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先日までは最強の聖剣使いでしたが、今日から治癒術師(Lv1)としてがんばりますっ!  作者: 小島知晴
第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に)
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第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に) 3


 もし、エリィが治癒術士としてはじめての依頼を受けるなら、その手続きも済ませてさっさと次の冒険者を呼ばなければいけない。


「いえ、依頼より先に一緒に冒険する仲間を集めようと思います」


 エリィは依頼を受けるのを一旦保留した。


「後衛職ですし、とりあえず守ってもらえる前衛の方が必要なので」


「エリィさん、守ってもらう必要あります?」


 法杖とともに剣を携えて、一人で戦ったほうが効率が良いのではないか?

 本当なら一人で登録しに来た初心者には、依頼を紹介する前に同時期に登録した同じクラスの冒険者を斡旋する仕組みがある。


 しかし、係員はエリィの経験を踏まえてあえてそうしなかった。

 英雄クラスの冒険者にお供いる? と思ったからだ。


 冒険者ギルドは初心者の冒険者には手厚いサポートが用意している。

 初めて依頼を受ける冒険者には、ノーマルポーションや解毒薬などを詰めた《初心者旅立ちセット》の配布をしたり、依頼の途中で動けなくなればギルドと専属契約をしている上級冒険者と救助に行ったり……などなど。


 しかしエリィを初心者冒険者と同じに扱うと、失礼になると考えた係員は『上級冒険者なら知っていて当たり前』のお約束は、ある程度端折って手続きを進めたのだった。


「だって、治癒術士が一人で旅してたらおかしいじゃないですか。後衛職が一人でうろうろ依頼こなしていたら、目立ってしまいますよ」


 係員の言葉に、エリィは頬を膨らませる。

 エリィはあくまで治癒術士に徹するつもりのようだ。

 そんなに派手な法杖を選んでおいて目立ちたくないとはどういう事か? 係員は口から漏れそうな言葉を飲み込み、口を真一文字に結ぶ。


「良い仲間が見つかるといいですね」


 口の端をひくひくと震わせながら、係員はいつもカウンターで浮かべる接客スマイルで誤魔化した。


「はい、そういう事なのでどなたかあぶれている冒険者の方はいませんか?」


「うーん、今のところ初級クラスの剣士はみんな埋まっちゃってますね」


「やっぱり……前衛職はパーティーに欠かせない人気職ですもんね」

 

わかっていた。と言わんばかりにエリィは溜息を吐く。


「一応……一人空きがあるにはあるんですけど……」


 言いづらそうに係員は口籠る。


「なんだ、いるんじゃないですか。じゃあ、その人でいいので紹介してください」

 

 急かすようにエリィがぺしぺしとカウンターを叩く。


「それが……ちょっと問題があるというか」


「なんですか? はっきりしませんね」


「私達は基本来るもの拒まずなので、冒険者登録の手続きは済ませたんですけど……」


 係員は一枚の冒険者登録用の羊皮紙を取り出し、エリィの前に置いた。


「その後、仲間を募る段階で本当になんにもできないという事がわかったんです」


「なにも?」

 

 エリィに何もという意味がわからなかった。


「はい、本当に言葉の通りなにも。魔法はまったく使えないという事で、一応は剣士職で登録したのですけど……どうもスライムとさえまともに戦った事がないようで……」


「それはまたなんというか……その人は死にたいのですか?」


 エリィがばっさりと感想を言う。


「まぁ、そんなわけで誰も一緒に組みたがらなくて、結局仲間が見つからずしょんぼり出て行っちゃったんです」


「なるほどぉ~……」


 難しい顔で腕を組み、何やら考え込むエリィ。実際、スライムと戦った事もないような前衛職など役に立つとは到底思えない。


「いくら空いてるからって、やっぱり……厳し……」


「よし! その剣士さんをスカウトします」


 係員が言い終わるより早く、エリィは目を開き断言する。


「え? え? でも、前衛としては多分役に立たないですよ?」


 なんとか止めようと係員は食い下がる。


「考えてみたんですけど、そこは私が魔法で補助したり……本当に危なくなったら、ちょっとお手伝いしたりすればなんとかなるんじゃないかなって! きっとなんとかなるなって!」


 エリィは一人納得した表情で、勢いよくその場で杖をぶんぶんと振るう。


 ……魔物を殴るイメージだろうか?


 エリィは多少の不安要素には目を瞑り、あくまでパーティーの役割と頭数を揃える事にこだわるつもりのようだ。


「エリィさん後衛職やるって言ってたじゃないですか」


「もちろんですよ。後ろから前衛を癒す役割。それが私、治癒術士エリィ……ですけど、本当に前衛の方の命に関わる事態になれば、ちょっとは助太刀でぶん殴るのもやぶさかではありません」


「ぶん殴るて……じゃあ、そのまま前衛で戦えばいいじゃん」


 係員は思わず口にしてしまった。


「………」

「………」


 二人の間に一瞬、沈黙が流れる。


「……私は治癒術士エリィ。仲間の傷を癒すか弱き存在……」


 エリィは怒るでもなく、自分が治癒術士である事を係員にアピールした。

 係員は気を取り直し、咳払いする。


「どうしてもって言うなら止めないですけど。ほんっとーにおすすめしませんよ? 彼、まったく何もできそうにないですから」


「高望みはしません。今はパーティーに入ってくれて、形だけでも前衛を務めてくれれば……モンスターの倒し方とかは、私がおいおい教えたりすれば良いですし」


「まぁ、エリィさんが良いなら私はこれ以上口を挟みませんけど……」


 エリィは考えを変えるつもりはないようだ。係員は説得を諦めた。


「それで、その剣士さんは今はどちらに?」


「さぁ? しょんぼり出て行ったところまでしか私も見ていないので……でも、まだ近くにいると思いますよ。周りのお店とかを探してみるといいかもしれませんね」


「一応、探しやすいようにメモを渡しておきますね」


 剣士の名前と、特徴をいくつかまとめたメモ書きを、係員はエリィに手渡してくれた。

 そこには黒髪である事や、身に付けている装備。細身の体躯である事や、声の特徴などが書かれている。


「ありがとうございます。剣士さんを見つけたら依頼を受けに戻ってきますね」


 エリィはがばっ!と勢いよく頭を下げ、小走りでギルドの出口へと向かう。


「はい、良い感じの依頼を用意して待ってますね」

 

 係員はひらひらと手を振り、その背中を見送る。


「……大丈夫かなぁ~」

 エリィが去った後の出口に向かって、係員は不安そうに呟いた。


 こうして、英雄の一人に数えられ大陸に名を轟かせた元聖剣使い。エリィ=スノウドロップは治癒術士としての最初の一歩を踏み出したのである。


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