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クモをつつくような話 2024 その2

作者: 山崎あきら

 6月27日。曇り。最低21度C。最高25度C。

 午前7時。

 玄関に住みついているマダラヒメグモのヒメちゃんの子グモたちは6匹になっていた。バルーニングせずに歩いて分散するタイプのクモだったようだ。ただし、室内なのでほとんど風が吹かないからバルーニングできなかった、という可能性も否定できない。


 午前10時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモたちの中の一番大きい子は体長2ミリほどになっていた。不規則網の中に枯れ葉を持ち込んでいる子もいる。

 体長5ミリほどのアリを食べている子もいた。そのアリが白っぽくなっているから、巻きつけられているのは捕帯か、あるいは、粘球の付いていない粘球糸だろう。少なくともオオヒメグモは粘球用の粘液を自由に出したり止めたりできるらしいし。


 午前11時。

 ツツジの葉の表面に取り付けられているクモの卵囊らしいものを3個見つけた。いずれも直径は4ミリほどで、コガネグモの卵囊のように中央部が盛り上がった肉入りワンタン型だ。調べられた範囲ではアリグモの卵囊のようだが、産卵するところから観察したわけでもないので断言はできない。


 午後1時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモの妹ちゃんの円網には隠れ帯がなかった。まいったね。

 妹ちゃんにはそこらで捕まえた体長20ミリから30ミリほどの細い体型のバッタの子虫3匹をあげておく。さらに時間差を付けて、冷蔵庫に入れてあった体長20ミリほどの細め体型の甲虫もあげてしまう。

 コガネグモのお姉ちゃんは肉団子をもぐもぐしていた。円網にそこらで拾った体長60ミリほどのツチイナゴ(多分)を投げ込んでも知らん顔をしている。お尻がだいぶ膨らんでいるから、あまり食欲がないのかもしれない。とは言っても、隠れ帯は下側の2本だけだ。もしかすると、隠れ帯を4本にするのは、脱皮前のように絶食する必要がある時だけなのかもしれない。〔3本の時は?〕

 3本ならどっちもあり……かなあ……。

 枯れ草の茎で獲物をツンツンすると「あら? 獲物かしら。やれやれ、どっこいしょ」とばかりにツチイナゴに近寄って捕帯を巻きつけるのだが、一通り巻きつけると、またホームポジションに戻って肉団子をもぐもぐするお姉ちゃんだった。


 午後2時。

 ナガコガネグモを追い出して、その円網を乗っ取ったらしいアシナガグモの仲間が2匹いた。お尻が細い体型なので不足しやすい円網の原料を節約しようということなのかもしれない。しかし、逆に捕食されてしまうリスクもあるはずなんだが……主が逃げずに向かってくるようなら逃げるんだろうか? 


 午後5時。

 玄関のヒメちゃんが6個目の卵囊を造っているところだった。作者は「クモは夜間に産卵」と思い込んでいたのだが、なんと日没前である。もっとも、うちの玄関は灯りを点けなければ昼間でも暗いから、「暗い時に産卵」ということなのかもしれない。


 午後7時。

 玄関のヒメちゃんが6個目の卵囊に取り付いていた。仕上げがまだ終わっていなかったのらしい。しかし、これではドアを開けられない。まいったなあ。


 午後8時

 玄関のヒメちゃんがホームポジションに戻っていたので夜のパトロールに出た。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんは新しい円網で肉団子をもぐもぐしていたので、そこらで捕まえた体長15ミリほどのガをあげた。ヤエちゃんは獲物の下で円網に穴を開け、バーベキューロールで捕帯を巻きつけようとしたらしいのだが、苦労している。獲物がある程度大きくなると、獲物の上にある横糸の本数が多くなるので、強引に引きちぎるというやり方では無理になるのだ。もしかすると、大型の獲物を仕留めるためのテクニックは経験によって学習するものなのかもしれない。あるいは、ただの判断ミスか、だな。

 オニグモの15ミリちゃんは古い円網の下半分を回収したところで休憩していた。この場合は横糸を張り終えるまで待つしかない。やれやれ……。


 午後9時。

 ノートパソコンのモニターの前に体長1.5ミリほどのクモが現れた。しょうがない。森へお帰りをさせてもらう。〔玄関のヒメちゃんの子だろうに〕


 6月28日。曇りのち雨。最低20度C。最高24度C。

 午前1時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張り終えていたので、体長50ミリほどのショウリョウバッタの子虫をあげた。まず牙を打ち込んで、それから捕帯を巻きつけるという手順にしたのは獲物があまり暴れなかったからだろう。


 午前2時。

 血圧は161と87だった。どういうわけか夜中には高くなるのだ。

 しかし、作者の場合は血圧が100以下になると、程度の差はあるものの脳貧血が発生する。そしてヒトは直立二足歩行なので、意識を失った状態で転倒すると頭部に大きな衝撃を受けることになりやすい。つまり、作者にとっては血圧を下げすぎる方が危険なのだ。そういうわけで、当面は朝の血圧は140以下、トレーニング後で100以上を基準にしておこうと思う。

 なお、意識を失いそうだという時には床に伏せることで脳への血流を確保するという手もあるのだが、スカートをはいている女性が近くにいる場合には別の意味で危険が生じるだろう。

 作者はぜんそくの発作を予防する薬を常用している。そのため、ついでに処方されてしまう降圧剤も受け取るしかないのだが、処方された薬を飲むか飲まないかは患者の責任で判断するべきだと作者は思う。なお、「お医者様のお告げに従っていれば極楽往生間違いなしじゃ」という人は、何も考えずに出された薬を飲んでいればいいと思うよ。


 午後7時。

 雨がやんでいたのでスーパーの東側に行ってみると、ヤエンオニグモのヤエちゃんが円網を張っていた。体長10ミリほどの甲虫をあげておく。


 6月29日。雨のち晴れ。最低20度C。最高27度C。

 午前11時。

 サザンカの植え込みの幅も高さも2メートルくらいの範囲にいるヒメグモは17匹になっていた。ただし、この時期なら雄も混じっているはずだ。逆に、作者には見えない場所にもいるかもしれない。

 スーパーの東側に体長4ミリほどのゴミグモがいたのだが、この子の円網にはゴミが一つも付いていなかった。昨日は1日雨だったので、ゴミも円網も捨てて避難したのだろう。命あっての物種というものだね。〔…………〕

 オニグモの15ミリちゃんは今日も円網を張りっぱなしで住居へ戻ったらしかった。その円網は見事な「張り直す無こしき網」になっている。あっはっはっはっは。〔論文屋さんは苦労してるんだぞ〕


 午後1時。

 玄関先でダンゴムシを見つけてしまったので、玄関のヒメちゃんにあげた。〔食べさせすぎはよくないぞ〕

 わかってはいるんだが、獲物を見ると反射的に手が出てしまうのだ。「口でなんと言おうと体は正直だぞ」というやつである。〔やめんかい!〕


 午後2時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモの妹ちゃんの隠れ帯は、下側にハーフサイズが2本になっていた。作者があげた獲物をすべて食べていると断言することはできないんだが、それにしてもよく食べる子である。まさか……ちゃんと消化しないで排泄している……とか? 

 お姉ちゃんのお尻はまん丸だった。それでいて隠れ帯は下側2本だ。もしかすると、この子はもうオトナなのかもしれない。新海栄一著『日本のクモ』によると、コガネグモの雌の体長は20~25ミリらしいのだが、お姉ちゃんの体長は20ミリくらいはあるような気もする(近くに寄れないので確認はできない)。お尻が小さくなるまでは獲物をあげないことにしようかなあ……。


 午後3時。

 水田ポイントでは5匹のアシナガグモの仲間が直径約70センチの円網の上で待機していた。よく見ると、こしき部分に穴が開いているから、オニグモが回収せずに住居へ戻った後の円網に入り込んでいるんだろう。まあ、アシナガグモの仲間らしい行動だとは言えるかもしれない。


 午後8時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんに体長10ミリほどのガをあげた。もちろん、飛びついて牙を打ち込むヤエちゃんだった。

 オニグモの15ミリちゃんは張り替えていない円網で待機していた。今夜は獲物をあげなくてもいいかもしれない。

 スーパーの西側にいた12ミリちゃんは姿を見せない。旅に出たようだ。 


 6月30日。曇りのち雨。最低20度C。最高29度C。

 午前1時。

 オニグモの15ミリちゃんが円網を張り替えていたので、体長40ミリほどのバッタをあげた。


 午前10時。

 スーパーの東側で体長六ミリほどのオニグモの幼体(多分)が残業していた。

「そんなに飢えているのか」と哀れに思った作者は、そこらで捕まえた同じくらいの体長のアリをあげた……のだが、その円網のこしき部分には肉団子が固定されていたのだった。今日は曇っていて割と暗いめなので、「まだ夜は明けていない」と思い込んでいるのかもしれない。あるいは、まだ小さくて捕食者に見つかりにくいから、少しくらい残業してもさほど危険はないと判断しているのか、だな。


 午前11時。

 ベランダの卵囊は4個になっていた。近くには寄れないのだが、この卵囊は玄関のヒメちゃんのそれと見た目が似ているような気がする。もっとも、球形の白い卵囊を造るクモなどいくらでもいそうだが。


 午後6時。

 玄関のヒメちゃんの三番目の卵囊の周囲に約40匹の子グモたちがいた。産卵から出囊までざっと一ヶ月というところだ。ただし、あくまでもこの環境においては、である。この日数は室温が高くなれば短くなるし、低くなれば長くなるはずだ。秋に産卵した場合には春が来るまで数ヶ月かかるということもあり得るだろう。


 午後7時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんは横糸を張っているところだった。しかし、雨が降ってきているので、まだ未完成の円網に体長10ミリほどのガを投げ込んでしまう。

 お尻がだいぶ大きくなっていたので予想はしていたのだが、「通常の3倍です」と言いたくなるくらいの時間をかけてから獲物に向かってスタートするヤエちゃんだった。獲物をあげるのはお尻が小さくなるまで控えるべきかもしれない。


 7月1日。雨時々曇り。最低15度C。最高29度C。

 午前11時。

 玄関のヒメちゃんの子グモたちは18匹、そして70センチくらい離れたところに2匹になっていた。


 午後2時。

「ヤエンオニグモ」で検索してみたら、雌の他に、いかにもオニグモという体型の雄の画像も出てきた。ヤエちゃんと交接した雄は雌を訪ねて三千里の旅の間にお尻が痩せ細ってしまったのかもしれない。今回の場合は脚の白い部分のパターンがほぼ一致するし、何よりも交接したのだから少なくとも同種の雌と雄なのは間違いないだろう。残るのはヤエちゃんもヤマオニグモの色違い型だったという可能性だが、新海栄一著『日本のクモ』では、ヤマオニグモの網は「2メートル前後の場所に張られることが多い」とされているから除外できると思う。

 ああっと、他のオニグモ属の雄が旅の途中でヤエンオニグモの雌と出会ってしまうことはあるかもしれない。その場合はお互いに間違いなく同種であることを確認する必要があるだろう。それが「せっせっせーのよいよいよい」型の求愛行動なのかもしれない。他のオニグモ属がどんな求愛行動をするのかも知りたいものだな。


 午後3時。

 サザンカの植え込みでは濃いオレンジ色で体長2ミリほどのヒメグモと薄い色で大きめのヒメグモのカップルが2組できあがっていた。恋のシーズンなのだなあ。

 玄関のヒメちゃんの子グモたちは8匹になっていた。4個目の卵囊の中心部も黒っぽくなってきている。


 午後9時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんに体長20ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげた。

 オニグモの15ミリちゃんは横糸を張っているところだった。張り終えるのを待って獲物をあげようと思う。


 午後10時。

 15ミリちゃんに体長40ミリほどのショウリョウバッタの子虫をあげた。

 ああっと、雨が降ってきた。今日はここまでだ。


 7月2日。晴れ一時雨。最低23度C。最高27度C。

 午後2時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモの妹ちゃんは横糸を張っていなかった。雨で破れたのかもしれない。いずれにせよ、これでは何もできない。なお、妹ちゃんは左第三脚を失って7本脚になっていた。

 お姉ちゃんは姿を消していた。産卵だと思いたい。

 茶色の背中に白いハート模様があるカメムシを見つけた。何カメムシなのかは今のところわからない。

※エサキモンキツノカメムシらしい。


 午後3時。

 去年多数のコガネグモを観察した用水路脇の藪では長さ160メートルの範囲に28匹、さらに、その300メートル先にも9匹のコガネグモがいた。

 それなのに、水田ポイントには1匹もいないのはどういうわけなんだ? 草刈りが行われたせいでバッタが好みそうな草が少なくなったからだろうか? 


 午後8時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんは円網を張っていなかった。この時間に姿を見せないということは産卵かもしれない。 

 オニグモの15ミリちゃんは古い円網で待機していたので、体長40ミリほどのバッタをあげておく。

 ああっと、また雨がパラついてきた。


 7月3日。雨のち晴れ。最低23度C。最高29度C。

 午前3時。

 トイレットペーパーホルダーの上に体長1ミリほどの子グモがいた。赤黒い体色だし、不規則網を張っているので玄関のヒメちゃんの子だろう。床からの高さは約75センチだ。高いところを目指す子もいるということらしい。過去には床から2メートルくらいの庇の下にオオヒメグモがいたという観察例もあるから、獲物はいないこともないのだろう。

 ああっと、台所の壁にも1匹いた。


 午前8時。

 困った。トイレットペーパーを交換する必要が生じたのだが、ホルダーの蓋(カッター?)の上には子グモがいるのだ。

 どうしようもないので交換すると、子グモは20センチくらい下にぶら下がった。どこか、もっと安定している場所に引っ越して欲しい。


 午前10時。

 トイレットペーパーホルダーの子グモは引っ越したらしかった。ありがたい。

 サザンカの植え込みにはヒメグモのカップルが2組、そして枯れ葉を挟んで雄2匹がにらみ合っている不規則網が1個あった。

 と思っていたら、ナミテントウが1匹、体長3ミリほどのヒメグモの不規則網に飛び込んだ。しかし、シート網の上に落ちたナミテントウが暴れると、シート網に穴が開いて下に落ちてしまう。

 ところが、その下には現状で最大の体長4ミリほどの子の不規則網があったのである。不規則網でブレーキをかけられながらシート網の上に落ちたナミテントウは4ミリちゃんによって仕留められてしまうのだった。

 まだ7月3日だというのに棚ぼたとは何ともラッキーなことである。〔7月7日は七夕だ!〕


 午前11時。

 スーパーの東側にいたゴミグモと西側の白いお尻ちゃんがいなくなっていた。昨夜の雨で力尽きたのかもしれない。


 午後7時。

 お尻が三角おむすび形になったヤエちゃんが円網で待機していたので、冷蔵庫の中で力尽きていた体長20ミリほどのバッタをあげた。産卵祝いである。

 ヤエちゃんが交接したのは6月21日だから、それから11日目に産卵したわけだ。ジョロウグモと比べるとかなり短い。気温が高いせいか、あるいは、より小型のクモなので食べなければならない獲物の量も少ないのかもしれない。


 7月4日。晴れ時々雨。最低24度C。最高32度C。

 午前11時。

 サザンカの植え込みではヒメグモのカップルが4組、三角関係が1組できあがっていた。ちなみにヒメグモの雄の体長は雌の2分の1から3分の1くらいだ。雄などこの程度の大きさで十分なのである。

「偉い人にはそれがわからんのですよ」〔こらこら〕

 脊椎動物はハーレムを形成することがある。その場合、雄が子孫を残すためには他の雄に勝つ必要があるから、そういう条件下では大型化するのも有効であるわけだ。しかし、それはあくまでもハーレムを形成する脊椎動物の都合である。節足動物でも通用すると思い込むのは危険だろう。

 とはいえ、「クモにも脊椎動物のロジックが通用する」という考え方をした方が論文を書きやすいこともあるのだろうなあ。〔「節足動物なんかが知性を持っているわけがない」という考え方も便利だぞ〕

 ヒメグモたちの画像を確認していたら、なんと、交接中らしい5組めのカップルも写っていた。いやいや、昼間から交接するとは思わなかったよ。「暗くなるまで待って」ということわざもあるのに。〔それはことわざじゃない!〕


 午後2時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモの妹ちゃんは横糸が1本もない縦糸だけの円網で斜めになっていた。その下には脱皮殻がぶら下がっている。脱皮したらしい。しかし、今回は隠れ帯がない。通常、隠れ帯を付けるのは横糸を張ってからだから、横糸を張れなければ隠れ帯を付けることもできない……のか? 

 お姉ちゃんの姿はなかった。引っ越したのかもしれない。

 体長7ミリほどのジョロウグモと6ミリほどの子が同居している網があった。雌と雄だろうと思う。新海栄一著『日本のクモ』によると、ジョロウグモの雄のサイズは「6~10ミリ」だそうだから、雄の方はおそらくオトナである。同居しながら雌がオトナになるのを待とうという光源氏タイプ……いやいや、女子高生に養ってもらっているヒモ野郎というところだな。

※小野展嗣著『クモ学』には「ジョロウグモ成虫のサイズの変異」として、「雄3.5ミリ~9ミリ」「雌11~32ミリ」とする表が載せられている。生物の場合、調査や実験のやり方によって得られるデータに差が出ることはよくあるのだ。


 午後7時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんが縦糸を張っているところだった。後で何かあげよう。


 午後9時。

 ヤエちゃんは体長10ミリほどの獲物を仕留めていた。しかし、冷蔵庫に獲物をいつまでも入れたままというわけにもいかないので、体長20ミリほどのバッタの子虫をあげてしまう。あまり積極的に仕留めようとしないヤエちゃんだった。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張り替えていなかったのだが、体長20ミリほどのガをあげてしまう。もちろん、横糸の粘球は劣化しきっているので、15ミリちゃんがしっかりホールドするまで翅をつかんだままにしておく。これは何回やってもドキドキものである。


 7月5日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高32度C。

 午前1時。

 玄関のヒメちゃんの4番目と5番目の卵囊も中心部が黒っぽくなっている。

 オニグモの15ミリちゃんは横糸を張っているところだった。円網が完成したら体長55ミリのツチイナゴをあげようと思う。

 オニグモにとって、こんな大きなバッタは釣りで言う「外道」だと思うので、15ミリちゃんが捕食できないようなら冷蔵庫の中に残っているツチイナゴ2匹はコガネグモにあげることにしよう。


 午前11時。

 7月3日にナミテントウを仕留めたヒメグモのお尻はモスグリーンになっていた。何を食べたんだろう? 


