第11話 授業中の憂鬱と、偏屈な鍛冶師
窓の外を眺めていると、昨日の屈辱が鮮明に蘇ってきた。
『死にたくなきゃ、まず死なない戦い方を覚えろ』
Aランク冒険者、桐谷隼人。
地下鉱山の奥地で遭遇した彼は、俺が死を覚悟したアイアン・メイラーを、剣を抜くことすらせず素手で粉砕した。
俺が戦う土俵にすら立てなかった相手を、だ。
力の差は歴然としていた。今のままでは、背中すら見えない。
いつか、必ず追いつく。
そして、あのすました顔を驚かせてやる。
俺は教科書の端を、無意識に強く握りしめていた。ミシッという音がして、古文の教科書が悲鳴を上げる。
「……竹内、授業中に破壊活動はやめろよ」
隣の席の木戸が、小声で怯えながら忠告してきた。
俺は小さく詫びて、手を離した。
退屈な5限目の授業中。俺はひしゃげた教科書を机の上に広げた。
周囲から見れば、俺は真面目に授業を受けているように見えるだろう。だが、俺の視界には別のものが映っている。
ステータスオープン。
心の中で念じると、教科書のページの上に重なるようにして、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
これなら、誰にも気づかれない。
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名前: 竹内 涼太
職業: 【 解体屋 】
Lv: 21
筋力(STR): 205
耐久(VIT): 25
敏捷(AGI): 23
器用(DEX): 21
知力(INT): 18
運 (LUK): 16
■残りBP: 0
(※全ポイントを筋力へ配分済み)
■残りSP: 34
(※未割り振り)
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昨日の激戦で、レベルは21まで上がった。
筋力はついに200の大台を突破している。もはや重機と比較するのも失礼なレベルだ。
だが、素のステータスだけではAランクには届かない。
必要なのは、この力を爆発させるスキルの進化だ。
俺は教科書の文字を指でなぞるフリをして、スキルツリーの【チャージ&リリース】の項目をタップした。
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【 チャージ&リリース Lv.2 】への強化
必要SP: 30
※チャージ上限回数の増加(9→14)
※チャージ段階【黄(×3.0)】の解放
※エネルギー維持時間の延長(5秒→7秒)
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30ポイント。
手持ちのSPは34だ。これを取得すれば、残りはたったの4ポイント。
【探知】や【危険察知】といった、生存率を上げる便利スキルは諦めなければならない。
だが、迷いはなかった。
俺の最大の武器は火力だ。中途半端に守りを固めるより、やられる前にやる力を磨く。それが解体屋の流儀だ。
俺は決定ボタンを押した。
《 スキルレベルが上昇しました 》
《 チャージ段階【黄】が使用可能になりました 》
全身に熱い力が漲る。
これで攻撃力はさらに跳ね上がった。
だが、同時に新たな問題も確定した。
今の武器――H型鋼では、この異常な筋力と黄色チャージの負荷には絶対に耐えられない。振った瞬間に自壊する未来が見える。
頑丈な武器が必要だ。それも、とびきり頑丈なやつが。
◇
放課後。
俺は叔父さんの資材置き場を訪れていた。
「……無理だ」
俺が差し出した『漆黒鎧の欠片』を見て、叔父さんは即答した。
これは先日、防具用に残しておいたデュラハンの装甲片だ。特大サイズは換金したが、手頃な大きさの欠片は手元に残してある。
「こいつは魔鉄だ。うちのガスバーナーじゃ赤熱もしねえ。加工するには専用の『魔導炉』と、それを扱える職人が必要だ」
「やっぱりそうか。叔父さんのツテで、誰かいないか?」
