幕間 ヒロイン・リリアーナは、誰にも選ばれなくなった夜に立ち尽くす
夜の王宮は、こんなにも静かだっただろうか。
私は一人、窓辺に立っていた。
かつては、殿下が隣にいて、
皆が私を見つめて、
未来は当然のように約束されていた。
(……なのに)
殿下は最近、私を見ない。
正確には――
何かを探すような目で、過去ばかりを見ている。
「エレノア……」
彼の口から零れる名前を、
私は何度も聞いた。
そのたびに胸が冷えていく。
***
私はヒロインだった。
守られ、愛され、選ばれる存在。
努力しなくても、物語が味方をしてくれる。
――そう、信じていた。
でも。
エレノアがいなくなった途端、
物語は私を助けてくれなくなった。
誰も教えてくれない。
誰も決断してくれない。
失敗すれば、ただ責められる。
(……私、何も持っていなかったんだ)
優しさも、知識も、覚悟も。
ただ“ヒロイン”という立場だけ。
それは、
誰かが支えてくれて初めて成立する役割だった。
***
噂は、残酷だった。
エレノアが商会で活躍していること。
信頼され、必要とされ、
誰かの隣で穏やかに笑っていること。
(違う……)
そう思いたかった。
悪役令嬢は、
私を輝かせるための影であるべきだった。
なのに今は、
私のほうが影に立っている。
***
鏡に映る私は、
相変わらず“可哀想で、守られるヒロイン”の顔をしている。
でも。
「……もう、誰も来ないわ」
泣いても、
祈っても、
物語は動かない。
そのとき、初めて理解した。
エレノアは、
悪役をやめただけではなかった。
自分の人生を、自分で選んだのだ。
私は?
選ばれるのを、
ただ待っていただけ。
***
膝から力が抜け、
私はその場に座り込む。
闇に落ちる一歩手前で、
まだ、かすかな分かれ道が見えていた。
――努力する道。
――変わる道。
――誰かに依存しない道。
でも、その道は、
もう“物語”の外にある。
「……怖い」
小さく呟いた声は、
誰にも届かなかった。
ヒロインだった少女は、
この夜、初めて知った。
役割を失うことは、終わりではない。
ただ、始め方を知らないだけなのだと。




