第28話 奈落からの浮上と、Cランク解体屋のステータス
肺の奥が、焼けつくみたいに痛かった。
崩落でできた即席の岩棚に、俺と氷室レイは並んで座り込んでいた。
背中の岩は固くて、冷たくて、やけに心地いい。
ベータをシャッターに噛ませて裏口を潰し、崩落がおさまるまで耐えて。
気づけば、もうどれくらい時間が経ったのか分からない。
──生きてる。
ただ、その事実だけが、やけに鮮明だった。
「……だいぶ、やられたな」
自分でも驚くくらい、声がかすれていた。
「そりゃそうだろ。赤鬼と軍施設とベータを、ほぼ連戦で相手にしたんだ。Cランクの仕事じゃない」
レイが、ぐったりしたまま言う。
魔導銃は膝に置いたまま。顔色は相変わらず悪いが、さっきよりはマシだ。
腕も脚も、鉛みたいに重い。
筋肉痛と打撲と、細かい裂傷が一気に主張してくる。
──今、自分がどれくらいまで削れてるのか。
ふと、それが気になった。
俺はポケットからスマホを取り出し、画面をスワイプする。
ギルドアプリのステータスタブを開くと、見慣れた青い画面が浮かんだ。
「お、上がってる」
「レベルか」
「ああ」
画面の中央に表示された数字を、レイに見せる。
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名前: 竹内 涼太
職業: 【 解体屋 】
レベル: 26
冒険者ランク: C
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◆基礎ステータス(振り分け後)
STR(筋力):250
VIT(耐久):30
AGI(敏捷):28
DEX(器用):26
INT(知力):22
LUK(運):20
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◆スキル
・【構造欠陥】(パッシブ)
・【チャージ&リリース】 Lv.2
・【身体能力強化】 Lv.3
・【パリィ】 Lv.2
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残りBP:0
残りSP:15
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「……250って、数字で見ると引くな」
「CランクでこのSTRは異常だよ」
レイが呆れたように言う。
「そのくせVITはようやく人並み、AGIとDEXは相変わらず低め。“腕力だけ前に飛び出してるアンバランス体型”って感じだ」
「勝手に俺のビルドに名前つけんな」
「事実だから、なおタチが悪いね」
レイは画面をスクロールしながら、続けた。
「スキルポイントは?」
「15ポイント残ってる。けど、今いじってる余裕はねぇな。ここで新しい技試してる場合じゃない」
「賢明だね。現場でスキル構成いじり始めたら、事故る」
レイはそう言って、少しだけ肩を落とした。
数字がいくつになっていようが、やることは変わらない。
ここから這い上がって、地上に帰る。それだけだ。
「レイ」
「なんだい」
「さっきの、妹からのメッセージ。もう一回、ちゃんと見せてくれ」
「……了解」
レイが、肩掛けバッグからギルド支給のタブレットを取り出す。
薄い端末の画面を数回タップし、遥からのログを呼び出した。
《ログ転送 完了》
《解析進行中》
《お兄ちゃん。このリストに、“うちの苗字”がある》
短い文が、やけに重い。
「“竹内”自体は、そこまで珍しい名字じゃない」
自分でも分かるくらい、俺の声は無理やり軽かった。
「クラスに一人くらいいるだろ。日本全国探せば山ほどいる。たまたまだ」
「そういう可能性も、もちろんある」
レイは、すぐには否定しない。
「ただし、軍の内部データベースに“たまたま”載る一般人の名字というのは、基本的に存在しない」
「……」
「覚醒資質あり、と判断された“血筋”を、家系単位でマークしておくことは昔からよくある。君個人というより、“竹内家”そのものが観測対象になっていた可能性が高い」
「家、ねぇ」
苦笑が漏れる。
“竹内家”なんて言葉、久しく意識したこともなかった。
俺の家は、母と妹と俺の3人だ。
狭いマンション。ダンジョンのニュースが流れるテレビ。冷めた味噌汁。
父親は、そこにいない。
両親が別れたのは、俺が小学生の頃。
