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先日までは最強の聖剣使いでしたが、今日から治癒術師(Lv1)としてがんばりますっ!  作者: 小島知晴
第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に)
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第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に) 4

 

 冒険者ギルドから通りを二つほど超えた辺りに、その裏路地にある酒場『不知火亭』

 

 少しでも多く報奨金を得るため、パーティーを組まず一人で依頼をこなす強者や、そもそも冒険者ですらない盗賊を生業にしているような荒くれものがたむろする、エンターリアでも悪い噂の絶えない酒場だった。

 

 そんな店内の一番奥の席。タカヤはこの世の終わりのような顔で、ちびちびとミルクを啜っていた。



「これからどうすりゃいいんだ……」

 


 手の平に乗せた数枚の銀貨を眺めて、深く溜息をつく。

 

 ギルドに登録した事で冒険の準備資金を得る事はできたが、これからの行く末に立ちこめた雲が晴れたわけではない。



「一人で依頼を受けるって言ってもなぁ……」

 

 腰に携えた鉄で作られた剣に目をやる。

 

 ギルドに登録した時に貰った準備資金で、とりあえず街の道具屋で揃えたものだ。

 

 その重みは自分には分不相応に思えた。

 

 試しに購入してすぐに軽く素振りをしてみたが、ひと振りで手首を痛めそうな重さだった。

 

 タカヤの体格は標準的な若者のそれだし、どちらかといえば華奢なほうだ。鉄の塊を振り回せるような体力や筋力は備わっていない。

 

 身を守る武器もまともに扱えない人間が、魔物の闊歩する街の外に一人で出るなどみすみす命を自分から捨てに行くようなものだ。



「はぁ……とりあえずなんでもいいから仕事探すかぁ……」



 魂まで抜けそうな深いため息を吐きながら、タカヤは立ち上がった。



「よう、お前さんも仲間の作れないあぶれ者かい?」

 


 席を去ろうとしたタカヤの前に、一人の男が立ち塞がった。

 

 見上げなければいけないほど大柄な男の腕は、タカヤの足よりも太い。背中には人間が振れるのか? というぐらい大きな斧が見えている。


 男は眉間に皺を寄せて、タカヤを見下ろしている。



「何か……用っすか……」



 男の迫力に圧倒される。


 正直に言って怖い。

 

 体格もそうだが、男の人相はどう見ても悪人にしか見えない。



「困ってるなら俺が稼げる仕事紹介するぜ?」

 


 にやりと笑うと、男の人相が一段と悪くなる。



「いや、特に困ってないんで……全然お構いなく……」

 

 本当は仕事があるならすぐにでも飛びつきたいところではある……それが真っ当なものなら。

 だがタカヤには、どうにもそんなおいしい話には思えなかった。

 やんわり断ってその場を離れようとする。


「まぁ、そう言うなよ兄弟」


 馴れ馴れしい口調で男はタカヤの腕を掴んで引き留める。


 振りほどこうと動かしてみても、男の腕力が強すぎてびくともしない。



「なに、簡単な仕事だ街道を定期的に通る行商の馬車をな、その腰にぶら下げた剣でちょいと脅してやるのさ。その後で馬車の積荷をごっそりいただくって寸法よ……簡単な仕事だろ?」


 タカヤは耳を疑った。



「それって普通に強盗じゃないか。冒険者のやる事じゃないだろ」

 


 タカヤの中にある冒険者象。それは、依頼を受けて困っている人を助けたり。世界を救うために悪の魔王と戦ったり。

 

 名を挙げるため、心からの善意で誰かの役に立つため。冒険者になる理由は様々だとしても、初心者もベテランも関係なく、困った人達のもとに駆け付ける。

 

 そう、思っていた。それが、こんな強盗まがいの事を言うなんて。

 

 もちろん、こんな冒険者はごく一部なのはタカヤにもわかる。


 わかる……が、それにしたってたちが悪い。



「エンターリアにやってくる冒険者なら、どんな初心者でも田舎者でも。この酒場がどんな場所か知らねぇはずはないぜ。お前だって、一攫千金狙ってんだろ? だったら、楽に稼ぐ仕事を紹介してやるって言ってんだよ」

 

 強盗なんて絶対にやりたくないが、言う事を聞かないと何をされるかわかったものではないのも確かだ。

 

