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Case 0 青の扉 ⑤


 久遠くんが退部……? 私は言葉を反芻する。つまり……。


「ちょっと待って、久遠くんって暗号部なの!?」


「ん、そうだけど」


 さらっと答えてくれるじゃない。


「さやかが帰宅部だって言ってたんだけど」


 いや、多分部活に入ってない、みたいに言っていたような気もするけど。


「入部したのはずいぶん前だし、あまり活動もしてなかったからかもな」


 えー。


「つまり今回の件は暗号部内のごたごたでもあったってこと?」


「まぁそういう側面もあるな。身内の恥の処理に近い」


 納得できない。


「久遠くんってなんか、そういうイメージ無かったんだけど、なんで暗号部入ったの?」


「さっき会ったばかりなのにイメージも何もないだろ。誘われて入部したんだよ、ちょっと面白そうだと思って。ミステリは嫌いじゃないからな」


 あ、そういう感じなんだ。全然腑に落ちないな。


「そのあと生徒会の仕事のほうが忙しくなり、久遠は幽霊部員になっていった」


 熊谷先輩が恨めしそうに言う。


「私たちは生徒会に久遠を取られたんだ」


「人聞きが悪いなぁ」


 南中先輩が反論するが顔はニヤついている。


「……ちなみに久遠くんはなんで生徒会に入ったの?」


 この際だから全部聞いてみよう。


「少しでもこの学校を良くしたくて、だよね」


 南中先輩の信憑性のない代弁に久遠くんがすかさず反論する。


「あんたが無理やり入れたんだろ」


「すずちゃんは昔から算数が得意だったからね、会計職にぜひ欲しくて」


 算数……。というかさっきからなんだか久遠くんを中心に話が回っている気がする。


「まぁ久遠、退部の話はいったん無かったことにしてさ。今日はお開きにしよう」


 鹿場先輩が久しぶりに口を開いた。有耶無耶にして終わらせる気だ。


「鹿場先輩、その人についていっても多分良いことないですよ」


 久遠くんはすぐ熊谷先輩の悪口を言う。


「まぁ久遠、暗号バトルの話もいったん無かったことにするからさ」


 熊谷先輩は熊谷先輩で、久遠くんの物言いをまったく意に介していないようだ。この二人の関係性もなんなんだろう。


「それにね、久遠がもし退部したとしても暗号部は同好会にはならない」


 ん、どういうことだろう?


「久遠が退部したら、代わりに瞬木さんが暗号部に入るわ」


 なんでだよ!


「いや、それはちょっと困るなぁ」


 私が反論する前になぜか南中先輩が口をはさむ。


「瞬木さんはね、生徒会がもらい受けます」


 なんでだよ!


「なんでだよ!」


 私ではなくなぜか久遠くんがつっこむ。なんだか失礼だな。


「ちょっと待ってください、本当になんでそうなるんですか」


 私は南中先輩と熊谷先輩の顔を順番に見ながら言う。ようやく発言できた。


「そのコミュ力とか、快活な感じとか、ビジュアルとか、ちょうど広報の席が空いてるから探してたんだよねぇ」


「えぇ……」


 ビジュアルと言われてちょっと嬉しくなる。広報なんてポジションがあるのか。


「ふーん、まぁいいわ。とにかく久遠、あなたが退部しても第二第三の瞬木さんはいるってこと。部員が五名を下回ることはないわ」


 第二第三の久遠くんだよねそこは。


「だから久遠、退部は諦めてね」


「はぁ……。まぁもうなんでもいいですけど。とにかく部費は上げられませんからね」


 久遠くんは私を巻き込む流れに飽きたのか、急に投げやりに言い捨てた。退部の件も何やら収拾がついたようだ。なんだかんだで暗号部が嫌いというわけではないのかな……?


「あともう勝手に変な暗号貼るのはやめてくださいね」


「安心して久遠。さっきあなたの発言を聞いてとても良いことを思いついたの」


 大丈夫かな。


「久遠、ヤバそうだったら俺が上手い方向に調整するから」


 あからさまに顔をしかめている久遠くんに鹿場先輩が先手を打つ。この人は結構苦労人なんだろうな。


「さて、そろそろ部活動に戻ろうかしら」


 熊谷先輩が立ち上がり、鹿場先輩がそれに続く。活動しているのか、暗号部。


「じゃ久遠、また今度ね」


「次はもっといい暗号を作るから楽しみにしておいてくれ」


二人は何も成し遂げられていないはずなのに、なぜか堂々と生徒会室を出て行った。最後までよくわからない人たちだったな。さて、残された私はどうしようかな…。





 京浜工業地帯を遠方に臨む小高い丘の上に、私たちの学び舎は建っている。オレンジ色とこげ茶色、そして白を織り交ぜたレンガの外壁が美しい、県内では比較的珍しい中高一貫の私立共学校だ。


 六月、梅雨入り前の陽光が心地よい季節。校舎へと続く桜並木の登り坂、通称遅刻坂には多くの生徒の姿が見受けられる。私こと瞬木 寧々子はもう遅刻などをしている場合ではない。なぜなら……。


