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第十九話 青山の戦い

当作平均のおよそ倍の長さとなっております。お付き合い頂ければ幸いです。

 兵は、民である。

 賊徒(ぞくと)ですらない。(したが)う相手が違っただけの者達なのだ。

 (いくさ)の間は考えないようにしているが、玉英(ぎょくえい)にとっては重大な事実である。

 その点、恵陽(けいよう)軍と燕薊(えんけい)軍、双方(そうほう)犠牲(ぎせい)を──戦の規模からすれば──相当に少なく出来たのは、僥倖(ぎょうこう)だった。

 無論(むろん)、皆が見事に役目を果たしたから()()ではあるが、それは前提に過ぎない。

 相手のあることなのだ。

──今回の結果は、天運(てんうん)と考えるべきだ。

 茗節(めいせつ)内応(ないおう)の成果は、あまりにも大きかった。

──いつでも同じようにやれる、(など)と思い上がれば、(いず)れ大切なものを失うことになるだろう。

 (とき)未明(みめい)。暗く(こご)える燕薊、その内城(ないじょう)で最も手厚く保護された寝室(しんしつ)寝台(しんだい)の上。

 玉英は、丸くなった琥珀(こはく)の安らかな寝顔を()()()()()()()(なが)めながら、今ここにある幸せが()()()のように焼かれることを(おそ)れていた。

 (どう)青銅(せいどう)。)製の()(ここでは火鉢(ひばち)(たぐい)。)で盛大に火を()いているせい、では勿論(もちろん)ない。

 玉英()を取り巻く状況が大きく変わったためだ。

 寿原(じゅげん)趙敞(ちょうしょう)(くだ)ってから十一日。

 恵北(けいほく)方面へ出ていた()燕薊軍、波舵(はだ)軍三万も降伏(こうふく)……その報告を、昨夜聞いたばかりである。

 燕薊を支配することになった……それは良い。

 ただ、これまで基本的には秘匿(ひとく)してきた玉英の()()(おおやけ)にせざるを得なかったことが、揺らめく炎の先端部のように、不安の種になっていた。



 (さかのぼ)ること一月(ひとつき)と七日。

 夕刻前、燕薊へ入城した玉英の姿に、周囲一定範囲内の()せた民が目を見開き、(こぞ)って平伏(ひれふ)したのが()の発端だった。

「立つが良い。我が軍は略奪(りゃくだつ)(など)せぬぞ!」

素知(そし)らぬ顔で呼び掛けつつも、王族と知っての()であることは、伏せたまま微動(びどう)だにしない民の様子からわかった。

 仮にも王家直轄地『三つ子半島』、その中心都市の住民達である。いくら(かみ)(つの)を隠していようと、(ひとみ)の色を判別(はんべつ)可能な距離であれば、誤魔化(ごまか)すことは出来なかったのだ。

──(こと)此処(ここ)(いた)っては(いた)方無(かたな)い。

 半端(はんぱ)(うわさ)されれば、むしろ予期せぬ広まり方をするだろう、とも考えられた。

 玉英は一つ深呼吸し、陽光に照らされ輝く夕照(せきしょう)の背から、名乗った。

「周華の正統なる王女、玉英である! 苛政(かせい)は終わりだ! ()(税の一種。)を半減(はんげん)し、塩の値も下げる。仔細(しさい)五日(いつか)(うち)布告(ふこく)する。しばし待て!」

と、一度間を置いて声と表情を(ゆる)め、

「私のことは、外の者には広めずにおいてくれ。周華を取り戻す力を、(たくわ)えねばならん。……私は、そなた()と、(たす)()いたい」

 玉英の笑顔は民から見えるはずもなかったが、声の響きだけでも真摯(しんし)な願いであることは伝わったらしい。

 周囲の民が、(ひたい)を地に押し付けるように、ほんの(わず)かながら一層深く頭を下げた。

(みな)に感謝する。……さあ、今度こそ立って、そなた等の顔を良く見せてくれ。我が民と、呼ばせて欲しい」

 礼の上ではあり得べからざることだったが、更に繰り返し声を掛けられたことで齢十かそこらの少年が応じ、その無事を察して三々五々(さんさんごご)、応じる者が増え、(つい)には伏せている者が居なくなった。

 子祐(しゆう)雲儼(うんげん)以下の一行は油断無く備えていたが、玉英は全ての民の名を聞き、声を交わし終えてから無事に歩み出すこととなった。

 なお、進んだ先でも同じ光景が現出(げんしゅつ)し続けたため、内城へ辿り着いたのは、()()する民が減った深更(しんこう)になってからだった。



 そうして顔と名を()()()()()()民のことを、玉英がまるで信用していない、というわけではない。

 しかし、簒奪者(さんだつしゃ)麒角(きかく)(くみ)する者が城塞都市(まち)に全く居ない、と楽観(らっかん)出来るはずも無かった。

 (ゆえ)に、()()()の入城から十六日後、寿原へ進発するまでの間に、新税制等についての布告、降兵(こうへい)の配置、困窮(こんきゅう)家庭への援助等と並行(へいこう)して、特に太水(たいすい)往来(おうらい)禁止(きんし)並びに監視(かんし)する体制も整えた。

 距離だけで言えば、南西か南東へ五、六百里(約二百から二百四十キロメートル)も行けば、それぞれに城塞都市(まち)があるのだ。

 幸い、()()に至るまで、凍り付いた劫海(ごうかい)沿岸部(えんがんぶ)や太水を含め、(きん)(やぶ)る者は居なかったようだが……()()()を懼れる気持ちは、無くなりはしなかった。


「玉英……?」

 雪よりも白い耳を(しばたた)かせるように動かした琥珀が、目も開けずに、まだ眠っているような声を上げた。

「ごめん琥珀、起こしちゃった?」

「うむ……ぅ……じゃが、良い。また、寝るのじゃ」

 そう言って()()いてくる琥珀の小さな身体を、玉英も抱き締めた。

「うん。おやすみ、琥珀」

「おやすみ、なのじゃ、玉英」

 琥珀の背へ回した腕に、柔らかな尾が(から)()いて来た。



 早朝の鍛錬(たんれん)は取り止め、日が昇ってからゆったりと──と言っても相当な火が()(よう)だったが──琥珀、子祐(しゆう)と共に朝食を摂り、執務室(しつむしつ)へ移って報告を聞く。──(おおむ)ね、()入城後の習慣通りである。

