Case 0 青の扉 ②
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終礼が終わり、クラスメイトが各々の身支度をする中、私はさやかに話しかけた。
「生徒会の久遠くんって部活とか入ってるの?」
「え、いや多分入ってなかったと思うけど」
私と同じだ。自由気ままな帰宅部。
「じゃ生徒会室に放課後いるかな?」
「たぶんいるんじゃないかなぁ」
「お、じゃさやかも一緒に行く?」
「いや私は部活あるからね」
さやかは文武両道、陸上部でも活躍する才女である。百花も果歩もあの暗号には興味が無さそうなので、私は一人で生徒会室に乗り込むことになりそうだ。
「あ、生徒会に行くなら会長にも気をつけなね。変な人だから」
にも、という表現が気になる。生徒会長といえば眉目秀麗で有名な南中先輩だ。変人だという噂は耳にしたことがなかったが……。
「そんなイメージないけどなぁ。ってかさやか、生徒会に詳しくない?」
「うんまぁ、会長も幼馴染みたいなもんだからね。じゃ、頑張ってね」
まだ幼馴染がいるのか、少女漫画みたいな地元だなぁ。そんなことを思いながらさやかを見送り、一応百花と果歩にも声をかけてみる。
私たちも部活あるから、と予定調和で玉砕した私は、やはり一人で生徒会室に向かうことになった。入学してから四年目、ただの一度も足を踏み入れたことのない生徒会室。確か一階の保健室の近くにあった気がする。
部活に向かう少年少女たちを横目に昇降口にたどり着いた私は、掲示板を確認してみる。やはりあの紙はもう剥がされていた。生徒会が回収したのだとしたら話が早そうだ。私はスマホのアルバムを開きつつ、廊下の奥へと進んだ。
記憶のとおり、生徒会室は保健室の並びに設置されていた。いきなり入室するのも気が引けたので、とりあえず扉の窓からこっそり中を覗いてみると、二人の人影が確認できた。男子生徒と女子生徒が話をしている。
女子生徒のほうは例の生徒会長、南中先輩である。男子生徒のほうは……あの顔はたぶん久遠くんだ。タイミングを窺いつつ、窓から二人を観察していると、気配に感づいた男子生徒と目が合ってしまった。私は覚悟を決めて生徒会室の扉を開く。
「……すいません、久遠くんっていますか?」
一応久遠くんのことを認識していないていで尋ねる。
「お? すずちゃんならちょうどこちらに」
南中先輩がまるでオススメの商品かのように、男子生徒を紹介しくれた。すずちゃん……?
「……僕が久遠だけど、どちら様?」
すずちゃんと呼ばれた生徒やはり久遠くんだった。久遠くんは質問とは裏腹に、私が誰であろうとさして興味がないような、そんなすまし顔をしている。
ちなみにさやかは私のタイプではないと思うと言っていたが、久遠くんの顔はなかなかに整っている。まぁ確かに私は別にイケメンが好きというわけではないのだけれど。
「高校一年A組の瞬木寧々子です」
すまし顔に対抗すべく、私は得意の人懐こい笑顔を作りながら答える。
「股に滝? 珍しい苗字だね」
南中先輩がニヤついている。先輩、なんかイメージと違う。変な人というさやかの言葉がちらつく。顔はすごく可愛いのに。
「南中先輩、珍しい苗字なのは間違いないですが、漢字が全然違います」
釘を刺しつつ、一応説明を重ねることにした。
「一瞬の瞬に、木曜日の木で瞬木です」
「私は南中 七瀬、名ばかりの生徒会長です」
南中先輩もなぜか自己紹介してくれた。下の名前は初めて聞いた気がする。確かに名前に『な』がやたらと多いが、いやはや名前まで可愛いなこの人。
「君があの瞬木さんか」
「え、私を知ってんの?」
久遠くんの予想外の反応に思わずドキッとして聞き返してしまった。
「遅刻魔の名をほしいままにしてるの、君だろ」
なッ……! 想定外の返しに面食らう。さやかの密告か? それとも、本当に学年で有名になってしまっているのだろうか……。
「……久遠くん、私は夜が強いんです」
私は人差し指を立て、したり顔で言い返してみることにする。
「変な言い方をするな、朝弱いって言え」
すかさず軽快なツッコミが返ってくる。ちょっと面白い。
「ところで南中先輩、なんですずちゃんなんですか」