俺が食い下がると、叔父さんは少し考え込んでから、一枚の名刺を取り出した。
名刺といっても、ダンボールの切れ端に電話番号が殴り書きされただけのものだ。
「……土屋カンナ。産廃処理場の奥に住み着いてる、変わり者の鍛冶師だ」
「産廃処理場?」
「ああ。ゴミの中から使える金属を拾い集めては、わけのわからん発明品を作ってる変人だよ。だが、腕は確かだ。あいつなら、魔鉄を溶かせる炉を持ってるかもしれん」
叔父さんは苦い顔で付け加えた。
「ただし、性格に難がある。気に入らない客は塩を撒いて追い返すような奴だ。覚悟して行けよ」
◇
俺は叔父さんの事務所で着替えを済ませ、教わった住所へと向かった。
だが、その道のりは精神的にきつかった。
今の俺の格好は、ホームセンターで特売だった灰色の作業着上下。
足元は鉄板入りの安全靴。
そして頭には、「安全第一」の緑十字がプリントされた黄色いヘルメット。
どこからどう見ても、現場仕事帰りのおっさんスタイルだ。
「うわ、なにあれ……」
「コスプレ? にしては汚れてるし……」
「目合わせない方がいいよ、変な人かも」
すれ違う女子高生たちが、露骨に距離を取ってヒソヒソと噂話をする。
会社帰りのサラリーマンは、俺のヘルメットを見て哀れむような視線を向けてくる。
街中を歩く冒険者たちは、煌びやかな鎧やローブを纏って我が物顔で歩いているのに、俺だけが異物のように浮いていた。
視線が痛い。
物理的な痛みなら耐えられるが、こういう社会的な視線は防御力無視で精神を削ってくる。
俺はヘルメットを目深に被り、逃げるようにして街外れを目指した。
産業廃棄物処理場の奥地。
スクラップの山が迷路のように積み上げられている。
鉄錆とオイルの臭いが充満する中を進むと、トタン板と廃材で継ぎ接ぎされたプレハブ小屋が見えてきた。
煙突から、色のついた煙が上がっている。
「……ごめんください」
俺が声をかけると、小屋の中からガチャガチャという金属音が響き、ドアが蹴り開けられた。
「うるさいわね! 今いいところなんだから、邪魔しないでよ!」
現れたのは、小柄な少女だった。
油と煤で真っ黒に汚れた作業ツナギ。ボサボサの髪を適当に縛り、額には溶接用のゴーグルを乗せている。
彼女が、土屋カンナか。
見た目は中学生くらいに見えるが、その目はギラギラと飢えた肉食獣のように鋭い。
「なんだ、客か? 廃材の持ち込みならそこに置いてけ。修理依頼なら半年待ちだ。帰れ」
カンナは俺を一瞥すると、興味なさそうにドアを閉めようとした。
俺は慌てて、ポケットから『漆黒鎧の欠片』を取り出した。
「素材の持ち込みだ。これを使って、武器を作って欲しい」
黒光りする金属片を見た瞬間、カンナの動きが止まった。
彼女はスライディングのような勢いで俺の足元に滑り込み、金属片をひったくった。
「こ、これは……純度100%の抗魔金属!? しかもこの密度、デュラハン級の装甲じゃない!」
カンナは金属片を頬ずりせんばかりの勢いで愛でている。
さっきまでの不機嫌さが嘘のようだ。
「あんた、これどこで手に入れたの? 市場に出回らないA級素材よ?」
「自分で狩った」
「ふうん……見かけによらないわね」
カンナは俺の腕の筋肉と、薄汚れた作業着をじろじろと見た後、ニヤリと笑った。
「で? これを使って何を作りたいの? ナイフ? それともアクセサリー?」
「いや、メイン武器だ。俺の全力を受け止めても壊れない、重量級の武器が欲しい」
俺の注文を聞いて、カンナは呆れたように肩をすくめた。
「無理ね」
「は?」
「量が足りないわよ。この欠片じゃ、せいぜいナイフ一本か、防具のプレート数枚が限界。あんたが求めてるようなデカい武器を作るには、ベースとなる金属(地金)が圧倒的に足りないわ」
カンナは金属片を俺に返した。
「合金にするにしても、この魔鉄の硬度に耐えられるベースメタルが必要よ。その辺の鉄屑と混ぜたら、強度が不均一になって一発で折れるわ」
ごもっともだ。
俺は肩を落とした。せっかくの解決策だと思ったのに。