 この日は、執務室に先客があった。

「おはようございます、突雨(とつう)殿」

(おう)、玉英。琥珀の(じょう)ちゃんに、子祐も」

「嬢ちゃんはやめよと言っておろう!」

「はっは、すまねぇな、口癖だ。他のことで勘弁(かんべん)してくれ」

 唇を尖らせる琥珀と、(ほお)を上げて応える突雨。もはや見慣れた光景である。

 そちらの()()()()()は気にせず、子祐は無言のまま頭を下げた。

 子祐につられて、というわけではないが、玉英も頭を下げ、

「お待たせしてすみません」

「気にすんな、退屈はしてねぇからな」

 髭面(ひげづら)の中から歯を見せて笑う突雨。

「ありがとうございます」

 玉英も笑顔を返し、(かべ)へ掛けてあった宝刀(ほうとう)──元からここに()ったものだ──を立ったまま眺めていたらしい突雨に椅子を(すす)め、自らも琥珀と並んで部屋の奥の席へ座る。

 突雨は部屋の左側──奥から見れば右側──にあった大きくしっかりした椅子へ音を立てて身を預け、子祐は玉英の左脇(ひだりわき)に控えた。

「さて、報告、っつっても、特に問題ねぇんだけどよ」

 突雨軍は、恵水(けいすい)沿いの監視所制圧の(のち)()()()として身を隠しつつ、()燕薊軍の伝令(でんれい)や逃亡兵を()()()()()役目を果たしていた。

 旧燕薊軍()()()()()の鬼族軍に()()()()()を与えないことが、全ての大前提だったのだ。付かず離れず、それでいて絶対に逃さない……そんな芸当(げいとう)が出来るのは、突雨軍以外に無かった。

 戦が決着してからは、元居た監視に加わる形で燕薊周辺から寿原、西寿(せいじゅ)へ散っており、途中からは更に雲観(うんかん)軍、雲超(うんちょう)軍も加わっていた。

 今回は二度目の直接報告である。

「聞いてた通り、上越(じょうえつ)一家は通したぞ」

「ええ、ありがとうございます」

 玉英は目を細め、口角を上げて頷いた。

 上越一家は、相毅(しょうき)……というより(がく)家に(つか)える旅芸座(たびげいざ)兼商隊、()まる(ところ)間諜(かんちょう)である。

 相毅が玉英の情報を(つか)んでいたのも、鎮戎公領域へ入り込んでいた彼等(かれら)功績(こうせき)によるもの、と相毅自身が語っていた。

 主要構成員は血縁者(けつえんしゃ)ばかりからなる十数名で、各々(おのおの)()(もの)を含めれば数百名に(およ)ぶという。

 その一部を、王城都市京洛(けいらく)青東(せいとう)半島、そして青東半島のすぐ南にある竜爪(りゅうそう)族の(みやこ)龍邪(りゅうや)へ送り込むよう、相毅に命じてあったのだ。──相毅は正式には茗節軍副官のままだが、茗節と共に()()(おとず)れて以来、玉英の謀臣(ぼうしん)としても仕える形になっていた。

(おう)。……にしても、上越の寄越(よこ)した酒は上物(じょうもの)だった。また寄越すように玉英からも言っといてくれ」

 余程(よほど)気に入ったらしい。突雨の(ほほ)はいつになく緩み、目の光も柔らかくなっていた。

「はい、必ず」

 玉英は笑顔を深め、頷いた。



 突雨が任務に戻ってからも来客、もとい謁見(えっけん)を求める者は多かった。

 ()入城から五日目である。(まつりごと)根幹(こんかん)の一つたる税制等は()()ある程度整えてはあったものの、まだまだやるべきことは山積(さんせき)していた。

 特に、無理に徴兵(ちょうへい)された者達を民としての暮らしへ戻すことは急務(きゅうむ)だったが、そもそも暮らしが成り立っていない、という者も多く出たのだ。

 全体は、燕薊で(くだ)った四万、(もと)輜重(しちょう)隊の捕虜(ほりょ)二万六千、旧燕薊軍本隊へ合流した(のち)生き残った二万三千五百……合計八万九千五百。

 うち、困窮(こんきゅう)により軍へ残りたがった者が四万三千。これは一先(ひとま)ず希望を聞き入れ、調練(ちょうれん)を課した。──付いて来られなければ、他の仕事へ回す。

 別の四万二千は元の生活へ戻れそうだったため、(すこ)やかに過ごせる程度の(かね)糧食(りょうしょく)を渡し、家へ帰した。

 残りの四千五百は、事情に応じて百から五百程度ずつの(まと)まりを作らせて代表者も選ばせ、その代表者と直直(じきじき)に話すこととした。──その結果が、ここ数日(れつ)の途絶えぬ謁見(えっけん)である。


 夕刻、そうした代表者の最後の一名を、執務室へ招き入れた。──燕薊には王族の滞在を前提とした謁見の間も在るが、そちらは()えて使っていない。

 入室して早々に平伏(ひれふ)した代表者へ、声を掛ける。

(おもて)を上げよ、葉網(ようもう)

「ハッ……殿下(でんか)、あっしのことを憶えておいでで?」

 葉網は、普段から見開いたようになっている目を一段と大きく見開いた。

 黒髪黒目、四十過ぎの、若干(しわ)の出てきた男だ。

「当然であろう。それとも、『実は双子の兄』とでも言うのか?」

「いいえ、滅相(めっそう)もございやせん、どうか、ご容赦くだせぇ!」

 せっかく上げた顔をもう一度伏せ、額を地に擦り付ける。

「良い。そなたの話を聞くために来て貰ったのだ。そこへ座れ」

と、突雨も座った椅子を右手で示す。

 この葉網、身体の厚みでは及ばないものの、背丈では突雨に(せま)る程なのだ。

「ハッ、いえ、ですがね」

「良いから座れ。命令だ」

「ハッ! では、失礼して……」

 おっかなびっくり、といった様子で席に着いた。

「良し。では、そなた()の状況と要望(ようぼう)を聞かせてくれ」

「ハッ! そいじゃあ、早速(さっそく)……えー、あっしらは、漁師ばっかり五百六十三名なんですがね、冬場に漁なんざ出来やしねぇんでさ──」

と葉網が語り出したのは、(たくわ)えを得るべき時期に徴兵された漁師達の……その家族の悲哀(ひあい)だった。

 妻や子供が何かの伝手(つて)で働けるならまだ()()で、何も出来ずに乞食(こじき)と化した者も居た。

 玉英が()()手配した援助のおかげでどうにか食事と(まき)(まかな)えるようになったものの、援助が間に合わなかった者の中には、単に死んだ者も居れば──

(ぞく)()ちた馬鹿もいやして……そん(なか)に、えらく()ずかしいこってすが、どうやらあっしらの愚息(ぐそく)(ども)()るようで……」

 漁師の息子達である。徴兵すら受けない程に若くとも、舟の操作はお手の物。不思議(ふしぎ)と凍ることの無い恵水支流──滄水(そうすい)の上流域へ、川賊(かわぞく)として巣食(すく)っていると()う。

