第8話 魔法無効の鎧騎士 vs 物理特化の解体屋
「逃げろ! そいつは魔法無効だ! 物理だけで勝てる相手じゃない!」
背後で魔法使いの男が叫んだ。
彼の声には、純粋な恐怖と、俺への警告が混じっていた。
無理もない。
デュラハンは物理攻撃力も高く、生半可な前衛職なら鎧ごと両断されるほどの剛剣の使い手だ。魔法が効かず、物理で挑めば力負けする。それがこのボスが「初見殺し」と呼ばれる所以だ。
だが、俺は肩に担いだコンクリートハンマーを握り直しただけだった。
「魔法? 使わねえよ。俺にあるのは筋肉だけだ」
「はぁ!? 死ぬぞお前!」
男の制止を無視して、俺は一歩前に出た。
デュラハンが、抱えていた生首をゆっくりとこちらへ向けた。
兜の奥で、青白い鬼火のような瞳が俺を捉える。
標的変更。
肌を刺すような殺気が膨れ上がり、空気が重くなる。
来る。
俺は重心を落とし、ハンマーを斜めに構えた。
防御力なんてないに等しい俺の体だ。あんな大剣にかすっただけで、即死は免れない。
全身の毛穴が開き、心臓が早鐘を打つ。
怖い。逃げ出したい。
だが、それ以上の高揚感が腹の底から湧き上がってくる。
「……来いよ」
俺が呟いた瞬間、デュラハンの姿がブレた。
速いッ!
重量級の鎧を着ているとは思えない踏み込み。
一瞬で間合いを詰められ、漆黒の魔剣が視界を埋め尽くす。
回避は間に合わない。
俺は全神経を集中させ、ハンマーを剣の軌道に割り込ませた。
ガギィィィィンッ!!
激しい火花と共に、巨大な質量同士が激突した。
「ぐ、ぅッ……!?」
重い。
ホブゴブリンとは桁が違う。
STR142という、重機並みの筋力を持つ俺の腕が、衝撃で軋みを上げる。
剣圧だけで肩が沈み、足元の石床が蜘蛛の巣状にひび割れた。
膝が笑う。
油断すれば、そのまま押し潰されて両断されそうなほどのプレッシャー。
「……舐めんなよッ!!」
俺は奥歯を噛み締め、咆哮と共に押し返した。
ギリギリの均衡。
デュラハンがわずかによろめく。
だが、代償は大きかった。
パラパラ……と、手元から乾いた音がする。
俺の武器――即席のコンクリートハンマーの表面に亀裂が走り、破片がこぼれ落ちていた。
くそっ、やっぱり即席武器じゃ脆すぎる!
俺は舌打ちをした。
STR142の出力と、デュラハンの剛剣。その板挟みになったコンクリートが悲鳴を上げているのだ。
あと何回耐えられる?
10回か? 5回か?
武器が砕けるのが先か、俺が押し切るのが先か。
視界の端に、無機質なログが流れる。
《 チャージ+1 》
《 段階:白 》
まだだ。
こんな威力じゃ、あの分厚いフルプレートアーマーは貫けない。
溜めるんだ。
限界まで。武器が形を保っていられるギリギリまで。
「シィィィッ!!」
デュラハンの生首が奇声を上げ、追撃の連打を繰り出してくる。
横薙ぎ、突き、斬り上げ。
嵐のような剣戟。
一撃でも貰えば、俺のHPバーは消し飛び、人生が終わる。
死の恐怖が、俺の感覚を極限まで研ぎ澄ませていく。
ガギッ! ゴッ! ガァンッ!
俺はハンマーの柄、側面、先端、使える場所を全て使って剣を弾いた。
受けるたびに衝撃が骨に響き、コンクリートが砕け散る。
ハンマーは見る見るうちに小さくなり、中の鉄筋が剥き出しになっていく。
「な、なんだあいつ……」
後ろで見ていた魔法使いの男が、呆然と呟く声が聞こえた。
「デュラハンの剛剣を、あんな瓦礫で弾いてる……!? 前衛職の本職でも、盾ごと吹っ飛ばされる威力だぞ……」
「ありえない……人間じゃないわ……」
彼らの常識では測れないだろう。
俺はタンクじゃない。ただの解体屋だ。
重機のような馬鹿力で、理不尽をねじ伏せているに過ぎない。
《 チャージ+5 》
《 チャージ+7 》
あと少し。
ハンマーの先端は、もうコンクリートが半分以上剥がれ落ち、無残な鉄塊と化していた。
だが、その芯には確かに熱が溜まっている。
俺の腕を通じ、武器へと流れ込む破壊のエネルギー。
次で、溜まる。
デュラハンが大きく振りかぶった。
トドメの大上段。
俺は逃げずに、半壊したハンマーを突き出した。
ガァァァァァンッ!!