「じゃあ、どうすればいい?」
「簡単よ。取ってくればいいの」
カンナは小屋の壁に貼ってある古びた地図を指差した。
「Dランクダンジョン『巨人の谷』。その最奥に生息する『アイアン・タートル』の甲羅。あれは天然のミスリル合金を含んでる。あれを丸ごと一つ持ってきなさい」
「アイアン・タートル……Dランクにそんなのがいるのか?」
「滅多に出ないレアモンスターよ。硬いし重いから、誰も持ち帰らない幻の素材。喉から手が出るほど欲しいのに、誰も持ち帰れないのよ」
カンナは挑発するように俺を見た。
「でも、あんたなら運べるでしょ? その無駄についた筋肉があれば」
条件は提示された。
俺は拳を握りしめた。
今の俺はDランク帯までのアクセス権を持っている。条件はクリアしている。
やることはシンプルだ。いつものように、物理で解決すればいい。
「わかった。明日の朝には、山ほどの亀の甲羅を持って帰る」
「口だけじゃないことを祈ってるわ、筋肉ダルマさん」
「……っと、その前に」
俺は小屋を出る前に、周囲のスクラップの山を見渡した。
今の俺には武器がない。
丸腰でCランク相当のレアモンスターに挑むのは、さすがに無謀だ。
「おい、そこの鉄屑。貰ってもいいか?」
俺は山積みになった廃棄物の中から、ひときわ太く、赤錆の浮いた鉄の柱を指差した。
かつて工場の支柱か何かに使われていたのだろう。H型鋼よりもさらに分厚く、無骨な鉄塊だ。
「は? あんなゴミ、何に使うのよ?」
「武器だ。使い捨てのな」
俺は瓦礫の山に登り、その鉄柱を引きずり出した。
一本だけではない。二本だ。
ズズズンッ、と重い音が響く。
長さ2.5メートル。推定重量150キロ。二本合わせて300キロ。
表面は赤錆でざらつき、触れるだけでボロボロと塗装が剥がれ落ちる。
「……あんた、まさかそれを二刀流で? 正気?」
カンナが呆れた顔をしている。
俺は適当なボロ布をグリップ部分に巻き付け、即席の持ち手を作った。
「行ってくる。明日の朝、楽しみにしてろよ」
俺は新たなゴミ兼相棒を担ぎ上げ、処理場を後にした。
◇
翌朝。
俺はDランクダンジョン『巨人の谷』へと向かっていた。
背中に担いだ二本の廃棄鉄柱が、歩くたびに不快な音を立てる。
キチチチ、という錆のきしむ音。
そして、背中から伝わる鉄臭さと、作業着に染み付いていく赤錆の汚れ。
第10話で持った新品の鉄骨とは違う。これは正真正銘の産業廃棄物だ。
すれ違う人々が、恐怖というよりは汚いものを見る目で避けていくのがわかった。
だが、性能だけは本物だ。
俺は足跡でアスファルトを僅かに窪ませながら、ダンジョンのゲートをくぐった。
転移ゲートを抜けると、そこは異界だった。
ヒィォォォォォォ……。
耳を聾するような風の音が、絶え間なく鼓膜を叩く。
『巨人の谷』。
その名の通り、天を衝くような断崖絶壁が両脇にそびえ立ち、空を細く切り裂いている。
高さ数百メートルの岩壁が、今にも頭上から崩れ落ちてきそうな威圧感を放っていた。
足元は、どこまでも続く岩石砂漠だ。
草木一本生えない荒野。
乾ききった赤茶色の土が、風に舞い上げられて視界を濁らせる。
吸い込んだ空気は肺が痛くなるほど乾燥していて、喉の奥に鉄錆と硫黄の味が張り付いた。
「……広いな」
俺は足元の砂利を踏みしめた。
ジャリッ、と乾いた音が、不気味なほど遠くまで響く。
生命の気配が希薄だ。
ただ風と、岩と、死の匂いだけが漂う場所。
ここからレアモンスターである『アイアン・タートル』を探し出すのは、砂漠で落とした針を探すようなものだ。
「……ここもハズレか」
俺は谷の岩肌に空いた横穴を覗き込んだが、中は空っぽだった。
地図にあるポイントは全て探した。だが、痕跡すらない。
普通の冒険者なら、ここで諦めて帰るところだ。
だが、俺は帰らない。
道がないなら、作ればいい。
俺は怪しげな土砂崩れの跡や、不自然に積まれた岩盤に狙いを定めた。
鉄柱をハンマー代わりに、岩山を解体していく。
ドォン!! ズガァァン!!
