元・家族は、「ざまぁ」されました。僕は何もしていない。
「私、あなたとは結婚しない!!」
夜会会場に婚約者をエスコートして入った瞬間、彼女は大声で叫んだ。
「え? どうしたの? なんで?」
「トロン様と結婚するから!」
「トロン? 兄上? え? なんで?」
「テオは頭が悪いよね。ウフフ。だって長男でしょう! トロン様は。でも、あなたは次男でそのうち平民になるんだもん!」
「え? なぜそんなふうに……」
大きくない夜会。
下位貴族が持ち回りで開催する小さな夜会。
そんな場所での出来事だった。
周りの目が、蔑んでいることがわかる。
いや、蔑みの目で見られているのは僕じゃないよ!
兄上であるトロンと幼馴染である平民の婚約者が蔑まれている。
ついでに言うと僕以外の家族も蔑まれてる。
僕がこの夜会に出席するために、どれだけ頭をさげたか、みんな知ってるから。
「そういうことだ。すまないな、テオ!」
兄上がそう僕に告げると、平民の婚約者が兄上の元へ駆け寄った。
そして、兄上は僕と婚約者の婚約証明書を胸の内ポケットから取り出し、破りすてた。
いや、なんで、わざわざその証明書を持ってきたの?
家で粛々と婚約破棄の手続きとればいいじゃないか!
「私、もうトロン様とは2年前から結ばれてるの」
え? 2年前? 婚約した頃じゃないか!
どうりで、村人が「……結婚は止めておいた方が……あっ、いえ」みたいな歯切れの悪いことばかり言ってきたんだ。
「そうだな。お前より、トロンにお似合いだ。もうそろそろ、子供もできる頃だろう? めでたいな。ワッハッハ!」
「父上、子供はまだですよ。ワッハッハ!」
「やだ、お義父様ったら、そんな大声で。ウフフ」
下品な内容、下品な笑いが響き渡る。
更に周りの貴族たちの眉間の皺が深くなる。
「え? その……家族公認なの? 僕の婚約……決めたのは母上だったよね?」
僕は、ジャケットのポケットに入れていた指輪が気持ち悪くなった。
2年前に婚約したときには、お金がなくて渡せなかった婚約指輪。
今日、この指輪でプロポーズをもう一度行う予定だった。
今となっては呪物になってしまった。
指輪には罪はないか……。
もう、〖婚約者〗っていうのも気持ち悪い。
〖元・婚約者〗って呼ぼう。
ついでに、〖元・家族〗と呼ぼう。
なんか、もうあの集合体が気持ち悪い。
控えめなラッパの音がなる。
もう、夜会も終盤なのに新たな参加者が到着したようだ。
「エゲルダ辺境伯様。並びに、辺境伯家三女、エリーゼ令嬢」
会場がどよめく。
本来なら、来ることのないお方たちだ。
「エゲルダ様、エリーゼ様はどうして……」
僕はこの状況が恥ずかしくなった。
□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□
幼馴染の元・婚約者は村一番の可愛い子だった。
母上が「村民と結婚して、村民を増やしトロンの役に立ちなさい」と見繕ってきた子だった。
今では美人に昇格している。
でも、前々から少し頭がよろしくないと思っていた。
ちょっと夢見がちというか、貴族という身分に執着していた。
お姫様になりたがっていた。
しかし、それも今だけだろうと思っていた。
それでも、平民の元・婚約者の為に頭を下げて、お姫様になれるよう普通では入ることができない夜会の招待状を手に入れた。
格式を重んじる貴族は、普段だったら頭を縦に振らないが、僕の婚約者であることと僕がいろいろと手伝っている貴族の口添えで招待状を頂いた。
騎士の給金は安くはないが、僕の場合は、家族に吸い上げられてしまう。
楽して稼いだお金だの。
育ててやったからお金をよこせだの。
家族として家に住まわせてやってるだの。
何かにつけて、根こそぎ盗られそうになる。
僕が何かやったのか?
実家に給金を持って帰ったら、なぜかバレる。
干上がった井戸の底。
養蜂箱の中。
教会の墓所の階段下。
牧草地の大きな岩の中。
お金を探り当てる嗅覚があるのだろうか?
