第七話 ただの雛
概ねいつも通りの長さ(当作比)となっておりますが、お付き合い頂ければ幸いです。
玉英達が後にした河狸族の邑は、灰猫族の邑から見ればほぼ北東方向にあり、当面の目的地である鎮戎公の領地もまた、ほぼ同一直線状、即ち北東方向にある。
鎮戎公が往々にして北の、と表現されるのは、周華の地図上では明らかなように、広く北辺を守護する者であるためだ。
よって、玉英達一行は概念上は北を目指しているのだが、現在位置から考えるなら、事実としては北東へ進んでいる、と言える。
河狸族の邑を立ち、いくつかの試みをしつつ、その北東へ歩み続けて九日半。
ここを越えれば竜河に行き当たる……という山の、小道以外は森に囲まれた中腹を過ぎた頃、上から物騒な叫び声を浴びせられた。
「やい、貴方達、銭目の物と女を置いていきなさい!」
賊徒、かどうかは判別が付かなかった。
いや、言葉の内容だけで考えるなら紛れもない賊徒、野盗の類なのだが、見目と口調、声があまりにもそぐわなかった。
背丈は玉英と琥珀のちょうど間というところ。肉付きは悪くはないが、全体に厚いというわけでもない。
頭上やや後ろでは茶色の髪が球のようにまとめられており、やや尖った薄めの耳がその前で忙しなく動いている。
背後で激しく振られている尾が体格に対して太く見えるのは、ふわふわとした毛によるものか。
やや白めの肌に、山中らしい、いくらか厚手の着物を重ねているが、旅装には見えない。
ただ一点を無視すれば、近所の邑の子供――と言っても年頃は玉英や琥珀とさして変わらない――が悪ふざけをしている、とすら考えられた。
その少女の手にある、先端部だけでも彼女の頭を覆い隠せそうな、巨大な金属槌さえ無ければ。
「おーい、聞こえませんでしたか? 銭目の物と女を置いていきなさい!!」
少女が、もう一度叫んだ。
内容こそ物騒だが、やはり口調と声に幼さを残しており、緊迫感に欠ける。
わざわざ繰り返したことも、拍車をかけていた。
少女の位置と、三名――玉英、琥珀、子佑の位置、高低差は二丈(約三・六メートル)あるかどうか。
距離にして、四丈(約七・二メートル)余り。なかなかの勾配であるが、さほど遠いというわけではない。
「おーいっ!!」
にも関わらず、大きな丸い目を怒らせ、口もまた大きく開けて叫ぶ少女。
脅威として問答無用で排除するには、疑問が多かった。
状況からすれば、警戒すべきは少女を囮とした包囲、あるいは設置型の罠といったところだが、前者が無いことは既に確実であり、後者も今のところ察知出来てはいない。
「子祐、任せた」
玉英は数瞬考えた末、平坦な声音で、最も信頼出来る相手を呼んだ。
「ハッ」
子祐の返事は常に決まっている。
言うが早いか、数歩踏み込んで少女を射程に収め、瞬時に構えた槍の石突(槍においては穂先の反対側。地面へ突き立てる方。)で少女の右腕を叩き、武器を落とさせる。
「いった……ぁ……!」
と少女が声を漏らした時には、既にその背後から、腕ごと胴体を締め上げていた。
「あっ……お、お強い、え、女の方、お、おねえ、さま……」
少女は胡乱な言葉を残して、気を失った。
半刻(約一時間)ばかり経った頃、少女が目を覚ました。
「あっ……のう……降ろして下さったり、しませんよね?」
少女は手足を縛られ、やや大きめの鬼族――文孝の右肩に担がれていた。
森の中、周りには他に誰も居ないように見える。
「せめて先程のお姉様に背負って頂けるとありがたいのですが……あ、えっと、お仲間ですよね?」
「不服か」
視線は向けないまま、文孝が尋ねる。少女の疑問は、無視した。
「い、いえ、その、男の方は、ちょっと……」
やや歯切れの悪い言い方だが、嫌がっていることは伝わった。
「そうか。だがすまんな。しばらくはこのままだ」
「そうですか……仕方、ありませんね……」
抵抗するかと思いきや、そのまま黙り込んで脱力した。