 遅刻坂を登頂し、高等部側の昇降口にたどり着く。上履きに履き替えた私は廊下の奥に彼の姿を発見した。小走りに近づき声をかける。


「おはよう、久遠くん」


 振り向いた久遠くんは私の顔を一瞥し、あからさまに面倒そうな顔で答えた。


「……おはよう、確か、マタタビだっけか」


この男……。


「……猫と引っ掛けてるのかな? わざわざ下の名前まで覚えててくれて嬉しいな」


 私に咄嗟ながらウィットに富んだ返しに、久遠くんは苦虫を嚙み潰したような顔をした。舌打ちが今にも聞こえてきそうな表情だ。


「今日は遅刻じゃないんだな」


「久遠くん、生徒会のメンバーたるもの、規律は守らないといけないからね」

「瞬木、僕は生徒会を決してオススメしないからな」


 私の身を案じてくれているのか、それとも一緒の組織に属するのが嫌なのか。


 あの暗号の日から三日、思いもよらない変化が二つあった。


 まず一つ目は私が生徒会広報を拝命したということ。あのあと南中先輩に正式に誘ってもらい、少しだけ逡巡し、私は生徒会に属することを決めた。自由気ままな帰宅部がモットーだったわけだが、暗号の一件を経て私の中で何かが変わったのだ。


 上手く表現できないが、陳腐な言い方をすればそう、透明だった高校生活が少しだけ色づく予感がしたのだ。色づくと言っても恋愛的なアレではなく、あくまで無色じゃなくなりそう、みたいなやつだ。……多分。


 それにしても任命権があるとはいえ、生徒会長の独断でメンバーが決まるとは驚いた。なんかこう、既存メンバーが集まって審議するとか、そういうイニシエーションがあるのかと思っていたが、南中先輩の即断即決で驚くほど簡単に私は生徒会入りを果たした。これが我が校の生徒会の伝統的なスタイルなのか、南中先輩のキャラクター性によるものなのかはわからない。なんとなく後者な気がする。


 ちなみに聞いたところ、南中体制の生徒会では会長、副会長、会計、そして広報の枠は埋まったが、まだ書記職がいないらしい。もう六月なのに書記がまだいないなんてことあるのだろうか。不思議だ。今は会計の久遠くんが渋々書記を兼任しているらしい。ちょっと不憫だ。


 さて、もう一つの変化は暗号部のことだ。あの次の日、暗号部はなんとマーダーミステリー研究部になった。メンバーはそのまま、シンプルに名前を変えたのだ。


「活動の不透明さを払拭し、新しい部員を集めやすくするため、お馬鹿さんにでもわかる部活名に変更したい」という申請が熊谷先輩からあったと南中先輩に聞いた。暗号部の顧問が熊谷先輩からの申請書をそのまま上申した結果、『お馬鹿さん』の部分で教頭とひと悶着あったそうだが、最終的になんとか部名変更が可決されたとのことだ。顧問も含めてやはりちょっと変わった部だ。


 あの日のやり取りで久遠くんが、自分たちでマーダーミステリーを作ればいいと言ったことがきっかけらしく、熊谷先輩が天啓を得たり、みたいな顔をして去っていたのはそういうことだったのかと納得した。


「そういえば久遠くんって今はマダミス研究部ってこと?」


 部名変更を潮時として退部している可能性もあったので一応聞いてみる。


「そういうことになるな、総じてどうでもいいけど」


「退部とかしないの?」


「どうせ幽霊部員だ。僕が退部して別の被害者が出るくらいならこのままでいいだろ」


 なんか諦念してるなこの人。まぁ本人がいいならこれでいいのかな。


「そういえば瞬木、中間考査の成績はどうだったんだ」


 なッ……。


「突然なに? 女の子にそういうの聞くのサイテーだよ?」


 気丈に振舞って逃げ切ることにしよう。


「生徒会に居座る気なら本当に最低で最低でも学年五十位以内は目指したほうがいいぞ」


 本当に最低で最低でも五十位以内……。一学年約三百人だから五十位以内というのはかなり高い目標である。簡単に言い放ちやがって。


「……ちなみに久遠くんは何位くらいなの?」


「科目によるな」


 あれー? 総合順位を聞いてるのに変な答え方をするってことは、総合順位はそこまで自信ないんだ。フフ、強がっちゃって。


「総合だと大体二位だな」


 なんなんだよ本当に! 人の心を弄んで!


「瞬木、日本で二番目に高い山って知ってるか?」


「え、今度はなに? 知らないけど」


「二番目の知名度なんてそんなもんってことだよ。ちなみに日本で二番目に高い山は北岳だ」


 左様でございますか。まぁ確かに学年一位の人の噂は聞くけど二位の人の噂はあまり聞かないかもしれない。ちなみにうちの学年一位と謡われているのは時任(ときとう)さんという女子生徒だ。


 私はなんだか不思議な感じがした。三日前まで話したこともなかった久遠くんと、今は廊下でこんな他愛もない話をしているなんて。さやかに見られたらもしかして嫉妬とかされちゃうのだろうか。さすがに杞憂か。


「じゃあさ、久遠くんが勉強教えてよ」


「正気か? 死んでも嫌だ」


「そう言い捨てた久遠くんの表情は心なしか緩んでいた」


「勝手にナレーションすんな!」


 久遠くんが怒る。廊下の窓から、もう春ではない、初夏の風が舞い込んだ。



【Case 0 青の扉】 終

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