 食い詰めた()()()のやることだけあって、近所の者達の間では実行前から噂になっていたらしい。

「ご支援ってぇのに、こんなこたぁ入っちゃあねぇたぁ存じやすが、馬鹿息子共(ばかむすこども)成敗(せいばい)しちゃ(いただ)けやせんか。どうか、この通りでさ!」

 ()()を守って、椅子に座ったまま精一杯頭を下げる葉網。

 自分達の暮らしもそっちのけで、息子達のことを(こいねが)う。……それも、助命嘆願(じょめいたんがん)ですらないのだ。

 切ない親心(おやごころ)が、玉英には(まぶ)しく感じられた。

「良かろう。出来る限りのことはすると約束する」

 頷く玉英に、

「ありがとうごぜぇやす!」

葉網は、椅子の座面(ざめん)を通り越す程に頭を下げた。



 翌日、証言(しょうげん)文献(ぶんけん)から分かる範囲で地勢(ちせい)法制(ほうせい)の調査を行い、軍も整えて、そのまた翌朝。

 玉英自身が、麾下(きか)歩兵ニ千と騎兵一千、それに茗節軍歩兵五千、騎兵三千を率いて進発した。──燕薊は雲仁(うんじん)に任せ、選抜済みの早馬(はやうま)を配しつつ()く。

 向かう先の滄水は、寿原中央付近から()()てほぼ真東(まひがし)へ流れ、恵水下流へ注ぐ、全長およそ四百里(約百六十キロメートル)程の川である。

「なあ、相毅。なんで俺()までこんな(さみ)(なか)行くはめになってんだ?」

 いつものように、右を行く相毅へ(ふる)えて見せる茗節。

 玉英麾下は前軍(ぜんぐん)、茗節軍は後軍(こうぐん)となっているため、(しゃべ)る分には気楽だった。

「一つには、茗将軍と私を試されたいの()()

 微笑む相毅。

「試すったって、俺等が裏切ったら、終わりだろ?」

 茗節は左眉(ひだりまゆ)を上げ、右の口角を(ゆが)ませた。

「その場合は、私達が、終わりですね」

 微笑みは、揺るがない。

「三千と、八千だぞ?」

「敢えて(ざつ)に申し上げますが、殿下が指揮される最精鋭(さいせいえい)の三千……これは()()精兵(せいへい)匹敵(ひってき)()()()。こちらは凡庸(ぼんよう)な六千と、()()()()精鋭の騎兵二千ですから、勝負になりませんよ」

 相毅は眉尻(まゆじり)を下げた。口角は上がったままだ。――二千騎は相毅が特に見込んで鍛えているものの、実戦経験の少なさは否めなかった。

 茗節は両の眉を上げる。

「そんなにか?」

「はい。裏切り(そんなこと)は考えないようにして下さい。私はまだ死にたくありません」

「別にやろうと思っちゃいねぇって」

「子祐殿に首を飛ばされてから言い訳しても遅いですからね」

「おい、やめろよ! ありゃ本気で(こえ)ぇんだって」

 今度は()()()震えている。

 茗節は、毎日玉英と子祐の鍛錬(たんれん)に付き合わされて──襤褸(らんる)()()。)のようにされていた。

「だからこそ申し上げています」

 相毅も共に参加していたが、体格と種族の差もあり、茗節程には(しご)かれずに済んでいた。

「第一、試すというのは別の意味()()

「なんだよ?」

「殿下の指揮へ的確に従えるか、ということ()()

「つったって、兵の質が全然(ちげ)ぇんだろ?」

「ですから、私達の指揮が試されるのです」

「そりゃあつまり、お前の指揮ってことじゃねぇか」

土壇場(どたんば)では、茗将軍の直感(ちょっかん)頼りですよ」

 ()()という瞬間、茗節の判断は相毅の読みをも上回る。──相毅はそう()()()いた。

「んなことねぇし、大体今回はそんな場面自体ねぇだろ」

「はい、()()()()()

 茗節は右頬(みぎほほ)を上げながら、

「面の皮が厚いってなぁこのことだな?」

黒貂(くろてん)族は黒水(こくすい)近辺の出ですからね」

 正しく極寒(ごっかん)の地である。当然そうでなくては、と言わんばかりの笑みだ。

「そりゃあ知って……はぁ。で、俺はどうすりゃいい?」

 息と共に気が抜けて、率直(そっちょく)(たず)ねる。

「絶対に()()りにして下さい。舟をひっくり返してもいけません。殿下は全員助けたいと思っておいで()()

 滄水上流は凍ってこそいないが、通常あり得ない程の冷水(れいすい)だと云う。

 水中では単なる冷気とは段違いに身体の力を奪われる。如何(いか)な鬼族と(いえど)も、特に未熟な少年達では、落ちれば命の保証は無かった。

「わあったよ。あとは?」

「死なないで下さい」

「はっ、当然だろ」

 茗節は、腹から声を出して笑った。

 笑う茗節を、相毅は笑顔のまま、静かに見つめていた。



 燕薊から北北西へ六日。

 大型輜重車(しちょうしゃ)に舟を()せて運んで来たにしては順調に行軍(こうぐん)出来ており、滄水の一里(約四百メートル)(ほど)手前、夜の森で玉英は麾下を休めた。

 森を抜けた先、滄水上流域の一角(いっかく)では作物(さくもつ)が育たず、(まば)らに生えている木も他の地域とは種類が異なると云う。そうした事情(じじょう)により、川賊に気付かれぬよう休めるのは南側ではこの森が最後だった。本来(ほんらい)確実に見張るべき場所でもあるが、川賊がそうしていないのは……所詮(しょせん)は少年達、ということか。