 午後7時。

 臨時ニュース。玄関のヒメちゃんはマダラヒメグモだったようだ。『相模原市立博物館の職員ブログ』というサイトで見つけたマダラヒメグモの卵囊の画像が玄関のヒメちゃんのそれとそっくりだったのである(お尻の色や模様は違っているが、個体変異の範囲内だと思う)。ちなみに外来種らしい。


 午後8時。

 できれば、玄関のヒメちゃんのお尻の模様を再確認したいなと思って玄関に行ってみたら、ヒメちゃんの卵囊の周囲に35匹の子グモたちがいた。4番目の卵囊から出囊したらしい。


 午後9時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんは肉団子をもぐもぐしていた。その円網には、さらに体長10ミリほどの甲虫と同じくらいの大きさの捕帯を巻きつけられた何かが固定されている。

 ヤエちゃんに獲物をあげる必要はなさそうなので、冷蔵庫の中で力尽きていた体長15ミリほどのガはオニグモの15ミリちゃんにあげてしまう。15ミリちゃんは円網を張り替えていなかったのだが、すでに死んでいるガなら逃げられることはないのだ。


 7月6日。曇りのち雨。最低24度C。最高30度C。

 午前6時。

 光源氏ポイントにいるコガネグモの妹ちゃんが直径40センチくらいの円網を張っていたので、体長40ミリほどのショウリョウバッタの子虫と体長7ミリほどのハエ、そしてジョロウグモの幼体が食べずに捨てたワラジムシをあげた。

 どうもジョロウグモはダンゴムシやワラジムシを食べないのらしい。コガネグモ科やヒメグモ科のクモたちは平気で食べるんだけどなあ……。

 お姉ちゃんらしいコガネグモも見つかった。お姉ちゃんが円網を張っていた場所から7メートルくらいのところだし、お尻もぺったんこだが、産卵のついでに引っ越したと考えるとつじつまが合うだろう。ちなみに隠れ帯は下側2本。ツチイナゴをあげておく。

 コガネグモ科(新海栄一著『日本のクモ』ではナゲナワグモ科とされている)、トリノフンダマシ属のシロオビトリノフンダマシ(多分)はガらしい獲物をグルグル巻きにしていた。このグループはお尻の横幅が縦方向より広いという、およそクモらしくない体型をしている。


 午前7時。

 残ったツチイナゴは用水路ポイントのコガネグモたちの中から1匹を選んであげてしまった。コガネグモは大物狙いのクモなのでツチイナゴも問題なく捕食できるのである。ただし、コガネムシを1日1匹ずつあげるくらいでは引っ越しされてしまう。コガネグモは大食らいのクモでもあるのだ。


 午前11時。

 90キロ走ったら血圧が99と61まで下がってしまった。もしも降圧剤を飲んでいたら脳貧血になっていただろうな。やれやれ……。


 午後4時。

 ふと思いついて酸素飽和度を測定してみたら93パーセントだった。

 酸素飽和度とは、血液中の全ヘモグロビン量で酸素と結合しているヘモグロビンの量を割った数値だ(正常値は99~96パーセント)。酸素飽和度が低めと言うことは、呼吸能力が低下しているか、あるいは仕事をサボっている赤血球がやや増えているということになる。これで血圧まで下がったら脳貧血になるのも当たり前だ。まずいなあ。


 午後6時。

 玄関のヒメちゃんがまた卵囊を造っていた。7個目だ。だいたいダンゴムシ1匹を食べて卵囊を1個というペースである。


 午後9時。

 雨はやんだ。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんが水滴だらけの円網で待機していたので、体長20ミリほどのガをあげた。

 オニグモの15ミリちゃんは横糸を張っているところだった。このところ、あまり多くの獲物をあげていないので空腹なのかもしれない。あとで体長20ミリほどのガを2匹あげよう。「オニグモにはガがよく似合う」のだ。

 とはいえ、イナゴかコガネムシが手に入るのなら、その方が楽でいいのだがね。

 ついでに書いておくと、今年もスーパーの東南の角に設置されている強力ライトの前に円網を張っているオニグモがいる。


 7月7日。曇りのち晴れ。最低23度C。最高33度C。

 午後1時。

 ふと気が付くと、体長1.5ミリほどの赤黒いクモが壁際を1.5メートルくらいの高さまでジグザグに登ったり降りたりしていた。その高さまで不規則網を張るつもりらしい。人間に例えると、標高差が1800メートルあるというアイガーの北壁に住みつくようなものだな。過去には十王ダムのトイレの庇の下にいる数匹のオオヒメグモを観察したこともあるから、オオヒメグモやマダラヒメグモ の中には「そこに壁があるからさ」というタイプの子もいるんだろう。多数派ではないと思うが。

 ああっと、失敗。この子を撮影しようと思って近寄ったら、どこかへ隠れてしまった。息を吹きかけてしまったのかもしれない。


 午後1時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモたちの中の体長3ミリほどの子のお尻が白っぽいを通り越して白くなっていた。

 ヒメグモの栄養状態はお尻の色に現れる。したがって、この子は空腹なのだろうと思って、そこらで捕まえた体長5ミリほどのアリを少し弱らせてからシート網に放り込んだ……のだが、まったく反応しない。

 今日は風が強めなので獲物に気が付かないのかなと思って、他の子の網にアリを放り込むと、その子はちゃんとぽとんした。と、そこで気が付いた。ヒメグモが空腹になった場合、そのお尻はオレンジ色になるはずだったのだ! ということは、お尻が白っぽくなるのは脱皮が近いせいかもしれない。それなら獲物に反応しないことも説明できる。どうも、暑さのせいで頭がまともに働いていないようだ。〔ボケが始まっているんじゃないのか?〕

 …………。


 午後2時。

 スーパーの壁にハエトリグモの仲間らしいクモがいたので撮影したのだが、自然光、内蔵フラッシュ、レンズの周囲のLEDライトで画像の色が同じにならない。ホワイトバランスをいちいち手動で調整する必要がありそうだ。めんどくさいなあ。


 7月8日。曇りのち雨。最低24度C。最高33度C。

 午前1時。

 スーパーの東南の角にコガネムシの仲間が二種、合計6匹いた。それに対して、近所のツゲの葉は食われている様子がない。実に気まぐれな群れだが、翅を持たないクモに対しては有効なのかもしれない。

 なお、ここの強力ライトの前に円網を張っているオニグモはお尻が平べったくなっていた。産卵したようだ。


 午前6時。

 光源氏ポイントには生着替え中……。〔「脱皮」と言え!「脱皮」と〕

 脱皮中のジョロウグモの幼体が2匹いた。

 コガネグモの妹ちゃんの姿はなかった。1日観察をサボっただけでこれである。

「大っ嫌いだ、コガネグモなんか」

 お姉ちゃんは4メートルほど引っ越したらしかった。ちょうど二年前に別のコガネグモが円網を張っていた場所である。匂いが二年間も残っているとは思えないから、快適な場所の好みがうるさいんだろう。

 実は用水路ポイントでも、用水路の南側には十数匹のコガネグモがいるのに、北側には主がいない円網が二枚しかないのだ。コガネグモは陽当たりのいい場所を好むのではないかという気がする。お尻に黒い幅広の横帯があることだし、ナガコガネグモやジョロウグモよりは体温をあげる必要があるクモなのかもしれない。


 午前8時。

 用水路ポイントでコガネグモの卵囊を2個見つけた。今夜はお赤飯だなあ。〔おめでたいやつだ〕

 不自然な姿勢で円網からぶら下がっているコガネグモもいた。合掌。

 用水路ポイントの先のコガネグモが6匹いた場所には2匹しかいなかった。コガネグモはその場所が気に入らないと、すぐに引っ越してしまうのだ。


 午前10時。

 体長10ミリほどのジョロウグモの幼体の網に15ミリほどのガを投げ込んでみた。そうしたら飛びついて牙を打ち込むんだ、これが。アリだと自分より小型の獲物でも何度もチョンチョンしてから牙を打ち込むというのにね。

 少なくともオニグモ、ヤエンオニグモ、ナガコガネグモ、コガネグモ、ジョロウグモなどの大型のクモはチョウ目昆虫に対しては、牙を打ち込んで仕留めてしまってから捕帯を巻きつけるというのが基本技術であるようだ。これは、チョウ目昆虫はクモに対する反撃手段を持っていないので抵抗を封じる必要はないのだが、急いで牙を打ち込んでしまわないと横糸の粘球に鱗粉を残して逃げられてしまうからである。おそらく、円網を張るクモはチョウ目昆虫用とそれ以外の獲物用に、少なくとも二種類の仕留め方を使い分けているはずだ。……と言いたいところなんだが、そうは問屋が卸さないのだった。

 今日はアゲハの仲間を2匹捕まえたので用水路ポイントにいるコガネグモの中から2匹を選んで円網に投げ込んでみたのだが、この2匹はいきなり捕帯を巻きつけたのだ! これは……コガネグモはチョウ目の仕留め方を知らないということなのか、あるいは、クモの神様が作者に与えたもうた試練なのかもしれん。〔…………〕

 そこで、念のために3匹目の円網にモンシロチョウサイズのガを投げ込んでみた。するとこの子は素早く駆け寄って、牙を打ち込んで仕留めたのだった。要するに、コガネグモに大型のチョウ目昆虫をあげると、正しい手順で仕留めることができなくなるという程度のことだったようだ。

「そんなこともあるさ、コガネグモだもの」

 個人的な印象を言わせてもらえば、コガネグモというのは力持ちではあるけれど、やることが大ざっぱでミスも多いクモというところだなあ。


 午前11時。

 サザンカの植え込みではヒメグモのカップルが6組できていた。


 午後7時。

 天井に体長10ミリほどのクモがいるのに気が付いた。うっすらとシート状の糸を被っているようだし、すべての脚を後方に向かって曲げているようだから、そこら辺から科のレベルまでは絞り込めるかもしれない。新海栄一著『日本のクモ』の312ページ分をチェックするのは手間がかかりそうなんだが……。


 午後8時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんが円網を張っていたので、体長18ミリほどのガをあげた。

 オニグモの15ミリちゃんはコガネムシサイズの獲物をもぐもぐしている様子だった。コガネムシが円網にかかる季節になったのかもしれない。


 7月9日。曇りのち雨。最低25度C。最高34度C。

 午前2時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張っているところだった。これで獲物をあげたら迷惑だろうなあ。冷蔵庫の中にはかなりの在庫があるんだが……。


 午前7時。 

 冷蔵庫内の獲物はバッタ2匹を残して水田ポイントのコガネグモたちに配ってしまった。

 イネ科の草の葉の上に体長1ミリから2ミリほどの昆虫が群れていた。画像を拡大してみると翅はないようだ。アブラムシの仲間かもしれない。

 さてさて、クモのまどいならツンツンすると一気に広がるような行動をする。そこでこの群れもツンツンしてみたのだが、直接触れた子が逃げるだけだった。クモのような団体行動はできないのらしい。

 確認したわけではないのだが、クモのまどいの場合はすべての子グモが張り巡らされた糸に触れているというようなことをしていて、1匹の動きを他の子グモたちが瞬時に感知できるようなシステムが備わっているんじゃないだろうか。そうでもないと、1個の生物のように一斉に反応することはできまい。


 午前8時。

 用水路ポイントの近くで、交接しているナガコガネグモのカップルを見つけた。ジョロウグモもそうだが、24時間営業のクモは昼間でも交接してしまうようだ。

 アシダカグモのものらしい脱皮殻もあった。このクモは頭胸部の背面が後方ヒンジでへ回転するように開くタイプのようだ(ジョロウグモなどは前方ヒンジ)。


 午前9時。

 光源氏ポイントにいる体長10ミリほどのジョロウグモの幼体の1匹に体長15ミリほどのガをあげてみた。体長で1.5倍の獲物だが、「これはガだ」と判断すると一気に飛びついて牙を打ち込んでしまう。アリだと体長5ミリクラスでも慎重に安全確認をするのとは大違いだ。こんな幼体でも「ガは安全だ」ということを理解しているのだな。


 午前11時。

 玄関のヒメちゃんの5番目の卵囊から子グモたちが出囊し始めていた。今のところは19匹だが、卵囊の中に残っている子がまだいるようだ。ヒメちゃんの卵囊には標準で40個くらいの卵が入っているんだろう。

 ヒメグモたちがいるサザンカの植え込みの隣にコガネグモがいた。体長は20ミリほどで隠れ帯は下側2本。もう一度脱皮してオトナになるか、あるいはこの大きさですでにオトナという可能性もあるだろう。

 以前、ここのフェンスで比較的小さなコガネグモの卵囊を見つけたことがあるから、先祖代々ここに住みついているコガネグモ一族がいるのかもしれない。大きくならないままオトナになってしまえるなら、獲物が少ない街中でも生きていけるだろう。挨拶代わりにそこらで捕まえた体長5ミリほどのアリをあげておく。


 午後5時。

 サザンカの植え込みの隣にいたコガネグモの姿はなかった。

 コガネグモは大食らいのクモらしい。今回のケースも、おそらく何日間か円網を張ることで「この場所は獲物が少ない。引っ越しをしよう」と決断してはいたものの、空腹で動けなかったのかもしれない。そこでアリを食べられたので「エネルギー充填120パーセント。引っ越し開始!」ということになったのだろう。

「これがコガネグモの戦術か。見事だ」〔あたりめえだ、クモは甘くねぇんだよ〕

 …………。


 午後8時。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんは新しい円網で、さほど空腹ではないらしいオニグモの15ミリちゃんは古い円網で待機していたので、それぞれ体長18ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげた。ちなみにこのバッタは捕まえやすいのだが、一枚のポリ袋に2匹以上入れると共食いを始めるので1匹ずつに小分けして冷蔵庫に入れなければならない。めんどくさいったらありゃしない。


 7月10日。晴れのち雨。最低25度C。最高30度C。

 午前2時。

 アイガーの北壁ちゃんは相変わらず行方不明。これくらいの体長の子グモは息を吹きかけただけで「危険だ」と判断してしまうのでやっかいだ。


 7月11日。雨時々曇り。最低26度c。最高31度C。

 午前0時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張っているところだった。円網が完成したら何かあげよう。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんはいなかった。雨が降っていたせいか、あるいは産卵しているのかもしれない。まあ、明日になればわかるだろう。


 午前1時。

 オニグモの15ミリちゃんが円網を回収してしまった。産卵……だろうか? なんであれ、異常な行動ではある。


 午前2時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの1匹が、枯れ葉の下から頭胸部を下にしてぶら下がるような姿勢をとった。その数分後、この子は同居していた雄と交接したらしかった。ぶら下がるのは求愛行動だったのかもしれない。オニグモの時は雄が先にぶら下がっていたんだけどなあ。もっとも、同じ求愛行動をしていたんでは別種のクモと交接してしまう危険があるわけだが。

※池田博明氏の『ヒメグモの配偶行動』という論文(?)には、「脱皮直後のメスへの求愛と交尾」として「同日12:09、先住オスはメスに接近し、第一脚・第二脚をたぐるように動かしてメスに触れ、交尾姿勢になる」中略。「この交尾は数秒だったので実際には移精されない準備段階だったのかもしれない」という記述がある。

 この場合、あり得る可能性は以下の4つになるだろう。

(1)作者が正しい。

 池田氏も「一を見て十を語る」というタイプだから信じるのは危険だ。

(2)池田氏らの仮説が正しい。

 作者は1度しか観察していないので、科学的に説得力のあるデータとは言えない。まあ、それでも論文を書いてしまう論文屋さんはいるようだが。

(3)どちらも正しい。

 脱皮直後の雌は身動きすらできないので、雄は安全に交接することができる。求愛行動も必要ない。しかし、外骨格が硬化した雌に対しては不用意に近づくと捕食されてしまいかねない。その場合は雌から求愛されてから交接するという可能性はある。つまり、雄の場合は強引に交接することもできるし、求愛することもできるし、雌に求愛されてから交接することもあり得るわけだ。いずれにせよ、いつかは論文屋さんが明らかにして……いやいや、「一を見て十を語る」をされてしまう可能性もあるなあ……。


 午前11時。

 サザンカの植え込みにの隅にジョロウグモの幼体がいるのに気が付いた。その体長は4ミリほど。雄ならどうにかなりそうだが、雌だった場合、この時期に4ミリは小さすぎる。オトナになる前に冬が来てしまうんじゃないだろうか。


 午後4時。

 玄関のヒメちゃんが卵囊の仕上げをしているところだった。買い物に出られない……。


 午後8時。

 ユニットバスの中にカが1匹いたので、洗濯物で叩いて捕まえて、産卵を終えたらしい玄関のヒメちゃんの不規則網の上から落としてあげた。獲物に近寄ったヒメちゃんは左右の第四脚を交互に使って謎の糸を巻きつけてから牙を打ち込んだ様子だった。


 7月12日。雨時々曇り。最低24度C。最高25度C。

 午前9時。

 玄関のヒメちゃんの6番目の卵囊も内部が黒っぽくなってきた。


 午前11時。

 玄関のヒメちゃんに体長7ミリほどのアリを少し弱らせてからあげた。ヒメちゃんはちゃんと仕留めたのだが、獲物に糸を巻きつける時の第四脚の動きが遅くなったような気もする。ただし、それが体力の低下を表しているのか、それとも獲物が弱ったアリだからなのかはわからない。


 7月13日。曇りのち雨。最低23度C。最高30度C。

 午前4時。

 スーパーの西側で体長7ミリほどのオニグモの幼体が2匹、円網を張っていた。水滴は付いていないから、雨がやんでから張ったんだろう。

 民家の庭先で二種類のコガネムシが合わせて10匹群れていた。そしてそのうちの2匹は交尾中だった。いるところにはいるわけだ。


 午前9時。

 寝床にダンゴムシがいた。これは「玄関のヒメちゃんにあげなさい」というクモの神様のお告げに違いない。ヒメちゃんの不規則網に投げ込んでおく。


 午後11時。

 スーパーの東側にいるジョロウグモの幼体たちはだいたい7ミリほどの体長になっていた。その中の4匹には弱らせたアリをあげておく。


 午後1時。

 光源氏ポイントでは円網を張っていないナガコガネグモの雌に雄が寄り添っていた。脱皮したばかりらしい。

 今日も体長10ミリほどのジョロウグモに同じくらいの体長のガをあげた……のだが、力を入れすぎたらしくて、しおり糸を引いて避難されてしまった。しょうがない。ガを回収して、他の子の網にそっと投げ込んであげる。


 午後3時。

 用水路ポイントで3個目のコガネグモの卵囊を見つけた。

 ここには体長70ミリほどのセスジスズメの幼虫もいた。だいたい作者の中指を少し短くしたくらいの大きさだ。その近くにあったウ〇コも小指の爪サイズである。


 午後5時。

 張りっぱなしにされているオニグモの円網に進入して横糸を食べているらしいアシナガグモの仲間の雄がいた。クモの糸は主にタンパク質でできているし、横糸に付いている粘球には水分も含まれているはずだ。栄養と水分を同時に補給できるわけである。賢いなあ。


 午後6時。

 玄関のヒメちゃんの6番目の卵囊の周囲に子グモが3匹いた。卵囊の中にも細い脚らしいものが見えるから順次出囊するつもりだろう。


 午後7時。

 台所の隅に小さなティッシュペーパーの切れ端が浮いている……と思ったら、やはり体長1ミリほどの子グモが不規則網を張っていた。ヒメちゃんの卵囊1個につき40匹とすると、200匹くらいは出囊している計算になるから、探せばもっと見つかるだろうな。


 午後8時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモたちの1匹が糸を引いてぶら下がっていた。糸の上の方には脱皮殻のような物が見えるから脱皮したんだろう。

 しかし、枯れ葉の下にいる雄は知らん顔をしている。オトナになったわけではないのか……と思っていたら、30分くらい経ってから雄が活発に動き始めた。不規則網の中を駆けまわっている。これは、交接するために雌を探しているのではあるまいか。

 そのうちに雄は雌の脱皮殻にたどり着いたのだが、「これじゃない!」とばかりに不規則網から外して落としていた。どうやら、ヒメグモの雄もジョロウグモの雄と同じように、雌が脱皮した直後に交接するのが安全確実であるのらしい。つまり、この雄はドジっ子である。しかし……雄のドジっ子なんてまったく可愛いくないなあ。〔その発言はジェンダー平等に反するぞ〕

 いいじゃないか、人間じゃないんだから。

 ああっと、脱皮直後に交接するのなら求愛行動は必要ないということになる。また外したかなあ……。


 午後9時。

 オニグモの15ミリちゃんが円網を張り替えていた。縦が約40センチ、横が約50センチと3日前より小さくなっている。お尻はわずかに薄くなった程度だが、円網が小さくなって、張り替えの時間帯も日没側へ移動したのだから産卵したんだろう。まさか、住居から出ずにエクササイズでダイエットしていたなんてことはあるまい。〔…………〕

 とりあえず、体長20ミリほどのガをあげておく。もちろん、産卵祝いである。

 なお、この円網は「無こしき網」だった。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんの姿はなかった。旅に出たんだろう。さようなら、ヤエちゃん。貴重なデータをありがとう。


