第24話 奈落の竪穴と、血塗れの赤鬼
奈落の入口に立ったとき、正直なところ――
俺は、横にレイの顔を見るとは思ってなかった。
◇ 少しだけ遡る ◇
ギルドの車の中。あの白いワンボックスで奈落へ向かう途中。
「なあ」
沈黙に耐えかねて、俺は口を開いた。
「お前、本当に来るのか」
運転席の前の席で、タブレットをいじっていたレイが顔を上げる。
「何だい、今さら」
「いや、普通に考えてさ」
俺は窓の外に流れる街灯を眺めながら言った。
「Bランクダンジョンだぞ。しかも“奈落の竪穴”だ。
試験で一緒になっただけのクラスメイトに付き合って、命懸けで潜る場所じゃないだろ」
事実だ。
レイと俺の接点なんて、ほんの数日前のCランク昇格試験と、ギルドでの事情聴取くらいだ。
同じクラスでもなければ、飯を奢り合う仲でもない。
世間的に言えば、「ああ、あの時いたメガネのやつ」レベルの知人だ。
レイは少しだけ黙って、それから肩をすくめた。
「まず一つ。これは、僕個人の“付き添い”じゃない」
タブレットの画面をこちらに向けてくる。
そこには、ギルドの内部決裁書みたいなものが映っていた。
『対・国家特務部隊関連事案 暫定対応指示書』
『対象:BランクダンジョンN-037(奈落の竪穴)』
『担当:竹内涼太(C)、氷室レイ(B)』
「ギルドとしてはね」
レイが淡々と言う。
「“軍に喧嘩を売ったCランク問題児を野良で放流”
なんて愚行は、さすがにできないわけ」
「問題児は余計だ」
「事実だろ」
あっさり返される。
「だから、最低一人はギルド側の責任者を同行させる。
保護と監視と、必要なら交渉もする。
……それが僕の役割だ。任務として来ている」
「監視ね」
「君のことを、まだ“全面的に信用している”とは言えないからね」
レイは、真正面からそう言った。
「学校を守るために戦ったのは、あの場を見れば分かる。
でも同時に、君はBランク相当のダンジョンを崩落させた前科持ちだ」
「仕事しただけだが」
「仕事のスケールが問題なんだよ」
レイはため息をつき、それから少しだけ言い方を和らげた。
「それに――」
「それに?」
「君の現場は、見ておく価値がある」
目を伏せて、小さく笑う。
「魔王、進化種、国家、その全部に挟まれてる“バグ”みたいな存在だ。
そこに何が起きるのか、データだけで満足できるほど、僕は賢くない」
「物好きだな」
「お互い様だよ。
高校生活を捨てて、指名手配犯として奈落に潜る方が、よっぽど物好きだ」
そう言って、レイは窓の外を見た。
会話はそれで終わり。
特別な友情が芽生えたわけでもない。
ただ、利害と職業意識と、少しばかりの好奇心で結ばれた“同僚”になっただけだ。
それでも――
奈落の縁に並んで立つくらいの理由には、十分だった。
◇
Bランクダンジョン『奈落の竪穴』。
地面が、そのまま地獄へ落ちていくみたいな光景だった。
柵の内側で、縦穴がぽっかりと口を開けている。
照明に照らされた縁から、冷たい風が吹き上がってきた。
「ようこそ、N-037へ」
レイが、どこか乾いた声で言う。
「ここから先は、国の法律も世論も届かない」
「いつも通りってことだな」
俺は、背中の大剣を軽く叩いた。
「現場のルールは、重力と構造だけだ」
「……そのうち、“魔王法”とかができるかもしれないけどね」
レイが肩をすくめる。
ギルドの護衛が、簡単なチェックを済ませ、俺たちの装備を確認する。
「地上との通信は、中層手前まではギリギリ届きます。それより下は保証できません」
「了解」
レイが頷き、通信端末をチェックした。