案外素直なのか、何かしらの企みでもあるのか。
いずれにせよ、一行は概ね予定通り、山の頂上付近で合流出来た。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
西へ傾いた太陽が、驚いて東へ還ってしまうような悲鳴。
山の頂上付近で一行が合流した途端、少女が上げたものだ。
少女は未だ文孝の肩の上、髪を振り乱しながら言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、宋林、ごめんなさい、せっかく逃がしてくれたのに、私、こんなところで……」
「おい、見たとこ栗鼠族の嬢ちゃん、落ち着けって」
突雨が話しかけるも、
「ああああああああああああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
余計に悪化するばかり。
「俺ァ、なんかしちまったか?」
周囲を見廻すも、答えられる者は居らず、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
少女は、当初の印象とは程遠い状態に陥っていた。
万が一を避けるべく、文孝の肩から小道の脇、草の生い茂る地へ少女を降ろし、寝かせた少女の頭を地に座った子祐の脚が引き受け……五つ数えた頃、玉英が口を開いた。
「墨全殿、突雨殿、幾度もすみませんが、頼みます」
斥候である。
もう、これだけで通じるようになっていた。
「ああ」「応よ」
兄弟は揃って口角を上げて頷き、墨全は進行方向左側、突雨は右側の森へその大きな身体で分け入り、更に叔益、仲権にそれぞれ率いられた猫族が、三名ずつ続いた。……試していたことの、一部である。
「子祐、布を噛ませてくれ」
少女に、である。
「ハッ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいおえんああいおえんああいおえんああい――」
「梁水、文孝、左右警戒」
「「ハッ」」
河狸族の邑を出てすぐ、梁水が「祖父との賭けの約定通り、御伴として扱って下さい」と言い出したため、そうはしたくなかった玉英との間で一悶着あったが、結局玉英が折れてそのようになっている。
ともあれ梁水が左、文孝が右。やはりそれぞれに、伯久率いる二名と、仲権の末弟・季涼率いる三名、即ち残りの猫族全員が分かれて続いていく。
実のところ、先程少女が文孝に担がれていた際も、少女には気付かれない位置に、季涼以下四名が付いていた。
隊が散り、再び玉英、琥珀、子佑、そして少女だけとなって程無く、少女の声が聞こえなくなった。
「落ち着いたか」
玉英が片膝を突いて屈み、少女に問う。
やや時間差はあったものの、頷く少女。
玉英が目で合図し、子祐が布を取り去る。
「何があったか、聞かせてくれるか」
玉英の問い掛けに、少女はもう一度頷き、語り始めた。
「私は、この石板山の先にあった、蘭という邑の長だった者の娘、雛と申します」
「蘭雛、と呼んで良いか」
「ただの雛で結構です。もう、蘭はありませんから」
少女――『ただの雛』は諦めたように笑った。
「何?」
聞き返した玉英に、顔だけは笑ったまま、同じ口から出てきたとは思えない程に低い声で答える雛。
「北方の蛮族です」
熊族のことだった。
「昨夜のことです。いつの間に竜河を渡ってきたのか、私が侍女に起こされた時には、既に邑は火の海でした」
あの日の光景が、玉英の瞼の裏に浮かんだ。
「蘭はこの辺りでは有数の邑ですし、近頃賊徒も横行しているということですから、つい先日も態勢を見直す等、それなりの防備をしていた……はずなのですがね。どうしようもなかったようです」
雛は視線を落として続ける。
「幸い、我が家には抜け道がありましたから、侍女達が身を挺して私を送り出し、この山へ……」
辿り着いた、ということだろう。
