロースト・チキンはかちかち。バースディ・ケーキもせっかくの生クリームが乾いてしまって、なんだか黄ばんでいるようにさえ見えてしまっていたのです。
ぼうやはそのことに気づくと、みるみるうちに泣きそうになってしまいました。
せっかくお父さんが来てくれたのに、ごちそうもケーキもこれでは台無しです。
だけど、お父さんはにっこりと笑顔になって、ぼうやに言いました。
「大丈夫。見ていて」
そして、指をぱちんと鳴らします。
するとどうしたことでしょう。ぼうやのからだは急にふわふわと軽くなり、いすから浮き上がってしまいました。
それどころか、テーブルの上の冷たくなったお料理のお皿も、ぼうやのからだと同じように、ふわふわと浮き上がっています。
「そら」
お父さんが合図をすると、お料理のお皿はひとりでにキッチンのほうへと飛んでいきます。
ぼうやが目を丸くしているうちに、テーブルの上のお皿はみんなキッチンのほうへ行ってしまいました。
「なくなっちゃった」
「まだまだ」
お父さんがまた指をぱちんと鳴らします。
すると、今度はキッチンのほうからお料理ののったお皿が飛んできました。
お皿はテーブルの上でしばらくふわふわと漂ったあと、吸い寄せられるようにしてテーブルの上に降りました。
それと同時に、ぼうやのからだもまたいすの上にもどります。
それだけでもびっくりだったぼうやですが、あらためてテーブルに置かれたお料理をみて、またびっくり。
すっかり冷めて、乾いてしまっていたお料理が、またおいしそうに復活していたのです。
ロースト・チキンやハンバーグはまるで今オーブンから出されたかのように湯気が立っていますし、ポテトサラダも、それにバースディ・ケーキだって、みずみずしく輝いて見えます。
さっきよりすこしだけ小さく、少なくなったようにも見えますが、それでもさっきまでとは比べものにならないほどおいしそうです。
「すごい、どうやったの?」ぼうやは目をきらきら輝かせて、お父さんにたずねました。「お父さん、魔法使い?」
「実は、ちょっとだけね」お父さんはほんの少し意地の悪そうな笑顔を見せて、言いました。「だから、こんなこともできるぞ。ほら」
言うなり、お父さんはどこからともなく、とっても大きなぬいぐるみを取り出しました。かわいいお馬のぬいぐるみです。
「プレゼントだよ、ぼうや。お誕生日おめでとう」
「うわあ、ありがとう、お父さん!」
ぬいぐるみはあまりに大きくて、受け取ったぼうやはよろけていすから落ちそうになってしまいます。でも、お父さんがしっかり背中を支えてくれました。
「さあ、一緒にケーキとごちそうを食べよう。いつもはこんな夜遅くに食べたらいけないけれど、今日は特別だぞ」
「うん、お父さん!」
ぼうやはすっかり上機嫌。お父さんがくれたぬいぐるみを両手いっぱいに抱えて、今日いちばんの笑顔です。
お父さんがフォークでケーキをすくって、ぼうやに差し出します。ぼうやからしたらちょっと大きすぎるのですが、ぼうやはめいっぱい口を開けて、ケーキをぱくりと──。
「ん……あれ……?」
ぼうやが目を覚ましたのは、いつものベッドの上でした。
寝ぼけまなこをぐしぐしとこすりながら、からだを起こします。
ほんのついさっきまで、お父さんと一緒にケーキを食べようとしていたはずだったのですが──。
窓の外はすっかり明るくなっています。朝なのです。
「夢だったの?」
だんだん目がさめてくるに連れて、ぼうやは悲しくなってきます。
お誕生日が過ぎてしまうその直前に、お父さんが約束通りに帰ってきてくれたと思ったのに、それは夢の中の出来事だったのでしょうか。
こうして自分の部屋で眠っている以上、ぼうやは待ちきれずに眠ってしまい、お母さんにだっこされてベッドに寝かされてしまったに違いありません。
ぼうやの目に涙が浮かびます。お父さんは約束を守ってくれなかったのです。
ぼうやは左手で、涙を拭いました。その手を乱暴にベッドへたたきつけたとき、おかしいと思うことがありました。