本題に入る前に、気になったことを聞いてみることにした。
「ん? あぁ、彼は名前がゆすずだからね」
「ゆすず!?」
「夕涼みと書いてゆすず、だからすずちゃん」
南中先輩が私に微笑みかけてくれる。さやかから久遠くんの下の名前は聞いたことがなかった。私の名前もかなり珍しいと思っているが、久遠夕涼、その上をいく珍しさだ。
「キラキラとまではいかないけど、なかなかですねすずちゃん」
「すずちゃんって呼ぶな。そして瞬木、僕はこの名前を気に入っている。ってか一体何の用なんだ!」
久遠くんがまくし立ててくる。私が失礼すぎたのか、すでに私の名前は呼び捨てになっていた。
「あぁごめんなさい、実は相談したいことがあって」
私はスマホを取り出し暗号の画像を表示しようとする。その時、生徒会室の奥の机の上に、黄色い紙が置いてあることに気が付いた。
「あの黄色い紙、もしかして……」
私の指さす方向に見て、久遠くんが紙を拾い上げる。
「これか? もしかしてこれを解いたのか?」
久遠くんが手にしているのはやはりあの暗号の紙だった。これを解いた? 全然解けないから来たのに妙な事を言う。
「いや、その暗号が解けなくて、さやかに相談したら久遠くんに聞いてみなよって言われて……」
「あぁ、さやかの差し金か」
ほほう、さやかのことは下の名前で呼ぶのか。少女漫画だなぁ。
「暗号? なにそれ?」
南中先輩この紙のことを知らないようだった。
「中等部と高等部の掲示板に貼ってあった。僕が登校した時にはまだ無かったから、おそらく午前中のどこかのタイミングでこっそり貼られたんだろう。掲示許可が無かったので昼休みに即刻回収した」
久遠くんはそう言いながら南中先輩に紙を一枚手渡す。なるほど、中等部の方にも貼ってあったのか。久遠くんの登校時に無かったということは、私が登校する直前に貼られた可能性が高そうだ。というか久遠くんは南中先輩に対してもタメ口なのか。さやかと三人で幼馴染って感じなのかな。
「へぇ、暗号部かぁ。面白そうだね。でもこんなに早く回収されちゃうなんて、彼女たちも不運だね」
黄色い紙に視線を落としながら南中先輩がぼやく。彼女たち? もしかして暗号部のことだろうか?
「ちゃんと掲示許可を申請しなかったあいつらが悪い。……ただ今回に関しては回収されるところまで織り込み済みという感じだろうな」
久遠くんがものなんだか含みのあることを言う。話が全然見えてこない。
「すずちゃん、わらやまって何?」
そしてやはりみんなそこでつまずくのだ。
「で、瞬木はどこまで解けたんだ?」
南中先輩の質問は無視したうえで、私に結構嫌な質問をしてくる。一切解けずに泣きつきに来たと正直に言うべきか。いやでもそれだと普通に小馬鹿にされる気がする。
「……全部ではないけど、方向性はこれかなってのはあるかな」
少し悩んだ挙句、結局お茶を濁すような回答になってしまった。濁させてくれなさそうなのに。
「へぇ、どんな?」
だよね、そうくるよね。
「……四十四人のクラスの中で、唯一テストでゼロ点を取ったパイの有名店が実家の藁山くんが所属している部活の部室を探せってこと、かな?」
ごめん、果歩。
「あ、そういうことかぁ」
南中先輩が反応してくれる。本心かどうかはわからない。
「偏差値2の答えだな」
ごめん、果歩!
「ごめんなさい、全然わからず久遠くんを頼りに来ました」
久遠くんの蔑むような視線に耐えられなくなった私は正直に白状することにした。ただ念のために聞いてみる。
「でもひとつくらいは方向性合ってるんじゃないかな、四十四人のクラスとか……」
「何ひとつとして合ってない。逆に感心する」
感心してもらえた。果歩、骨は拾ったからね。
「つまり久遠くんはこの暗号が解けたってこと?」
「もちろん」
久遠くんは得意気に少し笑った。笑うこともあるのか。
「じゃ、久遠先生に解説していただきましょうかね」
南中先輩が場を取りまとめてくれる。久遠くんはスマホを取り出すと、画面に目を落とした。
「……まぁまだ少し時間があるからいいか」
時間? 久遠くんがまた意味深なことを呟きつつ、部屋の中央の大机の上に暗号の紙を広げた。何やら解決編が始まりそうな雰囲気だ。




