第14話 最強の作業着と、仕組まれた遭難信号
翌日の放課後。俺は三たび、カンナの工房を訪れていた。
注文していた防具の受け取りだ。
「できたわよ。あんたの望み通りの『最強の普段着』が」
カンナが作業台の上に置かれたそれを指差した。
一見すると、どこにでも売っている灰色の作業着だ。ホームセンターで上下3000円で買えそうな、何の変哲もないデザイン。だが、手に取った瞬間、その異常さがわかった。
ずしり、と重い。
布地とは思えない密度がある。
裏地をめくると、そこには銀色に輝くワイバーンの皮が、幾重にも重ねて縫い付けられていた。さらに、心臓や脊髄といった急所部分には、黒光りする金属板、デュラハンの鎧片を加工したプレートが仕込まれている。
【 抗魔の作業着 】
分類: 特殊軽装甲
重量: 30kg
特性: 物理耐性、魔法耐性、耐熱、耐酸
「重量は30キロ。普通の服の10倍以上あるけど、あんたなら誤差でしょ?」
カンナが得意げに鼻を鳴らした。
「表地は難燃性の化学繊維。中身はストーム・ワイバーンの皮を5枚重ねた積層装甲。その間に衝撃吸収用の特殊ゲルを挟んで、最奥にはデュラハン・プレート。……これ一着で、家が建つくらいの値段になるわね」
「最高だ。これで心置きなく汚せる」
俺は袖を通してみた。
重いが、動きを阻害するほどではない。むしろ、適度な重量感が体に馴染む。
ヘルメットも新品だ。「安全第一」の文字はそのままだが、素材はワイバーンの頭骨を粉末にして練り込んだ強化プラスチックらしい。
「ただし、勘違いしないでよ」
カンナが真剣な顔で釘を刺した。
「あくまで『防弾・防刃』よ。牙や刃物は通さないし、魔法も弾く。でも、物理的な『衝撃』までは完全に殺しきれないわ。あんたの貧弱な耐久値じゃ、大型モンスターの体当たりを食らえば、防具の中で骨が折れる。過信しないで」
「肝に銘じるよ。……でも、これで『かすり傷で即死』は免れる」
俺はヘルメットの顎紐を締めた。
これで装備は整った。俺はカンナに礼を言い、工房を後にした。
◇
その足でギルドへ向かうと、ロビーがいつになく騒然としていた。
俺が入った瞬間、受付のすずさんが血相を変えて駆け寄ってきた。
「た、竹内様! 探しました……! 緊急の指名依頼が入っています!」
「指名? 俺にか?」
俺は眉をひそめた。
大黒商事の圧力で、俺への依頼は止められているはずだ。
「はい。緊急救助要請です。Cランクダンジョン『腐食の地下水路』で、学生パーティが遭難しました」
すずさんは震える手で資料を差し出した。
「遭難者は、大黒商事の奨学金生……つまり、企業の内定者たちです。本来なら企業の専属ハンターが救助に向かうはずなんですが、『あいにく出払っている』とのことで……」
「……俺にお鉢が回ってきたわけか」
あからさまだ。
自社の人間が遭難しているのに、専属を動かさず、わざわざ「出入り禁止」にしていた俺を指名する。罠の臭いしかしない。
「お断りになりますか? 明らかに不自然ですし……」
「いや、受ける」
俺は即答した。
罠だろうが何だろうが、そこに遭難者がいるなら行く。それが建前。
本音は、この「見え透いた罠」を食い破って、企業の鼻を明かしてやりたいからだ。
「場所は地下水路だな。すぐに行く」
◇
Cランクダンジョン『腐食の地下水路』。
転移ゲートを抜けた瞬間、鼻をつく腐臭が漂ってきた。
下水道を模したダンジョンだ。汚水が流れ、メタンガスの霧が立ち込めている。
俺は新しい作業着の襟を立て、湿った通路を進んだ。
背中の大剣が、天井のパイプに当たりそうになるのを屈んで避ける。
狭い。大剣を振り回すには不向きな地形だ。
チャプ、チャプ……。
汚水の中を歩きながら、俺は違和感を感じていた。
死骸が多い。
通路のあちこちに、このダンジョンの住人であるジャイアント・ラットの死体が転がっているのだ。だが、その死に方がおかしい。
「……共食いか?」
死骸はどれも、仲間に食い殺されたような痕跡があった。
さらに、死んでいるネズミの目が、どれも異常なほど赤く充血している。
筋肉も不自然に膨張し、皮膚が裂けている個体さえあった。
なんだ……?
