第5話 ヒロインは、物語が思い通りに進まないことを知る
――おかしい。
王太子殿下の隣に立っているのは、
リリアーナ・フェルナンド――この私のはずなのに。
祝福される未来も、
皆に愛される立場も、
すべて手に入れたはずだった。
(なのに……どうして、こんなに不安なの?)
断罪の日、私は泣いた。
怖くて、可哀想で、守られるヒロインでいるために。
それが、正しいはずだった。
***
「エレノア様は、王都へ戻らないそうです」
その報告を聞いた瞬間、胸がざわついた。
「……戻らない?」
悪役令嬢は退場するもの。
それが、この世界の“流れ”だった。
なのに、エレノアは去ったまま、
しかも幸せそうだという。
(そんなの……想定外)
***
エレノアがいなくなってから、王宮は変わった。
会議は長引き、
殿下は苛立ち、
書類は山積みになる。
「リリアーナ様、この件ですが……」
「……ごめんなさい、分かりません」
口にした瞬間、気づいてしまった。
私は、
答える役ではなかったのだと。
エレノアがいた頃、
私はただ、隣で微笑んでいればよかった。
(ヒロインは、選ばれる存在……)
その考えが、
初めて不安に変わる。
***
噂は、私を追い詰めた。
追放されたはずのエレノアが、
商会で信頼され、
誰かの隣で笑っている。
「……間違ってる」
悪役令嬢は、不幸になる役。
私が幸せになるための、踏み台。
それなのに。
(どうして……私じゃなくて、あの人が?)
気づいてしまった。
私が欲しかったのは、
殿下の愛ではない。
物語の中心にいる安心感だったのだ。
***
夜、鏡の前で立ち尽くす。
涙を流す顔は、
完璧なヒロインのはず。
けれど。
「……この先、どうすればいいの?」
答えてくれる人は、もういない。
エレノアは、物語から降りた。
そして物語は、私を守らなくなった。
初めて知った。
ヒロインであることは、
幸せを保証する役割ではない――。