今日一番の衝撃音。
俺の体が数メートル後ずさり、ブーツの底が床を削る。
ハンマーのコンクリート部分は完全に砕け散り、今はただの鉄パイプと鎖、そしてわずかにへばりついた瓦礫だけになった。
だが、その瞬間。
死にかけの武器が、眩い光を放った。
バチチチチッ!!
《 規定パリング回数に到達 》
《 チャージ段階:【青】 》
《 武器耐久:限界 》
鉄パイプの表面に、青白い雷光が走る。
まるで高圧電流を纏ったかのように、武器そのものが唸りを上げ、青い火花を撒き散らし始めた。
「な、なんだあの光!? エンチャントか!?」
「違う、魔力じゃない……純粋な運動エネルギーが溢れ出してるんだ!」
魔法使いたちが驚愕の声を上げる。
俺は震える手で、青く輝く鉄塊を握り直した。
これ以上は溜められない。
スキルの上限だ。
そして、武器の寿命だ。
次の一撃ですべてが決まる。
デュラハンが動きを止めた。
本能で悟ったのだろう。目の前の獲物が、自分を脅かす存在へと変貌したことを。
鎧の騎士が、全身の力を込めて剣を構え直す。
上等だ。
魔法無効? 関係ない。
物理で砕けないなら、物理と属性の掛け算で、無理やりこじ開けるまでだ。
「……お前の自慢の鎧、スクラップにしてやるよ」
俺は青い雷光を背負い、一歩を踏み出した。
デュラハンが動く。
生首が絶叫し、漆黒の魔剣が横薙ぎに振るわれる。
速い。
だが、俺はもう防御なんてしない。
受ける必要はない。
相手の剣が届くより速く、俺の鉄塊を叩き込めばいいだけだ。
「オオオオオオッ!!」
俺は裂帛の気合と共に、地面を蹴った。
STR142の脚力が爆発し、石床が砕け散る。
一瞬で間合いを潰す。
デュラハンの剣が俺の首を狙って迫る。
だが、俺のハンマーの方が、コンマ数秒速く奴の胴体を捉えていた。
これまで奴が俺に浴びせてきた剛剣の重み。
ハンマーを砕いた衝撃。
その全てのエネルギーが、俺の体の中で渦を巻いている。
借りた分は、倍にして返してやる。
「弾けろォォォッ!! 《リリース》ッ!!」
俺は青い光を放つ鉄塊を、全力で振り抜いた。
ズドォォォォォォォンッ!!
洞窟内とは思えない、重爆撃のような轟音が響き渡った。
インパクトの瞬間、俺は見た。
ハンマーに染み込んだ聖水が、デュラハンの呪われた鎧に触れ、ジュワッと激しい白煙を上げて腐食させる様を。
そして、脆くなったその一点に――STR142の剛力と、蓄積されたデュラハン自身の攻撃エネルギーが、青い雷光と共に炸裂する。
グシャアアアッ!!