「それで、何故、山賊の真似事を?」
再び玉英へ視線を戻して、当然のことのように言う。
「侍女達の身代わりを連れて行けば、助けられるかも、と」
雛には、特にそれがおかしいと思っている様子は無い。
本気で言っているのだとしたら、相当な世間知らずだ。
蛮族と言いながら、その蛮族に期待すべきことでは無かった。
あるいは、どこか心が壊れてしまっているのかもしれない。
玉英は、自らの裡にも確実にある疵を想いつつ、別の疑問を得た。
「では、雛の侍女達は生きている、と思っているのか?」
雛は一瞬目を見開いて、それからやはりどこかが欠けたように微笑んで言った。
「ええ、意味は知りませんが、女は慰み者にするのが蛮族のしきたり、なのでしょう?」
雛の言い方では、やや語弊がある。
熊族の暮らす北方――周華北辺の更に北側にある大地は、極寒にして酷暑。生活環境としては相当に厳しい。
それでも生活を可能にする工夫は様々にあるのだが、大きく見ればその一つ、と言える慣習がある。
勝者が敗者の女を全て受け継ぐ、というものだ。
北方では、様々な勢力が興亡し、相争って歴史を紡いできた。
決着が付く度に鏖、ではいずれ争う者すら居なくなる。
そこで、女だけは殺さず、次世代の子を産ませるしきたりとなった……と、玉英が知る限りでは、伝わっている。
このしきたりは、身内の死去においても用いられ、例えば家長たる父が死ねば、最も若く強いことを期待されるその末の子が、生母を除く父の妻達を受け継ぐ、とされている。
周華においても、兄が寡婦を遺せば弟の妻とする、ということはしばしばあるのだが、熊族程に大々的且つ頻発することではない。
しかし、いずれにせよ――
「では、まだ助け得る相手が居る……はずなのだな」
玉英が励ますように言う。
雛を励ましているのか、自らを励ましているのかはわからないままに。
「はい」
雛はいくらか笑顔になって頷く。
「良し。では、周辺の地形や建物、抜け道についても教えてくれ」
前のめりになる玉英に、雛が動かせない腕を動かそうとして焦りつつ言う。
「待って! その前に、先程の蛮族のことを、説明して下さる?」
玉英達がそう酷いことをするわけではないということ、そして墨全等が玉英達の仲間であることは理解しつつも、邑を襲った連中とも仲間ではないのか、という疑いだろう。
むしろここまで話していたのが不思議な程の、当然の疑念である。
「では、皆で集まって説明したいが……もう、先程のようなことはないと思って良いのだな?」
文字通り、話にならない、では困る。
「ええ……はい、きっと」
曖昧に頷く雛の縛りを解き、手振りで集合の合図を出しながら、共に合流地点へ向かった。
――激憤とは、これを云うのだ。
と玉英は思った。
やはり半刻かけ、山頂を過ぎ、下りの中腹で集った。
無事に話が出来たまでは良かったものの、その結果、墨全と突雨が、気の弱い者なら表情だけで殺せそうな程の怒りを発することとなった。
「玉英、悪ィが、今回俺達ゃあ勝手にやらせてもらう」
突雨が、辛うじて叫んではいないだけ、という言い方をした。
墨全も、深く毛に覆われた耳を震わせながら頷いている。
「はい。ご武運を」
玉英はあっさりと承認した。
元より配下というわけではない。ただ、「頼んだ」ら「応よ」と言ってくれるだけの、協力者なのだ。
「はっは、話が早くて助かるぜ」
突雨が笑った。ほんの僅かにだが、余分な力を抜かせてやれたかもしれない。
「そいじゃあ、またな」
「後程」
「はい」
突雨と墨全が一言ずつだけ残して駆けて行く。
揃って尋常ではない偉丈夫だが、速い。
麓まで通常速度で歩けば半刻というところだが、四半刻……いや、もっと短く済むだろう。
胡服以外にも、槍と剣、弓矢、その他様々な物を身に着けているはずだが、その重さをまるで感じさせない。
「さて、私達も遅れ過ぎぬようにせねばな」
玉英は皆の顔を見廻して、各々の役割を告げた。
