はじめての「狩り」と、命
もそもそ…もそもそ…
雪にうもりながら歩くアオイと僕。道中僕は地球…いや、ここもパラレルワールドということで分岐した都合が異なる「地球」か、日本のことを話していた。
「…ってことで、パパはあんまいい人じゃなかったかな~」
「うわ…我の長みたいだ。世界レベルの家出してんじゃねーか」
「…うん」
世界レベルの家出かぁ。アカネさんがいないのは寂しいけど、そう考えると気が楽になる。もうパパのお世話しなくていいから…。
「今って…午前?午後…?」
竜の住処に捧げられて以来、時間がわからなかった。太陽のないこの世界の人は混乱しないのだろうか?星や星座の動きで把握しようにも、分厚い雪雲が邪魔をしている。だから僕たちは「氷床山」に向かう前に街を探すことにした。アオイは人前に出せないので茂みか何かでお留守番になるだろうけど。
ぐぼぼぼぼ
「な、なに?!」
突然大きなにぶい音が響いた。魔物のうなり声か、雪崩か!?
「メシの時間だ」
アオイの腹の虫だった。
「おなかすいたなぁ」
水は道中、凍った池を見つけてそれをアオイの炎で溶かして飲むことができたが食べ物にはなかなか巡り会えなかった。村で食べたパンもどきが恋しかった。世界の過酷さのあまり、もとの世界のご飯が浮かぶのには時間がかかった。
「街に行ったら…食べられるかな?」
生命に優しくないようなこんな世界だけど、少なくともあと一つは人間の居住区があると考えられる。それはリーダーたちにミササゲにされるときに聞いたことだ。
カワイイ顔してるから都で売れそうだがなぁ…まあ村の安全が第一だ。せいぜい竜のヤツらに愛されることだな。
もし僕が『侵食の目』じゃなかったら連れて行かれたかもしれない。「都」というのだからあの村よりは発展した場所に違いない。
「うぅ…今すぐ食べたいよー」
都どころか家なんて一軒も建っていない、さっきから雪原ばかりだ。
「なら狩りをしろ。こういう平原ならミミナガトビシシとかヒトオイコバネとかいるだろ」
「みみ…なが?」
「我の好物」
なんか謎の名前を耳にしたけれど動物の名前だろうか?猪とか、鹿とかみたいな。
「あいつら弱火でじっくり焼いて碧槍岩の粉をまぶすとなかなかうまいんだ~」
アオイは上空に炎を吹きながら上機嫌だ。
「我、保存用のミササゲに食わせてるところ見たことあるぞ?だから毒はないはずだ」
昨日竜の住処で結晶の花を見せたときしかり、ところどころフレンドリーなイメージが垣間見えるよね。
「おっ、あれを見ろ!ウワサをすればってやっだ。やって来たぞ!」
「え…!?」
アオイが鼻で指す向こう側に奇妙な生き物が一匹、ジャンプしながら移動していた。
「あれがミミナガトビシシだ。お前の世界にもいたか?」
「ううん」
哺乳類なのか鳥類なのかわからない、体長3メートルはある白い毛玉だった。名前の通り耳のような大きな何かが上に伸びていた。この世界で独自の進化を遂げたのだろう。
「ということで人間!狩るぞ!」
「ええっ…か、狩り…!?」
もはや異世界転生の無双ものというより、生きるか死ぬかのサバイバルものだった。転生したことで能力を得たとはいえ、小学生の僕に…?