俺は、穴の縁に立ち、下を覗き込む。
青白い魔石灯の明かりが点々と続いている。
底は見えない。
「じゃあ行くか」
俺が言うと、レイは苦笑した。
「君、怖くないのか」
「怖いに決まってるだろ」
即答する。
「でも、上でうだうだ迷っても、現場は良くならない」
「それは、まあ、そうだが」
「ビビって足がすくむなら、先に一歩を踏み出す方が性に合ってる」
そう言って、一歩目を踏み出した。
縁の梯子を伝って、奈落の中へ。
レイが、そのすぐ後ろをついてくる。
まだ親友でも相棒でもない。
ただ、“一緒に落ちていく奴”がいるだけで、足取りは少しだけ軽くなった。
◇
奈落の風は、湿っていた。
土と水と、腐った何かの匂いが混ざり合って、上から下へ、下から上へと流れている。
壁には、人工物の足場が取り付けられていた。
金属と岩石を混ぜて固めたような、奇妙な素材で作られた踊り場と階段。
人間が後から取り付けた“安全装置”だ。
だが、その安全が何年持つかまでは、誰も保証していない。
「……ここ」
俺は、足元の梁をつま先で軽く叩いた。
響き方が違う。
金属が詰まっている音ではない。
内部に空洞。
支点を兼ねた、一本だけ細い柱。
「こいつが折れたら、上の三枚と下の二枚がまとめて落ちるな」
「そういうことを、いちいち口に出さないでほしいんだが」
背後からレイのため息が聞こえた。
「今、僕たち、その柱のすぐ上に乗ってるんだぞ」
「だからこそ、どこが危ないか把握しておく必要がある」
「……それはそうなんだけど」
レイがシールドの端末を起動する。
薄い魔法の膜が、足場の周囲に展開された。
「何だそれ」
「簡易防御結界。
足場が予想外の崩れ方をしたとき、落下速度を一瞬だけ緩めてくれる。
“安全帯”みたいなものだと思ってくれ」
「便利なもん作るよな、インテリは」
「現場で死にたくないだけさ」
レイは肩をすくめる。
「君の【構造欠陥】があるなら、足場を壊すタイミングは君に任せる。
僕は、“壊れてもギリギリ生き残る保険”を担当する」
「役割分担ってやつか」
「そう。まだ友達ではないが、利害の一致くらいはしておきたい」
言い切るところが、レイらしい。
「話してる場合じゃないぞ」
俺は顎をしゃくって、下を示した。
壁面を、何かが這い上がってきている。
岩と同じ色をした、巨大なトカゲ――岩トカゲ。
四足で壁を走りながら、長い舌を地面に叩きつけた。
ぺちゃ、と嫌な音。
足場の縁に、透明な液体が飛び散る。
触れた部分から、じゅっと煙が上がった。
「酸か」
「だね」
レイが即座に反応する。
「“酸耐性”は持ってなかったはずだよね、竹内くん」
「持ってない」
「なら、絶対に喰らうな」
レイの指先に、淡い光が灯る。
「【スロウ・フィールド】」
低く呟くと、岩トカゲの周囲の空間が、わずかに歪んだ。
岩トカゲの動きが、目に見えて鈍る。
身体は同じ速度で動いているのに、空気の抵抗だけが増えたみたいに。
「一瞬だけだ。足場に乗る前に、何とかしろ」
「了解」
俺は、足元の支柱に視線を落とした。
“ここ”だ。
岩トカゲが登ってくる軌道と、足場を支える支点が交わる場所。
大剣を横に構え、刃ではなく腹を支柱に当てる。
チャージは使わない。
単純な筋力と、重力と、構造読みだけで十分だ。
「おりゃ」
一撃、叩き込む。
ガン、と鈍い音。
支柱にヒビが走り、そのままへし折れた。
足場が、外側へしなる。
遅くなった岩トカゲは、足場の縁に前脚を乗せた瞬間、その重さでバランスを崩した。
ギャアアッ、と悲鳴を上げながら、奈落の底へと滑り落ちていく。