 兵達と共に愛馬の世話と夕食とを終え、玉英と琥珀は幕舎(ばくしゃ)の中、簡易(かんい)の寝台に並んで座っていた。

今更(いまさら)じゃが、こんなに兵が()るのかや?」

 ひたすら景色を楽しんで行軍(こうぐん)してきた琥珀が、ここへ来て首を(かし)げた。

 実際、麾下だけで三千、やや下流へ配した茗節軍が八千。せいぜい三、四百に過ぎない少年川賊を相手にするだけならば、明らかに過剰(かじょう)だった。

「全員生かして捕えたいっていうのもあるけど、せっかくだから、滄水の調査も兼ねて、ね」

 凍り付かない……といっても他の河川からの流入が少ない部分のみだが、調べる価値はあると踏んだ。

「ふむ……(わらわ)の──母上の(むら)とはまた別の話かや?」

「多分、そうだね」

 西王母の邑では湯が湧き出ていた。滄水も岩から湧き出ているということだが、湯ではないらしい。

「むぅ……わからんのう」

「だからこそ、調べたら楽しそうだよね」

「確かにそうじゃな!」

 耳を立てて琥珀が笑い、玉英も笑った。



 翌朝。

 玉英麾下の騎馬隊一千は滄水西側、小さな丘のようになっている部分を回り込み、北側へ向かった。

 昨夜のうちに、川賊の根拠地は北側のようだ、と報告があったのだ。その、()()()()へ行くつもりだった。

 無論、他の軍も、ただ待っていたわけではない。麾下歩兵のうち一千は西側を(ふさ)ぎ、もう一千は南側から圧力を掛けた。

 いくら少年川賊でも()()()()()()()()包囲されれば反応する。

 最初は五(そう)程の舟が東へ川を下って逃走を図ったが、広く囲んでいた茗節軍に呆気(あっけ)無く(とら)えられた。──()()川に落ちた者は居なかった。

 残りの二百名程は北岸のちょっとした拠点を出て北へ走り、先回りしていた玉英隊に半数以上が軽く突き倒され──全軍が調練用の棒を使った──早々に降伏した。


 滄水が、夕日を反射して輝いている。

 川賊の拠点、その小屋の一つで、丸太の椅子に座った玉英の前、

「オレが(かしら)だ。殺すならオレだけにしてくれ」

身の丈十尺三寸(約百八十五・四センチメートル)近い男が、雲儼の手で地に押さえ付けられたままいくらか見上げるようにして、不敵(ふてき)に宣言した。

 身体は大きいが、顔付きからすれば(よわい)十三、四といったところだ。まだ、幼い。

「雲儼、放してやれ」

「ハッ!」

「面を上げよ」

玉英の声が聞こえないはずも無かったが、少年は姿勢を変えようともしなかった。

 引き起こそうとする雲儼を玉英は手振(てぶ)りで止めて、

「そなたが葉網の子、葉棹(ようたく)か?」

「あん? 親父を知ってんのかよ。ご立派な軍の将校サマが、よくもまぁオレらなんぞを捕えに来たと思ったら」

 葉棹は目を細めつつ両眉を上げ、右の口角を歪ませて笑った。

「親父にどんな弱みを(にぎ)られたんだ? 塩の密売(みつばい)でもしたか?」

 葉網は漁師の元締(もとじ)めである。そうした事に関わっていてもおかしくはなかった。

「心して答えよ、葉棹。そなたの言葉次第で、そなたの仲間全員の首が飛ぶ」

 玉英は外の空気よりも冷たく言い放った。

「なっ、オレの答えがまずかったら、オレの首一つでいいだろ!?」

「心して答えよ、と言った」

 何か言い掛けて、飲み込む葉棹。

「そなた()、ここでどう生計(せいけい)を立てていた?」

 川賊はほんの三百六十程度だったが、されど三百六十。

 民の多い鬼族領域においては()()()邑程度だが、冬を越すには相当な蓄えが要る。

 にも(かかわ)らず、この拠点には十日分程度の食糧しか無かった。

「そりゃあ、周りの邑を略奪(りゃくだつ)して──

「そうしていないことは、確認済みだ」

 戦闘を終えたのは朝。

 今、夕刻になって問うているのは、以前から先行させていた斥候(せっこう)達が帰り着くのを待っていたためだった。

「もっと遠い邑から──

「つい最近まで我が軍が行き来していた中で、か?」

 一例を挙げるなら、現在地から西へ三、四日も行けば寿原での決戦地である。

「それは……それは……」

 視線が宙に迷う。

「心して、答えよ」

 三度、繰り返した。

「どう、生計を立てていた?」

「……塩だよ。塩と食糧を交換してもらって、あとは獣を狩って、食ってたんだ」

 溜息(ためいき)と共に答えた。もはや視線は地に張り付いている。

「どうやって塩を得た?」

「滄水の水を煮たり、西の丘を掘ったりだよ」

「掘ると、何がある?」

「岩みてぇな、塩の塊だ。……これで満足かよ」

 ()()てるように言う。

「まだだ。……そなた等、元々凍らぬ水のことを()()()いたのか?」

「……ここいら出身の奴に聞いてな」

「塩が採れることも?」

 玉英は僅かに眉を上げて尋ねる。

「水が(しょ)っぺぇってのは聞いてた」

 だから、()()にして燕薊を出た、と。──状況を考えれば、決死(けっし)(たび)に近かったはずだが、良く三百六十も纏め上げたものだ。

「なあ、もういいだろ、ここまで吐いたんだ。オレの首一つで手を打ってくれ」

 伏せたまま、力無く首を垂れる。

 塩賊(えんぞく)は、死罪と決まっていた。

「そうはいかない。もう一つある」

「なんだよ」

 微かに顔を上げた葉棹に、声を和らげて言う。

「そなた等全員の命、私に預けよ」

「オレらみてぇなもんに何させようって──

「ここの塩を、任せたい」

「はっ、密売かよ、将校サマも結局は──

「密売ではない。燕薊を統べる王族の権限において、命ずるのだ」

「今の王サマは裏切り(もん)だろうが」

 玉英は目を見開き、数瞬、言葉が出なかった。

「そなたのような子供が、そう言って、くれるのか」

「子供扱いすんじゃねぇ! ってか、どういう意味だそりゃ」

「こういう意味だ」

 玉英は立ち上がり、葉棹の両肩を自ら支え起こして、思わず視線を上げた葉棹の目を見つめた。

「なっ……あっ……赤いっ、瞳っ……」

 葉棹はこれ以上無い程に目を見開き、口まで開いたままになった。

 玉英はゆっくりと言い聞かせる。

「正統なる周華の王女、玉英である。葉棹、私に仕えよ」

「あっ……はっ……ハハアッ!」

 勢い余って鼻を地に打ち付けつつ、葉棹は平伏(ひれふ)した。


 葉棹()の実態は川賊ではなく、単に川へ(たむろ)していた塩賊、といったところだった。

 他の民を襲うわけではなく、単に塩に関する法を破っていただけなのだ。

 無論、法を破ること自体は問題であり、塩に関する場合は殊更(ことさら)重罪(じゅうざい)ではあるのだが、元はと言えば簒奪者(さんだつしゃ)麒角(きかく)の定めた専売制(せんばいせい)こそが民を苦しめるものであり、何より玉英の立場からすれば麒角の定めた法(など)守る必要すら無い。

