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重機? いいえ、高校生です。 武器は鉄骨、動力は【筋力】。一撃必殺の【チャージ】で、解体屋がボスごと撤去するようです  作者:


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第19話 甘い毒の報告書と、黒い刺客

 地下深層。

 光の届かない闇の底、青白い燐光だけが照らす静寂の玉座。

 そこに、魔族の王――【魔王】は鎮座していた。


 黒い長衣を纏い、長く伸びた銀色の髪が、玉座の黒曜石に流れている。その瞳には、深い知性と、隠しきれない憂いが宿っていた。


「……報告ご苦労。して、地上の様子はどうだ」


 魔王の問いかけに、スーツ姿の男が恭しく頭を下げた。

 大黒商事のさらに上、軍産複合体から派遣された幹部だ。


「はっ。計画は極めて順調でございます、魔王様。新たな種――『進化種』たちの適合率は、予想以上の数値を記録しております」


 幹部は脂汗を隠すように、滑らかな口調で続けた。


「彼らは素晴らしい。大気中のマナを効率よく吸収し、余剰エネルギーを無尽蔵に体外へ排出できる……。まさに、我々が夢見た『生きた発電所』です」

「そうか」


 魔王は安堵したように、玉座の背に体を預けた。


「……人間は、生きるために魔石を必要とする。ゆえに魔物を殺し、その体内から石を奪う。それがこの世界の悲しき理だった」


 魔王が独り言のように呟く。

 それは、彼が長年抱えてきた苦悩だった。

 人間と共存したい。だが、人間が生きていくためには、同胞が死ななければならない。

 そのジレンマを解消する唯一の手段として提示されたのが、この男たちの計画だった。


「ですが、もうその必要はありません」


 幹部が甘く囁くように同意する。


「進化種がいれば、人間は魔物を殺さずともエネルギーを得られる。羊から毛を刈るように、魔物からエネルギーを受け取るだけで済むのですから」

「うむ。……殺し合いではなく、分かち合いか」

「左様です。人間はエネルギーを得て豊かになり、魔物は『資源のパートナー』として保護される。これぞ、魔王様が望まれた真の共存でございましょう?」


 幹部の言葉に、魔王は深く頷いた。

 美しい理想だ。

 そのためならば、進化の過程で多少の痛みを伴うとしても、耐える価値はある。そう信じていた。


「……だが、一つ気になることがある」


 魔王がふと、鋭い視線を男に向けた。


「ここ数日、地上の『気』が乱れている。風に乗って、微かな悲鳴のような魔力が届くのだが……?」

「ッ……」


 幹部の肩がわずかに跳ねた。

 実際は、竹内涼太というイレギュラーが実験体を次々と粉砕している断末魔だ。

 だが、幹部は即座に営業用の笑みを貼り付けた。


「お気になさらず。それは……進化の過程で生じた、些細な『成長痛』のようなものです」

「成長痛、か」

「ええ。肉体が作り変わるのですから、多少の摩擦は避けられません。ですがご安心を。彼らは皆、与えられた新しい役割に喜び、幸せに暮らしていますよ」


 魔王は数秒の間、男の目を見つめ――やがて、静かに目を伏せた。


「……そうか。彼らが幸せなら、それでよい」


 魔王は人間を知らなすぎた。

 そして、優しすぎた。

 幹部は深く頭を下げながら、影で舌を出した。



 一方、地上。

 探索者ギルドのロビー。


「……やっと終わったか」


 俺は新しいライセンスカードを光にかざした。

 銀色に輝くCランクカード。

 これで名実ともに、俺は一人前の冒険者だ。