 7月14日。雨のち曇り。最低23度C。最高26度C。

 午前5時。

 昨夜、交接できずにいたヒメグモの雄の姿はなかった。おそらく、交接できたので去って行ったんだろう。

 ここまでの観察結果から言わせてもらえば、ヒメグモの雄は雌が脱皮した直後に無許可で交接するか、雌にひたすら求愛して交接させてもらうかの2つのやり方があるということになるだろう。そういう意味ではジョロウグモの交接に近いが、ジョロウグモの場合は複数の雄と交接するのに対して、ヒメグモの交接は一度しか行われないようだ。

 このヒメグモの雌には交接祝いにアリを少し弱らせてからあげた……のだが、この子のシート網の下面を利用して不規則網を張っていた別のヒメグモがいたのである。人間に例えるなら、他人の家の床下に勝手に地下室を造ってそこに住みつくようなものだが、この地下室ちゃんが大家ちゃんの不規則網に投げ込まれたアリに駆け寄っていったのだ! 大家ちゃんの方が大きいので追い払われていたが、かなり迷惑なお隣さん(?)である。しょうがない。地下室ちゃんにもアリを1匹あげておく。

 ヒメグモ科には居候生活をする種が多いのだが、居候生活はこういう形で始まったのかもしれないな。


 午前6時。

 オニグモの15ミリちゃんの円網のこしきの穴には糸が1本引かれていた。


 午後9時。

 オニグモの15ミリちゃんが水滴だらけの円網で待機していたので、体長20ミリほどのバッタの子虫をあげた。これで冷蔵庫の中の獲物の在庫はなくなった。しばらくはこのまま観察を続けようと思う。


 7月15日。雨時々曇り。最低22度C。最高26度C。

 午前7時。

 天井にいるクモはまったく動いていない。住居から飛びだして獲物に襲いかかるタイプのクモなのかもしれない。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張り始めていた。


 7月16日。曇り一時雨。最低21度C。最高24度C。

 午前5時。

 玄関のヒメちゃんの6番目の卵囊からの出囊が止まってしまっている。出囊した子グモ3匹も動きまわる様子がない。何かトラブルが発生しているのかもしれない。


 7月17日。雨時々曇り。最低22度C。最高28度C。

 午前11時。

 玄関のヒメちゃんの6番目の卵囊から出囊した3匹の子グモの1匹を指先でツンツンしてみたのだが、まったく反応がない。卵囊から出たところで力尽きたようだ。原因はわからないが、7番目以降の卵囊も期待できないかもしれない。


 午後1時。

 光源氏ポイント近くの草地でコガネグモのお姉ちゃんらしいクモを見つけた。前回見た場所から10メートルくらい離れた所で高さ2メートルを超えるような草を利用して円網を張っている。お尻は膨らんでいないから、また産卵したのかもしれない。

 そのお尻の黄色い横帯はややくすんだ色合いになったような気もするのだが、そこらで体長35ミリほどのキリギリス体型のバッタを捕まえてしまったのであげておく。この程度の獲物ならためらう様子もなく仕留めてしまうお姉ちゃんだった。

 ナガコガネグモのカップルが3組できあがっていた。くそったれどもが! とっとと幸せになっちまいやがれ。

 ジョロウグモの最大の子は体長15ミリほどになっていた。


 午後2時。

 用水路ポイントには体長4ミリほどのコガネグモの幼体らしいクモがいた。もしかして、今年出囊した子なんだろうか。


 午後8時。

 天井にいたクモがいなくなっていた。この部屋には体長10ミリを超えるクモが生きていけるほどの獲物はいないのである。


 7月18日。晴れ一時雨。最低23度C。最高32度C。

 午後5時。

 また外した……というか、外されたと言うべきかもしれない。玄関のヒメちゃんの6番目の卵囊の周囲に23匹の子グモがいたのである。卵囊内に残っている子もいるようだ。ということは、あの3匹の子グモたちはフライングしたのか、あるいは、別の卵囊から出囊していた子が戻ってきていただけなのかもしれない。やれやれ……。〔そんなこともあるさ。マダラヒメグモだもの〕


 午後6時。

 サザンカの植え込みでヒメグモの1匹が脱皮していた。なお、今回は交接までは観察できなかったのだが、同居している雄がいなかったせいなのか、そもそも、オトナになったわけではないという可能性もあるだろう。


 午後8時。

 サザンカの植え込みでもう1匹のヒメグモの雌が脱皮していた。ただ、同居していた雄は一度近寄っただけで、また距離を取ってしまった。オトナになったわけではないのかもしれない。

 なお、ヒメグモは本来、頭胸部はオレンジ色で脚は黒いクモなのだが、脱皮したばかりの雌は頭胸部も脚も白っぽいようだ。


 午後9時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張り終えていたので、体長10ミリほどのガをあげた。

 ヤエンオニグモのヤエちゃんが円網を張っていたサザンカの枝葉の下にヒメグモが1匹いた。まあ、確かにヒメグモにも好まれそうな環境ではある。

 玄関のヒメちゃんには体長10ミリほどのアリをあげた。出囊祝いである。


 7月19日。曇り時々晴れ。最低24度C。最高33度C。

 午前4時。

 玄関のヒメちゃんの6番目の卵囊からの出囊は終わったようだ。


 午前5時。

 天井にいたクモが台所の床の上にいた。この子はワシグモの仲間かネコグモの仲間だろうと思うのだが、今のところ何グモなのかわからない。

 論文屋さんなら、殺して外雌器を観察して同定するところだろうが、作者は生きているクモが好きなので、夏休みの小学生のようなクモ採集をする気はない。


 午前9時。

 光源氏ポイントには体長4ミリほどのナガコガネグモの幼体がいた。いつ出囊したんだ? 

 体長8ミリほどのハエトリグモの仲間(マミジロハエトリ?)がクズの茎の上にいたので、人差し指を近くに差し出したらジャンプして乗ってきた! そのつもりで指を出したのだが、あまりにも予想通りなのであわててしまった。〔修行が足らんな〕


 午前11時。

 玄関のヒメちゃんの卵囊が9個に増えていた。7月11日には8個だったから、それから産卵したんだろう。


 午後1時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモたちの1匹の不規則網に別のヒメグモの雌が入り込んでいた。面白そうなのでアリを1匹投げ込むと、網の主である雌は枯れ葉の下から出て居候を追いかけまわし、不規則網の外へ追い出した。まあ、予想通りの展開ではある。しかし、トラブルが発生するのはわかっているだろうに、どうして侵入するんだろう? 


 7月20日。曇りのち雨。最低25度C。最高34度C。

 午前10時。

 サザンカの植え込みにいたヒメグモの居候ちゃんは独立したらしかった。

 最初からそうすればいいのにという考え方もあるとは思うが、手抜きがうまくいったなら、そのための努力は無駄ではなくなる。チャレンジする価値はあるのだろう。イソウロウグモ属のような成功者もいることだし。


 午前11時。

 オニグモの15ミリちゃんが張りっぱなしにしていった円網には体長10ミリほどのカメムシと同じくらいの体長の何かが1匹ずつかかっていた。張ってから12時間以上経過してかなり劣化した横糸でも捕捉できる獲物はいるわけだ。しかし、それではなぜ、すべてのオニグモが円網を張りっぱなしにしないんだろう? 

 スーパーの東側にいるジョロウグモの幼体たちの中で最大の子は体長15ミリほどになって、50センチくらい引っ越していた。お尻の後端を太陽に向けて第一脚と第二脚4本をだらーんと垂らしている。この暑さの中を飛ぶような物好きな昆虫など多くはないのだから、コガネグモのように日陰に入ってしまえばいいだろうに……。


 7月21日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高34度C。

 午前5時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモのカップルは2組だけになっていた。交接シーズンのピークは過ぎたようだ。

 ここには体長4ミリほどのジョロウグモの幼体もいる。7月下旬にこの体長で冬までにオトナになれるのか、そもそも、どうして成長が遅いのかが気になる。


 午前6時。

 玄関先に体長15ミリクラスのダンゴムシがいたので、ボール状にしてから玄関のヒメちゃんの不規則網の中に転がしてあげた。この子の吊り上げ式の狩りは何度見ても飽きることがない。


 午前7時。

 水田の隅の半径5メートルくらいの範囲にイナゴの成虫が十数匹いた。稲の葉を囓っているらしい。

 交尾することを考えれば、雌と雄はフェロモンが届く範囲にいた方が有利であるわけだ。草は十分な量があるし、逃げないし。〔サバクトビバッタのように大発生しなければだけどな〕

 しかし、クモは捕食者なのでそういうわけにはいかない。雌の網に居候するジョロウグモの雄は小型化しているし、交接を終えた雄は雌のお弁当にもなる。比較的大型のオニグモの雄は交接を終えると立ち去っていく。これは、雌により多くの卵を産んでもらうために、雌が食べる獲物をできるだけ減らさないようにしようという戦略に基づく行動だろう。


 午前8時。

 光源氏ポイントには円網に隠れ帯を3本(下側2本、上側1本)付けているナガコガネグモがいた。そこまでするほど食欲がないということは、脱皮が近いのかもしれない。

 体長15ミリほどのジョロウグモの幼体には体長7ミリほどのゾウムシをあげた……のだが、どうも牙を打ち込めないらしい。ゾウムシの外骨格は硬いのだ。そこで、10匹くらい群れていたアオバハゴロモの1匹を円網に投げ込むと、こちらを先に仕留めて、ゾウムシは円網から外して捨ててしまった。「お菓子があるのならパンなんか食べなくてもいいじゃない」ということらしい。それはまあ、冬が来るまでにオトナになれるならそれでいいんだが……。

 これでジョロウグモが食べられなかった、あるいは食べようとしなかった獲物はイモムシ(チョウ目の幼虫)、ダンゴムシ、ワラジムシ、コメツキムシ、ゾウムシということになる(成体になれば生の畜肉や魚肉も食べるらしいが)。

 チョウ目の幼虫にはジョロウグモの毒(JSTX)がほとんど効かないというから、早々に諦めてしまうのだろうし、コメツキムシやゾウムシの外骨格は硬すぎてジョロウグモの牙では貫けないのかもしれない。そこら辺まではいいとして、問題はダンゴムシとワラジムシだな。過去には球形になったダンゴムシに何回か牙を打ち込もうとして諦めたらしいジョロウグモを観察しているので、ジョロウグモの牙では滑ってしまって、牙を打ち込めないのだろうと思っていたのだが、ワラジムシも捨てるとなると、食べたくないから食べないとしか思えない。ちなみに、オニグモ(コガネグモ科)はたいていの節足動物は食べてしまうようだ。

 ああっと、オニグモにエビやカニをあげたことはないなあ。実験する必要があるかもしれない。〔エビもカニも水棲の節足動物なんだぞ〕

 コガネグモのお姉ちゃんは、また5メートルくらい引っ越したらしかった。係留糸を固定していた草が倒れてしまったのらしい。デジタルズームでめいっぱい拡大すれば黄色と黒の横縞くらいはわかるという程度の画像しか撮れない。


 午前10時。

 サイクルコンピュータのセンサーのバッテリーが切れたので交換しようと思ったら、センサーマグネットを逆向きに付けていたのに気が付いた。あっはっはっはっは。そういうこともあるさ。人間だもの。〔普通の人間ならやらないミスだぞ〕


 午前11時。

 ヒメグモの不規則網も逆光で見ると虹色が現れるのに気が付いた。まあ、クモの糸であるという点では共通なのだから、無色透明であってもおかしくはないのだな。


 午後7時。

 スーパーの東側でキリギリス体型のバッタが脱皮していた。体長は多分35ミリくらいになるだろう。

 と思っていたら、オニグモの15ミリちゃんも住居から出てきた。住居から出たら円網を張り替えるというものでもないんだが……。


 午後9時。

 オニグモの15ミリちゃんに細めの体型だが、体長38ミリほどのガをあげた。捕帯など使わずに、ちゃんと牙を打ち込んで仕留める15ミリちゃんだった。


 7月22日。晴れのち雨。最低25度C。最高35度C。

 午後11時。

 日没後から降りだした雨はやんだ。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張っていなかったので、スーパーの東南の角に設置されている強力ライトのところへ行ってみた。ここには体長30ミリほどの立派なオニグモが住みついている。

 このライトは基本的に夜間は点灯しっぱなしなので、その光に誘引されてしまう獲物が多い。その点ではオニグモにとって快適な環境なのだが、逆に夜行性のオニグモにとってその明るさは不快だろう。それでも、去年ここにいた子はフルサイズの円網を張って、ちゃんとホームポジションで待機していたのだが、今年の子はなんと、直径40センチくらいの小さめの円網を張り、しかもライトの後ろで待機している。それでもコガネムシを円網に投げ込むと、ちゃんとホームポジション経由で獲物に近寄って捕帯を巻きつける30ミリちゃんだった(やや反応が鈍かったのだが、それは空腹ではなかったのか、あるいは産卵前のせいかもしれない)。

 もともと多すぎるくらいの獲物がかかる環境なのでフルサイズの円網でなくてもいいのだろう。円網を小さくすれば、その分獲物に駆け寄るまでの時間を短くできるし、獲物がかかったことを感知するのには係留糸に脚先で触れていればいいわけだ。とても合理的なやり方である。

 しかし、だ。これは30ミリちゃん自身が工夫したということになるのではないだろうか? もちろん、あらかじめ本能にプログラムされているプランBだという解釈も可能ではあるのだが、オニグモという種が生まれた時代には存在しなかったであろう電灯が発明されることまで予測してプランBを用意しておくことができるとは思えない。この辺りについては「クモは下等動物だ。知性など持っているわけがない」と考えている論文屋さんたちのご意見も伺ってみたいものだな。


 7月23日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高35度C。

 午前7時。

 光源氏ポイントに1匹のカマキリがいた。どうやらジョロウグモの幼体が縦糸を張っているのを複眼で追っているのらしい。面白そうなので枯れ草の茎をカマキリに近づけてみると、素早く前脚の鎌で捕まえようとするのだった。ちなみに作者の指ではこういう反応はしてくれない。完全に無視されてしまう。

 どうして枯れ草なら攻撃してくるのかというと、枯れ草は先端が細いからだろうと思う。カマキリの頭部は前方から見ると逆三角形になっている。それは大顎が小さいからだ。その大顎で囓れる大きさの獲物でないのなら攻撃する意味はない。作者の指を攻撃しなかったのはカマキリの小さな大顎では囓れないのがわかっていたからだろう。逆に言えば、カマキリの眼には枯れ草は手頃な獲物に見えていたというわけである。

 そして、枯れ草の先にある作者の指は見えていないのか、あるいは、枯れ草と指を結びつけて考えることができるほどの知性を持っていないということになるかもしれない。カマキリにとっては「小さな獲物は攻撃する」「囓れないような大物は攻撃しない」という程度の判断ができれば、ちゃんと生きていけるのだろう。

 さてさて、ついでだからカマキリの逆三角形の頭部についても考えてみよう。以前書いたように、キリギリスの仲間に指を噛まれるとかなり痛い。キリギリスの仲間の大顎は作者の指を囓れるだけの大きさになっているわけだ。ということは、カマキリもキリギリスのような大顎を持っていた方が生き残る上で有利になるはず……というわけにはいかないのだろう。

 昆虫の複眼を構成している個眼にはピント調節の機能がない。哺乳動物のカメラ眼のようにレンズの厚みを変えてピントを合わせるということはできないわけだ。そんな眼で見たら世界はどのように見えるのだろうか……なんてことを考えても科学的な意味はない。科学は人間のために存在しているのだから。

 しかし、作者はSF者だ。科学者が「意味がない」として見ようとしないものまで見ることができる。あえて言おう「昆虫は世界を色の分布という形で認識している可能性が高い」と。〔長いぞ〕

 昆虫の場合、視界の中である特定の色が広がっていった時は「何者かが接近しつつある」という判断をしておけばだいたい間違いはない。脊椎動物のように対象にピントを合わせなくても「逃げた方がいい」という判断ができるわけだ(だからハエやガを手づかみで捕まえるのは難しい)。

 そこでカマキリに話を戻すと、囓る能力を高めるために大顎を大型化してキリギリス顔になると、より遠い間合いで獲物に「危険だ」と判断されてしまうのではないかと思う。かといって、複眼を小さくすると獲物を発見し、狙いを付ける機能が低下する。というわけで、カマキリはその鎌が届く間合いに入るために囓る能力を犠牲にせざるを得なかったのだろう。その結果、カマキリの顔は逆三角形になったというのが作者の考えるシナリオである(胸部を細くするために飛行用の筋肉を減らしているらしい)。ちなみに、イネ科の葉の他に昆虫の死骸も食べるというトノサマバッタは大顎が大きいバッタ顔をしているが、それはもちろん、死骸は逃げないから頭部を小型化する必要がないということだろう。


 午前8時。

 イナゴサイズで、もう少し細身の茶褐色のバッタ(イボバッタ?)を1匹捕まえた。後でコガネグモにあげよう。ツチイナゴもこのバッタも舗装路の上にいることが多いんだが、舗装路の何がいいんだろう? 陽当たりがいいとすぐに温度が上がるところかなあ……。


 午前9時。

 また間違えた。用水路ポイントにお尻の後端を太陽に向けているコガネグモが2匹いたのだ。あまり太っていなければそういう姿勢も有効なのかもしれない。また補足を入れるようだな。

 ちなみにこの2匹は、第四脚の2本の爪を円網に引っかけてぶら下がり、その間からお尻を太陽に向けて、それでも足りないらしくて、第二脚と第三脚で円網を押して角度を調節しているようだった。

 ここには子グモが出囊した時のものらしい穴が開いているコガネグモの卵囊も1個あった。


 午後1時。

 買い物のついでにショウリョウバッタの雄と雌の子虫(多分)を2匹ずつ捕まえた。かなり大型の獲物なので、食べられるのはオニグモ、ナガコガネグモ、コガネグモくらいだな。ジョロウグモは……おそらく円網を切り開いて捨ててしまうだろう。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんが縦糸を張り始めたところだった。お尻も少し薄くなったようだから産卵したんだろう。あとでショウリョウバッタの子虫をあげることにしよう。


 7月24日。晴れのち雨。最低25度C。最高35度C。

 午前7時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの幼体たちの中で最大の子は体長20ミリほどになっていた。

 体長15ミリほどの子に同じくらいのバッタの子虫をあげてもちゃんと仕留めてくれる。とは言っても、さっと牙を打ち込んですぐに距離を取り、獲物が暴れないことを確認してから食べ始めるという、実に腰の引けた狩りではあるが。〔安全第一だろ〕

 薄茶色のカマキリがいたのでカメラを近づけていったのだが、知らん顔をされてしまった。そこで今回も枯れ草の茎を顔の横に近づけて振り向かせてから撮影した。我ながらいいポートレートが撮れた……と思っていたのだが、画像を拡大してみると眼にピントが合っていない。昆虫を撮るのは難しいのだ。

 こういう被写体の時はファインダーが欲しいのだが、ロードバイク乗りとしては250グラム以上のカメラは使いたくないのだよなあ……。


 午前8時。

 青紫の翅を持つハチのような体型の昆虫を見つけた。まともに歩けない様子で、転んだり起き上がったりしている。ときどき腹部を腹側に巻き込んでいるので、産卵しようとしているのかもしれない。というわけで、花壇の土の上に移動させようと思ったのだが、素手でつかむと刺されそうだ。そこらに落ちていた大きな木の葉に載せて運ぶことにする。


 午前10時。

 天井のクモが台所の壁を歩いていた。近寄ってじっくり観察してみると、体長は8ミリほどで、触肢に膨らんだ部分があるから雄のようだ。


 午前11時。

 天井のクモは台所の天井をうろうろしている。本当に天井が好きなクモらしい。人間が家を建てるようになる前はどんな環境で生活していたんだろう? 