それから先、たまに年賀状が届くくらいで、まともに顔を合わせた記憶はほとんどない。
「仕事が忙しい」とだけ書かれた、味気ないハガキ。
あれを見て、妹が「ふーん」とだけ言っていたのを覚えている。
俺の中の「親父」は、そこで止まっている。
ただの、どこにでもいる中年サラリーマン。
……のはずだった。
「親父が、軍の裏で何かやってたってのか」
無意識に、声が低くなる。
「分からない。候補の一人かもしれないし、ただ名字が被ってるだけかもしれない」
レイは、真正面から俺を見る。
「だからこそ、だろう。決めつけるには材料が足りなさすぎる」
「……だな」
親父を殴るにせよ、問い詰めるにせよ、笑って無視するにせよ。
どの選択肢を選ぶにせよ、ここで死んだら何もできない。
「親父が何やってたかは、帰ってから聞く」
自分に言い聞かせるように口に出した。
「それまでは、“竹内”って苗字に意味があったとしても、なかったことにしとく」
「それがいい。感情は後回し。現場優先」
「お前、ほんと現場好きだな」
「君から覚えたんだよ」
くだらないやり取りをしている間にも、体力は少しずつ戻ってきていた。
腕の震えはまだ残っているが、立てないほどではない。
レイも、足を引きずりながらなら歩けそうだ。
「行くか」
「行こう、涼太」
レイが、自然にそう呼んだ。
それだけで、少しだけ気分が軽くなった。
俺たちは、奈落の縦穴へと視線を向ける。
はるか上方に、小さな光点。
そこまで続いている、崩れた足場と瓦礫の道。
──地上は遠い。
それでも、もう戻るしかない。
◇
奈落の縦穴は、前に見たときよりも、ずっと“歪んで”いた。
中層の巨大な岩棚は、1枚まるごと消えている。
代わりに、その残骸が壁に引っかかって、いくつもの小さな足場を作っていた。
赤鬼を落とした時の崩落。
ベータ戦での衝撃。
その全てが、この光景の原因だ。
「ギルドのマップだと、この辺りに“安定足場”があるはずなんだけどね」
レイがタブレットの画面を見ながら、苦笑した。
「全部、無くなってるな」
「データはもう役に立たない。今あるのは、“目で見える現場”だけだ」
「いつもの仕事だな」
俺は、縦穴の壁と足場を見回す。
むやみに足を踏み出したら落ちる場所。
見た目よりも厚みがあって、意外と持ちこたえそうな岩。
崩れかけているが、荷重の逃げ道さえ作れば使える棚。
解体現場で嫌というほど見てきた「危ない足場」と「ギリギリ耐える足場」が、頭の中で重なる。
「レイ, 先に俺が乗る。怪しそうなとこは全部踏んでみるから、お前は半テンポ遅れてついて来い」
「了解。実に解体屋らしい安全確認だ」
「おだてても何も出ねぇぞ」
そう言いつつ、俺は一番近い岩棚に足を乗せた。
きしり、と嫌な音。
膝の裏に、重さの偏りが伝わる。
「これはアウト」
すぐに足を引っ込める。
代わりに、少しだけ位置の違う岩棚を試す。
今度は、重さが静かに広がっていく感覚だった。
ぐらつきはあるが、崩れるほどではない。
「ここはセーフ。レイ、こっち」
「はいはい」
氷室レイは、俺の足跡をなぞるようにしてついて来る。
途中、一度だけ、小さな岩棚が突然崩れた。
「うわっ──!」
「レイ!」
レイの足元が、空中に消える。
反射的に、俺は横の岩に向かって大剣を叩きつけた。
ギィン、と嫌な音を立てて黒鋼が岩に食い込む。
刃が半分ほど埋まったところで、俺は柄を左腕で抱え込むようにして身体を固定し、空いた右手をレイの方へ思い切り伸ばした。
「掴め!」
「掴んだ!」
レイが片手で俺の手首を掴み、ぶら下がった。
体重が一気に肩にかかる。
「重っ……!」
「人として最低限の体重だ!」
情けない会話をしながら、俺は全身の筋肉を総動員して引き上げる。
強化された筋力が、ささやかに助けてくれているのが分かった。
何とかレイを足場の上に引き上げ、一息つく。
「……武器の使い方としては間違ってるよな、これ」
「現場じゃ、刺さるものは全部アンカーだ」
「現場基準が雑すぎないか?」
「お前、現場バカにしてるだろ」
くだらないやり取りをしている間にも、縦穴は少しずつ上へと近づいていく。
途中、モンスターもいくつか顔を出した。
崩落で追い出されたのか、岩陰から這い出てきた四足の魔獣。
翼の生えた、蝙蝠じみた飛行モンスター。
だが、どれもCランク探索者にとっては「仕事」の範疇だ。
「さっさと片付けるぞ」
