Case 0 青の扉 ④
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生徒会室の扉が開き、男女二人の生徒が入ってくる。二人とも校内で見かけたことがある気がするが名前はわからない。ワイシャツの胸の校章の形と色を見る限り、男子生徒のほうは一学年上の高等部二年、女子生徒のほうは高等部三年のようだ。
「久しぶり、久遠」
女子生徒がまず口を開いた。久遠くんと顔見知りのようだ。
「先に答えを伝えますが却下です」
久遠くんがいきなり却下した。なんの話だろうか。
「あらあら、そこをなんとか」
女子生徒が謎に食い下がるが……。
「論外です」
久遠くんがものすごく冷たく突き放す。
「まぁまぁ、立ち話もなんだから座ろうよ」
南中先輩がたしなめる。確かに私も生徒会室に入ってから立ちっぱなしだった。なんなら久遠くんも南中先輩もずっと立っていた。
私たちは促されるまま大机を挟み対面で座ることになった。私は南中先輩、久遠くんと並んで座る。謎に生徒会側のポジションだ。
「せっかく瞬木さんもいることだし、とりあえず自己紹介でもしようか」
南中先輩に振られたのでまずは私が学年とクラス、名前を対面に座る二人に伝える。
「瞬木寧々子なんて良い名前。七瀬と寧々子で暗号が作れそう」
女子生徒がいたずらっぽく笑う。今まで褒められたことがない角度から名前を褒めてもらった。暗号……やはりこの人たちは暗号部ってことかな。
「私は暗号部部長、三年の熊谷 恵美。瞬木さん、よろしくね」
「同じく副部長、二年の鹿場 陽太です。よろしく」
部長さんと副部長さんでした。
「熊谷先輩まだ部長やってたんですか? 早く引退した方がいいですよ」
久遠くんがものすごくストレートに嫌味を言う。確かにこの時期だと三年生は引退して、二年生に部長のポジションを引き渡している部活動も多い……ような気がする。私は由緒正しい帰宅部なので正確にはわからないけども。
「言うことを聞かない部員がいてね、なかなか引退できないのよ」
熊谷先輩がそう返すと、わかるわかると南中先輩が笑った。二人とも後輩に苦労しているということか。
「で、久遠、俺たちになんの用だい?」
鹿場先輩が問う。久遠くんがこの二人を呼び出したようだ。
「鹿場先輩、あなたが一番わかってるでしょう」
久遠くんが返すと、鹿場先輩は机に置かれたままのA3の紙を手に取った。私が五十音表と円周率を書いた紙だ。
「ま、見事と言うほかないな」
鹿場先輩が呟く。もしかして暗号を解いたことを褒めてくれてる?
「そちらこそなかなかよく出来てましたよ」
よくわからないけど褒め合ってる……?
「この暗号は鹿場くんがすずちゃんに宛てて作った、ということでいいのかな?」
南中先輩が相変わらず話をまとめてくれた。助かります。
「そう、俺が部長に頼まれて作りました」
鹿場先輩はそう言うと隣に座る熊谷先輩のほうに視線を送る。
「そう、私が鹿場に頼んでこの暗号を作らせたの」
いや話進まないな!
「すいません、いまいち話が見えないので質問させていただいてもよろしいでしょうか」
私は思わず挙手してしまった。
「どうぞ、瞬木さん」
熊谷先輩が静かに微笑む。この人は南中先輩とはまた違う妙な魅力がある。なんというか、上品さが漂う大人の女性みたいな。
「ではまず、暗号部の方々はなんのためにこの暗号を昇降口に貼ったのでしょうか」
せっかく会話のハンドルを握れたので最初から順を追って質問していこう。
「いい質問ね。どうせすぐに久遠に回収されることを見越しつつ、ちょっと劇場型の展開にしたくてね」
と熊谷先輩。なるほど、全然わからない。
「それはつまり久遠くんに直接渡すだけじゃつまらないから、みたいな感じでしょうか」
「そうね、直接渡したらそのまま捨てられる可能性もあったので、間接的に久遠に届くようにしたかった、という思惑もなきにしもあらずね」
なんだろう、絶妙に煮え切らないけどもういいか。
「わかりました。ではなぜ久遠くんにこの暗号を解かせたかったのでしょうか」
「それは……」
熊谷先輩が少し言い淀むと久遠くんが代わりに答えた。
「僕が生徒会の会計だからだよ」
あ、久遠くんって会計なんだ。
「なるほどねぇ」
南中先輩が納得している。ん-私にはまだよくわからない。
「つまりだ瞬木、生徒会の会計職である僕に、答えが『生徒会室』になるようなシニカルな暗号を解かせる。そこにはとてつもなく回りくどいがお金の相談がしたいという陰湿なメッセージが見え隠れしてると思わないか?」
え、そういう構造なの?
