第12話 五百キロの鉄塊と、一ツ目の巨人
翌日の放課後。
俺は再び、産廃処理場の奥にあるカンナの工房を訪れていた。
「へへ、来たわね」
カンナが目の下に酷いクマを作りながら、ニタニタと笑って出迎えた。
徹夜したのだろう。目は充血し、作業ツナギは昨日以上に汚れている。
だが、その表情は自信に満ち溢れていた。
「見て驚きなさい。あんたが持ってきた亀の甲羅と、デュラハンの鎧片。そして私の技術を全部突っ込んだ、最高傑作よ」
カンナが工房の奥にあるシートをめくった。
そこには、黒い塊が鎮座していた。
「でかいな」
俺は思わず呟いた。
それは、剣と呼ぶにはあまりにも分厚く、巨大だった。
全長2メートル。身幅は50センチ以上あるだろうか。
鋭利な刃はなく、代わりに分厚い鉄の板が鋭角に削り出されている。
切るための道具じゃない。叩き潰すための質量兵器だ。
色は光を吸い込むような漆黒。表面には、デュラハンの鎧由来の魔力紋様がうっすらと浮かんでいる。
【 黒鋼の大剣 】
分類: 超重量大剣
重量: 480kg
特性: 不壊、魔力拡散
「重量は480キロ。普通の冒険者なら、持った瞬間に床が抜けて圧死するわ」
カンナが狂気じみた笑顔で言った。
「あんたの筋力に合わせて、密度を限界まで上げたわ。中身までギッシリ詰まってる。これなら、あんたが全力で振っても折れない……はずよ」
俺はグリップに手を伸ばした。
持ち手には、カンナが気を利かせて衝撃吸収用の特殊ゴムを分厚く巻いてくれている。
指をかけ、力を込める。
「ん、ぬぅッ!」
重い。
鉄骨や、昨日の鉄柱とは次元が違う。
今の俺の常識外れな筋力をもってしても、片手で持ち上げるには気合がいる。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、血管が浮き上がる。
俺は両手でグリップを握り、腰を入れて持ち上げた。
ズゥゥゥン……。
空気が重く震えた気がした。
重心のバランスは完璧だ。だが、慣性が強すぎる。一度振り始めたら、俺自身の力でも止めるのに苦労しそうだ。
「いいな。これなら……」
俺は軽く振ってみた。
ゴウンッ!
風切り音ではない。空気を無理やり押しのける重低音が響く。
これなら、俺の全力を乗せても壊れない。
「当たり前よ。私のプライドを懸けたんだから」
カンナは胸を張ったが、すぐに真顔になって釘を刺した。
「でも、過信はしないで。硬度はオリハルコン並みだけど、絶対じゃないわ。あんたのあの無茶苦茶な戦い方……武器に掛かる負荷が異常なのよ。使い続けたら、内部から金属疲労を起こす可能性がある」
「わかった。メンテナンスには持ってくる」
「ええ。使い終わったら必ず見せなさい。……壊したら承知しないからね」
俺は頷き、背中のホルダーに大剣を固定した。
ずしりとした重みが、背骨を通して全身に伝わる。
心地よい重圧だ。
俺はステータスを確認した。
━━━━━━━━━━━━━━
名前: 竹内 涼太
Lv: 24
筋力(STR): 232
耐久(VIT): 28
敏捷(AGI): 26
器用(DEX): 24
知力(INT): 20
運 (LUK): 18
■残りBP: 0
(※全ポイントを筋力へ配分済み)
■残りSP: 9
━━━━━━━━━━━━━━
レベル24。
筋力以外のステータスも、ようやく20を超えてきた。
一般人の平均が10前後だとすれば、ようやくトップアスリート並みの身体能力を手に入れたことになる。
これなら、ちょっと転んだだけで骨折するような虚弱体質からは卒業できたはずだ。
もっとも、200を優に超える化け物じみた筋力の前では、誤差のようなものだが。
準備は整った。
俺はカンナに礼を言い、その足でDランクダンジョン『巨人の谷』へと向かった。
目指すは最奥。
このダンジョンの主が待つ場所へ。
◇
『巨人の谷』最奥部。
巨大な岩盤をくり抜いて作られた闘技場のような広場に、その怪物はいた。
「グオオオオオッ!!」
【 ギガント・サイクロプス 】。
身長5メートルを超える一つ目の巨人だ。
全身が筋肉の塊のような巨体。手には、大木をそのまま引っこ抜いて鉄板を打ち付けたような、巨大な棍棒を持っている。
Dランク最強の門番だ。
俺は大剣を構え、広場の中央へと歩み出た。
「デカいな」
見上げるような巨体。
だが、不思議と恐怖はない。
手のひらに伝わる圧倒的な質量が、俺に自信を与えてくれている。
サイクロプスが俺を認め、棍棒を振り上げた。
単純で、純粋な暴力。
質量数トンの棍棒が、風を切り裂いて降り注ぐ。
普通の冒険者なら、回避一択だ。
盾職人でも、大盾を構えてスキルを発動し、歯を食いしばって耐える場面だ。
だが、俺は違う。
逃げない。
受ける? いや、違う。
叩き落とすッ!!