数秒後、遠くで鈍い音が響いた。
「よし」
俺は折れた支柱の残骸を拾い、足場と壁の隙間に差し込んだ。
応急処置としては上等だ。
「……やっぱり、君はダンジョンに向いているよ」
レイが、半ば呆れたように笑う。
「現場はどこも同じだ」
俺は肩を回した。
「壊れる順番さえ分かってれば、怖くない」
「その感覚が既におかしいんだよなあ」
レイがぼやく。
「上だ」
今度は天井を指さした。
そこから、細い糸のようなものが垂れ下がっている。
半透明のひも。
糸状スライムだ。
天井から、無数の粘液の糸がぶら下がり、空間を蜘蛛の巣みたいに占拠している。
触れれば最後、粘つかれて、酸か麻痺か、ろくでもない結果になるタイプ。
「一番嫌いなやつだ、これ」
レイが顔をしかめる。
「遠距離で焼けないか?」
「やってみる」
レイが腰の魔導銃を抜いた。
銃身の側面の魔石が青く光る。
「【フレイム・ショット】」
乾いた破裂音とともに、火の玉が一直線に飛ぶ。
天井のスライムの一部に命中し、粘液が爆ぜた。
糸が燃え、周囲の一角が燃え落ちる。
だが――
「数が多すぎるな」
俺は、上を睨んだ。
焼いてはいるが、全体から見ればほんの一部だ。
しかも、焼けたスライムの欠片が、溶けた状態でふわふわと落ちてきている。
このままだと、別の意味で危ない。
「レイ」
「何だい」
「上の足場の構造、見せてくれ」
レイが端末のホロマップを出す。
俺は、足場を支える梁の位置を目で追った。
一番細い梁が一本。
他の梁と違って、金属の響きが軽い。
内部に空洞。
そこが支点だ。
「ここ叩く」
「はい、“はい”じゃない。ちょっと待て」
レイが慌ててシールドの範囲を広げる。
「足場ごと落とす気だろ。だったら、落ちてこないギリギリの位置に“安全帯”張らせろ」
「お前、本当に頭いいな」
「君が頭悪いだけだ」
短いやり取り。
俺は、大剣の腹を梁に押し当てた。
チャージをかけるまでもない。
こんな華奢な梁、普段の現場で何度折ってきたことか。
「解体屋の仕事、見せてやるよ」
振り抜く。
ドゴッ、と梁が砕けた。
上の足場が片側だけ支えを失い、きしみを上げて傾く。
糸状スライムごと、床の半分が雪崩のように崩れ落ちてきた。
「来るぞ!」
「はいはい!」
レイのシールドが、落下してくる瓦礫の一部を弾いた。
とはいえ、全部防げるほどの強度じゃない。
俺たちは足場の内側ギリギリに身を寄せる。
落ちてくるのは、スライムと床材が主体だ。
角度を計算しておいたおかげで、崩落のほとんどは足場の外側へ流れていく。
べちゃべちゃと粘液が飛び、細かい破片が奈落の底へと消えていった。
「……ふう」
レイが肩で息をしながら笑う。
「今ので、僕のシールドの“安全マージン”が全部飛んだ」
「悪いな」
「いいさ。予定通りに壊してくれるなら、計算のしがいもある」
そう言って、レイは端末に指を走らせる。
「落下軌道のログ、現場データとして保存しておく。……こういうの、後でギルドのダンジョンマニュアルに反映させるんだ」
「お前、そういう意味でも“現場担当”なんだな」
「最初から言ってるだろ。僕は、現場で死にたくないだけなんだって」
◇
同じ頃。
奈落の竪穴、地表付近。
巨大な投下装置が、縁に沿って設置されていた。
クレーンに吊られた円筒形のカプセルが、その口にセットされる。
カプセルの表面には、黄色と黒の警告マークと、識別コードが刻まれていた。
【対探索者用生体兵器 No.3】
【CN:RED OGRE】
「投下高度、設定完了。目標地点、中層第三踊り場付近」
