神様の時計
僕が時計の針を逆向きに回した。世界が暗闇に覆われて、生命の光を消していく。残された街の街灯も信号機の明かりもいずれ消えていくだろう。一つまたひとつと消えていく光。僕らを繋いでいたはずの糸は音を立てずにほどけていく。あぁこのまま、沈んでいくんだ。世界の最果てまで。ゆっくり冷たくなっていく身体。さっきまで繋いでいたはずの手。君の温度を少し持った左手の感覚はもうない。それでも、手を伸ばしてみる。空を切っても絶えず、手を伸ばし続ける。どこかに君の手があるはずだと。君も僕を探しているはずだと。この暗闇は、ただの幻想で、夢で、いずれ終わるはずなんだ。
「さようなら」
冷気を連れた風は僕の喉を切り裂いていく。溢れ出す血は残酷にも綺麗だった。
時計の針がもとに戻ったのは、午前零時。次に目を開けたとき、僕は誰からも愛されない不格好な人形になっていた。縫い目も荒く、左手からは綿が出ている。そのためか棚の端に追いやられている。もう、いらないらしい。それもそうだ、とてもじゃないがこの店に僕の居場所は無い。視線を上げるとショーウィンドウに並べられているテディベアが小さな女の子に抱かれこの店を出ていった。BGMのオルゴールの音色に耳をすませば胸を締め付けるあの声が聞こえてきた。
「ここにいたのね。神様.」
「君はいつまでも変わらないね。」
神様と人間は決して相まみえることは無い。だが、誰かの幸せを願う君に一目惚れしたんだ。一年中、君が来るのを待っていたんだ。あの階段を、あの鳥居を君が通ってくることを。君の引いたおみくじを探したりどこかで君の姿を探していた。けど、恋心は募っていくだけ。いつまでも、僕の想いも声も君に届くことは無いんだね。
「行きますよ」
君が棚から僕の身体を持ち上げた。ほこりを手で払ってマフラーを巻いてくれた。
「どこに行くの?少し早いけど君に燃やされるならそれも幸せだな」
きっとあのテディベアは前世で良いことをたくさんしたのだろう。多くの人を笑顔にさせているのに対して僕はみんなから目を背けられている。君でさえ、笑顔にさせられない。燃やされて当然な存在。
「まま!あの人形さんかわいいマフラーしてるよ!」
あれ、涙が溢れてきた
「本当だ。ほら見て、お姉さんとお揃いだね!」
「え、、?」
「神様」
君が静かに笑って口元に人差し指を立てた理由が今、わかった。
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