「浮かれるなよ、竹内」


 隣で同じカードを受け取ったレイが、やれやれと肩をすくめる。


「Cランクになったということは、ギルド内での発言権が増すと同時に、敵も増えるということだ。特に君は、あの大黒商事を派手に潰したばかりだ」

「潰したのは俺じゃねえよ。あいつらが勝手に自滅したんだ」

「きっかけを作ったのは君だ。……いいか、忠告しておく」


 レイが声を潜め、真剣な眼差しを向けた。


「大黒商事のバックには、軍事産業に関わる『本社』がいるという噂がある。奴らはメンツを潰されたことを決して忘れない。……夜道には気をつけろ」

「夜道、ねえ……」


 俺は苦笑して、手をひらりと振った。


「わかったよ。気をつける」


 ギルドを出ると、日はすでに落ちていた。

 新居への帰路。

 人通りのない裏通りに入った瞬間、空気が変わった。


 ヒュッ。


 音もなく、背後から殺気が迫る。

 プロだ。足音も、呼吸音すら消している。

 だが、今の俺の肌は、殺意に対して過敏に反応する。


「……懲りねえな」


 俺は振り返らず、裏拳を放った。


 ドゴォッ!!


 鈍い音がして、背後に迫っていた影が吹き飛ぶ。

 石壁に激突し、ズルズルと崩れ落ちたのは、全身を黒い特殊スーツで覆った男だった。


「ガ、ハッ……!?」


 男が驚愕に目を見開く。

 手には、毒々しい色の液体が塗られたダガーが握られている。


「挨拶なしかよ。随分と礼儀知らずな客だな」


 俺はゆっくりと近づいた。

 男は無言で体勢を立て直し、再びダガーを構える。

 その動きは、人間離れしていた。

 関節がありえない角度で曲がり、スーツの下で筋肉がボコボコと脈打っている。


「……またか」


 覚えがある。

 あの地下水路で見た、薬漬けのネズミたちと同じだ。

 無理やりリミッターを外された、使い捨ての強化人間。


「シィッ!!」


 男が踏み込む。

 速い。Cランク冒険者でも反応できない速度だ。

 ダガーの切っ先が、俺の喉元を狙う。


(……チッ、速いな)


 俺は舌打ちした。

 頭ではわかっている。軌道も見えている。だが、俺の鈍重な身体能力では、物理的に回避行動が間に合わない。

 避けるのは無理だ。

 なら、選択肢は一つしかない。


(肉を切らせて、骨を断つ)


 俺は回避を捨て、一歩踏み出した。

 あえて自分から当たりに行く。ただし、急所である頸動脈だけは、防具の一番硬い部分で受けるように角度を調整して。


 ガキンッ!!


 硬質な音が響いた。

 ダガーが俺の首――作業着の襟元に仕込まれたデュラハン・プレートに突き立ち、火花を散らす。


「ぐっ……!!」


 鋭い痛みが走った。

 刃は通らない。ワイバーンの皮とプレートが、凶刃を完全にシャットアウトしている。

 だが、衝撃は消えない。

 一点に集中した運動エネルギーが、防具を突き抜けて俺の首の骨を強打する。

 ハンマーで殴られたような激痛に、視界が白く明滅する。


「な、バカな……!? 直撃したはずだぞ!?」


 男が驚愕し、一瞬動きを止める。

 その隙があれば十分だ。

 俺は脂汗を流しながら、食い込んだダガーごと、男の腕を鷲掴みにした。


「……いい防具だろ。だが、今の結構痛かったぞ」


 俺は指先に、ありったけの力を込めた。

 何トンもの鉄骨を運び続けてきた、俺の生活そのものの握力だ。


 ミシミシッ!!


 強化人間の骨が、枯れ木のように悲鳴を上げる。


「ギャアアアアアッ!?」


 男が絶叫する。

 俺はそのまま男を引き寄せ、顔面を鷲掴みにして壁に押し付けた。


 ドォン!!