大剣を握り直し、俺は最小限の動きで急所だけを叩いた。
一撃で骨を砕き、関節を外し、動きを奪う。
派手なチャージもリリースも使わない、省エネの殺し方だ。
「本当に、もったいないくらい強いな、その腕力」
「現場じゃ, 派手に壊したら怒られるんだよ。必要なとこだけ叩けばいい」
「はいはい、“必要なとこだけ”ね」
レイが苦笑する。
そんな風に、命綱みたいな会話をしながら、少しずつ上へと登っていった。
◇
同じ頃。
地上では、別の“戦い”が始まっていた。
モニターの光だけが、薄暗い部屋を照らしていた。
散らかった机の上。
空になったカップ麺の容器。
飲みかけのペットボトル。
その真ん中で、竹内遥はキーボードを叩いていた。
「……よし」
短く息を吐き、最後のチェックをする。
画面には、軍施設から抜き出したログの一部が映っていた。
テキストデータ。アクセス履歴。テスト参加者の匿名化ID。
そこに、自分で赤線と丸で印を付ける。
〈高校ダンジョン科の実技試験データ〉
〈軍内部の覚醒者候補管理システム〉
──この二つが、ごく自然にリンクしている。
「“たまたま共有されてました”で済むと思ってるなら、相当な楽観主義だよ」
遥は、自分にしか聞こえない声で呟いた。
動画サイトには、既に1本目の動画が上がっている。
「学校を襲撃したテロリスト」というラベリングに対し、「軍が先に発砲している証拠」として編集した映像だ。
コメント欄は、今もなお伸び続けていた。
〈高校生を撃つとか正気か?〉
〈軍の自作自演だろこれ〉
〈いや、さすがに編集されてるんじゃ〉
賛否両論。
それでいい。
重要なのは、「疑い」が広まることだ。
「第2弾、投下」
遥は、用意しておいた投稿フォームに、スクリーンショットとテキストを貼り付けた。
──高校ダンジョン科の試験結果が、軍の“覚醒者候補リスト”と自動連携している証拠。
“テロリスト竹内涼太”ではなく、“軍に選ばれた覚醒候補のひとり”としての竹内涼太。
世間が、どちらのラベルを選ぶか。
ラベルを変えるためには、材料が要る。
「お兄ちゃんをヒーローにしたいわけじゃない」
遥は、カチカチとマウスを動かしながら呟く。
「せめて、“使い捨てにされた側”だってことくらいは、見せてやらないと」
通知欄に、新しいアイコンが灯った。
《ログ解析 進行中》
《覚醒者候補リスト(匿名化) 抽出完了》
そして、その下にもう一つ。
《一致する苗字:竹内 × 3》
遥は、一度だけ目を閉じた。
父の顔が浮かぶ。
いつもネクタイをゆるめた状態で帰ってきて、たまの休みに、申し訳程度にどこかへ連れ出してくれた男。
今は一緒に住んでいない、遠い人。
「……今は、そっちは後でいい」
遥は、画面を閉じた。
まずは、兄だ。
生きて帰ってくる保証なんて、どこにもない。
そのとき、自分にできる準備をしておく。それだけだ。
◇
軍本部の会議室には、重たい空気が漂っていた。
壁一面のスクリーンに、ニュース番組とSNSのタイムラインが並んでいる。
「高校ダンジョン科のテロ事件」というテロップの下で、コメンテーターたちが好き勝手なことを言っていた。
一方の隅のモニターには、別の画面が映っている。
〈N-037ダンジョン 異常ログ〉
〈地下施設からの通信途絶〉
〈自動防衛システム作動記録〉
その全てを、真田大佐は黙って見つめていた。
「……世論は、完全に二分されつつあります」
部下のひとりが、紙資料を持って前に出る。
「軍の発表どおり“覚醒者の暴走テロ”だと信じる層と、“未成年探索者を実験台にしていたのではないか”と疑う層。後者が、じわじわですが増えています」
「原因は?」
「ネット上の告発動画と、内部データの一部流出です。出どころは不明ですが──」
「不明で済むと思うな」
真田は、低い声で遮った。
「竹内涼太の妹だろう」
室内の空気が、僅かにざわめく。
「学園側の端末と、外部との通信ログを照合した。……それくらいのこともできないと思われているなら、我々の情報部はとっくに解体されている」
静かな口調だったが、誰も口を挟まなかった。
「で, N-037の方は?」
「地下施設との通信は途絶。自動防衛システムは、赤鬼・ベータともに応答なし」
「つまり、失った」
「……はい」
真田は、ほんの少しだけ目を閉じた。
「テロリストは?」
「Bランクダンジョン中層で消息不明。ただし──」