 なんとかこの場を切り抜けなくては。と思うものの、タカヤにはどうすれば良いのかわからない。



「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は本当にそういう仕事をする気はないんだって!」



「なんだぁ? こっちは親切で言ってやってるってのによぉっ!」



「いや、ほんと大丈夫なんで! 自分でなんとかするんで!」

 

 怒りに任せて、男はタカヤの胸倉を掴んだ。


 足が宙に浮いた状態のタカヤは、男の迫力にすっかり怯えてしまっている。


 必死に首を振るが、男は納得できないのか鬼の形相で睨みつけた。


 このまま男の言う事を聞くしかないのか……と諦めかけたその時。

 

 ばぁんっ!


 と大きな音とともに、酒場の扉が勢いよく開かれた。


 酒場にいた全員の視線が、扉を開けた人物に集まる。もちろん、タカヤもそのうちの一人だ。



「たのもー! たのーもー! お楽しみのところ失礼しますよ!」

 


 鈴の鳴るような可愛いらしい、はきはきとしたよく通る声が店内に響く。

 

 ざわついていた店内が、一瞬で静まりかえった。客達の視線は今しがた扉を開いた人物へと注がれている。

 

 外の陽光を背中に背負い右手をどーん、と前に突き出し扉を開けたままのポーズでエリィが立っていた。

 

 タカヤの胸倉を掴んでいた男も、まだ呆気にとられている。

 

 どうもどうもと周りに頭を下げ、客の顔を一人ずつ確認しながらゆっくりと店内を歩く。



「ん~……違うなぁ、他の場所なのでしょうか……」

 

 

客の顔を見ながらあーでもないこうでもないと言いながら、エリィはさらに店の奥へと歩を進めると、タカヤと男の前で足を止めた。



「あ……」

  


 エリィはまじまじとタカヤの顔を見つめる。



「いや……あの……えっと……何?」

 


 フードの奥から見えるくりくりとした瞳が自分を凝視しているのがわかった。タカヤは気まずさで反射的に目を逸らす。

 

 タカヤの胸倉を掴んでいる男など、眼中にないようにエリィは男を突き飛ばし、タカヤの目の前に立った。

 突き飛ばされた男が「おいっ!」と文句を言おうとするが、エリィはまったくこれっぽっちも気にせずに話し始める。



「貴方がギルドであまりに経験がなさすぎて、一緒に旅する仲間が見つからなかったしょんぼり剣士のタカヤさんですか?」



 エリィに悪気はまったくないが、初対面の人間に対してあまりに失礼である。



「えっと……まぁ……そうだけど、言い方……ひどくない?」



 事実なので否定はできないが、タカヤは内心傷ついた。


 先程の冒険者ギルドでのやりとりを嫌でも思い出してしまう。


 冒険者として生きていくために、ギルドで仲間を募ったところ何人かは声をかけてくれたが、タカヤの技量を聞くと皆、途端に表情を曇らせて、当たり障りのない言葉でタカヤの元を去っていった。



「やはりそうでしたか!」



 エリィは大きな瞳を輝かせ、鼻先と鼻先がぶつかりそうなほどタカヤに顔を近づけた。フードに隠れていたエリィの顔がはっきりと見える。


 可愛い。


 タカヤの心拍数がひとつ跳ね上がる。


 どんぴしゃストライクでタカヤの好みのタイプだった。


 が、それよりも今はこの距離感が問題だ。


 可愛い女の子とお近づきになれるのは本来嬉しい事だが、それにしたって近すぎる。

 

 嬉しいより恥ずかしいが勝る。


 吐息がかかりそうな距離に、タカヤはもはやどうしていいかわからなくなる。


「ちょ、ちょ、ちょっと……さっきから何? 意味がわからないんだけど? あと、顔、顔近い」



「やーーーーーっと見つけましたよ! もぉ、街中探したじゃないですかー」



 顔を離すとエリィはタカヤの肩をばしばしと叩く。



「じっとしておいてくれないと困りますよ。まったくー」



「あのさ……とりあえず一旦、一旦落ちつこう」



 タカヤは一歩下がり、エリィと距離をとる。



「あ、申し遅れました。私、エリィ=ス……にょうごにょごにょ……です!」



 名乗ろうとするエリィだが、本名を言ってしまうとまずい事に途中で気付き、不自然に言い淀んで誤魔化した。


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