 後頭部をコンクリートに叩きつけられ、男は白目を剥いて脱力した。


「……ふぅ」


 俺は男の腕を離した。

 完全に気絶している。

 だが、次の瞬間、男の耳の奥からプシュッという小さな音がして、鼻と口から黒い煙が漏れ出した。


「……またかよ」


 脳内チップの自壊プログラムだ。

 情報を守るための口封じ。徹底している。

 俺は死体を漁る趣味はないが、手ぶらで帰るわけにはいかない。男の懐を探ると、一枚の黒いカードキーと、通信端末のようなデバイスが出てきた。


「死人に口なし、か。だが、遺留品は残ってる」


 俺は端末をポケットにねじ込んだ。

 チップが壊れていても、この端末のログを遥に解析させれば、奴らの巣の場所くらいはわかるはずだ。

 俺は首の痛みをこらえながら、家路を急いだ。

 遥に仕事を頼まなければならない。



 地下深層。

 幹部が去った後も、魔王の胸騒ぎは収まらなかった。

 いつもの成長痛という言葉では片付けられない、もっと根源的な、魂を削るような悲鳴が届いている。


「……様子を見てくるか」


 魔王は玉座を立ち、回廊の奥へと歩き出した。

 普段は幹部に「汚染区域ゆえ、危険です」と立ち入りを止められているエリア、『廃棄場』。

 重い扉に手をかける。

 そこから漏れ出したのは、花の香りではなく、鼻を突く腐臭と、薬品の刺激臭だった。


「……なっ」


 魔王は言葉を失った。

 そこは、墓場ではなかった。

 ただのゴミ捨て場だった。


 山のように積み上げられた、魔物たちの死体。

 そのどれもが、異様な姿をしていた。頭蓋骨を削られ、機械を埋め込まれたオーク。筋肉増強剤で体が破裂したゴブリン。皮膚を剥がされ、内臓を魔石に置換されたスライム。


「……これが、安らかな眠りだと?」


 魔王は震える足で、死体の山に近づいた。

 一匹のハーピーの死体に触れる。

 その瞬間、残留思念が濁流のように流れ込んでくる。


『痛い』

『熱い』

『やめて』

『殺して』


 そして、もっとも鋭利な刃となって魔王の心を抉る言葉。


『嘘つき』

『助けて』


 魔王は手を引っ込めた。

 その場で、彼が長年大切にしてきた平和への希望が、ガラガラと音を立てて崩れ去る。


「……信じた私が、愚かだったのか?」


 魔王は唇を噛み締め、頭を振った。

 幹部は言った。『苦痛なき進化』だと。

 だが、目の前の現実は、彼が信じた善意の全てを否定していた。


「この子たちは、平和のために、私に協力してくれた……はずだ」

「その結果が、これか……」


 魔王は自問した。

 自分がこの惨状を知りながら、なぜ、彼らの言葉を信じ続けたのか?

 それは、人間を恐ろしい悪ではなく、救うべき弱者として見たかったからだ。

 自らの手で、悲劇の連鎖を断ち切れるという、甘い理想に酔っていたのだ。


「彼らは私を、私の優しさを、欺瞞の道具として利用した……」


 魔王の悲しみは、瞬く間にどす黒い感情へと塗り替えられていった。


 ドクン。


 大気が震える。

 魔王の全身から、漆黒の魔力が噴き上がり、洞窟内を荒れ狂う暴風となる。

 積み上げられた死体の山を吹き飛ばし、岩壁が砕け散る。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!」


 絶叫。

 それは裏切られた悲しみと、同胞を弄ばれた怒りが、理性のタガを焼き切った音だった。

 王の激昂に呼応し、ダンジョン全体が激震する。

 天井が崩落し、地面が割れる。


「これが、そなたらの言う平和か!!」


 契約は破棄だ。

 慈悲はない。

 同胞を弄んだ報いは、血で購わせる。


「……許さぬ。根絶やしにしてくれる!!」


 地底の底で、世界を揺るがすほどの殺意が目覚めた。

 地上では、涼太が新たな戦場へと向かおうとしている。

 互いに何も知らぬまま、二つの強大な力が、一つの場所――『腐敗の谷』へと引き寄せられようとしている。


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