「なんなんだこの暗号、と僕は暗号部のメンバーを生徒会室に呼び出す。そしてそれに応じた熊谷先輩はなんやかんやで部費の増額の話を切り出す。おおかたそんなシナリオを描いていたんでしょう」
久遠くんがそう言いながら熊谷先輩をじとりと睨む。
「部長、バレバレです」
鹿場先輩がお手上げと言った感じでぼやいた。
「だから最初に伝えました、却下ですと」
なるほど、さっきのやり取りはそういう意味だったのか。わかるか。
「久遠、聞いて欲しい。本当に部費が少なくて何もできないの」
熊谷先輩はお願いしている立場のはずなのになぜかちょっと偉そうだ。
「別にいつも何もしてないような部活なんだからいいでしょう」
元も子もない返し。
「久遠、部費があればね、色々なマダミスが買えるの」
マダミス、マーダーミステリーと呼ばれるパーティゲームのジャンルのことだろう。これは通らなそうだ、私でもわかる。
「先輩、どうせ暇なんだから自分たちでマダミス作ればいいじゃないですか」
久遠くんが言い捨てる。
「……ただで部費を上げてとは言わないわ。久遠、七瀬、そして瞬木さん」
突然名前を呼ばれて驚いた。もう部費の話になっていたので私は蚊帳の外だと思っていた。
「私たち暗号部と、暗号バトルで勝負しましょう」
あ、暗号バトルで勝負!? バトルと勝負が若干重複していることはさておき、何やら聞いたこともないようなイベントが始まりそうだ。
「ルールはこちらで決めさせてもらうわ。両チーム先鋒中堅大将の順に」
「やりません」
説明を久遠くんがぶった斬った。やっぱ始まらなそうだ。
「え……やらないの?」
熊谷先輩もきょとんとしている。
「残念ながら今年度の部費は確定しています。臨時の増額にも対応できかねます。そして今回あなたたちをここへ呼び出したのは、未許諾の掲示物への注意のためだけではありません」
久遠くんが淡々と続ける。
「暗号部の同好会への降格を検討しています」
場に一瞬の静寂が訪れる。同好会への……降格?
「待て待て久遠、それはいくらなんでも」
鹿場先輩が口火を切ると熊谷先輩が続く。
「今回はちょっといたずらが過ぎたわ、ごめんなさい」
先ほどまで不遜を貫いていた熊谷先輩が謝罪の言葉を口にした。これはきっと大事だ。
「ちょっと待って、生徒会って部を降格させる権限まであるの?」
焦る暗号部が少し不憫になり、私は疑問をぶつけてみることにした。
「瞬木さん、もちろん生徒会にそんな権限はないよ」
南中先輩がにこやかに答えてくれた。なんだやっぱ無いじゃん。
「でもねぇ、すずちゃんにはあるんだよねぇ」
え、久遠くんにだけそんな特権が!? 悪政すぎる! 私は顔をしかめて隣の男の横顔を見た。
「瞬木、部と同好会の違いはわかるか?」
私の視線に気づき、悪政野郎が聞いてくる。
「え……人数とか?」
「そう、うちの学校では五名以上所属していれば部、四名以下だと同好会になる」
判定のための正確な人数は知らなかった。なるほどなるほど。
「同好会になれば当然部室や部費はなくなる。だから先輩方は焦っているわけだ。さて、現在暗号部の部員は五名、顧問が一名。ギリギリで部のていを保っているが、活動内容は極めて不明瞭。活動報告書すらまず暗号で作ってくるような偏屈な集団だ。過去には学祭でほかの部になりすまして出店したこともある。我が校の歴史に刻まれる無法者の集まりと言っても過言ではない」
「過言だよ」
久遠くんの説明に熊谷先輩がつっこむ。学祭の件、私の入学前のことだけど噂で聞いたことがある。たしか、模擬模擬店事件……。
「つまり、今の暗号部は部員が一人辞めれば同好会に降格する」
「それはわかったけど、久遠くんが部員をクビにするってこと? そんなこと」
私の反論を遮り久遠くんが続けた。
「クビじゃない、僕が退部するんだ」




