第9話 ギルド審査と、解体屋の真相
翌日。俺は放課後、探索者ギルドの支部を訪れていた。
いつもなら夕方のギルドは、クエスト帰りの冒険者たちで活気に溢れているはずだ。
だが、今日は空気が違った。
「おい、聞いたか? 昨日の廃屋敷の件」
「ああ。デュラハンが討伐されたって話だろ?」
「討伐なんてレベルじゃねえよ。現場検証した奴の話じゃ、壁ごと『破砕』されてたらしいぞ」
あちこちから、ヒソヒソという囁き声が聞こえてくる。
噂の広まる速度は光より速いらしい。
俺はフードを深く被り、目立たないようにカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ。買取ですね?」
受付の女性職員が、業務的な笑顔で対応する。
俺は無言でポーチを開き、中身をトレイにぶちまけた。
ゴロン、ゴロロン……。
大量の魔石。
そして、その頂点に鎮座する、拳大の「デュラハンの魔石」。
さらに、黒光りする金属の塊――『漆黒鎧の欠片(特大)』。
(防具用に手頃なサイズの欠片は、あらかじめ家に置いてきた。これは換金用の余りだ)
「ひっ……!?」
職員の笑顔が凍りついた。
彼女は震える手で金属片を手に取り、すぐに奥へ向かって叫んだ。
「か、鑑定士! 鑑定士の方をお願いします! A級案件です!!」
ロビーが一瞬で静まり返った。
A級案件。国家予算レベルの依頼や、災害級モンスターに関わる事案に使われる言葉だ。
すぐに奥から、白髪の老人が早足で出てきた。この支部の鑑定チーフだ。
彼は金属片をルーペで覗き込むと、顔色を変えた。
「……間違いない。これはデュラハンの鎧片だ。しかも……」
老人は震える声で呟いた。
「切断面がない。熱で溶かされた痕跡もない。これは……純粋な『圧力』によって、分子結合ごと引き千切られている」
老人の視線が、俺に向けられた。
その目は、珍しいものを見る目ではなく、理解不能な怪物を見る目だった。
「君……これをどうやって倒した? 魔法か? それとも国宝級の魔剣でも使ったのか?」
「……企業秘密です」
俺は短く答えた。
正直に「コンクリで殴りました」なんて言ったら、余計に騒ぎになる。
老人はゴクリと唾を飲み込み、カウンターの奥で職員たちと何やら激論を交わし始めた。
数分後。
提示された明細書を見て、今度は俺が固まる番だった。
━━━━━━━━━━━━━━
【買取明細】
・雑魚魔石一式: 52万円
・デュラハンの魔石: 250万円
・漆黒鎧の欠片(特大):420万円
合計: 722万円
━━━━━━━━━━━━━━
「ななひゃく……!?」
思わず声が出た。
桁が違う。
たった一回の探索で、サラリーマンの年収を超えてしまった。
「……あの、お客様?」
受付嬢が引きつった笑顔で俺を見た。
その目は完全に怯えていた。
『この人、一体何者? 指名手配犯? それとも王国の暗部?』
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
周囲の冒険者たちも、遠巻きに俺を見ているだけで、誰も近づこうとはしない。
高額当選者を見るような羨望ではない。爆発物を見るような恐怖の視線だ。
「……全額、登録口座へ振り込みで」
「は、はい! 直ちに!」
俺は逃げるように手続きを済ませようとした。
だが、その時だった。
「待ちたまえ」
威厳のある声が響いた。
ギルド支部長だ。
恰幅の良いスーツ姿の男が、数人の側近を連れて現れた。
「竹内涼太君だね。君に、ギルド本部より通達がある」
支部長は俺の前に立つと、一枚の書類を突きつけた。
「本来、Fランク探索者がDランク帯の『廃屋敷』へ無許可で立ち入ることは、重大な規約違反だ。通常ならライセンス剥奪もあり得る」
ギクリとした。
確かに、昨日は勢いで突入してしまったが、本来はランク制限がある場所だ。
「だが……」
支部長はチラリと、カウンター上の「漆黒鎧の欠片」を見た。
「君の実績は規格外だ。放置されていたボスを単独撃破し、被害の拡大を防いだ功績を鑑み、今回の違反は不問とする。さらに、特例措置としてランクアップ試験をすべて免除する」