「お前も剣を生やしてな、こうバサーッと!」
アオイはすっかり結晶化の能力を熟知していた。勢いよく爪を振り下ろすしぐさはまさに竜だった。
「どうした、はやくしないと行っちゃうぞ!」
「やだよ!僕やったことないし…血とか出るんでしょ!?それに…かわいそうだし!」
僕は怖かった。元の世界でも異世界でもすっかり食卓に並んだ料理に慣れてしまったからだ。
「なにわめいてんだ、食わなきゃ死ぬぞ?」
「だってぇ…」
そんなのはわかってる。でも…。
「殺すんでしょ…」
当然だが肉が手に入ればその動物の命を殺めることになる。生きて食材を取り出すことなんてできない。
「ごちゃごちゃ言うな!いい、我だけ食う!」
険悪なムードになってしまった。アオイはくるりとあちらのほうを向き、のしのしと離れていった。そして…。
「ぐるわぁぁぁぁぁ!!!」
耳をつんざく雄叫びとともに勢いよくミミナガトビシシへ飛びかかった。まさに獣だ。
「ひゃうっ」
僕は手で顔を覆った。獣同士の命と命のやりとりを見ていられなかったのだ。
「ピギュー!ピギャー!」
獲物の断末魔の声が響いた。目で見なくても耳でその惨状が浮かんでしまう。
「わあああっ!」
「うおおおおおん!!」
やがてその声がぴたりと病み、竜の勝利の一声が轟いた。
「わあああんっ!」
僕はついに泣き出してしまった。
ごおおお…大きな口から吐き出されたオレンジの炎はかつて命だったものをまんべんなく包み込んでいた。僕はふてくされてその辺の岩に寄りかかっていた。竜のわきを見たくない。あそこには頭や骨など、食べられない箇所が捨ててあるらしい。
がつがつがつ!バリボリボリ!
アオイは夢中になって食らいついた。人間以外の炎を扱う動物、それが竜なのかもしれない。そしてその食生活は広義の「料理」と呼べるだろう。
「…いいなぁ」
動物がかわいそう?僕はほんとに身勝手だ。植物だって生き物だ。お米や野菜を食べてかわいそうだとは思わないからだ。それに加工された跡の肉は平気で食べる。僕はずっと恵まれた環境にいて、食べ物のことなど考えていなかったのだ。こうした原始的な環境を目の当たりにして、わんわんと泣いて、はっとした。命と命の真剣勝負、それを「血を見るからイヤだ」なんて、そんな僕が、いいなだなんて。
僕は悪い子だ。命をいただく資格なんて、ない。
どんっ!
「ん…?」
僕のそばに焼き上がった肉片が置かれた。
「碧槍岩の粉。お前がよりかかってるそれだよ」
「あっ…」
アオイは味付けを所望していた。僕のいた世界でいう塩コショウみたいなものだろう。
「…僕が、砕くね」
前回生成した剣…のような棒で岩を力いっぱい叩き付けた。
「やあっ!」
岩が真っ二つになり、粉が飛び散った。それを拾い集め、肉にパラパラかけていく。…おいしそう。
バクッ!
トッピングが終わるやいなや、その「料理」は一瞬で口の中へ消えた。
「んぅんぅ…うまっ。久しぶりだ」
食事にありつけて大満足なアオイ、これが竜の笑顔なのだろうか…?
「よ、よかったね……」
ぽんっ
「えっ…」
もう一つ、焼きあがった小さな肉片が。アオイは食べおわったのかごろんと横になってた。
「あの…」
気まずい。あんなこと言って狩りに参加しなかった僕に…。
「人間、お前はバカだ。もっと自分のこと、相手のことを考えろ」
「……」
ほかほか…。食べられる程度の温度に冷めた肉が湯気をあげていた。僕はよだれが、涙が止まらなかった。
「ミミナガトビシシさん、ごめんなさい…」
もぐっと一口。そこには転生する前に、まだパパが優しかった頃に味わったことのある、やわらかな味があった。食べる口が止まらない。久しぶりの、「おいしい」という感覚。
「いただきます、だろ?」
アオイは静かに呟いた。
「うん…」
転生して一ヶ月とすこし、僕は少しだけ大人になった気がした。
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「海野さん。言ってしまえば…あなたが息子さんを殺してしまったのです」
「………」
ホコリひとつもない小さな白い部屋。ある中年男性は白い女性型ロボットから取り調べを受けていた。
「『否定』、これがあの子への凶器でした。わざとではなくても、結果は上記のままです」
淡々とした合成音声が彼の核心をついていた。
「……」
「診断の結果あなたは、『種の存続』にとって重大な問題を抱えています。罪を償わなければならないのです」
「……」
「それが、人間なのですから」
男性は黙ったままだった。対して機械は無機質に、されど明るく言葉を発していた。
「ご安心を。我らリンクアイ社は『知恵』をもって、人類を救済をするのです」