 さてさて、実は作者が入居した頃のこの部屋は小バエが多かったのだ。うっとうしいので対策してしまったのだが、こうも多くのクモがやって来るのなら小バエ対策はしない方がクモたちにとっては快適な環境になるかもしれない。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕


 7月25日。曇り時々晴れ。最低25度C。最高33度C。

 午前10時。

 ビンゴ! オニグモの15ミリちゃんが円網を回収していた。

 ウィキペディアの「オニグモ」のページには「夜に網を張り、昼間は網をたたんで物陰に潜む」という記述がある。しかし、15ミリちゃんは夜明け前に円網を張りっぱなしにしたまま住居に戻り、日没後に回収して、それから新しい円網を張るのが普通だった。つまり、1日22時間以上は円網を張りっぱなしにしていたのだ。

 そういう行動の原因として最も可能性が高いのは作者が獲物をあげすぎていたというものである(完食するのに何日もかかるような大物をあげたこともあるし)。つまり、オニグモが夜明け前に円網の糸を食べるのは、あまりにも空腹なので糸でもいいから食べたいということなのだろうというわけだ。表現を変えれば「獲物が多いのなら網なんか食べなくてもいいじゃない」である。

 この仮説を検証するのには獲物をあげないようにすればいい。というわけで、7月22日に産卵したらしい15ミリちゃんには産卵祝いのバッタ1匹以外は獲物をあげていなかったのである(産卵後のオニグモは食欲が昂進するからちょうどいいし)。

 まあ、ちょっと結果が出るのが早すぎるような気はするのだが、本格的な検証は論文屋さんが厳密な室内実験をすればいいだろう。論文屋さんが野外で1日や2日観察したところでオニグモの生態がわかるというものでもないだろうし。


 午前11時。

 スーパーから帰る時にショウリョウバッタが作者に向かって飛んできた。もちろん、捕まえようとしたのだが、バランスを崩して転んでしまった(ショウリョウバッタも捕まえ損なった)。右肘辺りに擦り傷ができている。やだやだ。年は取りたくない。〔捕虫網を使えというのに〕


 午後10時。

 また失敗した。ダンゴムシを捕まえたので玄関のヒメちゃんの不規則網に放り込んだのだが、なんと、ヒメちゃんは10個めの卵囊の仕上げをしているところだった!〔状況を確認してから行動しろよ〕

 まあいいや。こうなったら限界まで産卵させてしまおう。

「見せてもらおうか。連邦軍のマダラヒメグモの産卵能力とやらを」〔…………〕

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張り替えていた。体長5ミリほどのアリをあげておく。


 午後11時。

 玄関のヒメちゃんの卵囊造りは終わったらしい。今は吊り上げたダンゴムシを仕留めようとしている。


 7月26日。晴れのち雨。最低24度C。最高36度C。

 午前6時。

 玄関先にダンゴムシが1匹浮いている……と思ったら、体長4ミリほどのマダラヒメグモが牙を打ち込んでいたのだった。この辺りのマダラヒメグモのクモ口密度はかなり高そうだ。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの2匹を選んで、少し弱らせたアリをあげた……のだが、糸をほとんど巻きつけずにいきなり牙を打ち込んで仕留められてしまった。弱らせすぎたかもしれない。とは言っても、弱らせないと歩いてシート網から脱出されてしまうのだ。まったくヒメグモは、というか、一般的に体長10ミリ以下のクモは扱いにくい。作者の体長は1640ミリ。150分の一以下の体長ではつきあいにくくてもしょうがないのだが。〔観察対象にしなきゃいいだろ〕

 そういうわけにもいかない。楽しくないわけではないし、ヒトの雌なんかを観察したら通報されてしまいそうだし。〔…………〕

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張りっぱなしで住居へ戻ったらしかった。円網に鱗粉が付いているから十分な量の獲物を食べられたのかもしれない。

 スーパーの東南の角にはコガネムシの仲間が2種類、合わせて13匹いたので、そのうちの3匹を捕まえた。用水路ポイントのコガネグモたちにあげようと思う。


 午前7時。

 行き倒れのアブラゼミまで拾ってしまった。


 午前9時。

 光源氏ポイントでは体長15ミリほどのジョロウグモの幼体がしおり糸に第四脚2本を添えて、下向きにぶら下がっていた。お尻の黄色も鮮やかさが低下しているから脱皮するんだろう。しかし、今日は忙しいので脱皮が終わるまで待ってはいられない。残念だ。

 朝捕まえたコガネムシの1匹はナガコガネグモにあげた。


 午前10時。

 用水路ポイントで、まずは1匹のコガネグモの円網にアブラゼミを投げ込んでみた。するとこの子は、少しだけ捕帯を投げつけてから牙を打ち込むと、ホームポジションに戻ってしまった。アブラゼミの翅には鱗粉が付いていないから逃げられることはない。ただ、大型の獲物なので牙を打ち込んでから毒が効いて動けなくなるまで時間がかかるから、それまで待ちましょうという態度に見える。論文屋さんならこの観察結果だけで論文を書いてしまうんだろうなあ。

 次はコガネムシなんだが……今回コガネムシをあげた2匹はどちらも60秒弱くらいかけて捕帯を巻きつけた後に牙を打ち込んだのだった。つまり、捕帯巻きつけ時間はやや長いものの、ナガコガネグモと同じ手順だったのである。論文屋さんなら、こういう不都合なデータは見なかったことにするのだろうが、あいにくと作者は観察者なのである。

 前回(去年)観察した時と違う点はまず場所がある。もしかすると、この2匹は先祖代々、捕帯巻きつけ時間を短くして、すぐに牙を打ち込むという狩りをしてきた一族なのかもしれない。

 もうひとつ違うのは気温だ。気温が高い時には捕帯巻きつけ時間を短く出来るのかもしれない。その結果、コガネグモの低い呼吸能力でも酸欠状態にならないで済み、呼吸を整えることなく牙を打ち込む事ができるという可能性がある……んだろうかなあ……。 

 まったく……コガネグモがコガネムシを仕留める手順、ただそれだけのことなのに、3年間観察してもまだ結論が出せない。まいったね。


 午前11時。

 光源氏ポイントの数十メートル手前の水田脇にコガネグモがいた。左の第二脚がやや短いから、オトナになった妹ちゃんだろう。そこらで捕まえた体長20ミリほどのバッタの子虫をあげたのだが、知らん顔をしている。そこで横に回り込んでみると、何か獲物をもぐもぐしていたのだった。〔確認しろというのに!〕

 またアブラゼミを拾ってしまったので、用水路ポイントまで戻って、別のコガネグモの円網に放り込んだ……のだが、これがど真ん中のデッドボールになってしまった。しかもアブラゼミは用水路にドボンである。今日はもうだめだ。帰ろう。

 と思ったら、またまたアブラゼミを拾ってしまった。しょうがない。持ち帰って冷蔵庫に入れておくことにする。


 午後2時。

 玄関のヒメちゃんの卵囊の周囲に子グモが10匹いた。次の卵囊からの出囊が始まっているらしい。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんがコガネムシらしい獲物をもぐもぐしていた。というわけで、明日の夜明け前の円網回収はないだろう。

 体長38ミリほどのガを捕まえてしまった。休みたいんだけどなあ……。


 午後11時。

 玄関先にユウレイグモの仲間がいた。けっこういるものだ。ただし、十王ダムのトイレのように「うじゃうじゃ」というほどのクモ口密度ではない。


 7月27日。曇りのち雨。最低26度C。最高32度C。

 午前4時。

 玄関の外で別のマダラヒメグモがダンゴムシを食べていた。

 サザンカの植え込みにいたヒメグモたちは雌3匹と体長2ミリほどの雌か雄かわからない子だけになっていた。ヒメグモは他の雌が近くにいることを好まないようだ。

 雌2匹には体長5ミリほどのアリを、1匹には同じくらいで横幅のある昆虫(カメムシの仲間?)をあげておく。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を残したまま住居へ戻ったらしかった。そらまあ、コガネムシを1匹食べたら網の糸まで食べる必要はないだろうな。


  午前11時。

 今日も行き倒れのアブラゼミが転がっていた。今回はすでに息絶えているようなので近くの草むらに放り込んでおく。


 午後6時。

 玄関のヒメちゃんの不規則網にダンゴムシを投げ込んだ……のだが、ちゃんと歩いて出てきた。吊り上げ式の罠が作動していないようだ。粘球糸の更新が行われていないのかもしれない。卵囊10個だしなあ。


 午後10時。

 オニグモの15ミリちゃんはフルサイズの円網を張っていたのだが、東南の角ちゃんの円網の直径は約15センチだった。これは……去年の25ミリちゃんと同じく、お婿さんが現れないという状況なのではあるまいか? こういうことがあるから、亜成体のオニグモたちは異性の近くに居着くことを好むのだろう。


 7月28日。雨時々曇り。最低25度C。最高33度C。

 午前9時。

 イナゴの成虫が増えてきている。ちゃんと、イネ科植物の葉が十分に伸びてから成虫になるんだなあ。

 アブラゼミ、体長35ミリほどのスズメガの仲間、そしてコガネムシを1匹ずつポケットに入れて出掛けたのだが、コガネグモの妹ちゃんはコガネムシサイズの獲物をもぐもぐしていた。しょうがない。用水路ポイントへ向かうことにする。

 用水路ポイントでは、まず1匹のコガネグモの円網にアブラゼミを投げ込んでみた。結果はアブラゼミの頭部から胸部にかけて捕帯を巻きつけてから牙を打ち込む、だった。

 続いて別のコガネグモの円網にスズメガの仲間を投げ込む。スズメガは一〇センチくらい転がり落ちていったのだが、この子はすぐに追いついて牙を打ち込んだ。なんと、標準的なガの仕留め方である。

 コガネムシをあげた子は、バッタなどよりは長い時間捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んだ。これもコガネグモとしては標準的なコガネムシの仕留め方である。

 結局、今日は見たこともない仕留め方をしてくれた子はいなかった。つまらんなあ。〔コガネグモは芸人じゃないんだぞ〕

 コガネグモがコガネムシを仕留める時に長時間捕帯を巻きつけるのは、コガネムシの場合、その強力な脚で捕帯をかき分けてもがくので、コガネグモは「まだ捕帯が足りない」と判断してしまうからのような気がする。ナガコガネグモのように、獲物の抵抗をある程度封じた段階でさっさと牙を打ち込んでしまえばいいだろうと思うのだが、そこら辺がコガネグモの個性なのかもしれない。ああっと、もちろん、食欲という要素も影響しているだろうな。


 午前10時。

 水田ポイントは草刈りされていたのだが、その脇のまだ手を付けられていない草地にコガネグモが2匹いた。楽園から追放されるのは時間の問題だと思うが。

 休憩のために立ち寄った自販機の側に10円玉が落ちていた。個人的にお金が落ちているのに気が付いてしまうのは凶兆である。その根拠は落ちているお金が見えたということは目線が下がっているということだからだ。自転車乗りは前方を見ていないと危険回避が遅くなるのである。もう帰ろう。


 午前11時。

 帰ろうと思ったところで、死んだばかりらしいイナゴを拾ってしまった。これを見て見ぬ振りをしたのではクモの神様の罰が当たる。光源氏ポイントまで戻って1匹のナガコガネグモにあげた……のだが、おそらく気温が高すぎるせいで知らん顔をされてしまった。腐っても困るので、しつこくツンツンしてその気にさせた。やれやれ……。


 午後1時。

 サザンカの植え込みではヒメグモのカップルが2組できていた。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張り替えていた。

 それに対して、東南の角ちゃんは強力ライトの後ろにうずくまっている。まだ成体になっていない(円網を張っている)雄がいるなら、拉致して強制お見合いという手もあるのだが……こうなるともう、クモの神様に祈るしかないな。


 7月29日。曇りのち雨。最低26度C。最高36度C。

 午前5時。

 行き倒れのコフキコガネを拾った。まだ脚を動かすことくらいはできるようだ。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を残したまま住居へ戻ったらしかった。

 スーパーの東南の角にはコガネムシの仲間が2種類、合計31匹いた。


 午前6時。

 コガネグモの妹ちゃんの隠れ帯は向かって左下に1本、右下にハーフサイズが1本だった。コフキコガネをあげておく。

 電柱を挟んで隣にはオニグモのものらしい円網が残されていた。

 光源氏ポイントの草地では殻の直径が17ミリほどのカタツムリの殻の上に別のカタツムリが乗っていた。ただ、交尾する様子はない。やたら長く伸びているところを見ると、求愛したものの受け入れてもらえないのらしい。その後、ちょっと目を離していたら1匹になっていたから、やはりフラれたんだろう。

 と思ったら、作者の左足にカタツムリがしがみついていた。「お願い。連れて行って」と言われているような気がする。しかし、作者が好きなのは女の子である。雌雄同体のカタツムリなど愛することなどできはしない。〔贅沢なやつだな〕

「いつかきっと、君に相応しいカタツムリが現れるさ」と草地に降りてもらった。


 午前8時。

 大けがをして動けなくなっているらしいショウリョウバッタの雌成虫を拾ってしまった。今日は用水路ポイントまで行くつもりはなかったのだが、これもまたクモの神様が与えたもうた試練かもしれん。〔…………〕

 ショウリョウバッタをポリ袋に入れて用水路ポイントまで走り、道路に近い場所にいた体長20ミリほどの、まん丸いお尻のコガネグモの円網に放り込んだ。ちなみに隠れ帯は向かって右下に1本だけ。

 しかし、さすがに自分の体長の「3倍です!」という大物には飛びついてこない。避難するわけでもないし、獲物を外して捨て様子もないのだが、獲物に脚先で触れたままじっとしている。

 ファーブル先生ならそのまま観察続けるところだろうが、作者は気の短いロードバイク乗りである。コガネグモがその気になるまで獲物をツンツンする。つまり「早く仕留めないと逃げちゃうぞー」というメッセージである。これを無視し続けられたコガネグモはいままでに1匹もいない。

 この子も素早く踏み込んで獲物の下から捕帯を投げ上げ、続いて左右の第四脚を交互に使って捕帯を投げ上げながら、同時に第一脚と第二脚(多分)を使って獲物の下で円網に穴を開け、そこに入り込んで水平になっている獲物の下面全体を一様に捕帯で覆うと、上側に移動して上面にも捕帯を被せていったのだった。なんとまあ、これは過去、オオヒメグモにチャバネゴキブリをあげた時と同じ2回に分けて糸を巻きつけるというやり方ではないか(オオヒメグモはまず頭部と胸部、それから腹部という分け方をしていたが)。

 ハエトリグモのように自ら襲いかかるタイプのクモならば、あらかじめ仕留めやすい大きさの獲物を選ぶことができる。しかし、円網を張って獲物がかかるのを待つタイプのクモたちは獲物の大きさを選ぶのにも限界がある(せいぜい横糸の間隔を狭くしたり広くしたりするくらいか)。したがって、想定よりも大きな獲物がかかった場合の仕留め方を知っておいた方が生き残る上で有利になるのは間違いないだろう。

 ただし、ジョロウグモは特別で、幼体の時期には体長で自分の半分しかないアリですら「こんな大っきいの無理!」とばかりに円網を切り開いて捨ててしまうことが多い。彼女らの円網の横糸の間隔が狭いことや産卵時期が遅いこと、捕帯の幅が狭い(本数が少ない?)ことから推測すると、彼女らが狙っているのは小型の獲物なのだろう。わざわざ危険を冒してまで大きな獲物を仕留める必要はないという考え方をしているような気がする。


 午後9時。

 スーパーの東南の角にはコガネムシが33匹いた。

 東南の角ちゃんは相変わらずうずくまっている。

 コガネムシを2匹拾った。また用水路ポイントへ行かなくちゃ。


 7月30日。晴れのち雨。最低25度C。最高37度C。

 午前4時。

 日本の夜明けは近いぜよ。

 玄関のヒメちゃんの不規則網にダンゴムシを1匹落とし込んだのだが、ヒメちゃんは反応しなかった。

 サザンカの植え込みにはヒメグモが4匹いた。主がいないと思っていた古そうな不規則網にも1匹住んでいたのだ。

 別の子の枯れ葉の下には卵囊があった。他にもお尻が大きい子が2匹いる。

 スーパーの東南の角にはコガネムシが二種類、合計31匹いた……というか、見つけた。見ていないところにまだいる可能性はある。


 午前5時。

 玄関のヒメちゃんはダンゴムシを吊り上げていた……が、口は付けていない。


 午前6時。

 コガネグモの妹ちゃんは何かを咥えていた。

 現在の光源氏ポイントで最大のジョロウグモの幼体は円網を回収しているところだった。もちろん、他の子は張り替えを終えている。これだけ消極的だということはあまり空腹ではないのかもしれない。昨日も2本の係留糸の間に少しだけ開いた扇のような円網(?)を張っていたから、獲物を与えすぎたということだろうな。クモの学習能力は侮れないのだ。なお、この子の網の隅には体長10ミリほどの雄が同居している。

 用水路ポイントにはお尻がぺたんこのコガネグモが1匹、草のてっぺん近くにたたずんでいた。産卵したばかりのようだが、卵囊は見当たらない。

 コガネムシ2匹はそこらのコガネグモにあげた。


 午前10時。

 玄関のヒメちゃんがダンゴムシを食べていた。

 動物は食べられなくなったら寿命だと作者は思う。人工心肺や点滴なしでは生きられないというのではゾンビと同じだろう。


 午前11時。

 今日はいい感じで曇っていたので100キロ走れた。これで今月の走行距離は1000キロ超えである。ただし、その分タイヤが減る。あっという間にスリックタイヤになってしまう。英語にすると「The tires of my bike are hell」である。〔……「私の自転車のタイヤは地獄です」……〕

 ちなみに、イギリスにおけるタイヤの表記は「tyre」だそうだ。


 午後9時。

 レンズの周囲のLEDライトを使ってヒメグモたちを撮影した。近距離なら悪くはないが、30センチ以上離れた被写体だと光量は不足する。そういう条件では内蔵フラッシュを使った方が画質はいい。まあ、近距離用だな。よい子は夜中の撮影なんかしないんだろうし。

 オニグモの15ミリちゃんは古い円網を回収し終えたところだった。獲物は豊富らしい。

 東南の角ちゃんは相変わらずお婿さんが現れるのを待っている。すでに太りすぎていて、雄を求めて三千里の旅に出ることもできないのだろう。……いやいや、ここは獲物が多いという点で良い環境なのだから、より多くの卵を産むことを優先して徘徊中の雄を待つ「色気より食い気」という戦略も間違いだとは言えないだろう。

 

 7月31日。雨時々晴れ。最低25度C。最高31度C。

 午前8時。

 玄関のヒメちゃんのお尻が小さくなっていた。それも産卵して一気に小さくなるというのではなく、毎日一定の割合で小さくなっているようだ。もちろん、卵囊も増えてはいない。つまり、食べた物を卵に変えることができなくなっているのだ。「いいクモ生だったわ……」ということなんだろうと思う。


 午前10時。

 また外した。玄関のヒメちゃんが産卵していたのだ。11回目である。〔甘いな〕

 ただ単に、夏バテしていただけなのかもしれない。

 さらに7個目の卵囊(多分)の周囲には子グモが11匹現れていた。


 午前11時。

 スーパーの東南の角付近に体長3ミリほどのヒメグモがいるのに気が付いた。この子もサザンカの枝葉の下にシート網付き不規則網を張っている。もしかして、ヒメグモはサザンカが好きなんじゃ……。〔んなわけあるかい!〕

 まあ、実際には不規則網を張りやすく、サザンカの幹があるのに気が付いた比較的大型の昆虫は避けていくからだろう。ヒメグモの体長は最大5ミリとされているようだから、体長10ミリ以上の大物がかかるのは迷惑なのではないかと思う(大型の獲物に対しても、ジョロウグモよりは積極的に捕食を試みるようだが)。この子には、そこらを歩いていた体長15ミリ弱のアリを少し弱らせてからあげておく。

