第15話 悪徳企業の解体作業(物理)と、倍返し
「化け物め」
男の一人が、忌々しげに呟いた。
彼らはプロだ。
俺がポイズンラットの群れを殲滅した手際を見て、正面からの殴り合いでは分が悪いと判断したのだろう。
瞬時に散開し、挟み撃ちの体勢を取った。
「《マッド・スワンプ》!」
後衛の魔導師が杖を振るう。
俺の足元のコンクリートが、一瞬にして泥沼へと変質した。
足が沈む。
さらに、畳み掛けるように次の魔法が飛んでくる。
「《グラビティ・プレス》!」
重力魔法だ。
ズシリ、と空気が軋むような重圧が全身にかかる。
泥で足を奪い、重力で動きを封じる。
定石にして必勝のコンボだ。
「へっ! そのデカい剣が仇になったな! 重力2倍だ! 装備の重さで自滅しろ!」
魔導師が勝ち誇った声を上げる。
確かに、理屈は合っている。
今の俺の総重量は、大剣と防具だけで500キロを超える。
重力が2倍になれば、その負荷は1トンに達する。
普通の人間なら、自分の装備に押し潰されて圧死するだろう。
だが。
「なんだ、これ」
俺は泥沼から、強引に足を引き抜いた。
ズボッ、と重い音がして、泥が弾け飛ぶ。
「なっ……!?」
魔導師が目を見開く。
重力魔法? 効いているのかもしれない。
確かに、肩にかかる重みは増した。背中の大剣がずしりと沈む感覚がある。
だが、それがどうした?
俺の筋力は、こんなものでは揺らがない。
レベル27、STR259。
重機すら凌駕するこの出力にとって、1トン程度の重量など、準備運動にもならない。
「な、なんで動けるんだよ!? 総重量1トンだぞ!?」
「1トン? ……ああ、確かに少し肩が凝るな」
俺は首をコキリと鳴らし、一歩踏み込んだ。
その隙を突いて、背後の短剣使いが肉薄する。
「死ねぇッ!!」
銀閃が走る。
鋭利な短剣が、俺の首元、ヘルメットと作業着の隙間を正確に貫いた。
ガギンッ!!
硬質な音が響く。
カンナが仕込んでくれたデュラハンのプレートが、刃を完全にシャットアウトしたのだ。
だが。
「ぐっ……!」
俺は顔をしかめた。
刃は通らない。だが、衝撃は消えない。
プロの突きだ。一点に集中した運動エネルギーが、プレート越しに首の骨を強打する。
視界が明滅するほどの痛み。
普通の人間なら、頚椎を痛めて気絶していただろう。
「ちっ、硬いな!」
男が舌打ちをして、バックステップで離れようとする。
だが、遅い。
俺は痛みを飲み込み、男の腕を掴んだ。
「がッ!?」
万力のような握力。
男の腕がミシミシと悲鳴をあげる。
「痛いな……。折れるかと思ったぞ」
「は、離せ! この馬鹿力……!」
男が短剣で俺の腕を切りつけようとするが、ワイバーンレザーの袖がそれを弾く。
無駄だ。
捕まえた時点で、俺の勝ちだ。
「次はお前の番だ」
俺は掴んだ腕を軸にして、男の体を強引に引き寄せた。
そして、空いた手で、男が握っている短剣の刀身を掴む。
「な、何をする気だ……?」
「解体作業だ」
俺は指先に力を込めた。
STR259の握力。
パキィィィン!!