轟音が谷に木霊する。
もうもうと舞い上がる土煙が、汗ばんだ肌に張り付いて泥になる。
口の中がジャリジャリするが、構わず掘り進む。
1時間、2時間……。
既に5箇所ほどの隠し通路を暴いたが、いずれもハズレ。
手にした鉄柱は既に岩の粉で真っ白になり、俺の作業着もドロドロだ。
だが、6箇所目。
谷の最奥部、巨大な岩盤の下を掘削していた時だった。
カキンッ。
鉄柱が、今までとは違う硬質な感触を捉えた。
岩じゃない。金属質の何かだ。
俺は勢いよく土砂をかき分けた。
そこには、自然物とは思えない、滑らかな曲面を持つドーム状の空間が広がっていた。
「……やっと見つけた」
俺は崩れた岩壁の隙間から、その空洞へと滑り込んだ。
中は湿った鍾乳洞になっており、金属質の冷たい空気が漂っている。
広場の中央に、小山のような岩塊が鎮座していた。
「……起きろよ。朝だぞ」
俺が足元の小石を蹴り当てると、岩塊が動いた。
太い四肢と、厳つい頭部がせり出してくる。
全長4メートル近い巨体。その背中には、鈍色の光沢を放つ金属質の甲羅。
【 アイアン・タートル 】。
生きた要塞だ。
「グォォォォ……」
亀が俺を認め、威嚇の声を上げる。
俺は鉄柱を構えた。
「悪いな。その甲羅、もらうぞ」
俺は地面を蹴った。
速攻。
右手の鉄柱を振りかぶり、無防備な頭部を狙う。
ガィィィンッ!!
高い金属音が洞窟内に反響した。
直前で亀が首を引っ込め、鉄柱が甲羅に直撃したのだ。
だが、硬い。
俺の腕が痺れるほどの反動。
鉄柱の表面が少し凹んだが、甲羅には傷一つついていない。
デュラハンの鎧以上の硬度だ。
「マジかよ……」
俺は舌打ちをした。
亀はその場で手足を甲羅に収納し、完全防御の体勢に入った。
さらに、その巨体を高速で回転させ始める。
ゴウウウウッ!!
空気を切り裂く重低音。
回転する要塞。質量数トンの独楽だ。
触れれば弾き飛ばされ、全身の骨を砕かれるだろう。
「……上等だ」
俺は逃げずに、二本の鉄柱を構え直した。
普通の攻略法なら、回転が止まるのを待つか、魔法でひっくり返すところだ。
だが、俺にそんな搦め手はない。
回るなら、回したまま叩き潰す。
俺は回転する甲羅を、左右の鉄柱で挟み込むように受け止めた。
ギャギャギャギャギャッ!!
鼓膜をつんざく摩擦音。
視界が真っ白になるほどの火花が散る。
鉄の焼ける鋭い臭いが鼻をつき、肺を焦がす。
回転の遠心力で鉄柱が弾かれそうになるが、俺はSTR205の腕力で強引にねじ伏せた。
「重いな……!」
武器が悲鳴を上げる。
ただの廃材である鉄柱が、摩擦熱でドロリと赤熱し始めた。
鉄柱を通して、数トンの質量が高速回転するエネルギーが、濁流のように俺の腕へ流れ込んでくる。
《 チャージ+2 》
《 チャージ+4 》
《 チャージ+6 》
暴れるエネルギーを抑え込むたび、鉄柱の芯がドクンと脈打つ。
俺の血管の中を、破壊の衝動が駆け巡る。
《 チャージ段階【青】に到達 》
ヴォォン……。
鉄柱の表面を、青白い雷光が走った。
空気がビリビリと震え、赤熱した鉄柱の周囲にプラズマのような放電現象が起きる。
だが、まだだ。
こんなものじゃない。
この甲羅を砕くには、もっと、もっと重い一撃が必要だ。
「もっと回せよ……! 足りねえぞ!」
俺は歯を食い縛り、さらに強く鉄柱を押し付けた。
亀の回転数が上がる。
摩擦熱で鉄柱が飴細工のように歪み、溶け落ちた鉄の雫が地面に落ちてジューッと音を立てる。
限界だ。
武器が崩壊する寸前。
視界のログが、警告色に染まった。
《 規定回数に到達 》
《 チャージ段階【黄】へ移行 》
カッッッ!!
