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第7話 物理除霊と、制御不能の剛速球

 週末。俺は隣町にあるDランクダンジョン「廃屋敷」に来ていた。

 ここはかつて貴族の別荘地ごとダンジョン化したらしく、入り口には朽ち果てた洋館の門がそびえ立っている。


「……おい見ろよ。なんだあれ」

「工事現場の人? いや、武器を持ってるぞ」

「あれ武器か? コンクリブロックだろ……」


 周囲の冒険者たちが、俺を見てヒソヒソと囁き合っている。

 無理もない。

 ここはDランク。それなりに経験を積んだ冒険者が来る場所だ。

 そんな中に、作業着姿で、先端にコンクリートブロックを溶接した鉄パイプを担いだ男がいれば、誰だって二度見する。


 俺は彼らの視線を無視して、洋館の扉を蹴り開けた。


「行くぞ」


 返事はない。今日はソロだ。

 妹の遥は家で待っている。非戦闘員の彼女を連れてくるわけにはいかない。

 その代わり、ポケットには彼女が夜なべして作ってくれた「攻略メモ」が入っている。


 館の中は、埃っぽいカビの臭いと、冷気が漂っていた。

 長い廊下が続き、壁には古びた肖像画が並んでいる。


 ヒュゥゥゥ……。


 廊下の闇から白い影が滲み出した。

 ボロボロのローブを纏った骸骨の霊体。

 【 レイス 】。

 メモによれば、物理攻撃を無効化し、呪いの爪で精神力を削ってくる厄介なアンデッドだ。


「キシャァァァッ!!」


 レイスが金切り声を上げ、滑るように迫ってくる。

 速い。

 だが、今の俺の動体視力なら、止まって見える。


「実験開始だ」


 俺は【聖別コンクリートハンマー】を構えた。

 重量30キロ。

 普通の人間なら振り回すだけで体勢を崩すが、STR133の俺には指揮棒のような軽さだ。


 レイスが爪を振り下ろす。

 俺はハンマーの側面でそれを受け止めた。


 ジュッ!!


「ギヤァッ!?」


 ハンマーに触れた瞬間、レイスの爪が焼けるような音を立てて煙を上げた。

 聖水の効果だ。

 コンクリートの微細な穴に染み込んだ聖なる水が、霊体に強烈な拒絶反応を与えている。

 怯んだ。

 実体として「触れている」感触がある。


「消えろッ!!」


 俺はそのままハンマーを水平に振り抜いた。

 技術はいらない。ただの質量による暴力。


 ドゴォォォォォンッ!!


 廊下の壁ごと、レイスの上半身が吹き飛んだ。

 まるでダンプカーに正面衝突したかのように、霊体が粉々に砕け散り、霧散していく。


《 経験値を獲得しました 》


「……よし」


 俺はハンマーを肩に担ぎ直した。

 遥の理論通りだ。

 物理で除霊できることが証明された。これで狩りになる。


 俺は一人、奥へと進んだ。



 問題が発生したのは、天井の高い大広間に出た時だった。


「キキキキッ!」


 頭上から、嘲笑うような鳴き声が降ってくる。

 見上げると、シャンデリアの周りを無数の影が飛び回っていた。

 【 ゴースト・バット 】。

 半透明の翼を持つコウモリの霊だ。

 奴らは天井付近を旋回しながら、口から黒い光弾を吐き出してくる。


「っと!」


 俺はハンマーを盾にして、光弾を防いだ。

 ハンマーの表面でジュッと音がして、弾が消える。聖水効果で防御も可能らしい。

 だが、ジリ貧だ。


「降りてこい!」


 俺がハンマーを振り上げても、敵は嘲笑うように高高度を維持している。

 届かない。

 ジャンプしても、今の敏捷値(AGI)16では天井まで届かない。

 一方的に撃たれるだけの的だ。


『お兄ちゃん。敵が空を飛んでたら、これを使って』


 昨晩の遥の言葉が蘇る。

 俺はポケットから「それ」を取り出した。

 庭の砂利を聖水に漬け込んだ、特製の小石だ。


「おう、見せてやるよ!」


 俺は野球の投手のように大きく振りかぶった。

 狙いは、一番近くを飛んでいるゴースト・バット。

 距離は10メートルほど。

 今の俺の筋力なら、空気抵抗さえ無視して一直線に届くはずだ。


「落ちろッ!!」


 俺は指先に全神経を集中させ、小石をリリースした。


 ドォンッ!!


 指先で空気が破裂する音がした。

 小石は視認できない速度で射出され――


 ズガァァァァァンッ!!


