第3話 断罪した王太子は、ようやく失ったものに気づく
エレノアを追放してから、王宮は妙に静かだった。
いや、正確には――
うまく回らなくなった。
「殿下、この予算案ですが……」
「前回の調整、誰がやっていたのですか?」
次々と持ち込まれる書類に、俺は眉をひそめる。
「……それは、財務官が」
「財務官だけではありません。
これ、エレノア様の筆跡では?」
側近の一言で、胸がざわついた。
***
会議。
交渉。
数字の調整。
以前は、すべてが“なぜか”円滑に進んでいた。
俺は決断するだけでよかった。
細かい部分は、誰かが整えてくれていた。
(……誰だ?)
答えは、分かっている。
だが認めたくなかった。
「エレノアは、ヒロインをいじめていた」
「彼女は悪役令嬢だった」
そう言い聞かせてきた。
けれど、彼女が去った後に残ったのは――
混乱と、赤字と、責任だけ。
「殿下、商会との契約が破棄されました」
「理由は?」
「……エレノア様が、関わっていた商会です」
息が詰まる。
あの女は、
ただ王太子の婚約者だったのではない。
王国を回す“歯車”だったのだ。
***
夜。
一人きりの執務室で、俺はふと気づく。
エレノアは、
一度も俺に縋らなかった。
断罪の場で、
泣きもせず、言い訳もせず、
ただ静かに頭を下げた。
(……なぜだ?)
愛していたから?
諦めていたから?
――違う。
最初から、俺を選んでいなかったのだ。
俺は、選ばれなかった。
その事実が、胸をえぐる。
「殿下……リリアーナ様が、お呼びです」
「……今はいい」
彼女の涙より、
帳簿の赤字より、
エレノアの背中が、脳裏から離れない。
だがもう、遅い。
彼女は物語から降りた。
俺が追い出したのだ。
王太子としての俺は、
正しい選択をしたはずだった。
それなのに――
「なぜだ……」
失ってから気づくとは、
ずいぶんと、愚かな話だ。