 厳密(げんみつ)に言えば、葉棹等の行いは従前(じゅうぜん)からの法にも抵触(ていしょく)していたが、

「そなた()は正式に命じられて、滄水の開発と塩の流通を担っていた。そうだな?」

「ハッ!」

 塩賊(など)居なかったことにした。

 葉棹等から塩を買っていた近隣の民も、(とが)めない。

 ただ、燕薊の許可を得た商売──正式な事業である、という告知だけはしておいた。もう(おそ)れながら取引(とりひき)する必要は無いのだ。

「良し。……燕薊へ戻りたい者が居ればいつなりと申し出よ」

「ハッ! ありがとうございます!」

 必死に頭を下げる葉棹を見て、玉英の頬が緩んだ。

「値付けに関しては、他の者達を苦しめぬようにせよ。……真実(しんじつ)賊と化せば、斬らねばならん」

「ハッ! わかりました!」

 (とし)相応の応えだった。

「うむ。それと、周辺の調査を進めつつ、そなた等の邑を作る。差配は茗節──

 玉英は視線を左へ遣った。

「──そこな男だ。万事協力せよ」

「ハッ!」

「茗節も、良いな?」

「ハッ!」

 子供の前とあってか、あるいは言葉以上に重い責務を知ってか、姿勢を正した茗節の表情も(かた)くなっていた。



 十日後の夕刻。玉英は燕薊に戻っていた。

 三日間は滄水近辺の調査を自らも行い──琥珀と共に遊んでいるような瞬間もあったが──後のことは茗節や葉棹に任せて麾下と共に帰ったのだ。

 いつものように夕照を(ねぎら)ってから自身も琥珀と共に身体を清め、着替えて執務室へ。

 不在の間に()まった報告のうち急ぎのものを聞き、読み、質疑応答(しつぎおうとう)の末に二刻(約四時間)ばかりが過ぎた頃、用向きの異なる来訪者があった。

 黒貂族の女である。齢は子祐と同程度。背丈は玉英より四寸(約七・二センチメートル)ばかり小さい。浅黒い肌、愛嬌(あいきょう)のある大きく丸い目。(ひざまず)(こうべ)()れたところで、(あざ)やか()(こま)やかな木彫(きぼ)りの髪留(かみど)めが長い黒髪に(いろど)りを()えた。

「面を上げよ」

「ハッ! 殿下、長らく御無沙汰(ごぶさた)致しまして、(まこと)に申し訳御座いません。(しん)(れい)(はじ)(しの)んで(まか)()しまして御座います」

 女は一度頭を上げ、また下げた。

光扇(こうせん)、良くぞ来てくれた」

 玉英は椅子から立ち上がり、光扇へ歩み寄ってその両肩に手を置いた。

()えて嬉しいぞ。……お父上のことは聞いた。王家が不甲斐無(ふがいな)いせいで、そなた等にも苦労を掛けたな。すまなかった」

 光扇は頭も上げず、(こた)えた。

「滅相も御座いません! 楽家こそ、主家(しゅか)の危機に何一つ()せざる不忠(ふちゅう)の臣に御座います! どうか重く罰して頂きたく存じます!」

 玉英は微笑み、

「では、互いに(ゆる)すことでこの話は終わりにしよう」

「ですが……」

「良いな?」

ほんの僅か、命令としての圧力を()めた。

「ハッ! 御旗(みはた)(もと)(はべ)らせて頂けること、幸甚(こうじん)の極みと存じます!」

「先程も言ったが、私こそ嬉しい。頼らせて(もら)うぞ」

「ハッ!これより粉骨砕身(ふんこつさいしん)致します!」

 光扇が一層頭を下げた。

 玉英は息を吸って、

「ゆっくり話がしたい。こちらへ来て座ってくれ。それと、もっと(らく)にしてくれ。幼き日に世話になったこと、私は忘れておらんぞ」

「ハッ! しかし、世話(など)と……」

「私がそう思っていると、知っていてくれれば良い。……さあ」

 突雨や葉網が座った椅子()()()()、光扇に合う大きさの椅子を玉英自ら運び、勧めた。



 光扇が席へ()()()()()ところ、玉英の隣、明らかに存在の()が異なる少女と目が合った。

 黄金に輝く瞳。全身が吸い寄せられるような感覚。

──この方と同じように椅子へ座っていること(など)許されない。

──座っておくことは殿下の命だ。

 相反(あいはん)する()()によって湧き上がる衝動(しょうどう)をどうにか抑え込んでいる間に、玉英の声が()()()()()()聞こえた。

「私の婚約者(こんやくしゃ)だ。私の半身(はんしん)と思って支えてくれ」

「婚約者」「私の半身」の言葉に合わせて少女の瞳の輝きが増し、次いで可憐な声が響いた。

「琥珀じゃ。光扇、で良いかや?」

「どうぞ御随意(ごずいい)に、琥珀様」

 限界まで頭を下げる。

「うむ。光扇、そなた、玉英の(なん)じゃ?」

 ()()()降ってくる声に、

「臣に御座います」

迷いなく答える。

「ふむ……面を上げよ」

 素直に従った。

「妾を見よ」

「ハッ!」

 再び目が合い、巨大な獣の口腔(こうくう)に入り込んでしまったかのような怖気(おぞけ)と、陽光(ようこう)(いだ)かれているかのような(なつ)かしい()()()()()()()ぜになって訪れ──

 ふっ、と琥珀の瞳から黄金の光が消えたと同時に、光扇を(つつ)()んだ(たましい)迷子(まいご)になるような感覚も消えた。

「光扇、よろしく頼むのじゃ」

 琥珀が穏やかに微笑む。

「ハッ!」

 光扇は、限界以上に頭を下げる(すべ)を知った。



 琥珀と光扇のやり取りの(のち)、夜が更けるのも構わず、玉英と光扇の話は続いた。

「春までは止め続けられるでしょうが……」

 燕薊の情報の流出についてである。──楽にしてくれ、と言われたため、光扇は(つと)めて()()話している。

「このまま春になってしまえば、海上の行き来を制止するのは難しいでしょう」

「五百を超える漁師達が全面的に協力してくれるなら、どうだ?」

「でしたら……直接の往来は止め得るかもしれません」

 光扇は微かに頷きながら言った。

「直接で()()部分は?」

「殿下もご存知の通り、海上で頭を突き合わせる遼南(りょうなん)半島、青東(せいとう)半島、百漁(ひゃくりょう)半島の間では互いに舟で行き来しますから──」

『三つ子半島』の由来である。

 各半島同士を地図上で見るならば、順に北、西、南東。先端部の位置だけで言えば、北西から南東に掛けてほぼ一直線。──遼南半島と百漁半島の(あいだ)に青東半島が頭を出しているような格好だ。