兵士の報告が飛ぶ。
「内部圧、魔力供給ともに安定。拘束シール、ロック状態良好」
「投下準備完了」
真田大佐は、縁に立ち、真っ暗な穴を見下ろした。
地上の光は、すぐに闇に呑まれる。
風が、底からゆっくりと吹き上げてくる。
「では――」
真田は片手を軽く上げた。
「任務開始」
ロックが外れる音。
次の瞬間、カプセルが重力に引かれて落下した。
鉄と空気が擦れ合う甲高い音が、縦穴に反響する。
やがてその音も小さくなり、完全に消えた。
真田は、しばらくその闇を見つめ続ける。
「――終わったら回収しろ」
背後の参謀に告げる。
「まだ試作三号機だ。壊すには惜しい」
◇
中層手前の踊り場は、今までよりも少し広かった。
壁には、古い刻印がいくつも刻まれている。
人間が残したものではない、太さの違う線が交差した奇妙な文様。
「ここ、一応“中層入口”って扱いになってる」
レイが、ホロマップを見ながら言った。
「上位パーティが昔ここまで来て、それ以上は撤退した。マップはここまで」
「そいつらは、ここで何を見たんだろうな」
「報告書には、『常識では説明できない進化種の気配を感じたため撤退』とある」
「見てないのかよ」
「生き残った奴らは、大体そう書くもんだよ」
レイが肩をすくめる。
踊り場の隅には、古いキャンプ跡が残っていた。
黒くなった炭。潰れた缶詰。錆びたペグ。
誰かがここで夜を明かして、戻っていったのだろう。
「少し休むか」
「賛成」
俺は大剣を壁にもたれかけさせ、腰を下ろした。
バックパックから水と携帯食を取り出す。
レイも隣に座り、端末をいじりながらプロテインバーみたいなものをかじっている。
「……変なもんだな」
「何が?」
「まだ知り合って数日だろ」
俺は、天井を見上げたまま言う。
「試験で一緒になって、そのあとギルドでちょっと話して。
それだけの相手と、Bランクの中層手前で飯食ってるって状況がさ」
「お互い様だ」
レイが苦笑する。
「僕から見れば、“学校じゃロクに喋ったこともない同級生”が、軍と魔王の間で板挟みになってるんだからね」
「普通は距離を取るだろ」
「取れるならね」
レイは、プロテインバーを飲み込んでから続けた。
「でも、ギルドはもう“国家と完全に一枚岩”じゃない。
軍に貸し出される探索者もいれば、軍のやり方に反発する者もいる。
そんな中で、君みたいな“現場のバグ”は、放っておけないんだ」
「バグ呼ばわりはやめろ」
「褒め言葉だよ」
レイは笑う。
「君みたいなのが現場にいると、
“上”が描いているシナリオが、いい意味でも悪い意味でも狂う」
「俺は、俺の現場を片付けてるだけだ」
「だから、その“片付け方”を見ておきたい」
レイは、少しだけ真面目な顔になる。
「まだ君のことを友達とは呼べない。
でも、同じ現場に立っている“同業者”として、目は離せない」
その言葉は、変にこそばゆかった。
だから、俺はあえて軽く流す。
「なら、見てろよ」
大剣の柄を軽く叩く。
「これから、もっと面倒な現場になる」
「そうだろうね」
レイが空気の流れに目を細めた、その時。
足元が、かすかに揺れた。
天井から、ぱらぱらと砂と小石が落ちてくる。
「……地震?」
「いや」
レイが顔を上げる。
「周期が一定だ。自然崩落の揺れ方じゃない」
耳を澄ます。
遠くの階層から、低い衝撃音が規則的に響いてくる。
ドン。
……
ドン。
一歩ごとに、奈落全体がわずかに震えているような音。
同時に、遠くでモンスターの咆哮と悲鳴が混じり合う。
ギャアアアッ!
グルルルルッ!