金属がひしゃげる不快な音。
デュラハンの胸部装甲が、裏側まで突き抜けるほどベッコリと陥没した。
中身の肉体など、圧力で破裂して消し飛んだだろう。
鎧の隙間から、圧縮された黒い霧がジェット噴射のように吹き出した。
「ギ、ガァ……ッ!?」
デュラハンは断末魔すら上げられなかった。
砲弾のように吹き飛び、背後の壁に激突。
そのまま壁ごと崩落し、瓦礫の下へと消えた。
「……はぁ、はぁ……ッ」
俺は残心をとったまま、荒い息を吐いた。
手の中の感触が軽い。
視線を落とすと、俺の武器だったものは、ただの砂利と鉄屑になってサラサラと崩れ落ちていくところだった。
限界を超えた負荷に耐えきれず、完全に粉砕したのだ。
《 戦闘終了 》
《 経験値を獲得しました 》
《 レベルアップしました 》
静寂が戻る。
瓦礫の山から、黒い霧が昇り、消えていく。
後には何も残らない。
圧倒的な完全勝利だ。
「……う、そだろ……」
背後から、震える声が聞こえた。
俺はゆっくりと振り返った。
魔法使いの男が、信じられないものを見る目で俺を見上げていた。
他のメンバーも、腰を抜かしたまま口をパクパクさせている。
「あ、あのデュラハンの鎧を……物理攻撃だけで、粉砕したのか……? 魔法ですら傷一つ付かなかったのに……」
「……言っただろ」
俺は作業着についたコンクリートの粉を払いながら、短く答えた。
「魔法なんてチャラいもんは使わねえ。足りない分は、筋肉と相性で埋めればいいだけだ」
男が息を呑む。
俺は彼らの反応を気にせず、デュラハンが消滅した場所へ歩み寄った。
そこには、ひときわ大きな魔石と、黒光りする金属の破片が落ちていた。
【 デュラハンの漆黒鎧(欠片) 】
分類: 素材
品質: 最上級
備考: 強力な魔法耐性を持つ装甲の一部。防具の素材として極めて優秀。
「……当たりか」
俺はニヤリと笑った。
これだ。これを探していた。
俺は素材を拾い上げ、ポーチに放り込んだ。
武器は失ったが、お釣りがくるくらいの戦利品だ。
「あ、あの!」
去ろうとした俺の背中に、魔法使いの女の子が声をかけてきた。
「助けてくれて、ありがとうございました! あの、お礼を……!」
「いらない。仕事の邪魔したな」
俺は手をひらりと振って、そのまま出口へと歩き出した。
彼らと馴れ合うつもりはない。
俺はただの解体屋。彼らとは住む世界が違う。
背中で、彼らが畏敬の念を込めて俺を見送る気配を感じた。
エリートと呼ばれていた彼らが、名もなき作業員に圧倒された瞬間だった。
◇
その夜。
俺は自宅のリビングで、遥に戦利品を見せていた。
テーブルの上に置かれた、黒く鈍い光を放つ金属片。
「……すごい。これ、純度100%の『抗魔金属』よ」
遥がルーペで欠片を覗き込みながら、興奮した声を上げた。
「市場に出せば数百万は下らないわ。でも、売るのはもったいない」
「ああ。俺もそう思う」
俺は頷いた。
今日の戦いで、自分の弱点は嫌というほど理解した。
物理には強いが、搦め手や魔法には脆すぎる。
デュラハンの攻撃を一発でも貰っていたら、俺は死んでいた。
「お兄ちゃんの課題は『魔法防御』の低さ。この素材を使って、専用の防具を作りましょう」
遥がパソコンで設計図を引き始めた。
「ただ縫い付けるだけじゃダメよ。お兄ちゃんは元々の耐久(VIT)が低いから、布一枚じゃ衝撃で内臓が破裂するわ」
「だろうな」
「だから、この金属を薄く伸ばして、複数のプレートに加工するの。それを重ね合わせて、作業着の内側に仕込む。『インナープレートアーマー』ね」
遥の説明に、俺は唸った。
見た目はいつもの作業着。
だがその内側には、Aランク級の魔法耐性と物理強度を持つ装甲が隠されている。
羊の皮を被った戦車だ。
「叔父さんに頼めば、加工してくれるはずよ。……ふふ、最強の作業着の完成ね」
遥が悪戯っぽく笑う。
俺もつられて笑った。
俺はスマホを取り出し、ステータスを確認した。
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名前: 竹内 涼太
Lv: 18
筋力(STR): 178
耐久(VIT): 22
敏捷(AGI): 20
器用(DEX): 18
知力(INT): 15
運 (LUK): 13
■残りBP: 0
(※全ポイントを筋力へ配分済み)
■残りSP: 25
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レベルは一気に18まで上がった。
STRは178。
もはや人間の領域を完全に逸脱しつつある。
だが、それでもまだ足りない。
ダンジョンの奥には、もっと恐ろしい化け物が潜んでいるはずだ。
「……強くなるぞ。もっと」
俺は拳を握りしめた。
最強の物理と、最強の防御。
その両方を手に入れた時、俺は本当の意味で家族を守れる存在になれるはずだ。