 狙ったコウモリの、1メートル横の天井に着弾した。

 コンクリートの天井が爆発したように砕け、瓦礫がバラバラと落ちてくる。


「……は?」


 外れた。

 いや、カスリもしなかった。


「キキッ?」


 コウモリたちが驚いて動きを止めている。

 俺は自分の手を見つめた。

 威力は申し分ない。当たれば戦車の装甲だって貫けるだろう。

 だが、当たらなければ意味がない。


 俺の器用(DEX)は15。一般人並みだ。

 それに対して、STR133の出力が高すぎるのだ。

 自転車のハンドルでジェット機を操縦しているようなものだ。

 照準を合わせる前に弾が放たれてしまい、コントロールが全く効かない。


「くそっ、もう一球!」


 俺は第二投を投げた。


 ドォン! ズガァァン!


 今度はシャンデリアを粉砕した。

 盛大にガラスが降り注ぐが、コウモリたちはヒラリとかわしている。

 当たらない。

 一発必中の狙撃なんて、不器用な俺には無理ゲーだった。

 遥のメモには『よく狙って投げてね』と書いてあるが、それができれば苦労はない。


「……狙うから当たらないんだ」


 俺は思考を切り替えた。

 不器用なら不器用なりの戦い方がある。

 点ではなく、面で潰す。


 俺は袋から、鷲掴みで砂利を取り出した。

 その数、およそ20個。

 これを同時に投げる。


「これならどうだァァァッ!!」


 俺は全身のバネを使い、腕を鞭のようにしならせて、手の中の砂利を一気に解き放った。


 バババババババッ!!


 空気が悲鳴を上げる。

 20発の「聖なる弾丸」が、ショットガンのように扇状に広がって襲いかかった。


「ギ、ギギッ!?」


 コウモリたちが回避行動を取ろうとするが、遅い。

 空間そのものを埋め尽くす暴力的な弾幕。


 ジュッ! ボゴォッ! ギャァァッ!


 数匹のコウモリが直撃を受け、花火のように弾け飛んだ。

 外れた石も天井や壁に突き刺さり、衝撃波で周囲の敵を叩き落とす。

 一瞬で、大広間の空域が制圧された。


「……ふぅ」


 俺は肩を回した。

 コントロール不足は、火力と数で補う。

 これぞ脳筋の投擲術だ。


《 経験値を獲得しました 》

《 レベルアップしました 》


 頭の中にファンファーレが鳴る。

 やはり、適正レベル以上の狩場での効率は凄まじい。

 俺はさらに奥へと進んだ。



 数時間後。

 俺は洋館の探索を終え、出口へ向かっていた。

 成果は上々だ。袋には大量の「怨念の結晶」が詰まっている。


 俺はステータスを確認した。


━━━━━━━━━━━━━━

名前: 竹内 涼太

Lv: 15


筋力(STR): 142

耐久(VIT): 19

敏捷(AGI): 18

器用(DEX): 16

……

━━━━━━━━━━━━━━


 STRはついに140の大台に乗った。

 投擲のコツも掴んだ(掴んでない、ばら撒いてるだけだが)。

 これで遠近ともに死角なしだ。


「そろそろ帰るか」


 遥にいい土産話ができる。

 そんなことを考えながら、エントランスホールに差し掛かった時だった。


「いやぁぁぁッ!! こないでぇッ!!」

「くそっ、魔法が効かねぇ! なんだこいつ!」


 ホールの奥から、切羽詰まった悲鳴と怒号が聞こえた。

 俺は足を止めた。


「……誰か戦ってる?」


 逃げ遅れた冒険者だろうか。

 俺は音のする方へ走った。

 ホールの中央で、4人組のパーティが追い詰められていた。

 見るからに高そうなローブを着た魔法使いと、神官のパーティ。装備からしてCランク級の中堅だろう。

 だが、彼らは絶望的な表情で、ある「敵」と対峙していた。


 そいつは、首のない鎧姿をしていた。

 漆黒のフルプレートアーマー。片手には不気味なオーラを纏った長剣。もう片手には、自分の「生首」を抱えている。


 デュラハン 。

 この廃屋敷のダンジョンボスだ。


「《ファイア・ボール》ッ!!」


 魔法使いの男が、必死の形相で火球を放つ。

 直撃。

 だが、炎が晴れると、デュラハンの鎧は無傷のまま艶やかに輝いていた。

 魔法耐性だ。

 デュラハンは強力な「魔法無効化」の加護を持っており、魔法主体のパーティにとっては天敵中の天敵とされる。


「嘘だろ……なんで効かないんだよォ!」


 デュラハンが一歩踏み出す。

 重厚な足音が、死のカウントダウンのように響く。

 物理職がいない彼らに、あの鎧を砕く手段はない。

 全滅。

 その二文字が彼らの頭をよぎった時だった。


「……物理が効かないゴーストの次は、魔法が効かない鎧かよ」


 俺は作業着のポケットに手を突っ込んだまま、彼らの前に割り込んだ。


「え……? 工事の人……?」


 魔法使いの女の子が、呆然と俺を見る。

 俺は肩に担いだコンクリートハンマーを、ドンッと床に置いた。


「下がってな。そいつは俺の専門分野だ」


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