それでも、なんとか隠し通した貯金でドレスと婚約指輪を買った。
婚約者への精一杯のプレゼントだった。
騎士爵の家は、よっぽどでなければ2代限り。
父上は2代目だ。
貴族を続けるには再度、騎士爵を賜らなくてはいけない。
「父上では無理だろうな」
騎士爵として手柄を立てるわけでもなく、村を発展させることもなく、日々自堕落に過ごしているだけだから。
まぁ、僕は平民でもいいんだけど。
長男教の親は、トロンばかり優遇して、僕はぞんざいな扱いを受けてきたから。
平民と変わらない暮らしをしてた。
元々、村で農作業とか魔物退治とかしていたので喰うにも困らない。
トロン兄上はどう思っているんだろう。
まさか、3代目を継げるなんて思っていないよな。
僕は頑張っていたんだよ。
周りの貴族は僕が騎士だと知っているのに。
家族も僕が騎士ってこと知っているよね?
言ったよね?
僕はかなり前に家族に見切りをつけ、親貴族であるエゲルダ辺境伯の第3部隊に所属している。
平民という身分を嫌がる婚約者の為に騎士になったのだ。
1か月に一回の帰省で元・婚約者とはもちろん、デートをし、将来を約束していたはずだった。
ちゃんと騎士になったことも彼女に伝えてたよ。
ある日、家に帰省した時に遠征にでた。
それは魔物退治をしてくれと隣接している村々から要請がきたから。
騎士爵を賜った亡き祖父は強かった。
その息子の父上も強いだろうとよく救援の要請が来る。
しかし、父上は弱かった。
そして長男のトロンも弱かった。
痛い、辛い、怖いのが大っ嫌いだから、もう何年も剣を振っているところを見たことがない。
彼らの嫌な仕事を押し付ける先が僕だ。
今回もその要請に無理やり行かされた。
その遠征の時だった。
村を襲っていた魔物を倒し、一緒に来た村人と自村に帰る準備をしていたところだった。
隣村の村長が泣きながら走ってきた。
「次から次にもう嫌じゃぁ!」
「どうされたんですか? また、魔物ですか?」
「助けて下されぇ! この村には戦える者がいないのですじゃぁ!」
「はぁ……で、魔物なんですね?」
「違う」
「違う?」
「盗賊か山賊や、暗殺者か隣国の兵なのかわからないけど人じゃ!」
「人!?」
困ったことになった。
連れてきた村人は、魔物相手なら戦えるが、人となったら違う。
「詳しい話を聞ける人はいますか?」
「わしの家に瀕死の騎士がおる」
「瀕死? 急ぎましょう」
僕は、急いで村長宅に向かった。
「あれ? 先輩!? ……大丈夫ですか!」
村長の瀕死と言う言葉は正しくはなかった。
ただ、右腕から利き手をバッサリと切られており、今後、利き手で剣が握れなさそうなので騎士としては、死ではあるが。
先輩は、子爵家の三男だったので、家を継げない僕と同じく騎士をしていた。
まぁ、僕の要らない子な環境とは違うけど。
「はっ!? テオ! エリーゼ様が危ない!」
「え? エリーゼ様?」
確か、エゲルダ辺境伯三女のエリーゼ様が隣国のダスマン辺境伯子息と婚姻を結ぶ予定と聞いている。
その嫁ぎ先のダスマン辺境伯領地を視察するという予定が入っていた。
相手先にも通達していたので危険がないだろうと、年功序列順で護衛が決まった。
年功序列とはいっても、弱い人達じゃないよ。
僕は、その護衛任務に入らなかったので、一時帰省していた。
「メルギス隊長がなんとかしているが、そんなに保たないはず」
「え? 隊長が?」
隊長のメルギス伯爵は、第3部隊長だ。
かなり厳しく、僕もいつも追加の訓練を言い渡されている。
「……お前だったら、なんとかできるだろう?」
「え?」
「お前、手を抜いているだろう?」
「……」
「敵は、隣国の兵士だ。考えたくないがおそらく輿入れ先のダスマン辺境伯の兵士だ。山のふもとで襲われた」
えぇ? 友好の為の輿入れなのに、暗殺でなかったことにしようとしているってことなのか?