 帰宅してからカーテンの陰に体長2ミリほどの黒い甲虫がいるのに気が付いた。クモの神様に感謝しながらこれを捕まえて、玄関のヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ。この甲虫は不規則網に引っかかりながらコンクリート面まで落ちていったのだが、そこで歩き始めたところで粘球糸に触れてしまったらしくて動きが止まった。途端にヒメちゃんが駆け寄ってから再び元の高さまで戻ると、一瞬遅れて甲虫は吊り上げられてしまった。おそらく、甲虫に接近した時に粘球糸を取り付けていたのだろう。見事な狩りである。まあ、体長10ミリを超えるダンゴムシも吊り上げられるのだから、この程度の小物などどうということはないのだろうな。


 午後11時。

 またまた間違えた。東南の角ちゃんがお尻ぺったんぺったんして茶褐色の綿菓子を造っていたのだ。産卵である。つまり、この子はすでにヤっていたのだ。〔「交接」と言え!「交接」と〕

 円網を張らなかったのは、産卵するのに必要とする以上の獲物を食べることができていたということだったのだろう。早ければ明日の夜にはまた円網を張るはずだ。

 オニグモの15ミリちゃんはもちろん円網を張っていた。

 で、スーパーの西側でも体長20ミリほどのオニグモが横糸を張っているところだった。1匹のクモがいなくなったからといって観察をサボるとこういうことになるのだ。まあ、前向きに考えれば、オニグモが現れる場所はある程度予測できるということでもある。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの1匹は枯れ葉の下から出て、頭胸部を上に向けてぶら下がっていた。ヒメグモのこんな姿勢は初めて見る。どういう意味があるのかわからない。……もしかすると、日中は暑かったので夕涼みをしているのかもしれない。ちなみに「あなたは夕涼みをしているのですか?」を英語に翻訳すると「Do you suzumi?」である。〔違うわ!〕

 もとい、現在進行形だから「Are you suzuming?」だな。〔…………〕


 8月1日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高30度C。

 午前1時。

 スーパーの西側にいるオニグモ(以後「20ミリちゃん」と呼ぶことにする)にコガネムシをあげた。オニグモの場合もコガネグモほど長時間捕帯を巻きつけることはないようだ。つまり、コガネムシに対して多くの捕帯を巻きつける必要があるのはコガネグモだけということになる。

 なお、この子のお尻の側面には白っぽい点が多いのだが、これは多分、個体変異の範囲内だろう。

 15ミリちゃんにはダンゴムシを1匹。これがまた、真っ白なボールのようになるまで、しつこく捕帯を巻きつけるのだった。コガネグモもオニグモも獲物に捕帯を巻きつける時には頻繁に触肢で獲物に触れているようだから、丸くなったダンゴムシは牙を打ち込める場所を見つけにくいのかもしれない。もしかすると、牙を打ち込めないまま、外部消化してしまうという可能性もあるだろう。ジョロウグモのようにさっさと諦めて捨ててしまうことがないというのが面白い。また、自然状態では円網にかかるはずがないダンゴムシも捕食できるというオニグモの応用力にも注目するべきだろうな。

 スーパーの正面に数匹のマダラヒメグモがいることを確認した。屋根から降りてくる排水管の固定金具を利用して不規則網を張っている子が多いようだ。


 午前8時。

 台所に体長2ミリほどのゴキブリの子虫(?)がいたので、捕まえて玄関のヒメちゃんの不規則網の上から落とし込んだ。直接牙を打ち込んで仕留めたヒメちゃんは、それをお尻にぶら下げてホームポジションに戻ったのだった。この程度の獲物なら吊り上げ式の狩りをする必要もないらしい。


 午後10時。

 オニグモの15ミリちゃんは張り替えていない円網で待機していた。

 東南の角ちゃんは卵囊からは離れたものの、円網は張っていない。

 西側の20ミリちゃんは姿さえ見せていない。

 そして、こんな日に限って腹部が破裂した体長30ミリほどのガを拾ってしまうのだ、作者は。しょうがない。15ミリちゃんの円網にガの翅を押しつけ、さらにガを細かく動かしてもがいている様子を演出する。オニグモは見た目に似合わずピュアな子ばかりなので、この程度のトリックにも引っかかってくれるのである。

 ジョロウグモの場合は、自分の体長の3倍以上の獲物だと、とっくに死んでいるカマキリであっても近寄ろうとしないし、ヒメグモの不規則網に小型のガを投げ込もうとすると、カーブして外れてしまう。クモ観察はとにかく難しい。


 8月2日。晴れ時々曇り。最低23度C。最高30C。

 午前1時。

 スーパーの西側でオニグモの20ミリちゃんが張り替えた円網で待機していたので、そこらで捕まえたアブラゼミを放り込んだ。すると、20ミリちゃんはパッと踏み込んで牙を打ち込み、すぐに離れたようだった(真夜中なのでよく見えないのだ)。アブラゼミは羽ばたくのだが、粘球が新鮮なので逃げられない。その後、20ミリちゃんは獲物がおとなしくなるのを待って食べ始めたらしかった。

 体重のある獲物に牙を打ち込むと大暴れすることが多い。その時に獲物の近くにいると脚を引き抜かれる危険がある。したがって、獲物が抵抗できなくなるまで待つのが正解になるわけだ。

 獲物の大きさや重さによって仕留め方を選ぶことができるというのがクモの強みだろう。先日、コガネグモがアゲハの仲間に対して捕帯を巻きつけたのは、やはり本能のバグだったんだろうな。個人的な感想だが、こんなことをやらかすのはコガネグモだけなんじゃないかと思う。

 オニグモの東南の角ちゃんはコガネムシをもぐもぐしていた。円網を張った様子がないんだが、どうやって捕獲したんだろう?

 15ミリちゃんもガを食べていた。


 午前2時。

 サザンカの植え込みにいた第二のヒメグモが産卵していた。どうも寝付けないと思ったら、クモの神様のお告げを聞いていたのだなあ。

 なお、ヒメグモがこの時期に産卵できるのは作者が積極的に獲物をあげているからだと思う。作者が干渉しなければもっと遅くなるはずだということを忘れないでいて欲しい。

 コンビニの店先でコガネムシを7匹も捕まえてしまった。さて、どうしよう……。


 午前9時。

 コガネグモの妹ちゃんの隠れ帯は下側2本だった。体長30ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげておく。

 光源氏ポイントには産卵後らしいナガコガネグモがいたので、コガネムシをあげてみた。するとこの子は、ナガコガネグモとしては異常と言えるほど長時間捕帯を巻きつけて、獲物を真っ白なミイラのようにしてしまったのだった。なぜそういうやり方になったのかはわからない。

 体長20ミリほどのジョロウグモ(おそらく亜成体)は円網を黄色くしていた。これまでの黄色い円網の最短記録は8月末だったので、大幅な記録更新である。もしかすると世界記録かもしれない。もっとも、食欲がなさそうなのに獲物を与え続けたというのはドーピングになるかもしれない。


 午前10時。

 用水路ポイントではコガネグモたちの円網にコガネムシを1匹ずつ投げ込んでみた。3匹は円網から外れてしまったのだが、残り5匹には捕帯を巻きつけてもらえた。そして、特にお尻が薄べったい、産卵後らしい体長20ミリほどの子は100秒近くの間、断続的に捕帯を巻きつける動作をしていたのだった。

 エウレカ! エウレカ! じっちゃんの名にかけて謎はすべて解けた。初歩的な脳細胞だよ、明智君。〔混ぜるなよ〕

 捕帯巻きつけ時間を決める要因は空腹度だ……と思う。ナガコガネグモにしろ、コガネグモにしろ、産卵後の子たちはコガネムシに捕帯を巻きつける時間が長くなる傾向がある。これは、確実に捕食するために、できるだけ抵抗を封じようという意図によるものだと仮定すれば論理的な説明ができるだろう。逆に産卵直前の子たちは食欲が減退しているので「逃げられたっていいわよ」と手抜きをしていたのだ。

 コガネグモの方がナガコガネグモよりも捕帯を巻きつける時間が長くなるというのも、コガネグモはナガコガネグモより食いしん坊……というか、獲物を消化する能力が高いので、より多くの獲物を食べられる。より多くの獲物を食べるためには、より確実に獲物を仕留める必要があるということなんだろう。

※クモの消化酵素については調べられなかったのだが、膵液(おそらくヒトの膵液だと思う)に含まれる消化酵素のひとつでタンパク質を分解するトリプシンは、高温になるほど活性が向上して、60度Cでも活性を失わないのらしい。というわけで、コガネグモのお尻の背面も腹面も黒色の部分が多くなっているのは、黒帯部分で太陽光のエネルギーを吸収して体温を上げ、消化能力を高めるためなのではないか……と思ったのだが、話はそう簡単ではないのだった。

 ついうっかり忘れていたのだが、クモは外部消化、つまり口から消化液を吐き出して獲物を消化し、消化済みの液体を飲み込むという食べ方をするのだ。ということは、いくら腹部の体温を上げても消化液の温度は上がらないかも……いやいや待て待て。クモの心臓は腹部にある。ということは、腹部の体温が上がれば血液の温度も上がり、それによって消化液の温度も上がるのかもしれない。この辺りは論文屋さんがコガネグモとナガコガネグモやオニグモの腹部の体温と消化液の温度、そして消化酵素の活性などを計測してくれるのを待つしかないな。

 もしもコガネグモの消化能力が高いのだとしたら、ナガコガネグモやジョロウグモに腹部に黒い部分が少ないのは、そこまで生き急いでいないからだろう。


 コガネグモの1匹の円網にショウリョウバッタの雌を投げ込んだのだが、この子は近寄っただけでホームポジションに戻ってしまった。「こんな大っきいの無理!」行動である。まあ、体長で「3.5倍です!」という大物だからしょうがない。遅くても明日の朝、円網を張り替える時には食べてもらえるだろう。


 午後1時。

 ヒメグモの2番目ちゃんが卵囊の近くにいるところを撮影できた。1番目ちゃんの卵囊には枯れ葉が被さっているので卵囊の下半分しか写せないのだ。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張り始めたところだった。これはちょっと予想外だ。もう少し遅い時間帯に張り替えると思っていたんだけどなあ……。


 午後11時。

 去年、コガネムシが大量に現れた近所のツゲの木でコガネムシを13匹見つけた。そして、スーパーの東南の角付近では42匹だ。まあ、カメムシが大量発生するような気候なら、同じ昆虫であるコガネムシが増えてもおかしくはないだろう。

 オニグモの東南の角ちゃんは縦30センチ、横20センチくらいの円網を張っていた。強力ライトの前は獲物が多いので、この程度の大きさで十分だということなんだろう。

 それに対して、15ミリちゃんの円網は縦も横も80センチくらいである。「環境が変われば円網の大きさも変わる」というわけだ。〔ことわざをねつ造するんじゃない!〕

 そこらで体長40ミリほどのスズメガの仲間を捕まえたので、15ミリちゃんにあげた。作者はクモに「お腹空いた」と言われて知らん顔をしていられるほど人間ではないのである。


 8月3日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高32度C。

 午前7時。

 玄関のヒメちゃんの不規則網に小さめのダンゴムシを投げ込んでみた。球状だったダンゴムシが伸びて歩き出すと、それに気付いたヒメちゃんが駆け寄って粘球糸を取り付けた……らしいのだが、吊り上げられない。何度か試しているうちにコンクリート面から3センチくらい浮き上がったのだが、そこまでである。やはり狩りの能力が低下しているのか、あるいは、暑い日が続いたので夏バテしているのかもしれない。


 午前8時。

 水田の脇にいたコガネグモの妹ちゃんは姿を消していた。糸1本すら残っていない。産卵だと思いたいが……ここまで片付けていったということは、もう戻って来ないつもりなのかもしれない。

 電柱を挟んで隣の円網ではオニグモがコガネムシをもぐもぐしていた。残業してでも食べたい……というか、かなりの大物なので持ち帰るのも大変なんだろう。

 光源氏ポイントでは1匹のナガコガネグモが体長30ミリクラスのガを仕留めていた。

 体長3ミリから4ミリくらいのゴミグモの幼体を数匹見つけた。多分、今年出囊した子たちだろう。全員いっちょ前にゴミを円網の中心に取り付けている。

 ジョロウグモの20ミリちゃんの黄色い円網の一部を撮影してみた。画像を拡大すると粘球のつぶつぶまで写っている。デジタルズームと内蔵フラッシュを使えば三日月もそれなりに撮れるし、最近のコンパクトカメラは侮れない。後はファインダーがあれば言うことなしなんだが、重くなるし、かさばるだろうしなあ……。〔スマホがあればカメラはいらないという時代なんだぞ〕


 午後1時。

 玄関のヒメちゃんがダンゴムシをいつもの高さまで吊り上げていた。ダンゴムシ1匹に六時間である。

 サザンカの植え込みにいる3番目のヒメグモが産卵していた。しかし、手前に不規則網の糸があるのでオートフォーカスが効かない。マニュアルフォーカスに切り替えてやっと撮影できた。


 午後7時。

 オニグモの15ミリちゃんが張り替えていない円網で待機していた。それに対してスーパーの西側の20ミリちゃんは糸を1本だけ残して住居へ戻ったらしかった。ということは、オニグモの中には24時間円網を張りっぱなしにする子と朝になったら回収してしまう子がいるという可能性があるわけだ(東南の角にいるオニグモも回収するタイプらしい)。

 横糸の粘球が劣化した円網であっても体長3ミリ以下くらいの小型昆虫なら捕獲できる。したがって、円網は張りっぱなしの方が有利になるとしか思えないのだが……作者にはまだ見えていないだけで、円網を回収する個体変異を持った個体も生き残る理由があるのかもしれない。

※回収タイプの2匹はお尻の頭胸部側に白い斑がある。で、15ミリちゃんにはない。これは亜種かもしれないなあ。


 8月4日。晴れ。最低26度C。最高34度C。

 午前1時。

 オニグモの15ミリちゃんはコガネムシを仕留めていた。

 東南の角ちゃんはコガネムシを2匹まとめてもぐもぐしていた。

 それなのに、西側の20ミリちゃんは円網に投げ込んだ体長35ミリほどのイナゴから逃げるのだ! 暴れるイナゴは円網から外れて落ちてしまった。しょうがないので体長7ミリほどのアリをあげると、これには飛びついてきた。お尻もパンパンに膨らんでいるから、産卵前の食欲減退が始まっているのかもしれない。「あえて言おう、つわりであると」〔…………〕

 スーパーの北側の配水管周辺には体長3ミリほどのアシブトヒメグモらしいカップルが2組いた。それほど足が太いとは思えないのだが、不規則網だからヒメグモ科だろうし、雄のお尻がくすんだ黄色で脚が赤っぽいヒメグモ科のクモとなると、アシブトヒメグモくらいなのだ。

 片方のカップルは人間たちが砂浜でやるような追いかけっこをしていた。

 ああもう、やってらんねえや。コンビニでアイスクリームでも買って帰ろう。


 午前7時。

 またまた外した。もしかするとお尻に白い斑があるオニグモは円網を回収して住居へ引き上げるのかもしれないと思って、昨夜見つけた白い斑がある体長7ミリほどのオニグモの幼体がいた場所に行ってみたのだが、円網が残っていたのだった。何か別の要因があるようだ。やっぱり非常食……かなあ……。

 スーパーの北側では1匹のマダラヒメグモがワラジムシを吊り上げていた。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの2番目ちゃんの網には、そこらで捕まえたルリチュウレンジを投げ込んだ。これがギリギリストライクでシート網の端に落ちたので、すぐに2番目ちゃんがぽとんしてきた。ヒメグモの不規則網は本来、飛行中の獲物をたたき落とすためのものなのだろうが、獲物を投げ込む時には障害物になってしまうのだ。〔投げ込まなきゃいいだろ〕

 その隣の3番目ちゃんの不規則網部には、なんと、雄が入り込んでいた! 何だ、これは? ヒメグモの雌は用済みの雄が同居することを許すのか? 雌にとっても雄にとっても同居する意味なんかありはしないだろうに。……もしかして、ヒメグモの場合は精子囊の中の精子を使い切っても、再び交接して追加できる……とか? あるいは、小さな雄だから同居していても大きな問題はないとか、ジョロウグモの雄のように雌に食べられるためとか? とにかく、現状で断言できることは、ヒメグモの場合は「雄が同居しているから、まだ交接していない雌だ」とは限らない、ということだな。やれやれ……。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんが横糸を張り始めていた。食欲旺盛である。多分、気温が高いせいだろうな。

 東南の角ちゃんは縦30センチ、横10センチくらいの円網(?)を張ろうとしているらしかった。

 西側の20ミリちゃんは姿も見せていない。

 体長45ミリほどのスズメガの仲間を捕まえた。後で15ミリちゃんにあげよう。


 8月5日。晴れ。最低25度C。最高32度C。

 午前4時。

 スーパーの西側にいるオニグモの20ミリちゃんが円網を張っていた……のだが、姿勢がおかしい。ヒトのように頭胸部を上に、お尻を下に向けているのだ。お尻が大きく重くなりすぎたので通常の姿勢ではつらいという感じである。コガネムシを円網に投げ込んでも、ほんのわずか反応が遅れるし、少しだけ捕帯を投げつけただけですぐに距離を取ってしまう。当然、コガネムシは円網の上を転がり落ちていくわけだが、そこで初めてやる気になって、10センチくらい下の位置まで獲物を追いかけ、また少し捕帯を投げつけてから牙を打ち込んだのだった。これはもう、産卵前の食欲減退だとしか思えない。

「食欲がないのなら円網なんか張らなきゃいいじゃないかあ!」

 オニグモは円網に獲物がかかってから自分が空腹ではないことに気が付くようなところがあるのでやっかいだ。まあ、一般的にクモという生き物は食べられる時に食べて、食べる物がない時にはひたすら耐えるという生き方をするらしいから、こういうことも起こるのだろう。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの2番目ちゃんの枯れ葉の下には、何かアリよりは大型の獲物が固定してあった。

 帰宅してみると、玄関のヒメちゃんの7番目の卵囊の近くに子グモが2匹いた。出囊が始まっているようだ。


 午前11時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を残したまま住居へ戻ったらしかった。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの2番目ちゃんの獲物は体長15ミリほどの細め体型の甲虫だった。この程度の大きさの獲物ならヒメグモにとっても想定の範囲内だろう。

 甲虫の外骨格は硬いのだが、腹部と関節部分だけは薄く柔らかくなっている(そうでないと呼吸や歩行に支障が出るだろう)。作者がいままで観察してきたほとんどのクモたちは上手にその弱点に牙を打ち込んでいた。例外はジョロウグモで、外骨格がものすごく硬いコメツキムシが円網にかかった時などは円網から外して捨ててしまうことが多い。

 帰宅してみると、台所の壁を体長3ミリほどのアリグモが歩いていた。立ち止まる時には第一脚2本を持ち上げてアリの触角に見せかけているのだが、歩く時には8本脚になるのですぐバレる。


 午後6時。

 玄関のヒメちゃんの卵囊の周囲には子グモが14匹いた。こうもバラバラに出囊されると、1卵囊に40匹くらいというのもあやしくなってくるかもしれない。


 8月6日。晴れ。最低25度C。最高32度C。

 午前5時。

 玄関のヒメちゃんの7番目の卵囊周辺に子グモが8匹いた。ただし、8番目と9番目の卵囊も中身が空っぽになっているように見えるのが気になる。卵は白っぽいというだけならいいんだが……。