ただの凶暴化じゃない。薬か何かで無理やり強化されたような、不自然さを感じる。
嫌な予感がする。
俺は警戒レベルを引き上げ、遭難者の反応がある最奥の浄水施設跡へと急いだ。
広場に出ると、そこに彼らはいた。
冒険者学校の制服を着た、4人の男女。大黒商事の奨学金生たちだ。
彼らは広場の隅で身を寄せ合い、震えていた。
「おい、大丈夫か。ギルドからの救助だ」
俺が声をかけると、リーダー格の男が顔を上げた。
足に包帯を巻き、苦痛に顔を歪めている。
「た、助かった……! 動けなくて……」
「怪我を見せろ。ポーションはあるか?」
俺が近づき、膝をつこうとした瞬間だった。
男の表情から、苦痛の色が消えた。代わりに浮かんだのは、歪んだ嘲笑。
「へへっ、馬鹿が。本当に来やがった」
男は懐からガスマスクを取り出し、素早く装着した。
他の3人も同様だ。
そして、男の手には、紫色の液体が入った小瓶が握られていた。
「なっ……」
「あばよ底辺! 化け物の餌になりな!」
パリーンッ!
男は小瓶を地面に叩きつけた。
強烈な甘い香り、フェロモンのような刺激臭が広がる。
【 誘引香 】。
モンスターを強制的に興奮させ、引き寄せるためのアイテムだ。
「《テレポート》ッ!」
彼らは転移結晶を砕き、光に包まれて消えた。
後には、甘い香りと、俺一人だけが残された。
「……やっぱりな」
俺は立ち上がり、周囲を見渡した。
罠だとは分かっていた。だが、これほど直接的だとは。
地響きが聞こえる。
水路の奥、天井の配管、床のグレーチングの下。
四方八方から、無数の「赤く光る目」が現れた。
「キシャアアアアッ!!」
【 変異種・ポイズンラット 】。
通常のラットの倍はある巨体。全身の毛が抜け落ち、赤黒い筋肉が剥き出しになった異形のネズミたち。
その数、数百。
誘引香に理性を焼かれ、ただ「肉」を求めるだけの生物兵器と化した群れが、津波のように押し寄せてきた。
逃げ場はない。
360度、ネズミの海だ。
「……実験にはちょうどいい」
俺は背中の大剣には手をかけず、あえて身構えた。
一匹のラットが、俺の脛に噛み付く。
ガジッ!
「……っ!」
鋭い痛みが走った。
牙は通っていない。ワイバーンの皮とデュラハンのプレートが、鋭利な牙を完全にシャットアウトしている。毒も入ってこない。
だが、衝撃は別だ。
変異して強化された顎の力が、防具越しに骨を圧迫する。
痛ってぇ!
牙は防いだが、プレスされるような圧力までは殺しきれないか。
俺は顔をしかめた。
一匹ならどうということはない。だが、これが数百匹になり、折り重なって圧殺しに来たら。俺の貧弱なHPバーなど、数秒で削りきられるだろう。
「長居は無用だ。囲まれる前に掃除する」
俺はラットを蹴り飛ばし、背中の『黒鋼の大剣』を引き抜いた。
ズゥン……という重低音が、狭い水路に響く。
「罠にかけたのは褒めてやるよ。だが、計算違いが一つあるぞ」
俺は大剣を構え、殺到するネズミの群れを見据えた。
「俺は、ネズミ算より処理速度が速い」
「キシャアアアアッ!!」
先頭のポイズンラットが跳躍した。
それを合図に、数百の赤い目が一斉に動き出す。
床を埋め尽くす黒い絨毯が、波打つように俺へと殺到した。
逃げ場はない。前後左右、頭上からもネズミが降り注ぐ。
普通の冒険者なら、パニックに陥って食い殺される場面だ。
だが、俺は冷静だった。
右足を引き、腰を落とす。
背負った480キロの大剣が、遠心力で唸りを上げる。
「……吹き飛べ」
俺は水平に大剣を振り抜いた。
ゴォンッ!!