俺は正面から大剣を振り上げた。
防御態勢なんて取らない。
相手の攻撃に対して、こちらの攻撃をぶつける。
それが俺のパリィだ。
インパクトの瞬間を見極める。
棍棒が頭上数メートルに迫る。
今だ。
「ふんッ!!」
俺は全身のバネを使い、480キロの鉄塊をカチ上げた。
ドゴォォォンッ!!
爆音が響き、衝撃波が砂煙を巻き上げる。
サイクロプスの剛腕が、空中で弾かれた。
棍棒が大きく跳ね上がり、巨人がバランスを崩してよろめく。
「グ、オ……ッ!?」
一つ目が驚愕に見開かれている。
当然だ。人間ごときに力負けするとは思っていなかっただろう。
俺の手元には、強烈な痺れが残っていた。
だが、剣は無傷。
俺の異常な筋力と大剣の質量が、サイクロプスの怪力を完全に相殺し、弾き返したのだ。
《 チャージ+1 》
《 段階:白 》
視界にログが流れる。
壊れない。
今までの鉄骨やコンクリなら、今の一撃で粉砕していただろう。
だが、こいつはビクともしない。
俺の全力を受け止め、敵の力を飲み込んでくれる。
「いいぞ……これなら!」
俺は大剣を構え直した。
武器が壊れる心配をせずに、思い切り戦える。
それがこんなに楽しいことだとは知らなかった。
「次だ! もっと来いよデカブツ!」
俺は挑発するように剣先を向けた。
サイクロプスが激昂し、咆哮を上げる。
猛攻が始まる。
望むところだ。
全部叩き落として、そのエネルギーを頂く。
「グ、ガァァァッ!!」
サイクロプスが咆哮し、丸太のような棍棒を滅多打ちにしてくる。
縦、横、斜め。
嵐のような連撃だ。
だが、俺は一歩も退かない。
ガォンッ!!
棍棒を大剣の側面で弾く。
以前の鉄骨なら、この一撃でひしゃげていただろう。だが黒鋼の大剣は、俺の馬鹿げた筋力負荷と敵の剛力を受け止めても、きしみ一つ上げない。
「いいぞ……! なら、こっちはどうだッ!!」
弾いた反動を利用し、俺は即座に踏み込んだ。
防御だけじゃない。攻撃も最大の防御だ。
俺は大剣を返し、サイクロプスの脇腹を殴りつけた。
ズドンッ!!
「グ、オッ!?」
重い打撃音が響き、巨人がよろめく。
刃はないが、480キロの質量による殴打は、それだけで凶器だ。
《 チャージ+3 》
《 チャージ+5 》
視界のログが加速する。
パリィによる防御、そして攻撃による打撃。
その双方がエネルギーとなって、大剣に蓄積されていく。
《 規定回数に到達 》
《 チャージ段階【青】へ移行 》
ヴォォン……。
大剣の表面を、青白い雷光が走り抜けた。
第一段階、覚醒。
武器が脈打ち、手に伝わる力が倍増する。
このまま青で解放しても、十分なダメージを与えられるだろう。
だが、俺の本能が囁いていた。
まだいける。
この武器なら、もっと上の領域まで耐えられる。
「まだだ! もっと回せ!!」
俺は追撃の手を緩めなかった。
よろめくサイクロプスに対し、さらに大剣を叩きつける。
防御しようと差し出された棍棒ごと、無理やりねじ伏せる。
ガガガガッ!!
激しい火花が散る。
打ち合うたびに、青い光が強まり、バチバチとスパークが激しくなっていく。
サイクロプスの顔に、焦りと恐怖の色が浮かんだ。
力比べで負けるはずのない種族が、人間ごときに圧倒されている事実が理解できないのだろう。
「終わりか? なら、次はこっちの番だ」
視界の端で、ログが警告色に変わる。
《 規定回数に到達 》
《 チャージ段階【黄】へ移行 》
《 倍率補正:300% 》
カッッッ!!