支部長は新しいカードを俺に渡した。
「本日付でEランクへの昇格、およびDランク帯ダンジョンへの『正式アクセス権』を付与する。……君のような規格外を、コソコソと不法侵入させておく方が危険だからな」
ロビーがどよめいた。
不問どころか、飛び級昇格。前代未聞の厚遇だ。
「……いいんですか?」
「構わん。ただし条件がある。今後、君が持ち込む素材に関しては、優先的に当ギルドへ卸してほしい。特に、こういう『ありえない壊れ方』をした素材は、研究価値が高いのでね」
支部長の目が、探るように光った。
俺は無言で頷き、更新されたEランクカードを受け取った。
722万の大金と、正式なDランクへのフリーパス。
手に入れたものは大きい。
だが同時に、俺はギルドからも「要注意人物」として認識されてしまったようだ。
◇
ギルドを出た俺は、その足で近くのEランクダンジョン「岩窟の迷宮」へ向かった。
換金も済んだし、ランクも上がった。
だが、俺には一つ、確認しておかなければならないことがあった。
「装備のテストだ」
俺は背中の包みを解き、あの『黒鉄の大剣』を取り出した。
第4話でホブゴブリンから手に入れた、業物だ。
昨日のデュラハン戦ではコンクリハンマーを使ったが、やはりメイン武器はちゃんとした剣であるべきだ。
コンクリは脆すぎるし、作る手間もかかる。
このクレイモアなら、鉄をも切り裂く強度があるはずだ。
「グルルッ!」
手頃なオークが現れた。
実験台にはちょうどいい。
「よし……行くぞ」
俺はクレイモアを構えた。
軽い。
指先に吸い付くようなバランス。さすがは良品だ。
オークが棍棒を振り下ろしてくる。
俺はそれを「パリィ」で受け流そうとした。
カキンッ!!
「……お?」
嫌な音がした。
オークの棍棒は弾いた。俺自身は無傷だ。
だが、手の中のクレイモアから、微細な振動が伝わってくる。
刀身を見ると、刃こぼれが生じていた。
「……マジか」
俺は顔をしかめた。
俺のパリィは、技術で受け流しているわけじゃない。
STR178にも達した異常な筋力で、無理やり軌道を叩き変えているだけだ。
その負荷は、敵の武器だけでなく、俺の武器にも等しくかかる。
ジャストタイミングで衝撃を流せればいいが、コンマ数秒でもズレれば、武器同士の正面衝突になる。
「グモッ!」
オークが追撃してくる。
俺は再び剣で受ける。
ガギッ! ミシッ……。
受けるたびに、剣のグリップがきしむ音がする。
違う。
敵の攻撃が重いんじゃない。
俺の「握力」が強すぎるんだ。
インパクトの瞬間、剣を保持しようとして無意識に込めた力が、グリップを内側からひしゃげさせている。
「嘘だろ……良品だぞこれ?」
焦る俺の前で、オークが渾身の一撃を放つ。
俺は反射的に、剣を叩きつけた。
バギィィィィッ!!
「あ」
クレイモアが、根元からへし折れた。
折れた刃が回転しながら宙を舞い、地面に突き刺さる。
手元に残ったのは、ひしゃげて指の跡がついたグリップだけ。
「ブヒッ!?」
オークも驚いている。
俺は溜息をつき、素手でオークの顔面を殴り飛ばして戦闘を終わらせた。
《 戦闘終了 》
俺は折れた剣の残骸を見つめた。
市場価格で数十万はする剣だ。それが、たった数回の戦闘でスクラップになった。
「……だめだ」
俺は悟った。
俺の筋力と、雑なパリィ技術。
この二つが組み合わさると、普通の武器では耐えきれない。
ミスリル製の最高級品なら耐えるかもしれないが、そんなものを毎回使い潰していたら、700万なんて一瞬で消える。破産だ。
俺に必要なのは、切れ味じゃない。
俺の全力を受け止めても壊れない「質量」と、壊れても懐が痛まない「安さ」だ。
「……結局、あいつしかいないのか」
俺はスマホを取り出し、登録してある番号に発信した。
「……もしもし、叔父さん? 涼太だけど」
『おお、どうした? また何かあったのか?』
「いや、仕事の相談じゃなくて……明日、現場空いてるかな?」
俺は苦笑しながら言った。
「ちょっと、『材料』が欲しくてさ」
『材料? また鉄骨か?』
「ああ。前より太くて、長いやつを頼む。……やっぱり俺の相棒は、鉄クズ(あいつ)しかいないみたいだ」