 なお百漁半島は実のところ、遼南の東を起点として南へ伸びている極めて巨大な半島の一部に過ぎず、そちらは別に麗羅(れいら)半島と()()らしている。

 麗羅半島南部から(わし)(つめ)のように鋭く北西へ曲がった先が百漁半島である、とも言える。

「──『三つ子半島』全域を支配下に置ければ最上(さいじょう)ですが、せめて青陰(せいいん)を支配下に置きたいところですね」

 青陰は青東半島()()に位置する『三つ子半島』第()の都市──青東半島では第()の都市である。

 二百九十里(約百十六キロメートル)ばかりの海峡(かいきょう)を挟んで北東に遼南半島を望み、大規模な津もあるため、『三つ子半島』の物産や情報が京洛へ向かう場合、一般に燕薊か青陰を通過する。

 民は五十万にはやや欠けるが、燕薊のことを踏まえれば想定すべき兵力は十二万から二十四万。──青東半島は竜爪族領域と接しているため、慣例上(かんれいじょう)、北辺の城塞都市(まち)と同じく常時相応(そうおう)の軍を備えている。

 青陰を、()いては青東半島を(おさ)えられれば、今後数年の動き易さが段違いになるが──

「策があるのか?」

 青陰程の大都市を大軍で万全に守られた場合、兵糧(ひょうろう)攻め以外で(おと)すのは至難(しなん)(わざ)である。何しろ力攻めには()()三倍の兵を要する上、()()()()()()()

 何かしら、布石(ふせき)が欲しかった。

「私の知る限りでは、『三つ子半島』各城塞都市(まち)(おさ)のうち、交代させられたのは燕薊、青陰、青淄(せいし)、遼南の四都市のみで、他の城塞都市(まち)(むら)には古くからの一族がそのまま残っております」

「そなたが声を掛ければ、協力してくれるやもしれぬ、か」

御意(ぎょい)に御座います」

 光扇が一礼した。

「しかし、青淄も従わぬのであれば、半島での大勢はあちらであろう?」

 青淄は青東半島北側の付け根、淄水(しすい)(ほとり)で古くから(さか)えている『三つ子半島』では第()、青東半島では第()の都市である。

 青淄の南には京洛東方の平野部では最も高い青山(せいざん)という山があり、北の淄水とその合流先の竜河、同じく東南東の沂水(ぎすい)並びに傳水(でんすい)と共に、青東半島を半ば孤立させていた。

(おっしゃ)る通り、青東半島の民の七分(七割)(あま)りは青陰、青淄で占めておりますが、それら()()の民とておよそ三十万。()()()()()として五万は見込めます」

 守兵(しゅへい)を残した上で五万、という意味だ。

 各城塞都市(まち)での内応(ないおう)偽報(ぎほう)と組み合わせれば、()()としては上等だった。

 玉英は一旦目を伏せ、数瞬の(のち)、視線を光扇へ戻した。

(らん)を起こして軍を釣り、城塞都市(まち)を内から崩しつつ我が軍で速攻、といったところか。……青淄()()になるな」

 燕薊での当初の計画に近いが、青陰から攻めた場合、陸側の協力者(きょうりょくしゃ)──()わば青東連合軍の犠牲が大きくなり過ぎると考えられた。

 一歩間違えれば、寄せ集めの五万が、仮にも大都市の(まと)まった十数万以上と真っ向から戦うことになるのだ。殲滅(せんめつ)されかねない。

「鬼族軍を(よそお)っての移動……可能だと思うか?」

「ハッ! 仕掛(しか)けるまでに何事も無ければ、おそらく」

 燕薊が()ちたことは()()()には伝わって()()()とすれば、鬼族主体の軍を見て「敵だ」と判断する者も当然相手方(あいてがた)には居ないことになる。

 現在、玉英に協力ないし従っている軍は、鎮戎公領域の守備軍を除くとおよそ二十万。うち鬼族はいくらかの選別を経た上で十三万六千。それと──

「光扇、そなたの軍は如何程(いかほど)と見れば良い?」

 腹心(ふくしん)の将校は()(くだ)ったと聞いたが、各々(おのおの)の率いる軍が一定数は居るはずだった。

()ずは歩兵二千。騎兵三千は遼北に()って身動きが取れず、遅参(ちさん)致します。申し訳御座いません」

 長城付近で備えていたためだと言う。

()(くだ)っても(なお)周華を支えてくれていたのだ。感謝こそすれ、責める理由(など)ありはしない。……今後も、そなた等の忠勇に期待する。引き続き、周華を支えてくれ」

「ハッ! 光栄至極(こうえいしごく)に御座います!」

 幾度目(いくどめ)か、光扇が頭を下げる。

「私()頼んでいるのだ。そう(かしこ)まるな」

 玉英は両の眉尻を下げて笑う。

「ハッ!」

 光扇が頭を上げたところで、

「ところで、兄上のことは何か知らぬか」

 青東半島のすぐ南、傳水を渉れば、竜爪族の都──龍邪がある。

 玉英の兄、玉牙(ぎょくが)が無事に竜爪族領域まで落ち延びたなら、一度は龍邪を訪ねたに違いないのだ。

「残念ながら、何も……力及ばず申し訳御座いません」

「いや、良いのだ。竜爪族が()しているのやもしれぬ」

 鎮戎公、雲理(うんり)が送った使者も、あるいは(とら)えられたのかもしれない。

 竜爪族からすれば――仮に玉牙を迎えていたとすれば――玉牙を旗印に京洛を陥すまでは、一切の(すき)を見せない覚悟だろう。──玉英自身の抱える()()を考えれば、無理もない、と思えた。

「では、編制と行軍についての意見はあるか?」

 話を戻した。

「ハッ! 先ずは前提として周辺の結氷(けっぴょう)について──」

 話し合いは、その後も様々な条件を突き合わせながら、二刻(約四時間)は続いた。



 光扇との()()からおよそ一月半(ひとつきはん)

 劫海や太水、竜河の氷が()()()()()()()けた頃。

 玉英は軍を率い、燕薊を発した。

 歩兵九万ニ千、騎兵四万。(ほとん)どが鬼族の旧燕薊軍と光扇軍に、雲儼と(れい)の計一千騎を(まぎ)()ませている。

 燕薊の津から太水を渡渉後、東へ三日、南へ一日。竜河河口付近を渉り、更に南へ二日で青淄へ辿り着く。

 ただし、全軍の渡渉には(とき)を要する上、青淄への()()としても妥当(だとう)とは言い難いため、一部のみで先行。

 七日目の夕刻、青淄の正門で波舵(はだ)来着(らいちゃく)()げた。

 旧燕薊軍では董蕃(とうばん)に次ぐ第二の将軍だった男である。齢三十九。引き締まった十一尺一寸足らず(約百九十九センチメートル)の浅黒く焼けた身体に短い黒髪。程々(ほどほど)に見開いた茫洋(ぼうよう)とした黒い瞳が、「恬淡(てんたん)且つ堅実(けんじつ)」という相毅の(ひょう)を思わせる。