 午前6時。

 水田の脇にコガネグモの妹ちゃんの姿はなかった。

 光源氏ポイントにいるナガコガネグモの成体(多分)2匹にコガネムシをあげた。捕帯巻きつけ時間はそれぞれ約60秒と約120秒。実験する度に違う数字が出てくる。論文屋さんなら見なかったことにするだろうな。

 ジョロウグモの20ミリちゃんには冷蔵庫に入れてあった体長15ミリほどのコオロギを少し弱らせてからあげた。かなりの大物なので食べてもらえるかと心配していたのだが、積極的に飛びついて牙を打ち込んでくれた。円網のサイズが縦30センチ、横25センチくらいと大きめになっているし、やや黄色が薄くなっているようだから、3日前より空腹だったのかもしれない。


 午前7時。

 用水路ポイントのコガネグモたち4匹に残ったコガネムシとイナゴを配って歩いた。茨城県では準絶滅危惧種に指定されているのだから、少しくらいはひいきしてもいいだろう。まあ、絶滅したくないのならヒメグモ科のように小型化するのがベストだとは思うが。


 午前9時。

 ショウリョウバッタを1匹捕まえてしまったので、用水路ポイントまで戻って、近くにあったコガネグモの円網に投げ込んだ。この子の体長は25ミリ弱くらいでショウリョウバッタは80ミリ以上だ。体長で「3倍です!」という大物なので期待はしていなかったのだが、この子は獲物の下側に入り込んで捕帯を2回くらい投げ上げ、それから円網を大きく切り開いて獲物の頭部と胸部に、続いて腹部にも捕帯を投げつけて、さらに上側でも円網を切り開いて、DNAロールで捕帯を巻きつけたのだった。大物用のプランBもちゃんと用意してあるというわけだ。ただ、それを使ってまで仕留めるかどうかは食欲がどれくらいあるかで決まるんだろうなあ。

 その後、この子は円網の端と獲物の間を行ったり来たりし始めた。これは大型の獲物が少数の糸で吊り下げられた状態になってしまったので、落ちてしまわないように支える糸を増やす行動だと思う。これもまた、クモ3億年の知恵なのだろう。


 午後1時。

 昨日交換したサイクリングシューズの滑り止めがもう剥がれ始めていた。まあ、釣具屋さんが片手間に造っている自転車用品だから、新品が半日で壊れるくらいは当たり前なんだろう。接着剤で修理し続ければ半年は使えるから問題はない。

※同じ釣具屋さんが造った最高級品のクランクの一部は、接着不良で剥がれたり割れたりするらしい。しかも、それを知りながら何年間もリコールしなかったんだそうだ。

 釣り具が壊れても魚が釣れないだけだろうが、クランクが割れたら命に関わる……なんてことは理解できないんだろうな、釣具屋さんは。ちなみに作者は釣具屋さんのクランクは使っていない。短い脚で踏むと膝が左右に揺れてしまうのでね。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんと東南の角ちゃんが横糸を張っているところだった。まったく、よく食べるわ。


 午後10時。

 オニグモの20ミリちゃんの姿はなかった。多分引っ越したんだろう。

 体長45ミリほどのスズメガの仲間を捕まえたので、オニグモの15ミリちゃんにあげた。


 8月7日。曇り一時雨。最低25度C。最高32度C。

 午前7時。

 今日もコガネムシやイナゴを用水路ポイントにいるコガネグモたちに配って歩いた。毎日配ることもあるまいとは思うのだが、夜の散歩をすると、コンビニの店先を初めとしてそこら中に手頃な獲物がいるのである。


 午前8時。

 送電線の鉄塔の下で手のひらサイズのカニの甲羅のような物を見つけた。しかし、サワガニなら「通常の2倍です!」という大きさである。そこで、ひっくり返してみると、眼窩のような窪みがある。さらに尖った歯が生えている下顎らしいものも繋がっている。これはおそらく、ナマズのような扁平な頭部を持つ魚の頭骨だろう。近くにはアメリカザリガニやモグラの死骸、ウ〇コの山もあった。そのサイズから推測するとウ〇コの主の大きさは中型犬以下だろう。というわけで、ここはタヌキの食堂なのではないかと思う。

 なお、念のためにウィキペディアの「タヌキ」のページを開いてみると「食性は雑食で、齧歯類、鳥類やその卵、両生類、魚類、昆虫、多足類、甲殻類、軟体動物、動物の死骸、植物(葉・芽・果実・堅果・漿果・種子)などを食べる」と書かれていた。あれ? 爬虫類は? 


 午前9時。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんの網に同居している雄が2匹に増えていた。2匹とも同じくらいの体長である。一般的にジョロウグモの雄においては、より大型の雄に交接の優先権があるようだ。小型の雄がこっそり交接しようとしても、大型の雄に追い払われてしまうことが多い。しかし、同じくらいの大きさだと闘うだけの意味があるだろう。修羅場の予感がするなあ。〔クモの不幸に期待するんじゃない!〕

 あるいは、先に婿入りした方に優先権が生じるか、だな。


 午前11時。

 オニグモの15ミリちゃんの円網には捕帯を巻きつけられたコガネムシが1匹、取り付けられたままになっていた。スズメガを食べた後のデザートにコガネムシというのはさすがに無理だったらしい。


 午後1時。

 今日もサイクリングシューズの修理。イナゴ狩りをしなければ、もう少し長持ちするんだろうが、そうもいかないのだ。


 午後7時。

 オニグモの15ミリちゃんは昨日仕留めたコガネムシらしいものを食べていた。食中毒になったりしないんだろうか? 


 午後11時。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。今日の分はもう食べたということらしい。同じような体型だが、オニグモはコガネグモのような大食らいのクモではないのだ。

 東南の角ちゃんの小さな円網にはコガネムシが2匹もかかっていた。円網を小さくしたくなるわけだ。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの1番目ちゃんの不規則網に体長7ミリほどの甲虫を投げ込んでみた。

 1番目ちゃんの現在の体長は3ミリほど。しかも獲物は小型とはいえ、強力な脚を持つ上に、牙の一撃くらいではその動きを止められない甲虫である。無理かもしれないなと思いながら見ていると、1番目ちゃんはシート網の上に落ちた獲物に向かって盛んに糸を投げかけ、時には踏み込んで牙を打ち込むような動作もしている。30分くらい後には動きを止めた甲虫を枯れ葉の下に向かって吊り上げ始めた1番目ちゃんだった。

 ヒメグモは小型のクモなので、相対的に大型の獲物が多くなる。シート網付き不規則網という選別システムを持ってしても、大型の獲物がかかってしまうことを完全に防ぐことはできない。大型の獲物も仕留められた方が有利になるわけだ。


 8月8日。晴れのち雨。最低25度C。最高32度C。

 午前5時。

 血圧が208と101になってしまった。しょうがない。薬を飲むことにする。

 ああっと、妖怪ろくろ首も血圧を高くしないと脳貧血を起こしてしまうだろうな。〔妖怪にも心臓や血管系があるのか?〕


 午前8時。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を回収して住居へ戻ったらしかった。イベントの予感がするなあ。

 サザンカの植え込みではヒメグモの2番目ちゃんの卵囊が2個に増えていた。

 血圧は149と85。ちょっと散歩しただけでこれだ。


 午後9時。

 玄関のヒメちゃんが産卵していた。12個目の卵囊はほとんど完成していて、今は仕上げの段階のようだ。オニグモの15ミリちゃんの様子を見に行くのはヒメちゃんの作業が終わってからにしよう。


 午後10時。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を張り替えていた。しかし、お尻が縮んだようには見えない。また外したかなあ……。


 8月9日。晴れ時々曇り。最低25度C。最高31度C。

 午前5時。

 玄関のヒメちゃんにダンゴムシをあげた。今日はすぐに獲物を吊り上げてしまうヒメちゃんだった。産卵直後のせいだろうか? 何であれ、元気になったようだ。

 サザンカの植え込みではヒメグモの1番目ちゃんが二度目の産卵を終えていた。


 午前6時。

 光源氏ポイントに体長25ミリほどのコガネグモが現れた。右の第二脚と第三脚を失っていて、円網の代わりに草の間に数本の糸を張ってそこにいる。もしかしてこの子は行方不明になっていたお姉ちゃんではあるまいか? その場合、少なくとも二回は産卵しているはずだ。円網を張るようならショウリョウバッタの雄かイナゴをあげることにしよう。

 ジョロウグモの20ミリちゃんと同居している雄は1匹だけになっていた。2番目の雄はおとなしく身を引いたか、あるいは食われたのかもしれない。

 20ミリちゃんにはうちから持ってきたチャバネゴキブリをあげた。20ミリちゃんはガがかかった時のように素早く駆け寄って牙を打ち込んだのだが……これではジョロウグモはチャバネゴキブリを積極的に捕食するのか、それとも大型の個体だから積極的なのかわからん。というわけで、もう1匹のチャバネゴキブリは体長15ミリほどの子の円網に投げ込んだのだが、これは円網を突き抜けてしまった。チャンスがあったらやり直しをするようだなあ。

 最後まで頑張っていたゴミグモが卵囊2個を残して姿を消していた。合掌。


 午前7時。

 コガネムシ6匹を用水路ポイントにいるコガネグモたちに配って歩いた。特に円網に隠れ帯を付けていなかった子は、約144秒もの間、捕帯を巻きつけるような動作をしていた。イナゴなら牙の一撃だけですぐに呼吸まで止まるのだが、コガネムシは牙を数回打ち込んでも脚を動かし続けるのだ。その結果、「ええい、連邦軍のコガネムシは化け物か!」とばかりに長時間捕帯を巻きつけることになるのだろう。ただし、これも空腹度の影響が大きいらしくて、隠れ帯が少ない(空腹である可能性が高い)子ほど長時間捕帯を巻きつけるようだ。おそらく、確実に食べたいからだろう。

※作者は中脚と後脚ごと腹部を食いちぎられたカブトムシが前脚を動かすのを観察したことがあるし、とりのなん子氏の『とりぱん』でもそういう観察結果が報告されている。もしかすると、一般的に甲虫の仲間はイナゴなどよりも毒やケガに耐える能力が高いのかもしれない。

 ふと気が付くと、作者に向かって体長(鼻の先端からしっぽの付け根まで)20センチほどのイタチが歩いて来るところだった。

 あえて言おう「イタチがいたっち」と。〔…………〕


 午前11時。

 帰宅してシャワーを浴びたら血圧が85と47になっていた。降圧剤を2日飲んだだけでこれだ。


 午後7時。

 オニグモの15ミリちゃんが住居から出て来たので、プラスチック容器を使って拉致した。業者による剪定作業が始まっていて、明日辺り15ミリちゃんが住居にしている低木が剪定されてしまいそうだったのだ。

 15ミリちゃんはすでに剪定済みのサザンカの上に放した。気に入らなければ引っ越しされてしまうだろうが、剪定された枝葉と一緒にゴミにされるよりはマシだろう。何度も言うようだが、クモの最大の天敵は人間なのである。

 

 8月10日。曇り時々晴れ。最低26度C。最高33度C。

 午前7時。

 光源氏ポイントでは2組目のジョロウグモのカップルができあがっていた。

 ナガコガネグモの1匹にコガネムシをあげたところ、この子は約78秒間捕帯を巻きつけ、その間に何回か牙を打ち込んだようにも見えた。しかし、このコガネムシは捕帯をすり抜けてしまったのである。その上、脚先のかぎ爪がナガコガネグモの爪に引っかかってしまって「お手々繋いで」状態になっている。

 しばらくすると爪が外れてコガネムシは下草の中に落ちていった。コガネムシを確実に仕留めるのなら、捕帯を90秒以上巻きつけるのが正解であるのらしい。

 コガネグモのお姉ちゃんは横糸が3本しかない円網を張っていた。まるで縁側に置いた座布団に座っているおばあさんである。姿を見せた場所から考えるとと3回産卵をしている可能性もある。「いいクモ生だったわ」という気持ちになってしまっても不思議はないだろう。


 卵巣の

  卵尽きたる

   コガネグモ

  お迎え待ちの

   老婆のごとく


 午前8時。

 用水路ポイントにいるコガネグモの1匹にトノサマバッタ(多分)をあげた。この子は捕帯を巻きつけながら円網を切り開き、最終的には獲物を糸の束で吊り下げた状態にして、縦のDNAロールまで使って仕留めていた。そして、獲物に取り付いたまましばらく休憩して、それから食べ始めたようだった。コガネグモは力はあるのだが、すぐに息切れしてしまうクモなのである。


 午後1時。

 球形に剪定されたサザンカの表面の半径10センチくらいの範囲にはオニグモの15ミリちゃんがうろうろした跡らしいしおり糸が残っていた。「ここはどこ? 私は誰?」という状態だったようだ。「情けはクモのためならず」だったかなあ……。〔そういうことわざはない!〕


 午後8時。

 ヒメグモの2番目ちゃんのシート網付き不規則網が落下してしまったようだ。卵囊には体長5ミリほどのアリの群れが取り付いて卵を1個ずつ運んでいて、その下の方では2番目ちゃんがうろうろしている。最初から観察したわけではないので何が起こったのかはわからないが、アリに対する防御システムが作動しなくなったのかもしれない。


 8月11日。晴れのち雨。最低26度C。最高37度C。

 午前3時。

 オニグモの15ミリちゃんが姿を見せていたが、円網を張る様子はない。シマウマを植え付けてしまったかもしれない。〔……トラウマ……〕

 幼体の頃には引っ越しにも耐えられたのだから、いずれは立ち直れるだろう。

 スーパーの東南の角のサザンカの枝葉の下に不規則網があって、吊り下げられた枯れ葉の下にヒメグモ科らしいクモがいた。体長は3ミリほどで、体色は白地に黒の斑模様のようだ。お尻の背面側が山形に盛り上がっているようにも見える。第一候補はカグヤヒメグモの若い個体というところだ。何しろ、夜中に小型のクモを撮影しているので、画像を拡大しても細部まではよくわからないのである。挨拶代わりに体長7ミリほどのアリを少し弱らせてから不規則網に投げ込んでおく。


 午前9時。

 用水路ポイントには円網に隠れ帯を4本、X字形に付けているコガネグモが1匹だけいた。オトナのコガネグモでX字形というのはかなり珍しい。お尻が球状に膨らんでいるから、産卵前で食欲が減退しているんじゃないかと思う。

 今日はコガネムシを7匹持ってきたのだが、めんどくさいので、2匹だけコガネグモたちにあげて、残りはリリースしてしまった。できれば来年はここで大発生してコガネグモたちに食べられてもらいたい。


 午前10時。

 手が届く高さに網を張っている体長17ミリほどのジョロウグモの幼体を見つけた。なお、この時点で気が付くべきだったのだが、この子のお尻は鉛筆型だった。

 これ幸いと円網に指先でそっと触れてみると、この子はためらいがちに近寄ってきて、脚先でチョンチョン、触肢でもしょもしょし始めた。この辺りまでは想定の範囲内だったのだが……この子はいつまでもチョンチョンもしょもしょをやめようとしないのだ。これはマズい。手を出してはいけない子に指を出してしまったのらしい。そこで指を少し左右に振ってみる。しかし、それでもこの子は作者の指を放さない。逆にしっかりつかんでくるのである。もちろん、その口元も近づいてくる。指先と口元の距離がゼロになった時、作者の指は毒牙の一撃を受けることになるだろう。絶体絶命の危機である。はたして作者の指の運命や如何に。〔いい加減にせんかい!〕

 もはやこれまで。指を引かせてもらった。〔よい子は絶対に真似しちゃダメだぞ〕

 落ち着いたところでよく見ると、この子の腹面側のバリアーには雑に丸められた糸の塊が3個取り付けてあった。おそらくは古い円網の糸だろう。そして獲物の食べかすらしいものは見当たらない。つまり、この子は少なくとも3日間、何も食べていない可能性があったのだ。空腹になればなるほど「こんな大っきいの無理!」という判断をする基準値も上がっていくはずだ。というわけで、この子は少々無理をしてでも獲物を食べたいという気分だった可能性が高い。指を出す前に安全確認をするべきだったのだなあ。〔当たり前だ!〕

 この子には同じくらいの体長で細め体型のガをあげた。指ほどの大物ではないので申し訳ないのだが。


 午後9時。

 雨が降り出した。

 玄関先で体長5ミリほどの甲虫を捕まえたので、玄関のヒメちゃんの不規則網に落とし込んだ……のだが、怖かったらしくて避難されてしまった。ダンゴムシなら3倍の体長でも積極的に仕留めようとするのだけどなあ。長い脚でもがく獲物は苦手なんだろうか? 

 サザンカの植え込みではヒメグモの2番目ちゃんが、いままで使っていた枯れ葉を三〇センチほど下がった位置に固定した様子だった。枯れ葉の片方の端には多数の糸が張り渡してあるので、簡単に使い捨てにはできないのらしい。なお、枯れ葉に糸を張る行動はここにいる3匹のヒメグモに共通している。


 8月12日。曇り一時雨。最低27度C。最高36度C。

 午前1時。

 オニグモの15ミリちゃんが円網を張っていた。なお、この子の円網のこしきの穴には糸がない。つまり「張り直す前の無こしき網」である。これから15ミリちゃんがこしきの穴をまたいで移動すれば、その時点から「張り直した無こしき網」になるのだろう。まあ、張り直そうという意図をもって張った糸ではないのだから、正しくは「できちゃった無こしき網」だと思うが。少なくとも作者が観察してきた範囲においては「こしきの穴に糸を張ろう」という意思を感じさせたオニグモは1匹もいない。

 まあ、どうでもいいや。冷蔵庫に入れておいたショウリョウバッタの雄をあげておく。

 そして、なんと、西側の20ミリちゃんも円網を張っていたのだった。いままでどこにいたんだ、この子は? とりあえず、そこらで捕まえたコガネムシをあげておく。


 午前5時。

 壁にカメムシが1匹とまっていた。直接つかむとやっかいなので、空きペットボトルを被せて捕まえて、そのまま「森へお帰り」をさせてもらう。そこまでしても、指がわずかにカメムシ臭いような気がする。やれやれ……。


 午前8時。

 オニグモの15ミリちゃんは円網を回収して住居へ戻ったらしかった。逆Y字形の糸だけが残されている。

 15ミリちゃんを拉致して強制的に引っ越しさせたのは8月9日だから、3日間絶食していたわけだ。オニグモが朝に円網を回収する理由の一つは、あまりに空腹なので非常食として円網の糸を食べたという可能性があると言えるだろう。ああっと、いけない。この場合は獲物をあげてはいけなかったのだなあ。


 午後7時。

 オニグモの15ミリちゃんが住居から出ていた……のだが、頭胸部を上に、お尻を下に向けている。イベントの予感がするなあ。

 スーパーの周辺でイナゴを4匹、コオロギ1匹、体長15ミリほどのガを1匹捕まえた。豊かな季節になったものだ。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの2番目ちゃんはシート網なしの不規則網を張っていた。ちょっと難しいのだが、そこにアリを投げ込んでみる。復興支援である。

 2回目までは失敗したのだが、3回目にはアリが不規則網に引っかかって、枯れ葉の下から出てきた2番目ちゃんが糸を投げかけていた。災害に負けずに立ち直って欲しい。


 午後8時。

 イナゴ3匹とコガネムシ2匹を冷蔵庫の冷凍室に入れた。ジョロウグモにとってのいい獲物はまったく抵抗しない獲物であろうという仮説を検証するために、死んだ獲物を用意しておこうというわけである。大地震が来たとかで停電したらそれまでだが、その時は次の機会を待つことにしよう。


 午後10時。

 15ミリちゃんはまだ円網を張っていない。お尻がかなり大きいから食欲がないのも当たり前……のような気もするのだが、それでは今朝、円網の糸を食べたのは何故なんだということになる。まったくもう……オニグモは何を考えているのかわからん。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕

 スーパーの西側にオニグモの20ミリちゃんも現れた。もちろん、円網は張っていない。


 8月13日。晴れのち雨。最低27度C。最高34度C。

 午前4時。

 オニグモの15ミリちゃんは一晩かけて20センチくらい移動して、やはりお尻を下向きにしていた。もちろん、円網は張っていない。

 15ミリちゃんの住居がある低木の枝葉の下で体長20ミリほどのナガコガネグモを見つけた。15ミリちゃん用のイナゴをあげておく。

 スーパーの西側の20ミリちゃんは横糸の間隔が狭い小さめの円網を張っていたのでイナゴをあげたのだが、この子は少しだけ捕帯を投げかけただけで牙を打ち込んだ。「食欲ないから、逃げられるなら逃げなさい」という態度だなあ。


 8月14日。晴れ時々雨。最低26度C。最高33度C。

 午前1時。

 オニグモの15ミリちゃんの姿はなかった。

 その近くにいるナガコガネグモの20ミリちゃんは隠れ帯なしの円網を張っていたのでイナゴをあげた。

 スーパーの西側の20ミリちゃんも縦50センチ、横40センチくらいの円網を張っていたのでイナゴをあげたのだが、近寄るだけで捕帯を投げかけようとしない。獲物を指先でツンツンしても反応しない。結局、捕帯を投げかけ始めるまでに数分かかった。お尻も大きいから食欲がない……というか、もっと小型の獲物がかかることを期待していたのかもしれない。


 午後6時。

 玄関のヒメちゃんが13回目の産卵をしていた。

「ええい、玄関のヒメちゃんは産卵能力の化け物か!」〔…………〕

 今のところ、産み落とされた卵の総数はざっと500個を超えるくらいになると思う。


 午後8時。

 オニグモの15ミリちゃんは姿を見せていない。

 スーパーの西側の20ミリちゃんは住居から出ていたが、円網を張る様子はない。


 8月15日。晴れ一時雨。最低25度C。最高33度C。

 午前3時。

 眼が覚めてしまったので、玄関のヒメちゃんの不規則網にダンゴムシを1匹投げ込んでおく。産卵後なら食欲も出るだろうという判断である。

 スーパーの東側ではオニグモの15ミリちゃんが姿を見せていた。円網は張っていないが、お尻が小さくなっているし、頭胸部を下に向けているから産卵したんだろう。お疲れ様。

 その近くにいるナガコガネグモの20ミリちゃんの円網には隠れ帯が付けられていなかったので、コオロギを投げ込んだ。素早く駆け寄って捕帯を投げつける20ミリちゃんだった。

 オニグモの20ミリちゃんも円網を張っていたのだが、頭胸部を上に向けている。体長5ミリほどの甲虫を投げ込んでみたのだが、のそのそと近寄って行くうちに逃げられていた。

 今日はちょっと面白いことに気が付いた。草地で捕まえたイナゴをポリ袋に入れておくとウ〇コするので、使い終わったポリ袋は洗う必要があるのだが、スーパー周辺で捕まえたイナゴはウ〇コしないのだ。おそらく産卵場所へ向かう前にできるウ〇コは済ませてしまっているのだろう。遠くまで飛行するつもりなら体を軽くしておいた方が有利だというわけだ。イナゴはスーパーに限るな。〔……『目黒のさんま』かよ〕


 午前5時。

 ビンゴ! 玄関のヒメちゃんが吊り上げたダンゴムシに口を付けていた。まだまだ産卵するつもりらしい。

 すでに産卵数は500個を超えているはずだが、体長2ミリ以上に成長できたらしい子は2匹しか確認できていない。典型的な多数の卵を産みっぱなし戦略である。


 午前6時。

 光源氏ポイントにコガネグモのお姉ちゃんの姿はなかった。合掌。

 ジョロウグモの20ミリちゃんには体長15ミリほどのガをあげた。ジョロウグモの網にガがかかった場合は、素早く駆け寄って、どこでもいいから牙を打ち込んでしまうということが多いようだ。後は抜き牙差し牙で胸部にたどり着けばいいわけである。

 3日間くらい獲物をあげていないせいか、今日は獲物を通り過ぎてしまって、あわててUターンして獲物にたどり着く子が多かった。


 午前7時。

 8月11日に作者の指をつかんで放そうとしなかったジョロウグモの鉛筆お尻ちゃんに体長15ミリほどの細め体型のガをあげた。この子の腹面側のバリアーには変色した糸の塊が7個取り付けられている。4日間何も食べていないんじゃないか、この子は。


 午前9時。

 コガネグモの妹ちゃんが帰ってきていた。元の位置から1メートルくらい離れたところに円網を張っている。隠れ帯は向かって右下にハーフサイズが1本。イナゴを1匹あげておく。


 午後1時。

 明日は台風が上陸して3匹の子豚になるというので……。〔暴風雨だ!〕

 もとい、暴風雨になるというので、無理して100キロ走ってしまった。明日は1日休みの予定。台風がコースを変えても休むぞ。


 午後2時。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの3番目ちゃんの不規則網に雄が1匹侵入していた。これは……雄も不規則網の中にいないと落ち着かないということかなあ……。もちろん、雌が用済みの雄が同居することを許すということも必要になる。いずれにせよ、クモの仲間としては珍しいことなんじゃないかと思う。


 午後10時。

 オニグモの15ミリちゃんは姿を見せていない。

 スーパーの西側で20ミリちゃんを見つけた。壁に取り付けられている小さなプラスチックの板の浮いている部分に頭胸部だけを突っ込んでいるので、お尻が丸見えになっていたのだ。古いことわざで言う「頭胸部かくして尻隠さず」である。〔そんなことわざはない!〕


 8月16日。暴風雨。最低27度C。最高28度C。

 午前6時。

 スーパーの西側にいるオニグモの20ミリちゃんはきれいな円網を残して住居へ戻ったらしかった。まったくもう、「この子は真の夜行性に違いない」と思った途端にこれだ。おそらく、食欲がないので夜中から夜明け前の時間帯に円網を張って、そのまま住居へ戻ってしまったんだろう。オニグモとしては一般的な行動の範囲内である。

 さてさて、今日は暇だから、この行動の意味について考えてみよう。可能性は少なくとも2つある。

 第一に、夜の間に獲物がかからなかったので、明るい時間帯にかかるかもしれない獲物に期待したという可能性。これは、お尻の大きさや獲物に対する積極性のなさから否定できると思う。

 第二に「できれば円網の糸は食べたくない」と思っている可能性。まあ、お尻から引き出すのだから、人間に例えるならウ〇コを食べるような……。〔やめんかい!〕

 いやいや、マジで。実は「クモの糸はもともと排泄物だった」という仮説があるのだ。不適切なのを承知の上で擬人化するなら、体内の不要な物質の一部を糸状にして排泄していたクモの祖先が、それをうまく使えば生き残る上で有利になることに気が付いて積極的に利用する方向への進化が始まったという仮説である。これを否定するのは難しいだろう。

 そして、クモの糸はクモ自身にも消化しにくいという可能性もある。最近の観察結果でいうと、ジョロウグモの鉛筆お尻ちゃんは古い円網で造った糸の玉を食べていないようだし、過去には作者の目の前で糸の玉を捨てた子もいる(ただし、アシナガグモの雄が主のいない円網の糸を食べていたらしいという観察例はある。円網を張る能力を捨ててしまった雄はそんなものでも食べざるを得ないのだ)。

 ではなぜ、クモはクモの糸を食べたくないのか? 

 間違っていたらごめんなさいだが、クモの糸は多数のアミノ酸が直線的に繋がった繊維状のタンパク質を基本単位としているのではないかと思う。そこでまた擬人化するのだが、100個のリンク(アミノ酸)でできた鎖(タンパク質)があったとしよう。さらにこの鎖は両端のリンクしか外せないものとする。この場合、作業員が何人いても、実際に手を出せるのは2人だけになる。ということは、1回目の作業で98リンク、2回目で96リンク……というわけで、鎖をバラバラにするまでに50回の作業が必要になる。しかし、10リンクしかない短い鎖が10本の場合は、20人の作業員が5回作業するだけで分解してしまえるのだ。実際「ネコが毛玉を吐く」という話はよく聞く。繊維化したタンパク質が消化しにくいのはおそらく間違いないだろう。

 というわけで、円網の糸よりも獲物のタンパク質の方が消化しやすいのだとしたら、「獲物があるのなら、円網の糸なんか食べなくてもいいじゃない」ということになるのだろうというのが作者の仮説である。〔……好きなのか、マリー・アントワネット?〕

 さらに「消化しにくいのなら、食べなくてもいいように張りっぱなしにしてしまえばいいじゃない」という方向へ進化したのが、ヒメグモ科の不規則網やクサグモ科のシート網なのだろう。時には好き嫌いも進化の原動力になるのである。〔いやいや、それは……〕


 午後2時。

 雨雲が切れたので買い物に出た。

 サザンカの植え込みではヒメグモの3番目ちゃんの網も潰れていた。見たところ無事なのは1番目ちゃんの網だけだ。その真ん前にある看板がいい風よけになっているのだろう。この看板は日常的に獲物を減らしているはずだが、台風の時だけは災害対策になるのである。「ヒメグモ万事塞翁が馬」なのだなあ。〔…………〕


 8月17日。晴れ時々雨。最低26度C。最高37度C。

 午前11時。

 いまさらだが、スーパーの東側にいるナガコガネグモの20ミリちゃんはお尻の側面が黒いタイプだった。うーん、これは個体変異の範囲内かもしれないなあ。

※この部分の色は濃くなったり薄くなったりするようだ。


 8月18日。晴れ時々曇り。最低25度C。最高32度C。

 午前4時。

 サザンカの植え込みではヒメグモの3番目ちゃんの枯れ葉の下で子グモたちが群れていた。

 よく見えないのだが、1番目ちゃんの枯れ葉の下にも子グモたちがいるようだ。

 スーパーの西側にいるオニグモの20ミリちゃんが直径30センチくらいの円網を張っていたのでイナゴを投げ込んだ……のだが、無視された。脚先をピクリと動かしたから、獲物に気付いていないということはない。となると産卵前なのか、あるいは、かつての25ミリちゃんのように雄が現れるのを待っているのかもしれない。

 検証したわけではないが、オニグモの「お婿さん募集中」フェロモンは円網の糸にも含まれているのだとしたら、まったく食欲がなくても円網を張る意味があることになるだろう。

 オニグモの15ミリちゃんとお隣のナガコガネグモの姿はなかった。ナガコガネグモの方は産卵かもしれない。


 8月19日。曇りのち雨。最低26度C。最高32度C。

 午前1時。

 玄関のヒメちゃんの不規則網に体長10ミリほどのアリを投げ込んでみた。ヒメちゃんは、いったんコンクリート面まで降りてしまったものの、また戻ってアリに近づくと、盛んに謎の糸を投げかけ始めた。長い脚でもがく獲物に対しては、その動きを封じてから仕留めるのが正解なのだろう。安全第一である。


 午前2時。

 スーパーの西側の20ミリちゃんは数本の糸を張って、そこからぶら下がっていた。もちろん、頭胸部が上向きだ。

 東南の角ちゃんはアブラゼミを食べていた。かなり大型で、しかも大暴れするタイプの獲物のはずなのだが、なかなかやるものである。

 スーパーの東側で1本のクモの糸を見つけたので、それをたどっていくと、体長17ミリほどのオナガグモがいた。

 コンビニの店先にはイナゴが13匹いた。そのうちの2匹は交尾の最中だ。交尾していないのを4匹捕まえておく。

 ああっと、交尾するのなら移動と産卵とは無関係だなあ。ええと……青き衣をまといし者に導かれて青き清浄の地を目指しているイナゴたちなのかも……。〔ナウシカか!〕

 おそらく、生息密度が高くなりすぎたので追い出されたか、あるいは自主的に新天地を目指すことにしたイナゴたちなんだろう。

 ここには薄茶色のカマキリもいたので撮影させてもらった。フラッシュを使うと複眼にキャッチライトが入ってとってもチャーミングだ。〔……そうかあ?〕

 帰宅してみると、玄関のヒメちゃんがアリに口を付けていた。


 午前6時。

 コガネグモの妹ちゃんは円網を元の位置に戻していた。直径は約60センチで、隠れ帯はなし。お尻も薄くなったようだから産卵したのかもしれない。小さめのイナゴをあげておく。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんは円網を張っていなかった。オトナになる日が近いようだ。早ければ今夜のうちに脱皮するかもしれない。同居している雄が第一脚を20ミリちゃんの第四脚に置いているのも脱皮のタイミングを予測するためだろう。


 午前9時。

 用水路ポイントで見つけられたコガネグモは4匹だけだった。

 去年、森の女王様がいた場所の近くでジョロウグモの幼体を24匹見つけた。

 おそらくジョロウグモにとって快適な環境というものがあるんだろう。そして、それは樹木が育ったり、藪が深くなったりしただけで快適でなくなってしまうのではないかと思う。実際、光源氏ポイント周辺におけるジョロウグモのクモ口密度は去年よりも明らかに低下している。


 午前10時。

 お尻がソーセージ型になってきているジョロウグモの鉛筆お尻ちゃんに同じくらいの体長のバッタの子虫をあげた。大暴れしない獲物なら少しくらい大きくても仕留めてもらえるのだ。


 午前11時。

 コガネグモの妹ちゃんがイナゴを食べ終えていたので、お代わりにイボバッタをあげた。ほんとによく食べる……というか、よく食べられるものだと言うべきなんだろうな。


 8月20日。雨のち晴れ。最低25度C。最高33度C。

 午前1時。

 雨はやんでいる。

 スーパーの東側にナガコガネグモの20ミリちゃんが戻ってきていた。お尻が細くなっているから産卵したんだろう。円網はまだ張っていないが、張り終えたらイナゴをあげようと思う。

 スーパーの西側にいるオニグモの20ミリちゃんは、壁の角の部分に、白い糸を使って中央が凹んだ丸いクッションのようなものを作っていた。これが「産座」と言われるものだとしたら、ここに産卵して茶色の綿菓子で覆うのだろう。

※これは卵塊だったらしい。


 チャバネゴキブリを捕まえたのでヒメグモの3番目ちゃんの不規則網に投げ込んだ。ちょっと弱らせすぎたのだが、3番目ちゃんはぽとんして近寄ってきたので、食欲があるようなら食べてもらえるだろう。

 コンビニの店先でイナゴを6匹捕まえた。在庫が多すぎるので冷凍しておくことにする。解凍してオトナのジョロウグモにあげれば食べてもらえるんじゃないかと思う。ジョロウグモにとってはまったく抵抗しない獲物こそが良い獲物であるはずなのだ。


 午前2時。

 オニグモの20ミリちゃんは卵囊の仕上げにかかっていた。第四脚2本を使って、お尻から引き出した薄茶色の糸を卵囊の表面に固定して、それからお尻を持ち上げているようだ。なるほど、これなら糸がたるんで綿菓子状になるわけだ。

 おそらく、ゴミグモやナガコガネグモは第四脚を使わないので糸がたるまないのだろう。その結果、卵囊の表面が和紙状になるのだ。第四脚の一手間のあるなしで卵囊の表面仕上げがまるで変わってしまうのが面白い。

 ダンゴムシを捕まえたので、玄関のヒメちゃんの不規則網に投げ込んだ……のだが、よく見ると、ヒメちゃんの卵囊は14個になっていたのだった。〔行動する前に状況を確認しろ!〕


 午前3時。

 玄関のヒメちゃんはダンゴムシを吊り上げていた。


 午前6時。

 オニグモの20ミリちゃんは卵囊の側にうずくまっていた。ああっと、これは「卵囊を守っている」状態だな。あっはっはっはっは。

 しかし、この子の卵囊は色が薄い。ほとんど薄いグレーである。もしかして、オニグモではないとか? それとも個体変異の幅が広いだけなのかなあ……。

 サザンカの植え込みにいるヒメグモの2番目ちゃんの不規則網にアリを投げ込んであげた。この子はいまだにシート網を付けていない。アリの襲撃を受けてやる気をなくしてしまったんだろうか? 

 なお、1番目ちゃんは網を張り替えていないのでアリが通り抜けてしまう。これでは手の出しようがない。


 午前9時。

 ヒメグモの2番目ちゃんの枯れ葉の下に卵囊らしいものがあった。


 午前10時。

 ナガコガネグモの20ミリちゃんが円網を張っていた。中央部にもやもやした雲型の隠れ帯が付けられているが、産卵直後なのだから空腹のはずだという判断でイナゴを投げ込む。20ミリちゃんはサイドステップしながら捕帯を巻きつけ、円網を大きく切り開いて獲物を宙吊りにして、さらに捕帯。それから牙を打ち込んで仕留めてしまった。時計は用意していなかったのだが、多分十数秒しかかかっていないと思う。


 午前11時。

 コガネグモの妹ちゃんの隠れ帯は向かって左下に1本だけだった。イナゴとイボバッタでは隠れ帯1本にしかならないというわけだ。

「ええい、連邦軍のコガネグモは食欲の化け物か!」

 それならばと、今日はバッタ界の女王、ショウリョウバッタの雌を投げ込んだ。その体長は80ミリ以上。コガネグモをガンダムだとすると、ビグザムを超えるという大物である。〔今時の子に通用するのか、その例えは?〕

 過去、オニグモでさえ捕食しようとしなかったという大物なのだが、妹ちゃんはいつものように捕帯を巻きつけ、牙を打ち込んであっさり仕留めてしまった。

 バッタの後脚は強いジャンプ力を発揮する。それはおそらく、関節と関節の間がパイプ状の外骨格でできているからだろう。この場合、脚先に最大のキック力が生じるのは脚が伸びきる直前辺りではないかと思う。ということは、脚に捕帯を巻きつけられてしまうと、たたんだ状態であれ、伸ばした状態であれ、そのキック力を発生させることができなくなってしまうのだろう。短いが強力な脚でもがくコガネムシほど多くの捕帯を巻きつける必要がないのはそういうことなのではないかと思う。つまり「暴れなければどうということはない!」である。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんは脱皮して体長25ミリほどになっていたが、お尻は黄色と黒のまだら模様だ。つまり、まだオトナにはなっていない。

 その円網は縦も横も20センチくらいだが、糸は無色になっていた。体長15ミリほどの太めのガを投げ込んでみると、20ミリちゃんは素早く飛びついてガの腹部に牙を打ち込んだ。しかし、あまり空腹ではなかったのか、あるいは暑いので働きたくなかったのか、仕留めたガをそのままにしてホームポジションに戻ってしまったのだった。

 雌が見せるこういう隙を同居している雄は見逃さない。20ミリちゃんの反対側からそろりそろりと獲物に近寄って口を付けていた。まあ、すぐに気付かれて「何やってんのよ、あんたは!」とばかりに追い払われていたがね。

 ジョロウグモの雄も雌がオトナになるまで飲まず食わずで待っているというわけにはいかない。生きるためには盗み食いをするか、回収された円網の糸などを食べて飢えを凌ぐしかないのである。


 午後1時。

 あまりの暑さにぼーっとしながら走っていたら、信号待ちから発進する時にペダルを踏み外してしまった。左の脛に傷が3ヶ所あって、靴下まで血が流れている。この季節に昼過ぎまで走ってはいけないようだ。〔「年寄りの熱中症」だな〕


 午後5時。

 スーパーの東側ではナガコガネグモの20ミリちゃんがまだイナゴを食べていた。おそらくコガネグモ科ではこれくらいが普通で、コガネグモの消化能力の方が異常なんだと思う。


 8月21日。曇りのち雨。最低25度C。最高30度C。

 午前1時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたので、そこらで捕まえたコオロギをあげた……のだが、素早く獲物に駆け寄った20ミリちゃんはいきなり牙を打ち込んだのだった。なんと、ガ用の仕留め方である。おそらく、空腹のあまり手順を間違えてしまったんだろうと思う。