もうひとりの部下が口を挟む。
「ギルドの内部ログによれば、最後にN-037に入ったCランク探索者2名。氏名、竹内涼太・氷室レイ。彼らの反応が、先ほど上層に移動した形跡があります」
「……生きている、か」
真田は、ほんの僅かに口元を歪めた。
「表向きのラベルはどうする?」
「現状維持。テロリストとしての指名手配を継続しますか?」
「世論に対してはそうだ」
真田は即答した。
「だが、現場には別の指示を出す。──“竹内涼太を確保しろ”。殺すな。生かしたまま、こちらへ連れて来い」
「生け捕り、ですか」
「真相を知る鍵は、あの少年の中にある。……そして、おそらくは“竹内”という名に」
誰も、反論はしなかった。
◇
ギルド本部の会議室は、軍とは別種の重さに包まれていた。
「最終侵入者は、Cランク探索者2名……ね」
モニターに映し出されたログを見て、支部長格の男が眉をひそめる。
〈N-037 Bランクダンジョン〉
〈異常検知〉
〈地形変動〉
〈軍施設と思しき構造物の一時検出〉
〈通信途絶〉
その最後に、小さく二つの名前が表示されていた。
<Cランク探索者 竹内涼太>
<Cランク探索者 氷室レイ>
「軍の裏口近くで勝手な真似をしたギルド員、という見方もできるが」
「逆に、軍の違法施設を暴いた英雄候補、という見方もできます」
別の幹部が静かに言う。
「少なくとも、軍から正式な抗議文はまだ届いていません。彼らを“切り捨てる”前提で動くのは、少し早いかと」
「だが、世間からは“テロリストとその仲間”と見られている」
「ギルドが彼らを守るのか、差し出すのか。今後の立場に関わるのは確かですね」
しばらく議論が続いた末、支部長が結論を出した。
「奈落支部に指示を出せ」
彼は、短く言う。
「Cランク2名を発見し次第、確保。……ただし、その扱いは“現場の判断”に任せる」
「よろしいのですか?」
「上からの命令としては、そういうことにしておけ」
支部長は小さく笑った。
「現場には、現場の事情というものがある。紙の上の正義だけで動けると思うほど、私は若くないよ」
◇
奈落の縦穴を登りきったとき、思わず空気の味が変わった気がした。
湿った岩の匂い。
血と土と焦げた金属の匂いに、微かに人間の生活の匂いが混ざる。
上層フロアの壁には、見覚えのあるマーキングが残っていた。
冒険者たちがつけた矢印印。
使い捨てポーションの空き瓶。
簡易ベンチ。
さっきまでいた地獄と、この「いつものダンジョン」が、同じ場所だというのが信じられなくなる。
「……帰ってきた、って感じはしないな」
「地獄の上に、日常が乗ってるだけだからね」
レイが、少しだけ肩で笑った。
「この先、少し歩けば、いつもの入口だ。……のはずだが」
「“はず”が多いの嫌なんだよな」
「現場ってそういうものだろう?」
軽口を交わしながら進むと、やがて視界が開けた。
ダンジョンの入口近くの広場。
普段は小さなテントがぽつぽつあるだけの場所に、今日はずらりとテントと機材が並んでいた。
ギルドの臨時キャンプだ。
「……派手にやってるな」
俺は思わず足を止めた。
ギルドの制服を着た職員。
簡易防具を身につけた探索者たち。
入口に向けられた監視用モニタと、簡易バリケード。
軍の制服は見えない。
だが、それは「関わってない」という意味じゃない。
──ここから誰が出てきたか。あとで報告を受けるつもりなのは、間違いなく軍だ。
「どうする?」
レイが、小さく息を吐きながら訊いてくる。
「選択肢は二つだ」
彼は指を二本立てた。
「一、正面から出ていって、ギルドに事情を話す」
「二、このまま上のサービス用通路から抜けて、誰にも見つからずに地上に出る」
「それ, 二の方が“逃げる”って目的には合ってねぇか?」
思わず本音が出た。
「確かに、“軍から隠れる”だけならその方がいい」
レイはあっさり認める。
「でも、もう状況が変わってる。今の君は、“ただの指名手配犯”じゃない」
タブレットの画面を、自分の胸元に引き寄せて、レイは続けた。
「──軍の違法施設を見て、生きて戻ってきた探索者だ」
「……」
「このまま完全に地下に潜ったら、軍のストーリーだけが一人歩きする。ギルドにも世間にも、“軍のやり方がおかしい”って一次情報が届かない」
「それでも, ギルドから軍に通されりゃ同じじゃねぇのか?」
