10.「二度目の敵襲」
「いやぁ〜、助かったわジルくん! ホントにありがとね!」
ニコニコと笑い、膨れ上がったゴミ袋を片手ずつに抱えたベナン。そんなベナンの後ろ、一つのゴミ袋を両手で抱えるジルは、へら、と小さく笑みを零した。
「礼なんていいですよ。俺がやりたいことやってるだけだし……」
「お、いい返事! 将来モテるぞこりゃあ!」
「からかわないでくださ〜い」
言ってゴミ袋を片したジル。ゴミ捨て場の鍵をきちんとかけるベナンの様子を尻目、彼はふと、背後を振り返った。
きっと、その行動に意味などなかった。
音が聞こえたとか、気配を感じたとかではない。ただなんとなく、本当になんとなく振り返ってみただけだ。しかし、そのなんとなくが幸をなしたらしい。
まだ人の少ない、薄暗い通り。その向こうから高速でこちらに向かってくる何かを目視したジルは、ほぼ条件反射でその場を飛び退いた。それと同時に彼が先程まで立っていた場所に突き刺さったのは、見覚えのあるガラス片。
先日襲われた時に見たものと酷似しているそれを見下ろし、ジルは全神経を集中させながら辺りを確認。額に浮かんだ汗が頬を流れると同時、第二弾の攻撃が彼の視界に飛び込んできた。
「くっそ!」
次々と襲いくるガラス片を交わしながら、思考を回す。
相変わらず敵の姿は見えず、探すにしてもこう攻撃を続けられたのでは見つかるものも見つからない。
ここはオルラッドとミーリャを起こすのが最善だろう。
しかし、確かこの建物には全体的に防音加工が施されていると、昨日説明された気がする。だとしたらここから叫んでもなんの意味もない。寧ろ叫び損だ。となると、方法は一つ。直接呼びに行くしかない。
結論を出したジルは己の背後を振り返った。
「ベナンさん! オルラッドとミーリャをおこ……って、いないだとぉおおお!!?」
忽然と消えたベナンの姿にジルは驚愕する。
ひくりと口元を引き攣らせる彼のすぐ側で、人を嘲笑うような、実に不愉快な笑い声があがった。
「なになにぃ? お前、もしかして見捨てられちゃった感じぃ? うっわ、かわいそー。おねーさんが慰めてあげよーかぁ?」
ぷ、なんて吹き出されるものだから、状況が状況とはいえ腹が立つというものだ。
振り返ったジルの視界に、かなり際どい服装の女が映る。
その女は腹を抱えてケラケラ笑っていた。
身長は百六十センチ程。見た目的に二十代半ばくらいの女だ。サイドテールにされた金髪が緩やかに揺れており、茶の瞳は警戒するジルを見下ろし醜く歪む。
「持つべき者は友だちとはよく言ったものだよ全く。全然役立たずじゃないか。お前も哀れだよねぇ。もうちょっと人見る目育てた方がいーんでない?」
なんて言いながら、女は片手を前へ。構えるジルなど眼中にないと言いたげに、その掌から赤子の拳と同じ大きさのガラス片を発生させ、彼を攻撃。ギリギリ避けたものの、少年の頬には赤い筋が一つ走る。
「昨日はしてやられたが今日はそうもいかないんでね。まずは目の良い君を殺させてもらうよ。目標はその次でもいいや。期限なんて定められてないしね」
「……目標?」
「そこは企業秘密ってことでヨロシク」
無邪気にウインクをして見せた女。その周りに巨大なガラスが形成されていくのを、ジルは焦ったように見つめる。
「じゃ、死ね」
歪んだ笑みと共に残酷に告げられた一言。向かってくる巨大ガラスを避けることだけを、ジルはどこか、諦めすら浮かぶ脳内の片隅で考える。
だが、そんな思考もーー。
「やめときなさい」
殺伐としたこの空気の中、凛と響いた一つの声により、停止することとなった。
まさかの登場人物に、場は一瞬固まった。
向けられる驚きの視線すら気にすることなく、この混乱に満ち溢れた空気の中、彼女ーーベナンは腕を組み、仁王立ちの状態でジルと敵を見比べている。
「べ、ベナンさん……」
「ごめんね、ジルくん。コレを取りに行ってたの」
『コレ』と示されたものを見れば、それは真っ黒な棒切れであった。さすがにシンプルすぎるためか、申し訳程度に銀色の装飾が施されている。洗濯物を干す竿くらいの長さはあるだろうか。かなり長めだ。
まさかの武器に唖然とするジルをよそ、ベナンは振り返ることもせずに受け取ったその武器を構える。
スーツ姿の女がなんに使用するかもわからぬ棒を構えているとはこれはまた……。
なんだかミスマッチ感が半端ないながこれはこれでいけるかもしれない。既に考えることを放棄したジルは、どこか遠い目で戦いの行く末を見守る。
「チッ、めんどくせえ……」
特に恐れる様子のないベナンを睨みつけ、女はどこからか取り出した真っ白な絹のマントをその身にまとった。と同時に、彼女の姿は見えなくなる。
「ええ!? どこの額に傷のある魔法使い!!?」
「ダンジョンアイテムね。透明になるやつなんて初めて見たわ」
「ダンジョンとかあんの!!?」
この世はまだまだ知らないことばかりだ。
敵の姿が消失し焦るジルとは裏腹に、ベナンは余裕綽々と言ったふうにふわりと笑う。
緊迫した空気の中、先に動いたのはベナンだった。
彼女は慎重に辺りを見回していたかと思うと、突如として駆け出したのだ。その視線の先には何も無い。だが恐らく、敵がいる。
確証はないが直感がそう言った。
「はっ!」
短い声と共に突き出すように振るわれる棒。かと思えば、突き出したその部分を突如として地面に突き刺し、ベナンは軽やかにジャンプする。そのまま勢いをつけて棒を軸に回転。硬い何かがぶつかる音と共に軽く足を曲げながら、彼女は笑みを浮かべて棒のてっぺんへと着地した。
一体どうやって立っているのか。それはもはやジルには理解できない領域である。
敵がベナンの攻撃を食らったのか、地面の一部が音をたてて砂埃をあげた。それは凄まじい勢いで移動したかと思えば、建設途中と書かれた古びた看板の前で停止。しかし看板は音を立てて倒れてしまう。
「おっと、まだ倒れないか」
言ってベナンは、棒の上から飛び降りた。
彼女は片足でその先を蹴り、長いそれを空中で回転させた。回転する棒を片手で掴み、そしてその動きを止める。
素晴らしい動きに、ジルの目が感動に輝く。あまりにも純粋な眼差しのためか、さすがのベナンも少々照れくさそうだ。軽く頬をかき、それから飛んできたガラス片を一つ残らずたたき落とす。
「昨日といい、今日といい……ほんっと、わりに合わないってのこの仕事ッ!!」
地団駄を踏む勢いで叫んだ敵は、今の衝撃で外れてしまったマントを着直すことなくそのまま跳躍。両手を合わせ、空中で大きく息を吸う。
「ベルディーダ!!」
叫ぶ彼女の声に呼応するように、上空にいくつもの巨大ガラスが出現。バラバラの位置にあるその中の一つに着地した女は、腰に手を当て、忌々しいといいたげな表情を浮かべながらベナンを指さす。
「まずはお前を殺してやるよ! 覚悟しなクソビッチが!!」
それはお前だろ、とジルは心の中で突っ込んだ。




