第22話 崩壊の余波と、軍靴の足音
「……ですから、俺は巻き込まれただけです」
翌朝、探索者ギルドの聴取室。
俺はパイプ椅子に座り、目の前で頭を抱えているギルドの調査官に向かって、淡々と説明を繰り返していた。
「ダンジョンの奥に行ったら、黒い化け物と、合成獣みたいなのが喧嘩してたんです。怪獣大決戦でしたよ」
「そ、それで? あの施設が跡形もなく消滅した原因は?」
「あいつらが暴れて崩れたんです。俺は帰り道が塞がれると困るから、邪魔な瓦礫を『掃除』して脱出しただけです」
嘘は言っていない。
施設を消し飛ばしたのは、魔王とキメラの激突だ。俺はその片棒を担いだが、あくまで掃除の一環だ。
調査官は疑わしげな目を向けてくるが、証拠はあの瓦礫の下だ。誰も検証しようがない。
「……わかりました。一旦、生存者としての証言として記録します」
調査官は諦めたように書類を閉じた。
俺は解放され、ロビーへと出た。
周囲の冒険者たちが、遠巻きに俺を見ている。
『Bランクダンジョンの深層を崩壊させた男』。
また一つ、俺の背中に厄介なレッテルが貼られたようだ。
「ま、生きて帰ればこっちの勝ちだ」
俺は伸びをして、ギルドを出た。
だが、俺はまだ知らなかった。
俺が潰した企業の背後には、想像よりも遥かに巨大で、冷徹な怪物が潜んでいることを。
◇
場所不明。
地図には存在しない、軍産複合体『本社』の作戦指令室。
無機質なモニターの光だけが照らす部屋で、一人の男が報告書を読み上げていた。
「……『腐敗の谷』の実験施設、全滅。生存者なし。キメラ・アダム、および工場長もロストしました」
「ご苦労」
報告を受けたのは、軍服に身を包んだ初老の男――真田大佐だった。
その瞳は、部下の死を聞いても微動だにしない。まるで壊れた備品の報告を聞いているようだ。
「解析班の報告では、現場には二種類の高エネルギー反応が残っていたそうです。一つは重力干渉。魔王クラスの魔法痕です」
「魔王か。奴がついに動いたか」
真田は表情を変えず、もう一枚の資料を手に取った。
そこに映っていたのは、施設正面ゲートの監視カメラ映像だ。
作業着姿の男が、480キロの大剣を軽々と振り回し、防護壁を紙屑のように粉砕している姿。
「だが、興味深いのはこちらだ。……竹内涼太」
「はっ。元Fランク、現在はCランクの探索者。特筆すべきスキルはありませんが、異常な筋力数値を記録しています」
「異常? 違うな。これは『進化』だ」
真田の目が、獲物を見つけた猛禽類のように細められた。
「魔法による強化ではなく、肉体そのものが生物の限界を超えている。……素晴らしい。アダム以上の素体だ」
「では、警察に圧力をかけて指名手配に?」
「馬鹿を言うな。警察ごときに何ができる。それに、サンプルを法の手続きで汚すつもりか」
真田は立ち上がり、軍帽を被り直した。
「『特務部隊』を動かせ。目標は竹内涼太の確保。抵抗するなら四肢を切断しても構わん。脳と心臓さえ生きていれば、研究材料にはなる」
「りょ、了解! ですが、場所は市街地です。一般市民への被害が……」
「些細なことだ。国家の礎となれることを光栄に思わせてやれ」
冷徹な命令が下された。
法も倫理も通用しない、暴力のプロフェッショナルたちが動き出す。
◇
翌日の学校。
俺はいつも通り登校し、机に突っ伏していた。
昨日の今日だ。さすがに体が重い。
周囲のクラスメイトたちは、俺を腫れ物のように扱っている。Cランク昇格と、ダンジョン崩壊の噂が広まっているせいだろう。
「……おい、竹内」
昼休み。
屋上でパンをかじっていると、血相を変えたレイが駆け込んできた。
いつも冷静な彼が、珍しく呼吸を乱している。
「なんだよ、インテリ。また講義か?」
「馬鹿野郎! なぜ逃げない! 悠長に飯を食っている場合か!」
レイが俺の胸ぐらを掴みかけた。
その手は微かに震えている。
「学園の周囲が、完全に包囲されているぞ」
「包囲? 警察か?」
「違う! 迷彩服に、対モンスター用の重火器……あれは『軍』だ。正確には、軍部直轄の私兵団だ」
レイの声が恐怖で裏返る。
「大黒商事なんてレベルじゃない。奴らは『国家憲兵』の権限を悪用して動いている。法など通じないぞ!」
「……へぇ」
俺は最後のパンを口に放り込み、咀嚼して飲み込んだ。
軍隊。
なるほど、昨日の今日でこれか。随分と仕事が早い。
「で、なんで俺が逃げるんだよ」
「は?」
「俺は何も悪いことはしてない。害虫駆除をして、帰ってきただけだ。逃げる理由がない」
俺は立ち上がり、手すりの下を見下ろした。
校門の前。
黒塗りの高級車ではなく、深緑色の装甲車が鎮座している。
中から出てくるのは、フルフェイスのヘルメットと強化外骨格に身を包んだ兵士たち。
「……それに、今から逃げても遅いみたいだぞ」
ズババババババッ!!