ともかく僕は、連れてきた村民は村長宅に預けて、一人で馬に乗って疾駆した。
「あそこだ!」
馬で敵の近くまで駆け、飛び降りると同時に全体重をかけ剣を振るう。
全体重をかけた剣が相手の古びた剣を割り、そのまま切り捨てる。
敵が「ぐわぁぁぁぁぁ!!」と絶命する声が響いた。
なんでこんな整備されていない剣を使っているんだ?
「テオ! お前がなんで!」
「隊長、このへんのちょっとした魔物狩りです」
「助かった! この4人では馬車を守るのは大変だからな!」
隊長の足に短剣が刺さっている。
その短剣は綺麗だったので安心した。
破傷風になると危険だからね。
多分、目の前で転がっている山賊を装った騎士が最後の悪あがきに刺したんだろう。
「敵は、あと何人ですか?」
「12人ってところだ」
「僕、必要ないじゃないですか……」
「無駄口たたくな、頼む」
「もちろんです。この為に隊長に鍛えられてますからね」
「お前、手を抜いてるくせに」
「……」
僕は、各個撃破していく。
結局9人を倒し、あとの3人は捕えた。
この3人は、状況が悪くなったと思ったらしく、逃げようとしたある意味正しく、情けない奴らだった。
真ん中の山賊になりきれてない人間の腱に投げた短剣が刺さると降参してきた。
それから、この男は情けない呻きをずーーーっとしている。
まぁ、うん、痛いよね。
「もう、俺も引退だな……」
「僕、隊長の下でしか働きませんよ?」
「そうか、俺の息子になって補佐してくれんか?」
「ハハハ、御冗談を」
伯爵の息子なんて恐れ多い。
「そんな器じゃありませんよ。それに、僕は隊長と違って弱いですからね」
「ここまで、一人で倒しておいて……お前の祖父殿にそっくりだ」
「……」
確かに、剣を教わったのは祖父だ。
「出る杭は打たれるので……」
「うちの部隊員にはバレてるぞ」
敵の死体を路肩に並べ、この者たちの身元となるものを探る。
敵が持っている長剣は、ボロボロ錆び錆びの剣だった。
しかし、短剣は綺麗に整備されているものが多かった。
指示した奴が短剣まで、頭が回らなかったんだろう。
その短剣には、隣国ダスマン辺境伯家紋がバッチリと刻まれている。
「身元がバレないようにわざと古い剣を使ったんだろう」
「バッチリ、短剣にはダスマン辺境伯家紋が刻まれてますけど……、もしかして、ダスマン辺境伯の騎士というのはダミーですか!?」
「その線も念頭に拷問だ!」
[拷問]という言葉にピクッと捕虜の3人が反応した。
呻いていた男が「俺は、レナートだ。レナート・ダスマンだ!」と叫んだ。
「先輩、2人失ったんだから……拷問は、仕方がないかぁ」
僕はレナートと名乗った男の発言を無視をして隊長に同意をする。
レナートと名乗った男は「いや、だから、俺はダスマンだって!」と叫んでいる。
メルギス隊長は足に包帯を巻いて圧迫しながら剣を抜いている。
「こんな簡単に口を割る騎士はおらん。何かの策略かもしれん。[第5部隊]に口を割らせよう。死にたいと思うほど味わわせてやる」
第5部隊という名を聞いたレナートは泡を吹いて倒れた。
エゲルダ辺境伯第5部隊は、拷問が得意な部隊で名を馳せているからだと思う。
キャンディをくれる優しいお姉さま(56歳)が率いている部隊なんだけどね。
「うーん。ダスマン辺境伯子息にしてはメンタル弱くないですか? 国境を守る領主の息子とは思えないですね」
馬車からエリーゼ様が降りてきて、こちらへ歩いてきた。
「助かったわ! ここで死ぬかと思った。あなた、ありがとう。名をなんて言うのかしら?」
「テオでございます」
「おまえ、テオ卿ね。みんなもご苦労さまね。急いで城に戻らないと。……この泡吹いている情けない男は何?」
多分、おそらく、エリーゼ様の夫となるはずだった人……。
第3部隊の死者は2人。
本来だと埋めるのだがエリーゼ様の計らいで荷物を乗せる場所に乗せ、傷を負った兵士とメルギス隊長は馬車に乗りこみ、捕虜は歩かせて村まで戻ってきた。
「伝令は出したのじゃぁ」
