11.「死亡フラグは立てるもの」
「ベルシャ・ベイン!!」
どこぞの錬金術師の如く小気味よい音をたてながら再び合わせられた女の両手。叫ぶ彼女の声に従っているのか、空中にあるガラスたちが一斉にその尖端をこちらへと向けた。
「ベナンさん!!」
「大丈夫!」
焦る少年。
そんな彼に明るく返事を返す勇敢なる彼女は、恐怖という言葉を知らないのか果敢にも前へ。地面を蹴り、跳躍した。
「はあっ!」
気合いの入った掛け声と共に突っ込むベナン。そんなベナンに舌を打ち相対する女は、軽やかな動作で彼女の繰り出す攻撃を避けていく。見た感じは両者互角といったところか。
時折飛んでくるガラス片を気にした様子も見せず破壊するベナンを見て、いややっぱり彼女の方が少し上かもしれないとジルは思う。
「見た目に反してすばしっこいの、ねっ!」
「っ!? しまっ!!」
新たなガラスの上に飛び移る際に軽く滑ってしまったらしい。よろけた女の腹部にはベナンの武器である棒の先端がめり込んでいる。
衝撃により吹き飛び、自分で作り出したガラスを何枚もその体でぶち抜きながら、女はそのまま地面へ落下していった。
落ちた場所はここからそう遠くないビルのようだ。降りてきたベナンが言っているので間違いはないだろう。
「このままだとまた襲われる可能性あるわよね。となると、うーん……」
「ベナンさん?」
「……よし。私ちょっと始末してくるからジルくん留守番よろしくね!」
「エッ!?」
始末!?、と驚くジルをよそ。片手をあげて笑顔で駆けて行くベナン。
その背を見送りつい困った顔になったジルは、大丈夫かなぁ、と一つ目を瞬く。
と、その時だ。
視界の隅で緑が揺れた。
驚き振り返ったジルは、そこで自然豊かな小さな箱庭を目にすることに。
レンガをはめ込み作られた、ゆるやかに流れる小川のように滑らかな道があった。
そこをスキップ混じりに進みながら、小さな少女は隣を歩く男性を見上げ、無邪気に笑う。
男性の顔は見えない。モヤがかかったように彼の顔は隠れている。
いつものことだ。
少女の世界にはいつもこうやって、見たいものを見せないように邪魔をする何かがいる。付きまとっている。
「あのね、私ね、おっきくなったらすっごく強くなるんだ! そしたらね、このお病気ともお別れするの!」
少女のこれはどうやら病気らしい。親に連れられ向かった病院にて、彼女はそう診断を受けたのだ。
実に特殊で奇異なる病気。世はこれを、奇病と呼んでいる。
「うん、そうだね」
「お医者さまがね、言ってたの! 私が強くなれば自然と体も強くなる! そしたらお病気吹っ飛ぶんだって! 珍しいお病気でも関係ないんだって!」
「うん、そうだね」
無邪気に語る少女に返事を返しながら、男は歩く。歩き続ける。ただひたすらに。
そんな彼の隣を、少女は置いていかれまいと必死について行く。短い足を懸命に動かして。
「あのね、お病気が消えたらね、私、まずパパたちのお顔見るんだ! パパたちにかかるこのモヤが取れたらね、絶対見るの! それでね、お礼を言うんだ!」
「……お礼?」
「そう! あのね──」
少女が何かを言いかけたと同時、世界は変わる。
変化したそこは既に美しい箱庭ではなかった。
自然もなく、レンガの道もないそこは、薄暗くどこか物悲しい部屋だった。電球は取り外されているのか、部屋の天井にある電気は一切の明かりも灯さない。
そんな電気のかわりに、この部屋を照らしているのは薄型テレビから漏れる明かりであった。漫才番組が放送されているらしく、画面内ではスーツを着た狼頭の獣族が二人並んでコントを繰り広げている。
面白いのかちょっとよくわからないコントを視界、成長し、大人の風貌になりつつある少女が、ソファーに座って膝を抱えていた。
視線は真っ直ぐにテレビ画面を見てはいるが、しかしその瞳は酷く暗く、感情が見えない。
「……見えるの、私」
ぽつりと零されたのは、己の病が消え去ったという事実を教えてくれる言葉。
「お医者さまがね、褒めてくれたの。よくがんばったねって。初めて見たあの人の顔は優しかった。けど、その周りに浮かんだ言葉は優しくなかった」
なんのことを言っているのか、それは恐らく少女にしかわからぬ事柄だろう。
少女はたてた膝に顔を埋める。そのまま眠るように瞳を閉じた。
「見えるのよ、私。見えるの……」
そんな少女を見下ろすように、明るい光を放つテレビの隣で、首をつった二つの死体が揺れていた。




