三話 遊びの誘い
その夜。
職人たちが帰ったあとの工房は、驚くほど静かだった。
灯りを最低限に落とし、神崎とアイリは作業台の隅に腰を下ろして様子をうかがっていた。
「……静かですね」
「……ああ、静かすぎる」
アイリが呟いたそのとき、どこからか“カラカラ……”という音が転がってきた。
粘土のかけらが、床を小さく転がる。
神崎が視線を向けると、釉薬の瓶が積み木のように三段に積まれていた。
「……さっきは、あんな積み方じゃなかったですよね?」
「誰かが、遊んでる」
そのとき——。
棚の上から、小さな狸の焼き物がひとつ転がり落ちた。
ゴトリ。
「……!」
神崎が振り向いた瞬間、すっ……と袖口を引っ張られるような感触があった。
「……え?」
誰もいないはずの空間。
振り向いても、そこには何もいない。
ただ、神崎の横で静かに立っていたアイリが——。
「……?」
左の袖口を、ほんのわずかに押さえていた。
「……どうしました?」
神崎が問いかける。
アイリは視線を落とし、ほんの一瞬、微かに眉を寄せた。
「……今、袖を……引かれた気がした」
「それ、俺じゃないですよ?」
「わかってる」
アイリは、わずかに口元を引き結んだ。
「……珍しいですね。アイリさんがちょっと戸惑ってる」
「戸惑っていない」
「いやいや。今の、ちょっとだけ反応に困った感じでしたよね?」
「……うるさい」
——くすっ。
そのやり取りをどこかで見ていたかのように、
どこからともなく、くぐもった子どもの笑い声が響いた。
次の瞬間。
バタバタバタッ!!
棚に並んでいた狸の焼き物たちが、一斉に床へと跳ね降りた!
跳ねる。転がる。
こっちだと誘うように、ぐるぐると回る。
その動きは、まるで——鬼ごっこの始まりを告げる合図のようだった。
「……始まりましたね」
神崎が、口元にゆるく笑みを浮かべて言った。