「よくやってくれましたわ」
その日の夜遅く、城警備以外の騎士が凄い勢いで村に駆けつけた。
地響きで、村長宅が倒壊するかと思って村長は泣いていた。
この出来事があって、僕は辺境伯様とエリーゼ様に一般騎士ながら、目をかけてもらうようになった。
□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□
「テオ卿! あなたにおめでとうを言いに来たのよ!」
「本当に残念だが、おめでとう」
「あっ、いや……」
恐れながら……と主催のカブール子爵が辺境伯に耳打ちする。
僕がフラれたというか、婚約者を奪われたことを伝えているのだろう。
涙が出ちゃう。
エゲルダ辺境伯が僕の顔を見てニンマリと笑う。
「前後はこの際いいだろう」
手をたたき、エゲルダ様は視線を集める。
集めるまでもなく、みんなエゲルダ様しか見てないけどね。
「いやぁ、めでたい! そこの君、誰かな?」
エゲルダ様はトロンを指さす。
「はっ、騎士爵のトロンでございます」
エゲルダ様は少し眉をひそめた。
トロン自身は、まだ騎士爵でなく、その息子だからだ。
「そうか、おめでたいことがあったそうだな。そこの女性と」
「はっ、結婚をすることになりました」
「ではせっかくなので、ここで私の立ち合いのもと、誓いをたてよ」
トロンはあたふたしている。
元婚約者は飛びあがる勢いだ。
「おまえ、テオ卿。何か持ってないの?」
「ああ、これなら……」
「あげちゃいなさい。そんなもの持ってたら呪いのように重くのしかかるわ」
そういってエリーゼ様は、僕から指輪をケースごと奪い取って、エゲルダ様に渡した。
「流石だな、テオ卿。……何も持っていなかったようだから助かった。さぁ、そこの二人これで誓い合うがいい」
あぁ、僕の給金1年分……。
恥ずかしがらず弟の婚約指輪で結婚の誓いをする兄。
白紙の紙にエゲルダ様がつらつらと書く。
即席結婚誓約書のようだ。
彼女は自分の名前が書けずに、トロンが早く書けって怒っていたが二人は無事にサインをした。
村の教会で、一緒に字の勉強をしたはずなのに……、名前も書けなかったのか。
僕は、なんで家で勉強しなかったかって?
それは家庭教師を付けてもらえなかったからだよ。
「これで、二人は夫婦だ。おめでとう!」
両親も涙を流し喜んでいる。
なんの涙だ?
「ところで、テオ卿。あの家族に未練はあるかな?」
「ありません……まったく……」
「それは僥倖!」
「これからは、辺境伯騎士として骨をうずめるーー」
「来てよかったな。エリーゼ」
「そうね! お父様。こんな幸せがなんども起こるなんて!」
会場のまばらな拍手がすぐに収束したのを見計らって、エゲルダ様は会場にいる貴族に聞こえる声で言った。
「我々が長居しては、楽しむこともできるまい。用事をすまさせてもよろしいかな?」
先ほどの即席結婚はなかったかのような言い方をする。
「さて、正式な任命式は後日になるが、新たな貴族の誕生をお伝えしたい」
ザワザワと会場が揺れる。
「テオ卿。前へ」
「え? はっ!」
「そなたに男爵位を。そしてメルギスの家名を与える」
「はっ!? ありがたく拝命いたしました……」
え? 男爵? 僕が?
それにメルギス……。
この国でメルギスの名がつく男爵以上は、隊長しか知らない。
騎士爵はたくさんいるから、わからないけどね。
今日は、僕の上長であるメルギス隊長……今夜は下位貴族の夜会なので、伯爵以上は来ていない。
突然、トロンの妻となった元婚約者が叫ぶ。
「テオが、男爵!? 何よ。それ聞いてない!」
傅いていた僕に、凄い勢いで突っ込んでくる。
僕はスッと立って後ろに2歩さがった。
トロンの妻は、盛大にコケて、かぼちゃパンツが丸見えになる。
「そこの夫、妻を迎えに来い」
辺境伯は冷たい声色でトロン兄上に言う。
すまない……下着までは用意できなかったんだ。
そのドレスも僕が用意したものだったわ。
どういうつもりで、僕からドレスを受け取ったの?
