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弱者が悪を目指した黙示録  作者: ヤヤ
第一章 弱者の周りに集うは強者
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09.「一泊の夜」

「ーー逃げてっ!!」


 ふんだんに焦りを含んだような、そんな声が周囲に響く。伸ばせる限り手を伸ばしてジルの小柄な体躯を押したその少女は、あまりにも美しく可憐だった。


 真っ白な髪は腰下まで伸びており、それに相反するような瞳は透き通る宝石のように赤い。


 身長はジルより高めで、百六十以上はあるだろうか。かなりスラリとした背の高い女性だ。所謂アルビノ、と呼ばれる存在だろう。


 赤い筆でサッと描かれた、不可思議な模様の施された白い着物を身に纏うその美少女は、驚いたように彼女を見つめるジルを見てふんわりと笑う。


 直後、何者かが片手をあげた。共に地を這うように迫った赤き炎に焼かれる彼女。

 悲痛な悲鳴を耳に青ざめたジルは、やがてーー




「……だあ?」


 目を開き、開口一番に放った一言は、あまりにも幼稚で赤子の鳴き声にそっくりであった。


 自身の寝相により乱れまくったベッドの上、ジルは大きく目を瞬く。目の前には昨日、寝る前に見た天井が存在していた。


 特に違和感のない天井だ。薄い緑色のその中央部には、円形の電気が一つ取り付けられている。明かりは灯っていない。そういえば寝る前に消したんだったと、徐々に覚醒してきた頭で思い出す。


 俺は今寝起き。つまり今のあれは、夢?


 例の『予知夢』とやらだろうかと、額に溢れる汗を片手で拭う。そのまま体を起こせば、室内に設置された残り二つのベッドに膨らみがあることに気づいた。


 ジルの眠る場所からさほど離れていない位置にあるベッドにはオルラッド。窓際のベッドにはミーリャの姿があった。未だ微かな寝息をたてながら、特にシーツを乱すこともなく、二人は眠っている。静かすぎてちょっとこわい。


 ふと時計を見れば早朝の二時であることに気がついた。お子様も大人もまだ夢の中を走り回っている時間帯だ。


「そりゃ寝てるわな」


 息を吐き、ジルは二人を起こさぬようにベッドからおりる。そして出来るだけ音を消し、忍び足で部屋を出た。


 彼らが宿泊した場所。実はここ、『なんでも売買店』である。

 昨日、一旦どこかに泊まろうということでホテルらしき場所を探し求めさまよい歩いていた彼らに、店の損傷が激しいために仕事を放棄したらしい女性従業員ーーベナンが声をかけたのだ。


 事情を説明したところ、彼女はなんだそんなことかと言いたげに笑みを作り、ならばここに泊まるといいと提案してくれた。

 店も壊れているし、助けてくれたお礼もまだしていないしで宿泊代はタダ。これはもうのるしかないと彼女の提案を飲んだわけである。


「……そうは言っても、別にここら辺は全然壊れてないんだよなあ」


 ベナン曰くこのビル自体全て『なんでも売買店』の所有物らしい。各階により売っているものはちがうようで、このホテル地味た所は比較的上の方。破壊されたのは一階のフロント部分であるため、ここら辺にはたいした損傷は見当たらない。


 本当にタダで良いのだろうか?


 ジルの中にある良心が不安がる。


「……あ」


「え? ……あ、ベナンさん」


 悩ましげな顔で通路を歩いていたジルは、ふと目の前に現れた茶色の頭を凝視。それから相も変わらずキリッとした瞳の彼女ーーベナンの顔を見る。


 仕事中のようだ。


 ベナンの手には大量の、真っ白なシーツが抱えられていた。ホテルスタッフのようなことをしているというわけか。

 勝手に考え、勝手に納得。スーツ姿だし特に違和感はないと頷いた。


「大丈夫ですか? 手伝いますよ?」


「大丈夫大丈夫! 私これでもケッコー力あるから! それより、ジルくん、だっけ? こんな時間にまだ起きてるなんて悪い子だなぁ〜」


「いやなんか目が覚めちゃって……それはそうと、ベナンさんは一人ですか? 他の従業員は?」


「いないよ。私一人だけ」


「えっ」とジル。

 驚く彼に、「ちょっといろいろあってね」とベナンは笑う。


「私、言っちゃえば余所者だからさ、誰もかもから嫌われちゃって……でもほら、働かないと食い口ないじゃん? だからなんとかこのビル貰って仕事してんの」


「……」


 黙るジルに、「そんな顔しないでよ!」と笑うベナン。


 そんな苦でもないんだよ、と

 どこまでも明るく笑う彼女。されど、その笑顔はどこか作り物のようにも見て取れた。


「……やっぱ手伝います」


 ジルは言った。

 小さな手を伸ばしてやや無理やりにベナンの手からシーツを奪った彼に、ベナンはキョトンと目を瞬き、フッと笑う。


「かっこいいね〜、少年」


 揶揄うように一言。


「ありがとね」


 お礼を告げるベナンに、ジルは無言で歩を進めた。

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