夕刻。
まだ、火の残っている場所があった。
蘭……だった邑の、南西の一角である。
それを横目に見ながら、斬れる者を斬り、突ける者を突き、そろそろ熊賊も尽きようかと考えつつ、玉英と子祐は邑の北西、雛の――長の屋敷だった場所を目指して、西寄りの大通りを堂々駆け抜けていた。
大通り、と言っても道幅はおよそ三丈(約五・四メートル)。左右に立ち並ぶ半壊もしくは全壊した建物は殆どが互いに接しており、冬の寒さに備えてのものと見えた。
この隊は玉英と子祐のみで駆けたため、墨全達より遅れはしたものの、仮に手を叩いて数えれば、遅れること三百、は超えていないはずだった。
しかしその間にも、墨全と突雨は相当に暴れ回っていたらしい。
熊賊の死体が、若干の距離を空けて複数体ずつ、どれも原型を留めず転がっている。その塊が、何十と続いているのだ。
「やはり、凄まじいな」
玉英は損壊の小さい死体を増やしつつ独り言ちた。
墨全、突雨の兄弟は熊族の中でも相当体格に恵まれた方らしく、今のところ玉英等が相手をしているのは、並べて子祐より大きいとは言えせいぜい二寸(約三・六センチメートル)や三寸(約五・四センチメートル)差の者が殆どで、五寸(約九センチメートル)大きい、という者は数える程だ。
それでも玉英からすれば相当な体格差ではあったが、西王母に鍛えられた尋常ならざる腕を、道中、子祐だけでなく墨全や突雨にも頼んで更に磨いて来ている。流石にあの邑での五年間のようには伸びていないものの、熊賊への対処で惑わずに済む程度の成果は出ていた。……無論、前を行く子祐が引き受けているおかげもあるが。
たまたま別の道からやってきた者達の死体を数十増やした頃に、件の邸宅――やはり死体が多数転がっている――へ辿り着き、罠の有無を含めて迅速に判断する。
「邸内に残りが居るとは思えぬが、別の者は居るはずだ。……貴様に必要とも思わぬが、備えよ。左は任せた」
備えとは、救うべき相手が錯乱して襲いかかってくる危険性への、だ。
雛の様子からして、あり得ないことでは無かった。
「ハッ」
子祐は玉英の意図を外さない。
手分けしての探索が始まった。
そしてすぐに中断した。
「お、鬼族……じゃあ、あんたが、あのデカブツの言ってた……?」
「おそらく、そうです。主も呼びますが、良いですね?」
熊賊のものであろう、大きめの剣を辛うじて構えた女性が納屋に居るのを、子祐が発見し、反対側を確認し終えた玉英も合流した。
肌は白く、耳と尾は概ね褐色だが、耳の先は裏側から縁にかけて二寸近く黒く、尾の先は一尺以上に渡って白い部分がある。雛から聞いた通りの、狐族だ。
狐族の女性としては、やや大柄だろうか。と言っても玉英より七寸(約十二・六センチメートル)近く小さく、子祐よりやや年嵩に見える。
「私は玉英。そなたは、雛の侍女・宋林か」
一応の確認。
「ああ、ああ、そうだよ、本当にお嬢様が寄越してくれたのかい……一体全体何をどうなさったのか、ありがたい」
宋林は槍を降ろし、下を向いて一度息を吐いたが、すぐに顔を上げて言った。
「こうしちゃいられない。あたいのことはいいから、娘達を助けておくれ」
三女まで居る、というのは聞いていた。
「どこに居る」
「多分、旦那様の部屋さね」
周華における建物の構造は概ね共通しているため、意味するところは十分にわかった。
宋林が眉根を寄せて目を潤ませ、頭を下げた。
「どうか、どうか――」
「良い。ここで、隠れていろ」
玉英は微笑みつつ宋林を宥め、子祐と頷き合って、納屋を出た。
当てが出来たため、速度を優先しての探索再開。早々に奥へ辿り着いた。
部屋の中を覗い見れば、
「玉英、か」
背中越しに問い掛ける、返り血に厚く塗れた墨全の姿があった。
玉英と子祐が一部の救出へ向かう間、他の者は、邑の出入りを監視すべく動いていた。