「そんなこともあるさ。オニグモだもの」

 コオロギは暴れているが、背面側から頭部と胸部の繋ぎ目辺りに牙を打ち込まれているので逃げられはしないだろう。

 東南の角ちゃんは円網の外でコガネムシを食べていた。

 スーパーの東側でミンミンゼミを捕まえた……というか、拾った。飛ぶこともできないほど弱っているようだ。かなりの大物だが、コガネグモの妹ちゃんなら仕留められると思う。あるいは、冷凍しておいて、オトナのジョロウグモが現れてからあげてみるか、だな。

 コンビニの店先にいたイナゴは3匹だけだった。コンビニイナゴのシーズンは終わりつつあるのかもしれない。


 午前2時。

 ヒメグモの2番目ちゃんは甲虫を枯れ葉の下まで運び上げていた。


 午前7時。

 コガネグモの妹ちゃんの隠れ帯は向かって右下に1本だけだった。こんなこともあろうかと、持参したイナゴを円網に投げ込んでおく。

 その近くには体長7ミリほどの若いコガネグモ(多分)もいた。その丸くて白いお尻には濃い茶褐色の四角い斑が2列に並んでいる。お尻が黄色と黒になるのはもう少し成長してからだ。


 午前8時。

 光源氏ポイントにはジョロウグモを食べているハナグモが2匹いた。おそらく、引っ越しの途中でハナグモの間合いに入り込んでしまったんだろう。ジョロウグモも網を離れれば捕食される側になってしまうのである。

 ジョロウグモの20ミリちゃんには体長15ミリほどの太め体型のガをあげた。

 クズの葉を食べているらしいオンブバッタの雌もいた。ウィキペディアによると「オンブバッタはクズ、カナムグラ、カラムシなど葉の広い植物を食べる」のだそうだ。むしろ、一般的なバッタが、わざわざイネ科植物のような二酸化ケイ素を含んでいて食べにくそうな葉を食べる方がおかしいような気もする。


 午前9時。

 用水路ポイントでは1個のコガネグモの卵囊の脇で子グモたちがウインナーソーセージ形のまどいを形成していた。

 少し範囲を広げて調査してみたら、水田脇の電柱などを利用して円網を張っているコガネグモが3匹いた。さらに用水路沿いには6匹いる。全体的に小柄な子が多くなったようだが、ちゃんと探せばまだまだ見つかるかもしれない。

 まだ緑色の小さなアケビを3個見つけた。秋が来るのが楽しみだ。


 午前11時。

 イナゴ1匹だけでは足りないだろうと思って、そこらで捕まえたショウリョウバッタの雄を妹ちゃんの円網に投げ込んだ。さらにオンブバッタの雌も2匹追加する。わんこバッタである。

 しかし、妹ちゃんは知らん顔をしている。ショウリョウバッタがもがき始めたところでやっと捕帯を巻きつけたくらいだ。隠れ帯の本数から食欲のあるなしを推測してはいけないのかもしれない。


 午後6時。

 台所の天井から体長4ミリほどのハエトリグモが糸を引いて降りてきた。面白そうなので指を差し出してみると、乗ってくるんだ、この子は。指にクモを乗せたままだと何もできないので、壁に移ってもらったが、悪い気はしないぞ。


 午後7時。

 後輪のタイヤを交換した。ついでに言っておくと、作者は自転車整備で汚れた手を練り歯磨きで洗っている。研磨剤が入っているので油汚れがよく落ちるのだ。手がスースーするのが難だが。


 午後8時。

 スーパーの西側ではプラスチックのプレートの裏からクモの脚が1本出ていた。おそらく20ミリちゃんだろう。この時間帯に円網を張り替えていないのなら獲物をあげる必要はないかもしれない。


 8月22日。雨のち曇り。最低24度C。最高29度C。

 午前1時。

 小雨が降っているが、路面は乾いている。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていたので、そこらで捕まえた小さめのコオロギをあげた。今日はちゃんとバーベキューロールまで使って捕帯を巻きつけてから牙を打ち込む20ミリちゃんだった。やはり、産卵のような大きなイベントがあると本能にバグが発生することがあるんじゃないかと思う。

 配水管の裏ではマダラヒメグモの1匹が卵囊を2個造っていた。玄関のヒメちゃんの卵囊よりは大きいから、その分、数は少なくなるだろう。もっとも、うちの玄関のように獲物が多いとは思えないが。


 午前4時。

 部屋の壁に体長2ミリほどの黒っぽいクモがいた。床から1.7メートルくらいの位置だ。もしかしたら、この子はかつてのアイガーの北壁ちゃんかもしれない。

 最近の解説書では「オオヒメグモは粘球糸による吊り上げ式(釣り上げ式)の狩りをする」などと書かれていることが多い。しかし、古い本を読むと、ちゃんと不規則網にかかった獲物を捕食することもあると明記されていたりするのだ。

 また、ヒメグモは不規則網の下にシート網を付けるので、不規則網に飛び込んだ獲物は必ずその上に落ちると思いたくなるのだが、むしろ不規則網に引っかかることの方が多い(作者がアリを投げ込むと3回中2回は不規則網に引っかかる)。ヒメグモもそれを知っていて、シート網の上にぽとんと落ちても、そこに獲物がいないとわかると、糸を弾きながら不規則網を伝って獲物に向かうのだ。

 このように、ヒメグモ科の不規則網は獲物を捕捉する機能を持っている。そして、その機能をより有効にする方法の一つが糸を縦方向に長くすることである。糸が長くなれば、飛行性昆虫が不規則網に引っかかる確率も上がるわけだ。確認はしていないが、アイガーの北壁ちゃんのように高い位置まで不規則網を張る子たちは粘球糸による吊り上げ式の狩りをしない可能性もあるのではないかと思う。つまり、これもまたプランBなのだろう。

 ではなぜ、プランBが必要になるのだろうか。これは簡単。その子が居着いた場所に吊り上げ式の狩り向きの獲物(ダンゴムシなど)が多いとは限らないからである。例えば、作者の部屋に生きているダンゴムシが現れる確率は3~4年に1匹だ。この場合、地上20センチ以下の位置に粘球糸を張っても十分な量の獲物を捕食するのは難しいだろう。そして、何年か前のこの部屋のように小バエが多いという条件が重なったりすると、アイガーの北壁ちゃんのように高さのある不規則網を張るタイプの方が有利になる可能性もあるわけだ。

 クモは昆虫のような翅を持っていない。植物ほどではないにせよ、「置かれた場所で咲かなくちゃ」という生き方をせざるを得ないのである。そういう場合は想定外の環境でも生きていける少数のプランB要員が役に立つことになるのだろう。

 少数の子しか産めないヒトには理解しにくいだろうが、多数の卵を産む生物が命を確実に次の世代へと繋いでいくのにはこういうプランBも必要なのだ。多数派の子であれ、少数派の子であれ、母親は同じなのだし。


 午前5時。

 スーパーの店先に妙にお尻が大きいイエユウレイグモ(多分)がいた。その不規則網にはヒシバッタが1匹ぶら下がっているが、捕食する様子はない。これは産卵前の食欲減退ではあるまいか。

 そして、ここには体長17ミリほどのオニグモもいた。「ここで会ったが百年目」である。その円網にそこらで捕まえた同じくらいの体長の太め体型のガを投げ込む。だいぶ明るくなっているので、17ミリちゃんはすでに円網から出ていたのだが、獲物がかかったのに気付くと素早く駆け寄って牙を打ち込んだ。

 ナガコガネグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。イナゴを1匹食べた翌日に食欲がなくなるくらいは当たり前だろう。コガネグモだけは別だが。


 午前6時。

 コガネグモの妹ちゃんは隠れ帯を2本にしていた。向かって左下に1本とわずかに右寄りの上向きに1本だ。

「わんこバッタを食らっておきながら隠れ帯1本しか増えないとは……」〔全部食べたとは限らないだろ〕

 しかして、フィールドワークは常に二手三手先を読んで行うものである。冷蔵庫から出してきたイナゴを円網に投げ込む。ああっと、作者はもうすぐ70歳だから、じーさんが持ー参したイナゴだなあ。〔…………〕

 妹ちゃんはイナゴに近寄ったものの、捕帯を巻きつけようとしない。わんこバッタにも少しは効果があったようだ。ここは様子を見るべきかもしれない。

 というわけで、電柱を挟んで妹ちゃんの反対側で何かをもぐもぐしていた体長17ミリほどのオニグモの円網にもイナゴを投げ込む。お裾分けである。

 さらに光源氏ポイントまで行ってみると、ジョロウグモの20ミリちゃんは円網を張っていなかった。雄の姿も見えない。最悪の場合、不用意に20ミリちゃんの間合いに入り込んで食べられてしまったということも考えられる。

 とにかく、これでは何もできない。2番目に大きい子と3番目の子に体長15ミリほどのガをあげておく。


 午前7時。

 妹ちゃんがイナゴに捕帯を巻きつけてホームポジションまで運んでいたので、さらにイナゴを2匹追加する。第二次わんこバッタである。

 天気予報では午前8時頃から雨らしいので、今日はここまで。急いで帰宅することにする。


 8月23日。曇り時々晴れ。最低26度C。最高32度C。

 午前4時。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張っていた。その直径は約60センチ。体長20ミリほどのガをあげておく。

 17ミリちゃんにも同じくらいのガを1匹。

 東南の角ちゃんは円網を張っていなかった。腹ごなしか、あるいは産卵が近いのかもしれない。

 強力ライトの土台の横に不規則網があって、枯れ葉が1枚吊られていた。その下にいるのはマダラヒメグモらしい。屋外の、陽当たりがよかったり、雨が降りかかったりするような環境では枯れ葉を使うのかもしれない。もちろん、屋外なら枯れ葉も手に入れやすいのだろうが。 

 サザンカの植え込みではヒメグモの3番目ちゃんが2個目の卵囊の仕上げにかかっていた。最初の産卵は3番手だったのに2回目は一番早く産卵である。


 午後1時。

 ナガコガネグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。

 オニグモの20ミリちゃんと17ミリちゃんは円網を残したまま住居へ戻っていた。つまり「お菓子があるのならパンなんか食べなくてもいいじゃない」である。

 こういう観察結果は論文や解説書の記述と一致しないかもしれないが、それはしょうがない。論文屋さんはせいぜい数時間の観察結果を基にして論文を書いてしまうのだろうし、いちいち追試をしていたら何年経っても論文は書けないだろう。

 そして、論文屋さんの場合、論文を発表することには「仕事をしてました」というアリバイ工作という面もあるのだろう。したがって、論文を発表することで得られる利益に見合う以上のコストをかけることはできないし、その論文に書いたことが科学的に正しいかどうかを考慮する必要もないわけだ。要するに論文や解説書なんかを信じる方が悪いのである。ああっと、こういうことを書くと気を悪くされる論文屋様もいらっしゃるかもしれないな。その場合は、作者と茨城県のクモはひねくれているのだと考えてください。どうぞよろしく。

なお、作者はできる範囲で何も信じないようにしている。作者が自分の眼で見たと思ったものでさえ実在するという保証はないのでね。


 8月24日。曇り一時雨。最低26度C。最高33度C。

 午前2時。

 ヒメグモの1番目ちゃんはこのところ不規則網を張り替えた様子がないので獲物をあげていなかったのだが、念のためにアリを投げ込んでみた。すると、これがちゃんと引っかかって、1番目ちゃんがぽとんした。まあ、捕食できるのなら何よりだ。

 オニグモの20ミリちゃんが円網を張り替えていたので、そこらで捕まえたコガネムシを投げ込んだ……のだが、ホームポジション付近にはすでに2匹の獲物が固定されていたのだった。しかし、見たところ円網に穴はない。20ミリちゃんは宵越しの獲物も大事に取っておくタイプなのかもしれない。

 オニグモの17ミリちゃんにも体長20ミリほどのキリギリス体型のバッタをあげた。

 コンビニの店先にはイナゴが1匹もいなかった。コンビニイナゴのシーズンは終わったらしい。

 そしてクモとは無関係の話ではあるのだが、コガネムシ(ドウガネブイブイ)が葉を食べる時には前脚と中脚で体重を支えて、後脚は持ち上げていることが多いようだ。この姿勢には何か意味があるんだろうか? ただ単に、大顎を餌である葉に近づけるため……かなあ……。


 午前6時。

 コガネグモの妹ちゃんは電柱に沿って不規則網のような糸の束を張って、そこにいた。これでは獲物を投げ込めない。わんこバッタが効いたのかもしれない。

 光源氏ポイントにいるジョロウグモの20ミリちゃんは枠糸の内側に波形の糸を付け加えて、その内側に横糸を張っていた。とうとう円網の面積まで縮小したわけだ。そうまでして獲物を減らしたいのらしい。まあ、作者も獲物をあげ過ぎたという自覚はある。

 さてさて、作者が観察した範囲では、ジョロウグモが「円網にかかる獲物が多すぎる」と判断した場合の行動は以下の4種類になる(今のところは、という条件付きだが)。

(1)バリアーの糸を円網の下部まで伸ばす。

 去年、17ミリちゃんや森の女王様が行ったのがこれだ。

 バリアーは文字通り、ジョロウグモ自身に大型の獲物が体当たりするのを防ぐのが本来の役目であると思う。だからこそ、ジョロウグモのホームポジション付近で密になるように張られている。しかし、これを円網の下部まで広げると、それに衝突した獲物は円網に捕捉されることなく落下することになる。これは特に大型の獲物が円網にたどり着けないようにする効果が大きい(小型の獲物はバリアーの糸の間をすり抜けてしまいやすい)。

(2)円網を張らない。

 全体的にバリアー状(不規則網状)にしてしまえば、獲物はほとんどかからなくなるだろう。

 軒下のジョロウちゃんが脱皮前にやったのがこれだ。他にも幼体の段階でいくつかの観察例があったような気がする。

 これは、獲物が多すぎる環境で、しかも脱皮前のような食べてはいけない時に有効な方法だ。

(3)円網を黄色くする。

 誘引効果説教の教祖であるキャサリンクレイグ様は「アメリカジョロウグモの黄色い網には誘引効果がある」とお考えになっておられるらしい。

 しかし、作者が日本産のジョロウグモで実験した範囲では、「多すぎる獲物を食べたジョロウグモは円網を黄色くした」という実験結果しか得られていない。もしも黄色い円網に誘引効果があるのだとしたら、空腹の時に円網を黄色くし、十分な量の獲物を食べたなら無色にするはずだ。

 ではなぜ、黄色い円網に獲物を減らす効果があるのだろうか? これはもちろん、無色の円網よりも黄色い円網の方が昆虫に見えやすくなるからである。ハエなどがジョロウグモの円網を避けて飛び去るということはよくある。彼らの眼にはジョロウグモの横糸が密な円網は壁のように見えるのではないかと思う。そこで、円網が黄色くなると、より遠い位置で円網の存在に気付いて回避行動を始められるだろう。

 それに対して、ショウジョウバエや翅付きアブラムシのような小型昆虫は、より接近してからでないと円網に気が付かないのではないかと思う。さらに円網に気が付いても、風に逆らって飛行する能力が低ければ、円網を回避しきれないことも多いはずだ。

(4)円網を小さくする。

 円網の面積が減れば、獲物がかかる確率も低下するだろう。

(5)獲物を捨てる。

 鱗翅目の幼虫のようにジョロウグモの毒が効かない獲物やダンゴムシのように牙が滑ってしまって打ち込めない獲物、コメツキムシのように鞘翅が硬くて貫けない獲物などは円網の糸を切って落としてしまう。なお、食べたくない獲物を捨てるという行動はオニグモやゴミグモでもよく見られる。

 なんとまあ、プランBどころか、プランEまであるじゃないか! ジョロウグモは小型の獲物を狙う食の細いクモなのである。その分、産卵回数が少なくなっているようだが。


 午前7時。

 用水路ポイントにいたコガネグモ2匹にイナゴをあげた。捕帯巻きつけ時間はそれぞれ約10秒と約9秒。バッタ系の獲物ならこれで十分ということなんだろう。


 午前11時。

 ス-パーの東側にいるナガコガネグモの20ミリちゃんは、やっと円網を張り替えたらしかった。しかし、今日はもう疲れた。獲物をあげるのは明日にする。

 スーパーの正面の排水管の根元に不織布マスクの切れ端のようなものが浮いていた。その下にはダンゴムシも浮いている。カメラをタイル面まで下げて撮影してみると、切れ端の下にマダラヒメグモのお尻らしいものが写っていた。やはりマダラヒメグモも枯れ葉を吊すことがあるようだ。玄関のヒメちゃんも危険を感じると横木の下に入り込むし。


 午後6時。

 西の方にある黒い雲の中が時々光っている。

 ヒメグモの1番目ちゃんがシート網を付けていたので、アリを投げ込んだ。


 8月25日。曇りのち雨。最低26度C。最高31度C。

 午前1時。

 オニグモの20ミリちゃんは横糸を張っているところだった。完成するまで待つ気にもなれないので、張り終えた部分にイナゴを投げ込んでおく。

 17ミリちゃんは円網を完成させていたので、そこらで捕まえた体長15ミリほどのコオロギをあげる。

 ナガコガネグモの20ミリちゃんには体長5ミリほどのヒシバッタをあげておく。ナガコガネグモは通常、夜明け前の時間帯に円網を張り替える。ということは、今の20ミリちゃんの円網の横糸は劣化しきっていて、イナゴやコオロギを捕捉できないだろうという判断である。今から寝て、朝になってからイナゴをあげるのは少々キツいのだ。

 体長4ミリほどのマダラヒメグモの不規則網には体長20ミリほどのハサミムシを追い込んでみた。獲物に気が付いたマダラヒメグモがハサミムシの近くまで降りてきて、また戻るというのを何回か繰り返すと、ハサミムシは「足が地についていない」様子で、地面を引っ掻くばかりで不規則網の外へ脱出できなくなった。おそらくこれが「粘球糸を投げつける」という行動なのだろう。もう少し軽い獲物であれば吊り上げられているところだ。

 マダラヒメグモのカップルは「せっせっせーのよいよいよい」をしていた。もちろん撮影させてもらったのだが、フラッシュを使ったせいか、この

2匹は別れてしまった。作者は馬に蹴られてしまうかもしれないなあ。〔現代なら「車にはねられる」だろうな〕

 やだなあ。死ぬのなら魚の餌になるのがいい。人間に屍を見られるのも、温暖化ガスにされるのもいやだ。

 玄関のヒメちゃんの不規則網にはダンゴムシを1匹投げ込んでおく。


 午前9時。

「我々は1匹のヒメグモを失った」〔…………〕

 冗談はともかく、ヒメグモの2番目ちゃんが食われていた。

 枯れ葉の下にいなかったので探してみると、なんと、枯れ葉の上で体長4ミリほどのハエトリグモの仲間が2番目ちゃんらしいヒメグモを咥えていたのだ。卵はアリに食われ、自身はクモに食われるとは、つくづく不幸な星の下に生まれてきたヒメグモだったのらしい。合掌。

 というか、やはり、この子の防御システムには何かしらの欠陥があったんじゃないかという気がする。ヒメグモは枯れ葉の下で産卵から子育てまで行う。これで捕食者に侵入されたら食われ放題になるのは当たり前だ。いままで捕食されたヒメグモを観察できなかったということは、他のヒメグモたちは何らかの捕食者対策があるのだと考えるべきだろう。それが何なのか、そもそも、そんな対策が存在しているのかどうかも今のところはわかっていないが。


 午後11時。

 オニグモの20ミリちゃんは円網を張り替えていなかった。古い円網には昨日のコオロギが固定されたままになっている。

「食欲がないんだったら円網なんか張らなきゃいいじゃないかあ!」

 17ミリちゃんも住居でうずくまっている。

 これでは手の出しようがない。


   クモをつつくような話2024 その3につづく

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