斬撃音ではない。
巨大な扇風機が、空気を無理やり圧縮して叩きつけたような重低音が響く。
大剣の側面が、跳躍してきた数十匹のラットを捉えた。
肉が弾ける音。骨が砕ける音。それらが重なって、グシャリという一つの湿った音になる。
「ギ、ギュ……ッ!?」
直撃したネズミは即死。
だが、それだけではない。
480キロの鉄塊が音速で振るわれたことで発生した衝撃波が、剣の届かない範囲にいたネズミたちをも吹き飛ばす。
一振りで、前方の空間が綺麗に更地になった。
「次」
俺は返す刀で、背後から迫る群れを薙ぎ払った。
バックハンド気味の一撃。
テクニックはいらない。ただ、鉄板を振り回すだけで、そこは死の領域になる。
ドォォォォン!!
水路の壁に、ネズミの死骸が叩きつけられ、赤い染みを作る。
汚い花火だ。
「キ……キシャッ!?」
後続のネズミたちが、一瞬ひるんだように足を止めた。
本能が危険を察知したのだろう。
だが、薬物で強化された彼らに後退は許されないらしい。すぐに狂乱状態に戻り、死骸を踏み越えて突っ込んでくる。
「学習能力なしか。……なら、作業に戻るだけだ」
俺は淡々と大剣を振るい続けた。
右、左、薙ぎ払い、叩きつけ。
一撃ごとに十数匹が消し飛ぶ。
ネズミ算式に増えるというなら、それ以上の速度で減らせばいい。
時折、数匹が防御網を抜けて俺の体に噛み付く。
ガジッ! ガンッ!
鋭い牙が作業着に食い込むが、ワイバーンの皮とデュラハンのプレートがそれを阻む。毒も通らない。
衝撃だけが鈍く骨に響くが、アドレナリンが出ている今は気にならない。むしろ、この痛みのおかげで冷静でいられる。
防具の性能は十分だ。だが、これを作った連中の意図は何だ?
俺は剣を振りながら思考を巡らせた。
飛び散るネズミの肉片。その中に、不自然なものが混じっていた。
金属片だ。
ただの変異じゃない。こいつら、脳や筋肉に機械的なチップを埋め込まれている。
野生の暴走じゃない。人為的にコントロールされた、使い捨ての兵器だ。
「……趣味が悪いな」
俺は不快感を込めて、最後の一集団を叩き潰した。
ズガァァァンッ!!
水路の水面が爆発し、汚水と肉片が雨のように降り注ぐ。
動くものは、もういない。
数百匹いたはずのポイズンラットは、すべて動かぬ肉塊へと変わっていた。
《 戦闘終了 》
《 経験値を獲得しました 》
俺は肩で息をしながら、大剣についた血糊を振るい落とした。
所要時間、5分足らず。
殲滅完了だ。
「さて……」
俺は視線を上げた。
広場の隅、天井付近にある通気ダクトの影。
そこに、微かな気配がある。
ネズミではない。人間の気配だ。
ずっと俺を観察していた視線。
「見学は終わりか?」
俺が大剣を向けると、ダクトの奥で息を呑む気配がした。
隠れても無駄だ。今の俺は、殺気に対して敏感になっている。
「出てこいよ。大黒商事の『飼い主』さん」
俺が挑発すると、観念したように二つの影が降りてきた。
全身を黒い装備で固めた男たち。
胸元には『黒犬』のエンブレム。そして腕には、企業の腕章を巻いている。
先日追い払ったチンピラとは違う。
身に纏う空気が鋭い。Bランク相当の実力者、いわゆる「企業の掃除屋」だ。
「……化け物め」
男の一人が、忌々しげに呟いた。
「強化個体の群れを、無傷で全滅させるだと? 報告と違うぞ。お前、本当にEランクか?」
「ランクなんて飾りだろ。で、アンタらがこいつらの飼い主か?」
俺は足元のネズミの死骸を顎でしゃくった。
男たちは答えず、互いに目配せをした。
殺意が高まる。口封じをするつもりらしい。
「まあいい。実験データは取れた。あとはサンプルを回収して、上層部に提出するだけだ」
男たちが武器を抜いた。
一人は短剣、もう一人は魔導杖。
連携の取れたプロの動きだ。
「サンプルか。……断る」
俺は黒鋼の大剣を構え直した。
企業の闇だか何だか知らないが、俺を実験動物扱いするなら、相応の報いを受けてもらう。
「俺は解体屋だ。不良品は、まとめて廃棄処分にしてやる」
一触即発。
汚水と血の臭いが充満する地下水路で、俺と掃除屋たちの、本当の殺し合いが始まろうとしていた。