プロペラ音が空気を切り裂く。
上空に、黒い武装ヘリが現れた。
校舎の窓ガラスが振動し、校庭にいた生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
『通告する。竹内涼太。直ちに校庭へ出ろ』
拡声器からの怒鳴り声が、平和な学園を戦場へと変えた。
『さもなくば、校内にいる全生徒をテロリストの協力者と見なし、武力制圧を開始する』
「……正気か?」
レイが絶句する。
人質を取ったも同然の脅し。
いや、脅しじゃない。あいつらは本気でやる目だ。
「……教育的指導が必要だな」
俺は屋上を後にし、階段を駆け下りて自分の教室へ戻った。
教室はパニック状態だ。生徒たちは机の下に隠れ、窓の外のヘリに怯えている。
「た、竹内君!? どこ行ってたの、危ないよ!」
委員長が叫ぶが、俺は無視して教室の後ろにある掃除用具ロッカーへ向かった。
ここ数日、俺は「あるもの」をここに隠していた。
校則違反? 知ったことか。命の方が大事だ。
「……よかった。無事だな」
ロッカーを開ける。
そこには、ボロ布でグルグル巻きにされた、巨大な棒状の物体が鎮座していた。
『黒鋼の大剣』。重量480キロ。
さらに、足元には『ヘルメット』と『安全靴』、『作業着』を入れたスポーツバッグ。
「着替えるぞ。見てる暇があったら避難しろ」
俺は制服の上から作業着を羽織り、安全靴を履き、ヘルメットの顎紐を締めた。
そして、大剣の覆いを引き剥がす。
漆黒の鉄塊が露わになり、教室の空気が凍りついた。
「な、なにそれ……」
「剣……? 鉄骨……?」
「商売道具だ」
俺は大剣を肩に担ぎ、教室の窓を開け放った。
ここから行くのが一番早い。
「行ってきます」
ドンッ!!
俺は窓枠を蹴って、3階から空中に躍り出た。
ズドォォォォォォンッ!!
校庭に、隕石が堕ちたような轟音が轟いた。
俺が足より先に叩きつけた大剣が、着地の運動エネルギーを全て飲み込み、芝生をクレーターへと変える。
衝撃は霧散し、俺の足には痺れ一つ残らない。
舞い上がる土煙。
その中心で、俺はゆっくりと顔を上げた。
『ターゲット確認。……構えッ!』
砂煙が晴れると、数十人の兵士たちが銃口を向けていた。
対モンスター用の大口径ライフル。
『抵抗すれば発砲する。大人しく投降しろ』
「断る。ここは学校だ。勉強の邪魔をするな」
俺は一歩踏み出した。
大剣を体の正面に構える。これがあれば、俺は無敵だ。
『撃てッ! 手足なら構わん!』
ダダダダダダッ!!
一斉射撃。
鉛の嵐が俺を襲う。
だが、俺には最強の盾がある。
カンカンカンカンッ!!