なんだか、触りなれない感触があったのです。
ぼうやが視線を落とすと、そこには大きなお馬のぬいぐるみがありました。
夢で見た、お父さんのプレゼントとおんなじです。
ぼうやはびっくりして、ぬいぐるみを両手で持ち上げました。すると、どこかに挟まっていた紙がはらりと落ちました。
それは、バースディ・カードでした。
お誕生日、おめでとう。
──お父さんより。
「夢じゃなかったんだ!」ぼうやは叫びました。
確かに昨日、お父さんはやってきて、ぼうやにプレゼントをくれたのです。
ぼうやが見た光景は、夢なんかではなかったのです。
ぼうやは急いでベッドから降りると、大きなぬいぐるみを両手で抱えて、パジャマのまま部屋を飛び出しました。
それから、大急ぎで階段をおり(ぬいぐるみを抱えているせいで、まったく手すりを使わずにおりました。お母さんが見ていたら、悲鳴を上げたに違いありません!)足音をひびかせて廊下をすすみ、リビング・ルームへ入りました。
昨日はきれいに飾り付けられたパーティ・ルームだったそこは、今日はすっかりいつものリビング・ルームでした。ただ、部屋の隅にはきのうぼうやがもらったたくさんのプレゼントが、置かれたままになっています。
ぼうやはプレゼントには目もくれず、お父さんの姿を探しました。でも、やっぱりお父さんはいませんでした。
そこへ、お母さんがやってきました。ぼうやはお母さんにたずねました。
「お母さん! お父さんが来たんだ! お父さんはどこ?」
ふだんなら、廊下は静かに歩きなさい、とか、まずは顔を洗ってからよ、とか、ぼうやをしかることの多いお母さんですが、今日はそうせず、かがみこんでぼうやと同じ目線になったあと、言いました。
「お父さんは、今日もお仕事があるから、朝早くにでていってしまいましたよ」
「そうなんだ……」ぼうやは残念に思いました。でも、ということは、昨日お父さんが来てくれたこと自体は、やっぱり本当のことなのです。
「でも、ぼうやががんばって起きていてくれたから、久しぶりに直接お話ができてうれしかった、と言っていました」
そう言ってお母さんが笑顔になると、ぼうやも笑顔になりました。
やっぱり、あれは夢なんかじゃなかったんだと、お母さんの言葉でぼうやは確信できたのです。
「みて、これ! お父さんにもらったんだ!」
ぼうやは自慢げに、おおきなお馬のぬいぐるみをお母さんに見せつけます。
「良かったわね」お母さんも笑顔でこたえます。
「それに、お母さん、知ってた? お父さんって、魔法が使えるんだよ!」
お父さんが指を鳴らしたとたん、冷たくなっていたお料理が温かくなったり、とっても大きなぬいぐるみがでてきたりしたのです。あれも、本当のことだったに違いありません。
「そう、すごいのね」お母さんはそれだけ言って、ぼうやの頭をなでました。
「さあ、顔を洗って、着替えていらっしゃい。朝ご飯にしますからね」
お母さんは、お父さんの魔法について、ちゃんと知っています。
でも、それをわざわざぼうやに教えたりはしません。
きっとぼうやも、いつか自分で気がつくでしょうから。
ぼうやのほしいもの。それは、たくさんあります。
たくさんのお友達も、すてきなプレゼントも。おいしいごちそうだって、みんなぼうやのほしいものです。
だけど、本当にほしいものは、たったひとつ。
今年、ぼうやは無事、ほしいものを手に入れられたのです。
今年のお誕生日は、ぼうやにとって、忘れられない素敵なものになったのでした。
おしまい
お読みいただきありがとうございます。
です、ます調は普段使わないので、ちゃんと使えているかちょっと不安です。どうでしょう?
あと、なるべく簡単な言葉で書くことを意識していたのですが、こっちのほうが大変だったかな。
お誕生日パーティって、 いまの子供たちもやるのかな?
自分は、ちいさいころおよばれした記憶はありますが、自分のを開いてもらった記憶はないです。
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