洞窟内が、黄金の閃光に包まれた。
二本の鉄柱が、まるで太陽の欠片のように輝き出す。
バチチチチッ! と荒れ狂う金色のスパークが、周囲の岩盤を焦がす。
重い。
手に持っているのは鉄屑のはずなのに、今は星の核でも握っているかのような、圧倒的な密度の質量を感じる。
「借りた回転力……利子つけて返すぞ!!」
俺は回転する亀の回転軸――その頂点を見据え、大きく跳躍した。
黄金に輝く二本の鉄柱を、天高く振りかぶる。
「砕けろォォォッ! 《リリース》ッ!!」
俺は全ての力を込めて、鉄柱を叩きつけた。
ゴ・ォンッ!!
空気が破裂し、坑道全体が大きく揺れた。
左右から迫る圧倒的な質量が、一点で交錯する。
黒い岩の巨体が、内側から弾けるように砕け散った。
コアごと粉砕された亀は、砂利の山となって崩れ落ちた。
《 戦闘終了 》
《 経験値を獲得しました 》
《 レベルアップしました 》
俺は肩で息をしながら、ボロボロになった鉄柱を手放した。
ジュゥゥ、と音を立てて、鉄屑が地面に転がる。
完全にスクラップだ。原型を留めていない。
「……派手にやりすぎたか?」
俺は周囲を見渡した。
甲羅は粉々だ。これでは素材として使えないかもしれない。
焦ってクレーターの中を確認する。
そこには、奇跡的に原型を留めた「甲羅の頂点部分」――一番硬く、分厚いパーツが転がっていた。
【 アイアン・タートルの甲殻(核) 】
分類: 素材
品質: 最高級
重量: 500kg
備考: ミスリルを含有した超硬度素材。
「……よかった。一番いいところは残ってた」
500キロ。
軽トラ一台分くらいの重さだ。
普通の冒険者なら、これを見つけても持ち帰ることは不可能だろう。
喉から手が出るほど欲しいのに、誰も持ち帰れない幻の素材。
それを俺は、米袋でも担ぐように肩に乗せた。
「よいしょ、っと」
ずしりとした重みが心地よい。
これなら、カンナも文句は言わないだろう。
◇
その日の夕方。
俺は探索者ギルドの受付に立っていた。
カンナに甲羅を届けた帰りだ。あの偏屈な鍛冶師は、500キロの素材を見るなり「あんたバカじゃないの!?(最高!)」と叫んで工房に引きこもってしまった。
俺の手元には、ダンジョン探索中に「ついで」に倒した雑魚モンスターの魔石や、副産物の鉱石が残っている。
「買取お願いします」
「は、はい……!」
受付のすずさんが、ビクビクしながらトレイを受け取る。
俺が鉄柱二本を持ち込んだ件で、すっかり要注意人物としてマークされているらしい。
「査定が出ました。合計で18万円になります」
「ありがたい。口座に入れておいてくれ」
亀の甲羅は売らなかったが、道中の稼ぎだけでも十分な額だ。
俺が帰ろうとすると、すずさんが慌てて呼び止めてきた。
「あ、あの! 竹内様!」
「ん?」
「ギルドマスターから伝言です。『Dランク帯のモンスターを単独で討伐できる実力は確認した』と……」
すずさんは手元の資料を読み上げた。
「つきましては、次回の探索で、Dランクダンジョンの【階層主】を討伐し、その証明部位を持ち帰った場合……特例として、正式にDランクへの昇格を認めるとのことです」
Dランク昇格。
それは、一人前の冒険者として認められるラインだ。
報酬の単価も上がるし、受けられる依頼の幅も広がる。
「ボスを倒せばいいんだな?」
「は、はい。ですが、Dランクのボスは非常に強力で……」
「わかった。近いうちにやってくる」
俺は短く答えて、ギルドを出た。
強力なボス。望むところだ。
カンナが作ってくれる「新しい武器」の試し切りには、ちょうどいい相手だろう。
俺は誰もいない路地裏で、そっと虚空を見つめた。
ステータスオープン。
━━━━━━━━━━━━━━
名前: 竹内 涼太
Lv: 24
筋力(STR): 232
耐久(VIT): 28
敏捷(AGI): 26
器用(DEX): 24
知力(INT): 20
運 (LUK): 18
■残りBP: 0
(※全ポイントを筋力へ配分済み)
■残りSP: 9
━━━━━━━━━━━━━━
レベルは24まで上がった。
STRは232。
順調だ。
だが、これでもまだ「Aランク」の背中は遠い。
俺は拳を握りしめ、家路を急いだ。
待っていろ、Dランクボス。
俺の新しい武器の錆にしてやる。