漆黒の大剣が、黄金の雷光を纏った。
ただでさえ重い空気が、さらに密度を増してのしかかる。
大気がビリビリと震え、足元の小石が勝手に浮き上がるほどのエネルギー密度。
手に持っているのは、もはや剣ではない。
制御された天災だ。
「グ、ォォォ……ッ!」
サイクロプスが後ずさる。
本能が警鐘を鳴らしているのだ。目の前のちっぽけな人間が、自分を消滅させるナニカへと変貌したことを。
だが、遅い。
480キロの質量は、一度動き出したら止まらない。
「消し飛べッ!! 《リリース》ッ!!」
俺は全身の筋肉をバネにして、黄金に輝く鉄塊を横薙ぎに振り抜いた。
限界突破した筋力。
黄色チャージの3倍補正。
そして、これまで打ち合ってきた攻防の衝撃エネルギー。
全てが刃の一点に乗る。
ゴ・ォォォォォォンッ!!
音が遅れて聞こえた。
スイングの速度が音速を超え、衝撃波が真空の刃となって先行する。
大剣がサイクロプスの胴体を捉えた瞬間、抵抗はなかった。
豆腐を鉄棒で殴ったような、軽すぎる感触。
巨人の上半身が、千切れ飛ぶのではない。
弾けた。
圧倒的な質量差によるエネルギー保存則の崩壊。
胴体部分が衝撃で霧散し、赤い霧となって洞窟内に撒き散らされる。
ズガァァァァァンッ!!
余波が背後の岩壁を直撃し、巨大なクレーターを穿つ。
洞窟全体が地震のように揺れ、天井からパラパラと砂が落ちてくる。
「ふぅ……」
俺は残心をとったまま、大剣を地面に下ろした。
ズシン、と重い音が響く。
目の前には、下半身だけになったサイクロプスが、ゆっくりと崩れ落ちていくところだった。
《 戦闘終了 》
《 経験値を獲得しました 》
《 レベルアップしました 》
俺はすぐに大剣を確認した。
漆黒の刀身には、傷一つついていない。
刃こぼれも、歪みもない。
カンナの言った通りだ。これなら、俺の全力に耐えられる。
「最高の相棒だ」
俺は黒い鉄塊を愛おしく撫でた。
地面に転がっていたサイクロプスの角、討伐証明部位を拾い上げ、俺は踵を返した。
Dランクダンジョン、完全攻略。
もう、このランクに俺を止める敵はいない。
◇
翌日。
俺は探索者ギルドのカウンターにいた。
担当は、すっかり俺の専属のようになってしまった新人受付嬢のすずさんだ。
「こ、これは……」
すずさんが、トレイの上に置かれた巨大な角を見て絶句している。
ギガント・サイクロプスの角。
Dランクダンジョンの主を倒した、動かぬ証拠だ。
「討伐証明だ。これで文句はないな?」
「は、はい……! 確認いたしました……」
すずさんは震える手で角を受け取ると、奥の査定室へと走っていった。
しばらくして、支部長と共に戻ってくる。
「見事だ、竹内君」
支部長が満足げに頷いた。
「単独での階層主討伐、文句なしの戦果だ。約束通り、君を正式にDランク探索者として昇格させる」
支部長から手渡されたのは、鈍い銀色に輝く新しいカードだった。
Dランク。
これで名実ともに、一人前の探索者だ。
Cランク帯への挑戦権も得たし、受けられる依頼の報酬額も跳ね上がる。
「ありがとうございます」
俺はカードを受け取り、ポケットにしまった。
周囲の冒険者たちが、畏敬の念を込めてこちらを見ている。
かつて作業着姿を笑っていた連中は、もういない。
ここにいるのは、Dランクの化け物を見る目だけだ。
「それと、竹内君。君に指名依頼が来ているのだが……」
「指名?」
「ああ。ある企業からの護衛依頼だ。君の攻撃力と運搬能力を見込んでの話らしい」
支部長が差し出した書類には、見覚えのある社名が記されていた。
俺は少し考えた後、首を横に振った。
「悪いですが、今はパスで。装備のメンテナンスと、妹との約束があるんで」
「そうか。残念だ」
俺は会釈をして、ギルドを後にした。
指名依頼なんて受けている暇はない。
カンナのところへ行って、大剣の微調整をしてもらわなきゃいけないし、遥に今月の生活費を渡さなきゃいけない。
それに、次はCランクダンジョンだ。
もっと強い敵、もっと硬い素材が俺を待っている。
俺は背中の大剣を担ぎ直し、青空の下を歩き出した。
足取りは軽い。
背負うものは重いが、今の俺には、それが何よりも心地よかった。