「どのみち、軍は僕たちの存在を追ってる。だったら先にギルドに“証人”として顔を出しておいて、軍とギルドの間で簡単に処分できない“駒”になった方が、まだマシだ」
レイは、真面目な顔に戻った。
「逃げ続けるのと、“逃げ場そのもの”を増やすのは別だよ。ギルドが完全に軍の味方なら詰みだけど、グレーなら交渉余地はある」
「……正面突破、かよ」
「ただし、“ケンカ売りに行く”形じゃなくて、“報告しに行くCランク探索者”として、ね」
レイは、俺の装備をじろりと見た。
「血と土まみれ。ボロボロのCランクコンビが、瀕死で帰ってきました、って見せ方をする」
「つまり、演技しろと」
「君は普段からボロボロだから、あんまり演技いらないと思うよ」
「殴るぞ」
「その余裕は今はしまっておけ」
タブレットを背中側のポーチにしまいながら、レイは手短に段取りを説明していく。
「まず、武器は今すぐ抜けないようにしておく。大剣の柄と鞘の一部を、応急処置用の包帯でぐるぐる巻きにして、“すぐには抜刀できません”アピール」
「素手なら殴れるけど」
「殴らない」
ぴしゃりと切られた。
「僕は、魔導銃を背中側に回しておく。前から見えない位置にね。“もう魔力が残ってません”って顔もする」
「それは演技じゃなくて事実だろ」
「そうだね」
レイは淡々とうなずいた。
「歩き方はゆっくり。ふらついてもいい。ただし、倒れ込むのは入口のすぐ近くだ。途中で倒れると、軍に拾われる可能性がある」
「縁起でもねぇこと言うな」
「現場は最悪を想定して動くものだろう?」
また現場を持ち出された。……言ってることは正しいのがムカつく。
「よし」
大剣の柄を包帯で巻きながら、俺は深く息を吸った。
ギルドが敵か味方か。ここで決まるわけじゃない。
ただ、「どっちにも転べる位置」に自分たちを置いておくことが大事だ。
「行くぞ、レイ」
「了解、涼太」
俺たちは、ボロボロのCランク探索者として、ゆっくりとダンジョン入口へ向かって歩き出した。
◇
ダンジョン入口に設置された簡易ゲートの前で、ざわめきが起きた。
「生存者だ!」
「上がってきたぞ!」
ギルド職員たちが一斉に振り向く。
その視線の先で、俺とレイは、わざとゆっくりとした足取りで外へ出た。
土と血にまみれた装備。
包帯でぐるぐる巻きにされた大剣。
肩を貸し合いながら歩くCランクコンビ。
どう見ても、“何かがあった現場帰り”だ。
人垣をかき分けて、一人の男が前に出てきた。
40代くらい。ギルドのジャケットの上から軽い防具を着けている。顔つきは厳しいが、軍人みたいな硬さはない。
「──奈落の中層からの帰還者、か」
男は、俺たちを一瞥してから、名札に目を落とした。
「Cランク探索者、竹内涼太。氷室レイ。……間違いないな」
「はい」
レイが短く答える。
「Bランクダンジョン『奈落の竪穴』中層にて、想定外の“事故”に遭遇しました。報告があります」
用意していたセリフを、レイが淀みなく口にする。
男はしばらく黙っていたが、やけに小さく頷いた。
「詳しい話は、中で聞こう」
そう言って、振り向きざまに部下たちへ指示を飛ばす。
「医療班、すぐに応急処置を。それと、軍に先に連絡される前に、ギルド本部へラインを確保しろ」
その言葉に、周囲の空気がわずかに変わった。
少なくとも、この男は全面的に敵ではない。そう思わせるには十分だった。
俺は、ちらりとレイを見る。レイも、わずかに頷き返した。
「奈落の中層で何が起きたのか。軍が何をしていたのか。君たちCランク探索者の口から、全部聞かせてもらおう」
男の声は、静かだが力があった。
俺は、一度だけ深く息を吸う。
「──Bランク中層で、軍所属と思しき違法施設を発見。そこから始まった、って話からでいいですか」
そう言って、話し始めたところで──。
◇
少し離れた場所。
ギルドの臨時キャンプの外れの影から、その様子を双眼鏡で見ている影があった。
『ターゲット確認』
低い声が、イヤホン越しに囁くる。
『Cランク解体屋、奈落支部の網に入った』
返ってくる声は、ノイズに紛れてよく聞き取れない。
影は、双眼鏡を少し下ろした。
人混みの向こうで、ボロボロの少年と、その隣に立つサポーターが見える。
「……さて」
男とも女ともつかない声が、乾いた笑いを漏らした。
「これで、“どちらの側”に転ぶか。見ものだな」
そう呟いて、影は音もなく暗がりの奥へ消えていった。




