08.「都会の役所」
「んで、ココからどうすんだ?」
薬を貰ってそれを飲み、ようやっとくしゃみが止まった様子のミーリャ。
鼻の中に残っている様子の最後の鼻水をちーん!、と吹き出した彼女は、真っ白なティッシュをくしゃくしゃと丸めながらジルを見た。
「どうするもなにも、決めるのはジルの仕事じゃないのかしら?」
「そうは言っても俺あんま外のこと分かんないし……悪を目指すには何がいるかも分かんないし……」
ボソボソ呟くジル。
と、そんな彼にオルラッドが言った。「役所に行くのはどうだろう」、と。
「役所?」
「そう、役所。もしかすると、悪代表アドレン・バルディオンが居るかもしれない。居ないかも知れないけれど……」
「? 悪代表?」
不思議そうなジルに、ミーリャが己の髪を弄りながら口を開く。
「この世界には正義と悪がいる。それは知ってると思うけれど、その正義と悪にはそれぞれ代表者がいるのよね。悪代表のアドレン・バルディオン。そして、正義代表のベルディアーナ・フローネ」
「二人の代表により、この世の悪と正義が均衡を保っているんだ。ジルが悪を目指すというなら、先ず悪代表に話を通してみるのはどうかなと……」
「ほーん、そんなのあるんだ」
知らなかった、と頷くジルに二人は沈黙。オルラッドが苦笑する傍、ミーリャは情けないと言いたげに額に手を当てため息を吐く。
「……ひとまず、役所に行くのね。まあ、あのアドレン・バルディオンが絶対に居るという保証はないけれど……」
何かを知っている風に告げるミーリャ。
ジルは不思議そうにしながらも、歩き出す彼女をオルラッドと共に追いかけた。
◇
「──諸君! よくぞ参った! 初めての者も、そうでない者も、ここでは皆平等である! しかし、だからといって礼儀を欠いてしまってはいけない! 求めるものを手に入れるためには正しい行いをするべきだ!」
大きなドラゴンのような生き物が描かれた巨大な絵画。真っ白な壁に飾られたそれを背にそう語るのは、キリッとした紫紺の瞳を持つ女性だ。
背はスラリと高く、胸元が大きく開いた、紫と黒のコントラストが美しいドレスに包まれた細い体は豪奢である。
女性の薄い紫色の髪は高く結い上げられており、ゴムで止められたそこでくるりと丸く纏められていた。解けば腰程までの長さはありそうだ。
片手に見覚えのある剣を持ち、それを掲げて叫ぶ女性につい死んだ目になるジル。その隣、ミーリャが音をたてながら紙パックに入ったリンゴジュースを啜った。
「相変わらずやかましい女なのね」
「いやそれはそうなんだけど……待って。あの剣とあの声すんげえ見覚えあるし聞き覚えあるんだけど……まさかあの人聖騎士団の……」
「隊長だね」
「はーー!! やはりそうでしたか!! 帰ります!!」
大きく足を踏み出し帰ろうとしたジルを止め、ミーリャが「話だけでも聞いておくのよ」とそう告げた。
嫌がるジルの首根っこを掴みズカズカと女に近づいていく彼女を、オルラッドが困ったような笑みを浮かべて追いかける。
「良いか諸君! 先ず整理番号を取るのだ! そうして番号が呼ばれるまで待機を──む?」
くるりと振り返る女。彼女は近づいてくるミーリャたちを視認すると、驚いたようにその目を見開く。
「! あ、アナタは──!!」
「へ?」
バッと深く頭を下げた女に若干引くジル。
そんなジルを他所、とても悲しげに微笑んだオルラッドは、すぐに表情を元に戻すと口を開く。
「忙しいところにすまない。悪代表について少し伺いたい。奴は今何処に?」
「は、はっ! 奴は今現在、病の街に潜伏していると情報を得ております!」
「病の街ね……なるほど……」
頷いたオルラッドが、「だそうだ」とジルを見た。
ぺかーっ、と輝く笑顔につい無言になるジルは、そろりと頭を下げた女を見て首を傾げる。
なんだか、あの時のような威厳がないような……。
「……行先は決まったのね」
不思議そうにするジルを隣、ミーリャは言った。
それに頷くオルラッドが、「では失礼します」と一礼。慌てたように顔を上げた女を、見て見ぬフリして歩き出す。
「……あのぉ、ミーリャさん」
「なによ」
「オルラッドってその……実はすんごい人だったり……?」
「……」
ミーリャは無言に。
なったかと思えば、すぐに口を開く。
「アレについてはまだ知らなくていいのね」
「……さいですか」
とてつもなく遠い所を見るミーリャに、触れてはいけない事なんだなと、ジルは思った。




