02.「優しい家族」
「ジル~! 俺の愛しい息子よ! おかえり! おかえりぃ~!」
「うっわ! くっつくなよバカ親父!!」
家に帰って早々、
ジルは獣族の父による熱い抱擁を受けた。
熱すぎるそれに、ジルはげんなりした。
「あら、早かったわね、ジル」
と、奥のキッチンから人間の母が出てきた。
優しく笑う母の姿に、ジルは思わず笑顔に。
「母さん!」と母を呼ぶ。
「この親父どうにかして!」
「え~、いや」
「なんで!?」
「だって母さん今お昼ご飯の準備してるもの。手が汚れたら困るわ」
「それ解釈すると俺が汚物みたいな感じになってない!?」
「うふふ~」、と母は笑ってジルたちの前を通り過ぎた。
見捨てられたジルはガクリと項垂れている。
「お、そういえばジル! お前、いつガールフレンドを見初めたんだ!」
「は? んなの居ないけど……」
「まぁたまた嘘をつく! 父さんは知ってるからな! もちろん母さんも! 今日はお赤飯だなぁ!」
「いやマジで知らねえ」
あ、でも、とジルは思い出す。
「さっき変な子は見たかな」
「変な子?」
何の話だと問おうとした父が不思議そうな表情を浮かべた時、
急に地面が大きく揺れた。
慌てて父にしがみつけば、父は驚いた顔で「地震か?」と目を瞬いている。
「それにしては些か揺れ方が奇妙だったが……」
呟く父。
その時、母の悲鳴が聞こえた。
父はジルを抱えたまま、慌てた様子で家の外へと飛び出していく。
「母さん! どうした!」
「来ないであなた!! ジルを連れて逃げて!!」
「逃げる!? 一体何をい――」
父は、そこで言葉を止めた。
当然、ジルも絶句して目を見開いている。
飛び出した外は、複数の魔物で溢れていた。
魔物たちはまるで意思を持つように、
目と鼻の先にある村を襲っている。
「逃げてッ!!」
母が叫び、共にその豪奢な体がクマ型の魔物により吹き飛ばされた。
赤い色が宙を舞い、緑生い茂る庭を汚していく。
「母さんッ!!」
「わ!?」
投げ出されるように放られたジルが地面の上へ。
ごろごろと転がり、やがて停止する小さな体が痛みにより微かに震える。
「母さん! 母さんッ!!」
父が、血まみれの母を揺すっていた。
母は浅い呼吸を繰り返している。
「いっ、てて……」
情けなくも倒れた体を起こしたジル。
彼が父と母へ目を向けた直前、視界がぐにゃりと歪む。
『さあ、よく見るんだ』
頭の奥で、声が響いた。
『今度こそ、君がキミになるために――』
バクンッ!、と鳴った心臓。
共に握り潰されるような痛みに襲われ、
ジルは思わずその場で呻き、蹲る。
「ジル!!」
父が息子の名を呼ぶ。
共に顔を上げたジルの視界、
ウルフ型の魔物が唸り声を上げる。
真っ赤なそれの目が、敵を見るようにジルを見た。
「た――」
たすけて、とか細い声が零れた瞬間、走り出す魔物。
ジルが咄嗟に己を庇えば、
そんな息子を守るように父がジルの体に覆いかぶさる。
酷い音がした。
肉を断ち、骨を砕く、そんな音が。
「やめ、やめろよ……」
ジルは震えながら、父の影から魔物を見つめる。
「俺の家族を、傷つけるなよ……」
震えながらの懇願は、しかし無常にも届かない。
「ッ――!!」
ジルが、絶望に顔色を変えた――その時だ。
複数の足音が遠くから響いてきた。
ハッとしてそちらを見れば、そこには正義を掲げる聖騎士団の姿がある。
助かった。
ジルは思わず声を荒げる。
「たすけ、助けてくださいッ!! ココに!! ココに魔物がいますッ!!」
声が聞こえたのだろう。
一人の騎士が駆けてきて、
その騎士は圧倒的な力で魔物たちを一掃した。
ジルは歓喜に震える。
「おい! こちらに救護班を寄越せ! 負傷者がいる!」
「はっ! 直ちに!」
指示を出した騎士がこちらへ。
鎧の音を響かせながら近づいてきたその騎士は、ジルと、
その体に凭れるように倒れるジルの父の姿を見て小さく目を細めた。
そして――なんの躊躇もなく、
父の首を断ち切った。
「――え?」
救出が来たことにより喜んでいたジルの顔に、父から飛び出た赤が付着する。
思わず笑顔で固まるジルを見下ろし、騎士は怪我の有無を問うた。
しかし、ジルは答えない。
答えられずにただ、
騎士の姿を見上げている。
「……すまないな。だが、分かってくれ」
「……なに、を」
「……この獣族はウルフの毒素にやられていた。見ろ、傷口が変色しているだろう? これは放置すると周りに猛毒を発す種芋になり得るんだ。だからこそ、早めの処理が必要だった」
「毒素って、そん……」
言いかけた言葉が、喉奥で止まる。
思わず口元を抑えたジルに、騎士は努めて冷静に言った。
「正義を貫くためには、時に犠牲が必要だ」、と。
「儚い犠牲の上に、優しい平和が成り立っているんだ」
「…………」
大きく目を見開き、だらだらと多量の汗を流す。
そうして沈黙するジルから目を背け、騎士は倒れた母の方へ。
覗き込むようにその体を観察すると、「ふむ」と一つ。
頷いてから、手にした剣を掲げ、
躊躇なく母の胸元に突き刺した。
「これも毒素に浸食されいるな……おい、処理班も呼べ。このままでは遺体からも毒が発されるぞ」
指示を出す騎士。
努めて冷静に事を対処していくその姿に、戸惑いは一切見受けられない。
ジルは口元を覆っていた手を離し、か細い呼吸を繰り返した。
汗が、震えが、止まらない。
呼吸が乱れ、苦しくなる。
どうして、どうしてこんな事になっているのか……
それはもう、今のジルには分からなかった。