短く途切れ、また別の悲鳴。
「……誰かが狩りをしている」
レイの声が低くなる。
「しかも、相当効率的に」
俺は立ち上がり、大剣の柄を握った。
縦穴の上方を見る。
冷たい風に混じって、別の匂いが降りてきていた。
血の匂い。
それも、モンスターのものだけじゃない。
もっと、人間に近い、鉄臭い匂い。
ドン、と一際大きな衝撃音。
頭上のどこかで、足場がまとめて崩れたような音だ。
少しの沈黙。
そして――
何かが、上の階層から落ちてきた。
ぐしゃり、と嫌な音を立てて、踊り場の端に叩きつけられる。
灰色の巨体。
オーガだ。
首から上がない。
断面は、まるで高性能のカッターで切り落としたみたいに滑らかだった。
胴体の表面には、拳か何かで殴りつけたような大きな凹みがいくつも刻まれている。
「……素手、か」
俺が呟くと、レイは青ざめた顔で頷いた。
「しかも、一体や二体じゃない」
第二波が落ちてくる。
今度は、さっきの岩トカゲの死骸だ。
頭が潰れ、目玉が飛び出している。
歯型も爪痕もない。
ただ、圧倒的な打撃痕だけ。
ドン。
……
ドン。
重い足音が、上の階層から近づいてくる。
足場が、そのたびにきしみを上げる。
「……嫌な予感しかしない」
「同感だ」
俺は、踊り場の中央まで進み出た。
上の足場の縁から、“それ”が姿を現す。
最初に見えたのは、足だ。
赤い。
皮膚そのものが血で染まっているのか、全身を血に浸した後みたいなどす黒い赤。
一本一本が、人間の胴より太い。
次に、膝から上の筋肉。
盛り上がった太腿。膝。ふくらはぎ。
上半身。
赤黒い皮膚。
背中には銀色の金属板が埋め込まれ、そこからケーブルが伸びている。
胸の中央には、黒い魔石が一つ、心臓のように脈打っていた。
肩から伸びる二本の角。
歪んだ獣の顔。
だが、その目だけが、明らかに“作られた光”を宿していた。
レッドオーガ。
そう呼ぶしかない、血塗れの巨人。
そいつは上の足場の縁に立ち、こちらを見下ろしている。
赤い瞳が、暗闇の中で二つ、灯る。
ただの獣の好奇心とも違う。
人間の打算とも違う。
何か、もっと条件反射に近い“殺意”だけがそこにあった。
「……あれが」
レイが、かすれた声を出す。
「進化種……なのか?」
「違う」
俺は即答した。
「モンスターに、余計なもんをくっつけた“産廃”だ」
レッドオーガが、一歩前に出た。
足場が、悲鳴を上げるようにきしむ。
支柱にヒビが入り、砂と石がぱらぱらと落ちた。
巨体は、それを気にする様子もない。
ただ、じっと俺たちを見ている。
俺も、一歩前に出た。
大剣の柄を握り直す。
視線がぶつかる。
レッドオーガの赤い瞳が、俺の背中の黒鋼の大剣と、周囲の足場の壊れ方とを、一瞬で見比べたように見えた。
――理解された。
と直感する。
こいつは、“壊し方”を見ている。
相手がどういう道具で、どういう癖で現場を荒らすのか。
それを、戦闘ログみたいに記録している。
同時に、俺も理解していた。
こいつはただのモンスターじゃない。
誰かが、この現場に持ち込んだ“重機”だ。
「竹内、あれは――」
レイが叫ぶ。
「知ってる」
俺は目を細めた。
「現場荒らしだ」
次の瞬間。
レッドオーガが、咆哮した。
獣とも人ともつかない、耳をつんざく叫び。
奈落の竪穴全体が、共鳴するように震える。
壁の刻印が砕け、天井から細かな石が雨のように降り注いだ。
奈落の風が、一瞬だけ熱を帯びる。
血と鉄と魔力の匂いが混ざり合って吹き抜けていく。
その咆哮を正面から受けながら――
俺はただ、大剣を構えた。
まだレイとは、“友達”じゃない。
だが、同じ現場に立つ“同業者”がすぐ後ろにいる。
筋肉が自然と熱を帯びる。
足元の足場が、わずかに軋む。
血塗れの赤鬼と、地上から落ちてきた一人の解体屋。
奈落の中層で、その距離が、ゆっくりと、しかし確実に縮まっていく。




