04.「弱者は雑魚にも敵わない」
「……アレは錯覚だったのかしらね」
少女――ミーリャはポツリと呟く。
その視線の先、ジルが腫れ上がった頬をそのままに、
近場にあった木の幹にしがみ付きながら「現実は甘くない」、なんてドヤ顔を浮かべていた。
その下には全長僅か五センチ程のスライム軍団が蔓延っている。
彼らは、それこそぶん殴りたくなるような顔で、
落書きのような細い手足を振り回し、叫んでいた。
「オイ貴様! 逃ゲルトハ卑怯ダゾ! 堂々ト戦エ! 堂々ト!」
「やなこった! 大体、お前らそんな見た目してやたらグーパン強いから無理に決まってらあ! 助けてマミー!」
叫ぶジル。
そんなジルに気を良くしたのか、スライム軍団はさらに果敢に攻め立てていく。
地面に転がる砂を一粒両手で抱え、全員が全員、一斉に手にしたそれをジルに向かってぶん投げた。
しかし当然、自分たちより高い位置にいるジルにそんなものが届くはずもなく……
「クソッ! 忌マワシイ奴メ! 防御壁ヲ張ッテヤガル!」
「なんだよ防御壁って!? 張ってねーよ!!」
「ナン……ダト!?」
スライムはショックを受けたようだ。若干よろめいている。
といっても表情が変わっていないので実際どうなのかわからないが……。
「……お前ら、いい加減にするのよね」
いい加減、痺れを切らしたようだ。
ミーリャは気怠げに目を細めながら腕を組む。
「雑魚同士がくだらない喧嘩をするんじゃないのよ」
「ナンダトコノ小娘!! 貧相ナ体シヤガッテ!!」
「…………」
ミーリャは容赦なく叫んでいたスライムを足で潰した。
「イテッ」と小さく聞こえたが、ソレは無視して
仲間が潰され、怯えるスライム軍団を睨みつける。
「わからなかったかしら? とっとと去れと言っているのよ」
「オ、覚エテロー!!」
ビュン!、と飛ぶ速さで撤退するスライム軍団。
片足を上げれば、潰されたスライムも「置イテカナイデ!!」と叫びながら去って行く。
「おお、瞬殺……」
しがみ付いていた木の幹から降りながら、ジルは感心したように告げた。
ミーリャは「当然なのよ」と腕を組む。
「全く、お前は相変わらずなのね。あんな雑魚スライムくらい一人で狩れるようにならなければお先真っ暗なのよ」
「それはわかってるんですけど、でも突然のレベルアップなんて難しいわけでして……いやてか相変わらずって何よ。まるで俺のこと見てきたみたいに言うじゃん。俺ら初対面だよな?」
「そうね。初対面なのよ」
「ですよねー」
「でも、ミーリャはジルのこと、ずっと昔から知ってるのね」
「はいぃ?」
訝し気なジルから顔を背け、「それより、見えてきたのよ」とミーリャ。
彼女が指し示すある一点を見つめれば、そこには一つの小さな集落がある。
『賊のたまり場』。集落の名前はそれだった。
やけに赤黒い染みが目立つ古ぼけた看板を見上げ、ジルはブルリと震える。
そこら辺の木々を伐採し、組み立てられた簡素な門。
その下から覗き込むように町の中を見てみれば、確認できるのは人気のない通り道。
「あー、これあれですね。絶対こう、入っちゃいけない場所ですね。帰ろう。そうしよう。こんな場所よりもっと神聖な場所を目指すべきだ」
「何を言っているのかしら。お前がココに来たいと言ったのに」
「こんな怪しい場所に来たいなんて一言も言ってませんけどねえ!? 俺は! 悪に話を聞きたいって言っただけなんですけど!?」
「だから悪が集うココに連れて来てあげたのね。感謝するのよ」
ふふん、と腰に手を当て笑うミーリャ。
得意げなその顔に冷めた目を向けたジルは、『なんか売ってる場所』という、
些か雑過ぎる、謎の看板が張り付いた小さな店を横目で見た。
人気のないそこには、多種多様なアイテムが置かれている。
「……人いるの、これ?」
思わずの疑問。
「いるのよ。気配はあるのね」
答えるミーリャはどうでも良さそうに告げた。
「えー、んー……じゃあ、とりあえず話聞くかぁ……? なんかやばいの出てきそうだけど……」
「問題ないのね。やばいのが出たらミーリャがすぐに血祭りにあげてやるのよ」
「いやそこは軽い暴力で解決させな?」
思わずと告げたジル。
これから先が思いやられるなぁ、と思いながら集落に踏み込んだ彼は、木でできた家々を尻目、集落の奥へ。
進んだそこで、彼は思わぬものを目撃する。
恐らく、そう、賊と呼ばれる連中が地を這っていた。
ボコボコに腫れあがった顔をそのままに、鼻血を、涙を流す彼らの中心には、一人の女性が佇んでいる。
酷く綺麗な女性だった。
赤く色づく長い三つ編みを背に垂らし、鋭く光る紫紺の瞳を細めた女性。
まるで何かを思考するように口元に手を当て沈黙している彼女の足下には、大柄で小太りな男が転がっている。
女性はそんな男の顔面に、高級そうな革のブーツで包まれた片足を乗せていた。
「……よし帰ろう」
ジルは瞬時に踵を返す。
「待つのよね」
ミーリャはそんなジルの首根っこを掴むと、そのまま嫌がる彼を引きずり女性の元へ。
音に反応して振り返った彼女を見上げ、「久しいのね」と口を開く。
「ああ、キミたちか……」
女性は賊の顔から足を退けながら、己よりも小さな二人を見下げる。
その時、微かに悲しそうな顔をした彼女に、ジルはぱちくりと目を瞬いた。
「元気だったかしら? 仕事は捗っているの?」
「まあ、ぼちぼちね。そういうキミは?」
「見ればわかるのね」
「それもそうか」
頷いた女性。
彼女は翡翠色の瞳を瞬くジルを見て、心底嬉しそうに笑った。
そして、片手を差し出し名を名乗る。
「俺はオルラッド・エルディス。”はじめまして”、ジル」
「あ、え……? なんで俺の名前……」
「エッ、あ、あ~……その、風の噂で耳にしてね。獣族と人間のハーフの少年が、この集落から然程遠くない村で頑張ってると……あの、そう! ちょっと村に寄った時に、聞いたんだ!」
「へ~……すんごい嘘っぽいな」
「あ、あはは……」
困ったように笑う女性。
ミーリャがその姿を見て呆れたような顔をしている。
「……二人は知り合いなの?」
ジルが問えば、「まあね」とミーリャ。
「言っておくけど、コイツはミーリャたちの敵なのよ」
「敵……ってことは、正義の?」
「そういうことね」
頷いたミーリャに、ジルも頷く。
女性はそんな二人に困ったように笑っているだけ。
特に否定も肯定もしない、そんな彼女にジルは思わず頬を掻いた。
「……なんかよくわかんないけど、正義だからこの人たち襲ってんの?」
「え!? いや、俺はただ武器を向けられたから反撃しただけであって、決して襲っていたわけでは!」
オロオロする女性が言えば、近くでグフッ!、と誰かが呻いた。
そうして気絶するその姿を視界、ミーリャはそっと呟く。
「……反撃のレベルじゃないのよ」
それには同意すると、ジルも腕を組んで頷いた。