「さぁ、メルギス男爵を温かく迎え入れてやってくれ!」
拍手が沸き起こる。
貴族や子女達が色めき立ったのがわかった。
そうか、今は男爵位だが、伯爵になるのか。
僕がメルギス伯爵の養子になり、そのうち伯爵位になるのがわかったのだろう。
ここにいる貴族に取って、ありえない有望株が現れたのだ。
「さて、我々はこのメルギス男爵を連れて帰るとしよう。早く会わせたい男がいるからな。夜会はあと数刻。邪魔したな」
よかった、置いていかれなくて……。
こんなに注目されると視線が痛い。
扉に向かうエゲルダ様、エリーゼ様についで歩こうとする。
「あら、テオ・メルギス卿。エスコートしていただけます?」
「よろしいのですか?」
僕はぎこちなく腕を出す。
遠くでトロンの妻が「浮気だわ! 貴族ってすぐ浮気するのね! 慰謝料をもらうわ!」とわめいている。
いや、僕を捨てたのは君だろう?
あとで、彼女の招待状を無理いって用意してくれたカブール子爵に謝らないといけないなぁと考えていた。
「あら、上の空ね?」
「ハハハ」
そうなるのは仕方がなくない?
「お待ちください! 辺境伯様、何かの間違いではございませんか!? トロンが昇爵なのですよね? こいつは平民同然でーー」
元・父上が傍に駆け寄ってきた。
トロンも暴れている妻を捨て寄ってくる。
いや、お前が抑えなくてはいかんだろう?
「こいつ、か……なぜだ? お前の息子でもあったのだろう?」
「こいつとは、メルギス伯爵子息であり、さらに男爵位を持つということが理解できてないのかしら」
エリーゼ様はご立腹である。
流石に僕も理解するのに時間がかかりました。
「そうです。こいつは息子、次男で。せめて女だったら、どこかに嫁がせてーー」
「甘い汁を吸うとでもいうのか?」
「まぁ……、そんなものでございましょう。エリーゼ様も隣国のダスマン辺境伯子息との婚姻で、国王様から多大な褒章を」
夜会会場がし~んと鎮まる。
元・父上とトロンはキョトンとする。
元・父上、それは褒章ではなく、賠償と慰労金だ……。
捕まえた捕虜の3人の中に、なんと本当にそのダスマン辺境伯子息がいたのだ。
投げた短剣が足の腱に刺さった奴がそいつだった。
隣国に捕虜を引き渡すかわりに、隣国からの賠償として国境が変更になった。
まぁ、賠償として土地を渡したのだ。
それは、そのままエゲルダ辺境伯の領地になった。
「ほう。それで?」
「で、ですから……。貴族とはそういうものでして」
「あら、わたくし。婚約は破棄になりましたのよ。ねぇ、テオ卿」
「エリーゼ様の瑕疵は一切ございません」
多分、元・家族以外のこの場にいる貴族が知っている事実を述べる。
「こ、婚約、は、破棄????」
エリーゼ様が襲われたことも知らないんだ、元・家族。
近くにあった、テーブルをひっくり返し、周りの貴族にワイングラスを投げつけていたため、トロンの妻は、衛兵に押さえられている。
「ざまーみろ!! このあばずれ!!」
口汚く罵って暴れている。
夢見がちな婚約者だと思っていたけど違ったみたいだ。
結婚できなくてよかったなぁ、僕。
ハッとした顔をする父上とトロン。
なんでそこで顔を見合わせるんだよ。
なんか、いやな予感がする。
「それであれば、エリーゼ様は傷がお付きに、次の縁談を探すのも一苦労でしょう。トロンを婿にどうでしょう!」
「騎士爵として剣にも強く御身をお守りできます。姫様」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
ーーーーーーーーー???ーーーーーーーーー
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
この場にいた貴族の表情から推測するに(今、結婚したはず???)と思ってそうだ。
「お前の元・家族の頭はどうなっておるのだ」
「申し訳ございません」
僕、瑕疵はないって言ったよね?
早く、立ち去りたい!
