第6話 悪役令嬢は、優しい居場所で恋を知る
朝の商会は、思っていたよりずっと慌ただしい。
「エレノア様、この書類を――」
「はい。あとで確認しますわね」
気づけば、私の机の周りには自然と人が集まっていた。
誰も“元悪役令嬢”なんて言わない。
ただ、頼れる一人として接してくれる。
「……本当に、すごいな」
向かいの机から、レオンが小さく笑った。
「何がですの?」
「ここに来て、まだ数日なのに。
もう、皆の中心だ」
私は首を振る。
「違いますわ。
ここでは、必要とされているだけですの」
王都では、それが“当たり前”すぎて、
誰も感謝してくれなかった。
でも、ここでは違う。
***
仕事が一段落した夕方。
レオンは、私に温かい紅茶を差し出した。
「ほら。少し休め」
「……覚えていてくれたの?」
「紅茶が好きなこと?」
彼は当然のように言う。
「幼い頃から、ずっと」
胸が、静かに熱くなる。
王太子は、
私が何を好み、何を嫌っていたかを、
一度も覚えていなかった。
でもこの人は――
物語にも、役割にも関係なく、
私を“私”として見ている。
「ねえ、レオン」
「ん?」
「私、ここにいていいのかしら」
ほんの少しだけ、弱音が漏れた。
彼は答えず、
代わりに、そっと私の手を取った。
「いてほしい」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
「必要だからじゃない。
一緒にいたいからだ」
――ああ。
悪役令嬢だった私は、
初めて“選ばれた”。
役としてでも、
都合のいい存在としてでもなく。
ただ、一人の女として。
「……ずるいですわね」
「何が?」
「こんなふうにされたら、
好きにならないほうが無理ですわ」
レオンは一瞬固まり、
次の瞬間、耳まで真っ赤になった。
「……それは、反則だろ」
思わず、笑ってしまう。
断罪の先で、
こんなに穏やかな時間が待っているなんて、
誰が想像しただろう。
悪役令嬢の物語は終わった。
でも――
エレノアの恋は、今ここで始まっている。