甲高い音が響き、鋼鉄製の短剣が飴細工のように砕け散った。
「あ……あぁ……?」
男が絶望した顔で、折れた武器を見つめる。
俺はそのまま、男の襟首を掴んで吊り上げた。
「武器がなくなっちゃったな。次はどうする? 素手で殴り合うか?」
「ひ、ヒィッ……!」
男の戦意が消えた。
俺は男を放り投げ、もう一人の魔導師に向き直った。
「く、来るな!」
魔導師が杖を構え直そうとする。
俺は地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
重力魔法など、俺の突進を止める足枷にはなり得ない。
魔導師が魔法を放つより速く、俺の手が彼の持つ魔導杖を掴んでいた。
「いい杖だな。高そうだ」
「や、やめろ! それは特注の……」
バキリ。
杖の中央に亀裂が入る。
魔導師の顔色が青を通り越して白になる。
「待て! 悪かった! 俺たちは仕事でやっただけだ! 見逃してくれ!」
「仕事ね。なら、報告義務があるだろ」
俺は杖を完全にへし折り、ゴミのように捨てた。
そして、腰を抜かした魔導師の胸ぐらを掴み上げる。
「誰の指示だ? あのネズミは何だ? 全部吐け」
俺は殺気を隠さずに睨みつけた。
大剣は使わない。
素手で十分だ。
目の前で相棒の武器を素手で粉砕された恐怖は、どんな拷問よりも口を軽くさせたらしい。
「だ、大黒商事だ! 俺たちは上から渡された実験薬をネズミに投与して、データを取れと言われただけだ! 遭難騒ぎはそのカモフラージュだ!」
「実験? なんのために?」
「し、知らない! 俺たちは末端だ! ただ、さらに上の……本社からの技術提供だって噂は聞いた!」
本社。
大黒商事のバックに、さらに巨大な組織がいるということか。
きな臭くなってきたな。
「証言、ありがとう」
俺はポケットからスマホを取り出し、録音停止ボタンを押した。
さて、ゴミ拾いは終わりだ。依頼主に届けに行こうか。
俺は気絶している短剣使いと、ガタガタ震える魔導師を、それぞれ脇に抱えた。
二人合わせて150キロ近いが、今の俺には米袋と同じだ。
装備と合わせて1トン以上の負荷がかかっているはずだが、足取りは軽い。
「荷物持ちなら慣れてるんだ。暴れるなよ?」
俺は人間という荷物を抱え、出口へと歩き出した。
さて、反撃の時間だ。
◇
夕方の探索者ギルド。
ロビーは、奇妙な熱気に包まれていた。
中央のソファーに、高級スーツを着た男がふんぞり返っている。
大黒商事の幹部だ。
彼は腕時計をチラチラと見ながら、苛立ったように貧乏ゆすりをしている。
「遅いな……。そろそろ死亡報告が届く頃だぞ」
幹部が側近に囁く。
彼らは待っているのだ。俺がネズミの餌になり、無残な死体となって発見されるのを。
あるいは、瀕死の重傷を負って運び込まれ、治療費の代わりに奴隷契約書にサインするのを。
「おや? 誰か来ましたよ」
側近が転移ゲートの方を指差した。
ゲートの光が収まり、一人の男が姿を現す。
灰色の作業着。安全ヘルメット。背中には巨大な黒い剣。
傷一つない姿で、俺は帰還した。
「な……ッ!?」
幹部が目を見開き、飲みかけのコーヒーを取り落とす。
俺は彼らの前まで歩き、両脇に抱えていた荷物を床に放り投げた。
ドサッ! ドサッ!
無様に転がったのは、ボロボロになった黒い装備の男たち。
大黒商事が雇った掃除屋、『黒犬』の二人だ。
「不法投棄のゴミを拾ってきたぞ。お宅の社員だろ?」
俺は冷ややかな声で告げた。
ロビーがざわめき立つ。
誰もが知る悪名高い『黒犬』が、たった一人の少年にゴミのように扱われている光景に、冒険者たちが息を呑む。
「き、貴様……! これはどういうことだ!」
幹部が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「どういうこと、ね。それはこっちの台詞だ」
俺はスマホを取り出し、最大音量で再生ボタンを押した。
『だ、大黒商事だ! 俺たちは上から渡された実験薬をネズミに投与して……』
魔導師の情けない自白が、ロビー中に響き渡る。
人工スタンピード。遭難のカモフラージュ。そして、学生を囮にした非人道的な実験。
全ての悪事が、白日の下に晒された。
「な、なな……ッ!」
幹部の顔色が、赤から青、そして土気色へと変わっていく。
周囲の冒険者たちの視線が、畏怖から軽蔑、そして激しい怒りへと変わった。
「で、デタラメだ! これは捏造だ! 名誉毀損で訴えてやる!」
幹部が喚き散らす。
だが、その声は震えていた。
俺はゆっくりと彼に近づき、胸ぐらを掴み上げた。
「ひっ……!」
STR259の握力。
高級スーツの襟が悲鳴を上げ、幹部の体が宙に浮く。
至近距離で睨みつける。
俺の瞳の奥にあるのは、ただの怒りではない。
解体屋としての、冷徹な宣告だ。
「喧嘩を売ったのはそっちだ。会社ごと解体される覚悟はできてるんだろうな?」
俺は幹部をゴミのように投げ捨てた。
彼は腰を抜かし、床を這いずりながら後ずさる。
「お、覚えてろぉぉッ!!」
捨て台詞を吐いて逃げ出す幹部と側近たち。
だが、もう遅い。
この騒ぎはすぐに広まる。ギルドも警察も動かざるを得ないだろう。
大黒商事は終わった。
「ふぅ……」
俺は大きく息を吐いた。
肩の荷が下りた気がした。
すずさんが駆け寄ってきて、涙目で俺の手を握る。
「竹内様……! ご無事で……!」
「ああ。ちょっと掃除をしてきただけだ」
俺は笑って見せた。
これで、少しは静かになるだろう。
だが、俺は知っていた。
あの魔導師が言っていた『本社』。
大黒商事の背後にいる、さらに巨大な闇。
戦いは、まだ終わっていない。