これ以上何かがあると、僕の胃が口から出ちゃう。
「じゃあ、私がテオのお嫁さんになるわ! テオは初めからそのつもりだったのよね!?」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
ーーーーーーーーー!!!ーーーーーーーーー
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
この場にいた貴族の表情から推測するに(今、結婚したばかり!!!)と思ってそうだ。
「僕は嫌だよ!」
「おまえ、僕っていうのね」
クスクスと楽しそうに笑うエリーゼ様。
「さて、騎士爵であったか?」
「はい、トロンでございます」
「騎士爵は私だぞ」
さっきは「騎士爵のトロン」と名乗った時は黙っていたのに、元・家族のツッコミをみるとは思わなかった。
「この度の賠償は払えるかな?」
エゲルダ様は、トロンの妻を指さす。
指したその場所は、ワインがバラまかれ戦場かと思うほど絨毯に染みを残している。
周りの貴族たちもワインを被り、ご立腹だ。
ドレスやタキシードってなんであんなに高いのだろう?
多分彼らが着用している衣装は、僕が用意したドレスよりも遥かに高いはず。
「はい? あの女は……関係ありません!」
「トロン様! 酷い!」
「そうです! それに、そ、そのようなお金は……」
「そうだ、指輪! 指輪を売れば!」
「いやよ! これは私のなんだから!」
いや、流石にその指輪だけでは、焼け石に水だよ。
1年分の給金で買ったんだけどなぁ。
「では、騎士爵を降爵で。その代わりに私が賠償をしようではないか。よいかな? カブール子爵」
「もちろんでございます。しかしながら、騎士爵の降爵はございません」
「おぉ、そうであったな。剥奪だった。すまんすまん」
出来レースのようなやり取りだな……。
騎士爵2代目の元・父上は、2代目を全うすることもなく、本日付で平民となった。
「テオ! 育ててやった恩を返せ!」
「テオ! 愛してるわ! あなたも私のこと、愛してるわよね? そ、そうよ、婚約していたのだから」
「恩はもう返し過ぎていると思うし、愛していたと思う。でも、もう、遅いよ。全て自分たちが起こしたことでしょ。僕は何もしていない」
元・家族は、僕に泣きつきどうにかするようにと、それでも「お前のせいなのだから」と上から言う。
親貴族から突然に爵位剥奪を言い渡され、平民になった元・家族は、衛兵に連れられてカブール子爵の邸宅から外に追い出されていった。
「それでは、本日はお騒がせした!」
なぜか、拍手で見送られた。
「おまえ、大変だったわね」
「エリーゼ様、僕のプロポーズのお祝いに来てくださったのですよね」
「そうよ。わたくしの命の恩人ですもの。……お互い、一人身になったわね」
階段を降りて、馬車へ向かう道すがら。
「ハハハ。結婚はもうこりごりです」
「おまえ、メルギスじいの息子になるんだから、そのうち伯爵になるのよ。そうはいかないわよ?」
隊長の息子か……、あの時の『そうか、俺の息子になって補佐してくれんか?』と言っていたのは冗談じゃなかったのか。
隊長、メルギス伯爵は、子供に恵まれなかった。
酔った伯爵を送り届けると、優しい奥様はいつも泊まっていくように僕に言い、次の日は、二日酔いで寝坊している伯爵を尻目に一緒に朝食を頂く仲だ。
そしていつも『息子がいたらこんな感じなのかしらね』と。
「跡継ぎですか……」
「そうよ。それにお父様とメルギスじいがいろいろ策略たてていたのよ? でも、婚約者がいると知って……二人がどんだけ落ち込んだか」
エリーゼ様が、笑っている。
「エゲルダ様も?」
「えぇ、お父様も。だって婿にしようとしていたのだから」
え? 婿?
少しはにかみながらエリーゼ様は僕を見る。
「わたくしを娶ってもらえるかしら?」
え? エリーゼ様を?
エリーゼ様は、恥じらいをふんわり纏いながら、まっすぐに僕の瞳をのぞき込んできた。
「そこは、『もちろんでございます』と言うのではなくて?」
こんにちは、作者のヴィオレッタです。
最後まで目を通していただきありがとうございます。
10,000文字程度のストーリーです。スカッとしてもらえたら嬉しいです。
少しでも 「また読んでやるか」 と思っていただけましたら、
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