出会い。
世界も救わないし大冒険もありません。
私の住まう小さな山には様々な生き物が住んでいる。
大鷹、狼、山猫に栗鼠、狐…それらと共存し、自然からの恵みを享受し生きるのが我々山の民の生き方。
…と教わって生きてきたものの、今やこの集落に暮らすのは私一人。
私を育ててくれたおばぁが死んで、私はひとりきりになった。
他の集落の山の民や街から来る商人からこちらに来ないか?と誘いは受けて居るけれど、今はまだここから離れがたく、返事は保留してもらっている。
「…さて」
1人になっても悲しくても腹は減る。
今日の糧を採りに山道を歩く。
道すがら山菜と茸を幾つか採取。
本日のお目当てである魚が罠に掛かっているといいなぁ。
この間雨が降ったから、少しばかり川の流れの勢いが増しているし落ちたら危ないなぁ…と水面に目をやると毛玉が流れてきた。
「なんじゃありゃ」
山に住む大型の獣の換毛期は過ぎているし、この山に川に流されるようなまぬけな獣はいない。はず。
…見た事ない生き物だ。
白い毛玉が短い手足をちたぱたするのが見て取れた。
「キャウ!キャウ!」
甲高い声で助けて、と言っているような気がした。
「待ってて!」
手持ちの縄で輪っかを作り毛玉の前に投げると輪の中に上手いことすぽっと毛玉はおさまったので、そのままじわじわと縄を引きよせると、小さな毛玉は脅威的な跳躍力で私の胸へと飛びついてきた。
…街から来た商人が見せてくれたとろろ昆布という食材に似ているなぁ…。
しげしげと観察していると、毛玉の中心から三つ、黒くて丸いものが顔を出す。
「ヒャン!ヒャン!」
「わ。こら、待ちなさい」
きらきらと輝く黒目につやつやのお鼻。
敵意なんて感じない勢いで私の顔をべろんべろん舐めてくるコレはなんという生き物なのだろう?
「キュウ?」
「…くっ」
小首を傾げる毛玉は愛らしく、栗鼠や山鼠の顔が好きな私の心をがっちり掴んだ。
人間みたいに笑うし…何なのだろう、この毛玉。
「ぺしゅん!」
「寒いか…ちょっと待て」
身体を拭く布で濡れた毛並みを拭きながら、口の中で小さく風の精霊に助けを求める。
「風の精霊よ…小さき旋風となりて、この毛玉から水分を吹きとばせ」
「ホヮン!?」
精霊の力をこんなふうに使うのはどうかとも思うけど、風邪引いたら可哀想だしね。
そうやって乾かしてやると、毛玉はとろろ昆布からもふもふの白い四つ足へと変化していく。
「はい、綺麗になったよ〜」
「キャワワ!キャワ!」
ありがとうとでも言いたいのか、物凄い勢いで頭を擦りつけてくる毛玉の触り心地の良さに頬が緩む。
人懐こいからどこかで飼われていたのかもしれない…あーでもうちより上に集落はなかったはず。
「…お前、どこから来たの?」
「?」
小首を傾げる毛玉は何だか私の言葉が分かっているみたいだ。
「とりあえず帰るか…っとその前に魚…少し待っててくれる?」
「ワンっ!」
大きな声で返事をすると毛玉は私の荷物の近くに腰を落ち着けた。
やっぱり通じてる気がする…猟犬は無理でも、番犬くらいにはなるかなぁ。
冬の山は寒いから暖房にもなるかなぁ。
罠にかかった小さな魚は川に返し、大きめの魚を何匹か選んで絞めた。
山の恵みは必要以上に取り過ぎない、欲張らないと、おばぁの教えを噛み締めつつ振り返ると毛玉の姿がなかった。
「えぇ〜…」
仲良くなったと思ったのは私だけだったか…とがっかりした瞬間、葉っぱにまみれたもふもふが勢いよく飛びついてきた。
「ぐぉ!?」
逃げられた訳では無い事に安堵しつつ、毛玉を撫で回し葉っぱを取ってやりながら顔を眺めるとなにやら咥えている…って、これは、きのこの王様ショウロの中でも特に値が高い白ショウロ…!
かなりの大きさのそれに牙を立てないように咥えてしっぽをぶんぶんと振っている毛玉を撫でてやるとどうぞ、と言うようにショウロを差し出してくる。
「お礼のつもり?」
「ワゥン」
毛玉には価値は分からんかも知れないけれど、何かお礼がしたいと思ってくれたとか、義理堅い毛玉だなぁ…。
「ねぇお前。行く所がないならうちに来る?大したおもてなしは出来ないけど、雨風しのげる家はあるよ」
「キャン!」
嬉しげに一声鳴くと、毛玉は私の肩掛け鞄へと遠慮なく潜り込む。
「運べってか」
「ふんす!」
私は抱いた事がないけれど、赤子を抱っこするのはこんな感じだろうか。
ふわふわでもふもふでもちもちで。
なんだかすごーくしあわせな気持ちになりながら来た道をくだっていく。
「そうだ。おまえの名前も考えなきゃね」
「キャン!」
これは、秋の初めにひとりぼっちになった私と、突然現れた真っ白な毛玉の日々の記録である。