「『三つ子半島』代官、董将軍の命で()()に来た」

 平板(へいばん)な声だが、背後の整然(せいぜん)とした二万の軍によってむしろ信頼を増す。

「はっはぁ、流石は代官様だなぁ、もうお聞き及びたぁ」

 鬼族としては一般的な体格の門番が(つぶや)く。

 青東連合軍が玉英の――光扇の要請(ようせい)に従って動き出していれば、十一日が過ぎている。手の者の迅速(じんそく)な報告を聞いて即座(そくざ)に軍を出した結果、という頃合いを()()()のだ。

「っといけねぇ、失礼いたしやした将軍。長官(ちょうかん)城内(なか)なんで、お話頂けりゃあ……」

「わかった。兵を休ませたい。通るぞ」

 やや強引だが、『三つ子半島』代官の派遣した将軍とただの門番とでは天地の差がある。

「へぇ、どうぞ、どうぞ」

 止める権限(など)、ある(わけ)もなかった。


 城塞都市(まち)へ入ってしまえば(こと)は単純である。

 全軍で内城(ないじょう)へ極力近付き――()()()()()を止められる者は王城でもなければそう居ない――複数の門と扉を通り、最後には波舵を中心とした数百名で青淄長官()不意討(ふいう)ち、制圧。

 事態(じたい)把握(はあく)出来ずに居た青淄三万の兵には「謀反(むほん)(くみ)した長官を(ちゅう)した」と告げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()状態を作り出した。

 問題は、この(あと)だ。

 波舵に青淄を任せ、

()く駆けよ! 味方を救うのだ!」

被り物を目深に被ったまま、玉英は夕照と共に先頭へ立った。琥珀と皎月(こうげつ)、子祐と飛影(ひえい)が続けば、後の者達も自然速度を増す。

 青東連合軍が待つはずの地──青山へ向かう。騎兵ばかり一万。空馬(からうま)を普段以上に多く連れている。

 最低限の休息を挟みつつ幾度(いくど)も馬を替え、夜を(てっ)して駆けた末……翌日夕刻始め頃、青山の(ふもと)、青東連合軍と青淄軍がぶつかり合っているところへ()()()()()

 若干ながら高所へ陣取った()()()は四万に欠ける程度、()から襲い掛かる青淄軍は八万。連合軍が地の利と逆茂木(さかもぎ)馬防柵(ばぼうさく)等のおかげでどうにか()(こた)えている――いや、()()というところだ。

 比較的平坦な場所に居る連合軍左翼(ひだりよく)歩兵一万弱が――青淄軍右翼(みぎよく)騎兵八千に側面(そくめん)へ回られ――(くず)されつつあった。

 ()()()()、玉英軍の馬には余力がある……ならば、

――巧遅(こうち)より拙速(せっそく)

 瞬間、夕照に(あし)で合図を送り、

「全軍続け!」

一段上の速度で、駆け出した。

 視界に入っていた距離である。程無(ほどな)く、青淄軍右翼騎馬隊の後背(こうはい)()いた。

 相手も一部は反応していたが、足並みが揃わないようでは(ほとん)ど無意味だった。

 主に伯久(はくきゅう)以下猫族と玲軍の騎射(きしゃ)を浴びせてから、玉英の剣にして盾たる子祐が先頭へ出て突っ込み、当たる者全てを槍で突き倒し、()(はら)う。続く玉英と雲儼もそれぞれ剣と大戟(おおげき)を振り、後続も()千切(ちぎ)るようにして青淄軍の空隙(くうげき)(ひろ)げ……突き抜けた頃には、馬上の相手を二千弱にまで減らしていた。

 反転し、()()を完全に包囲。投降(とうこう)した者以外は早々に殲滅(せんめつ)した。――殲滅する()()があった。戦略上、青陰や京洛へ注進(ちゅうしん)されてはならないのだ。

 故に、玉英軍の半ばには、(から)()るように包囲することを徹底していた。



 (いくさ)要諦(ようてい)は、一つには、如何(いか)に相手の『強き』を(くじ)いて『弱き』へ(おとしい)れ、自身の『強き』を押し通すか……である。

 どれ(ほど)精強(せいきょう)な騎馬隊であっても、泥沼(どろぬま)()まり()んで(はや)さを失えば、単なる(まと)に過ぎない。

 これを一段深く考えれば、如何に相手の()()()封殺(ふうさつ)し、自身の意志()()()生かすか……となり、もっと言えば、如何に相手の意志を誘導(ゆうどう)し、自身の意志は()()させないか、である。

 ()まる(ところ)、単に防ぐのではなく、相手の意志と力をも利用するのだ。――西王母の指南で身に付けた武の極致(きょくち)、『理』は、戦においても有用だった。

 例えば、相手を戦場から逃さないためには「有利だ」と思わせておけば良い。欲張らせ、(とど)まらせ、攻めさせて、自ら動いたところを利用する。


 その点、青淄軍は見事に()()()

 まだ数の上では二万以上の優位があると()()()見て取ったのか、右翼歩兵一万五千にはそのまま踏ん張らせ、歩騎(ほき)(歩兵と騎兵。)が揃っている左翼へ、後軍(こうぐん)(すべ)てを向けたのだ。合わせれば歩兵二万三千、騎兵一万四千にもなろう。

麒麟(きりん)()】に映る光景が、何千何万と繰り返した旗碁(きご)対局(たいきょく)と重なり、結論だけを天啓(てんけい)のように指し示す。

――()()が急所だ。

と。

「残る騎馬隊を潰す! 続け!」

 連合軍の後ろ、僅かに(かたむ)いた斜面(しゃめん)を駆け抜け、右翼へ向かう。

 捕虜(ほりょ)を手早く縛り上げる間に馬の息は整っており、兵も士気(しき)旺盛(おうせい)、むしろ「暴れ足りない」という面持ちで、素早く従った。――強行軍(きょうこうぐん)気味に一()()過ごし、突撃したくらいでは、何程(なにほど)(こと)()いらしい。玉英の後ろ、琥珀の周囲を(かた)める猫族すら、一年前とは段違いの手綱捌(たづなさば)きと余裕を見せている。