蘭――だった邑は、この辺りでは有数、と言うだけあって、確かに邑としてはなかなかに広いが、出入り口は城塞のように多くない。
抑えるべきは、竜河に面する北東の門と、玉英達が突入した南の門、それに抜け道だけだった。
おそらくは何事も起こらないはずの抜け道の先には、それでも、伯久と季涼が他二名の猫族を連れて待機している。万が一、の備えだが、実質的には、雛の護衛だった。
南の門には文孝と、仲権が率いる四名の猫族。
そして北東の門には、琥珀と梁水、叔益率いる五名の猫族。
配置からもわかるように、北東の門が最も重視されている……とは言え、南の門も北東の門も、熊賊の集団に対して十分な陣容とは言えない。
そもそもが、戦うためのものではなかった。
玉英は、熊賊の数を百五十から二百五十と想定した。
この邑の規模に対して、奇襲とは言え早々に長の屋敷まで制圧出来たらしい、ということで最低でも百。
そこへ墨全の、吐き捨てるような「二百までは考えられる」との証言があったため、大雑把に想定したのだ。
しかし、問題となるのは数自体ではなく、それだけの数が、邑の北側から東側にかけて流れる竜河を、どの位置で渡渉して来たのか、だった。
周華と熊族の国の間には、大半の地域で、長城と呼ばれる文字通りに長大な壁が存在する。――『城』とは本来『壁』を表す語である。
騎馬民族である熊族へ対抗するには、勢いそのままに侵攻させない、また撤退させないことが重要だったため、遥か昔に建てられたのだ。
だが、熊族の国と接していながらも、その長城が殆ど存在しない地域がある。
それが、西王母の支配領域の北辺、即ちこの蘭――であった邑から北、東西で見れば二千里(約八百キロメートル)以上に渡る区域である。
何故そうなっているのかと言えば、根本的な地形の峻険さにある。
まず、西王母の支配領域はその大半が山岳地帯であり、騎馬での移動は到底不可能とされる部分が多い。
更に、巨大な竜河は元より、竜河の源流に当たる大小様々な川が幾重にも連なって、その穴を埋めていた。
にも拘らず、たった二百前後にせよ、邑を襲えるだけの集団が入り込んだ。
これは、周華全体に関わる、由々しき事態だった。
故に、渡渉点を教えて貰うべく、各隊が熊賊を、待っている。
琥珀は、既に一刻は経っているような気がした。
実際には、配置に就いてから四半刻(約三十分)、いや、その一分(十分の一。)すら過ぎていない。
視界の左端に映る残照は、まだ消えていないのだ。
これまで戦闘に関わる部分では離れていたため、今回が初めての戦闘参加。――今回も戦闘が目的というわけではないが、そうなる可能性がある、という意味では、既に実戦だった。
それが、これ程の緊張を伴うとは、思ってもみなかった。
立場上、森の中から北東の門を監視する隊の指揮官は、琥珀ということになっている。
出発前、各配置を告げ終えた玉英は「頼んだよ、琥珀。気を付けてね」と耳元で囁きながら抱き締めてくれた。
琥珀は「任せておくのじゃ!」と玉英の胸に顔を埋めながら笑顔で応えたが、現場へ辿り着き、いざ監視し始めてみれば、こうだ。
少々、恥じ入るものがある。
と、琥珀が自己認識を改めた頃、北東の門から飛び出す影が一つあった。
任務は監視と追跡。迎え撃つのではなく、しばし待ってから、追わねばならない。
しかし、琥珀が時機を見計らっている間に、更にもう一つの影が門から飛び出し、最初の影へ見る間に追いついて、ソレを真っ二つにした。
「なっ」
琥珀は思わず声になったかならぬかの声を上げ、立ち上がって、門へと戻り始めたその影に向かって叫んだ。
「そこな者っ!」
琥珀以外の者は姿を見せていない。そも、正しくお供として侍った茶猫族の一名以外は、琥珀からやや離れた位置で潜伏している。
だとしても、失敗と見做されても仕方のない行動ではあった、が――
「……その声、琥珀の嬢ちゃんか」
普段はどこまでも明るい突雨が、赤黒く濡れ、暗く、昏い声で、呟いた。