激しい火花が散る。
銃弾は全て、幅広の大剣に弾かれた。
デュラハン素材を含んだ黒鋼は、徹甲弾ですら傷一つつかない。
「……終わりか? なら、下校の時間だ」
俺は地面を蹴った。
重さを感じさせない突進。
「なっ、撃ち方止め! 接近されるぞ!」
「パワードスーツ隊、前へ! 肉弾戦で制圧しろ!」
強化外骨格を纏った兵士たちが、振動ナイフやスタンバトンを構えて突っ込んでくる。
機械の力で強化された怪力。常人なら触れるだけで骨折するだろう。
だが、相手が悪かった。
「おらぁッ!!」
俺は大剣を横薙ぎに振るった。
刃ではない。腹で叩く。
殺しはしない。だが、加減もしない。
ゴォォォォンッ!!
「ぐわぁぁぁッ!?」
衝突音すら置き去りにする衝撃。
100キロを超える装甲兵たちが、紙屑のようにまとめて吹き飛んだ。
スーツの装甲がひしゃげ、中の人間ごと空を舞う。
「なんだそのパワーは!?」
「スーツの出力が負けているだと!?」
「機械頼みの筋肉で、俺に勝てるわけないだろ」
俺は止まらない。
大剣を盾にし、鈍器にし、暴風として振るう。
重火器を持った兵士は大剣の風圧で転がし、接近戦を挑む兵士は剣の柄で殴り飛ばす。
圧倒的な蹂躙。
『ええい、歩兵は下がれ! ヘリだ! 空から制圧しろ!』
上空の武装ヘリが、機首を下げた。
ガトリング砲が回転を始める。
毎分3000発の鉄の雨。あれを撃たれたら、校舎が穴だらけになる。
「……させるかよ。修繕費がいくらになると思ってんだ」
俺は近くの花壇に目をつけた。
縁石として埋め込まれていた、分厚いコンクリートブロック。
俺はそれを片手で鷲掴みにし、地面から無理やり引っこ抜いた。
「重さは十分……!」
野球ボールのようにブロックを振りかぶる。
狙うのはメインローターの付け根。一点突破だ。
「落ちろッ!!」
全身のバネを使った、渾身の投擲。
現場で鍛え上げた異常な筋力が、コンクリート塊に運動エネルギーを注ぎ込む。
石は音速を超え、衝撃波を纏って空を裂いた。
ドォォォォンッ!!
ブロックはヘリのローター基部に直撃した。
金属が砕ける音がして、ヘリがバランスを崩す。
『き、機体が! 制御不能!? メーデー!』
ヘリは黒煙を上げながら、校庭の隅――誰もいない用具置き場の方へ不時着した。
ズガァァァン!
爆発はしなかったが、完全にスクラップだ。
「……ふぅ」
俺は大剣を地面に突き立て、周囲を見渡した。
立っている兵士はいない。
全員、ひしゃげたスーツの中で呻いているか、気絶している。
完全な制圧だ。
「……撤収だ」
無線から、苦渋に満ちた声が漏れた。
生き残った兵士たちが、負傷者を抱えて逃げるように装甲車へ乗り込んでいく。
彼らもプロだ。この戦力差では任務遂行不可能と悟ったのだろう。
『竹内涼太……。国家への反逆、後悔することになるぞ』
捨て台詞を残し、車列が去っていく。
俺はそれを見送り、大きく息を吐いた。
「……やれやれ。とんだ昼休みだ」
ふと、背後の校舎を見る。
窓からは、全校生徒と教師たちが、信じられないものを見る目で俺を見下ろしていた。
その中には、腰を抜かした生活指導の佐々木先生の姿もある。
「……大剣持ち込み、怒られるかな」
俺は冷や汗をかいた。
国を相手にした喧嘩には勝ったが、これからの学校生活と、先生のお説教には勝てそうにない。
「……早退するか」
俺は大剣を担ぎ直し、壊れたフェンスの隙間から足早に学校を後にした。
日常は壊れた。
もう、ただの高校生には戻れない。
俺は、家族と、自分の居場所を守るために、この国の闇と全面戦争をするしかないのだ。