 左に目を()れば、戦場全体が()()()へ向けて動いていた。

 歩兵同士の命の削り合いは激しくなり、地の利はあるものの数に劣る連合軍が徐々に苦しくなってきている。

 見れば見る(ほど)あらゆる場所に介入(かいにゅう)したくなるが、そうはいかない。急所を誤れば、戦に負けるのだ。



 一万は居た連合軍右翼歩兵が、半数以下に減らされていた。

 その正面には青淄軍歩兵一万三千、やや左に同歩兵七千、右側面に同騎兵九千、後背にも同騎兵五千。

 連合軍騎兵三千の援護により完全な包囲とはなっておらず、相手にも数千の損害を与えているが、いずれ全滅することは目に見えていた。

 にも(かかわ)らず潰走(かいそう)秩序(ちつじょ)を失っての敗走(はいそう)。一般に強烈(きょうれつ)追撃(ついげき)を受けるため被害が大きくなる。)していないのだから、連合軍の士気の高さが(うかが)える。

――私を、待ってくれている。

 玉英は目の奥に熱いものを、同時に胸の奥に重く沈むものを感じ、すぐさま両者を一旦(いったん)忘れるように(つと)めた。

 光扇が飛ばした檄は、表現そのものは隠語(いんご)の組み合わせだったが、意味としては『我等(われら)(あるじ)』の生存と()()を告げるものだった。

 王家直轄地の民である。意図するところは当然通じ、苛政(かせい)に苦しむ者達が奮起(ふんき)したのだ。

 その民の一部――四千余りとなった歩兵が、ほんの二里(約八百メートル)先で、後背の騎馬隊に再度突入されようとしていた。

「雲儼、玲、先行するぞ!」

「ハッ!」「(おう)!」

 麾下一千騎が、これまで一塊(ひとかたまり)だった九千騎を一歩(ごと)に引き離す。三十歩を数えた辺りで()()()()()の疾さへ移行し、青淄軍騎馬隊が想定し得ない瞬間に横から突っ込んだ。

 (さき)と同様、騎射の(のち)子祐が半ばを切り裂き、玉英、雲儼以下が(きず)を拡げてニ千騎は削った。突き抜けて集合。周囲を一瞬見廻(みまわ)して一部以外反転、騎射、突撃。()()が青淄軍の(まば)らな逃亡を許さず、玉英軍後続が追い付いたところで降伏者以外は一気に殲滅した。

 捕虜を馬と武器から離した頃、正面に、青淄軍左翼の九千騎――いくらか削れて八千五百騎――が姿を見せた。


 青淄軍の指揮官は、玉英軍こそが()()であることを理解した上で、勝てると踏んだのだろう。

 玉英軍の左後方……連合軍中央歩兵一万一千、右翼歩兵四千弱の間を、青淄軍歩兵二万近くが突破(とっぱ)して来ていた。削られた連合軍がそれぞれ小さく纏まって耐えようとした結果、進軍路(しんぐんろ)が拡がったことも一因(いちいん)だろう。

 一般的な前提として歩兵では騎兵に追い付けないため、挟撃(きょうげき)ないし包囲することが主な目的と思われた。――あるいは、玉英軍をこの場に(とど)めさえすればあとは兵力差で()(つぶ)せる、という目算(もくさん)かもしれない。

 玉英としては、連合軍右翼歩兵を見捨てれば(だっ)することは容易(ようい)だが、無論そうはしない。そうする必要も無い。相手が()()()()()()()()()()、あとは犠牲を減らす方法を考えるだけで良かった。

 数瞬の思考。青淄軍の強気な姿勢が(よぎ)る。

 玉英は()()の合図を出し、背後へ(せま)り来る歩兵へと向かった。

 攻撃()()側のつもりだった者が攻撃()()()側になった際、余程の熟達者(じゅくたつしゃ)でなければ(すき)が生じる。まして、長引く戦闘の中で判断力を失いつつある兵ならば。

 移動中のこと、陣形(じんけい)が整っていない青淄軍歩兵を()()り、孤立した五千程を締め上げる。

 慌てて青淄軍騎馬隊が疾駆(しっく)してくれば()めたもの。抵抗(ていこう)すら難しくなった歩兵の包囲を解き、玉英軍全軍で、()()()()()()()()()()()()騎馬隊へ向かう。

 先頭で大剣を(かか)げていた大柄(おおがら)な男を子祐が最小限の動きで倒し、取り巻きも流れるように突き、払って、斬り伏せていく。先頭の勢いのままに後続が続き、二度も反転した頃には、気に掛けるべきことやはり、逃さないことだけとなっていた。

 が、大剣の男が青淄軍全体の指揮官にして将軍だったらしく、残る青淄軍も順次(じゅんじ)降伏させることに成功。青山での戦は、終わった。

 あっさりと降伏した要因の一つとして、青淄軍が騎馬隊を完全に失っていたことが挙げられる。双方が失っているならまだしも、相手方のみに十分(じゅうぶん)な騎兵が居る場合、蹂躙(じゅうりん)されることを意味するのだ。――連合軍は殆どそうした状態に(おちい)っていたが、援軍を信じて耐えたことが勝利に繋がった。もし左翼か右翼だけでも早々に(くだ)っていれば、中央もそのまま()()まれ、打つ手は無くなっていただろう。



 乗り手を失った馬と捕虜の武器を集め、()()()傷を負った者達の手当(てあ)てと全馬(ぜんば)の世話をして、青山の麓で野営(やえい)した。既に夜である。

 四万五千三百に及ぶ降兵(こうへい)……青淄軍の生き残りは、混乱(こんらん)反抗(はんこう)もせず従った。元々士気が高いわけでもない、命じられたから戦っただけの者達なのだ。

 対して、連合軍の生き残りは二万一千七百。士気は高かったが、兵力差と戦略(せんりゃく)上の要請(ようせい)により犠牲が多くなっていた。

 玉英軍の犠牲は当たり方と実力差により最小限に抑えられたが、

――すまない。

顔と名を知る玉英軍の者達、(いず)れも知らぬ青東半島の者達……一部ながら集めた遺体(いたい)を前に、玉英は立ったまま刻を掛けて見廻し、目を閉じて、祈りを(ささ)げた。眉間(みけん)(かす)かな(しわ)()る。――(かたわ)らの琥珀が左手で玉英の背を支えており、背後には子祐が(ひか)えている。

 両軍は開戦時「九万と五万余りだった」とのことなので、合計では七万三千以上が死んだことになる。玉英が青東攻略を指示しなければ、少なくともここ何日かで死ぬようなことは無かったであろう者達だ。遅れて来る他の軍の手も借りて、帰せる者は帰してやりたかった。

 背に……(いな)、全身に()うものが、一段と重くなった。

――だが、それでも、私は。

 ゆっくりと開いた目の奥で、紅蓮(ぐれん)(ほのお)渦巻(うずま)いていた。

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