子育てまであと3ヵ月
「ミランダ、このお肉の塊。手で持って食べていいの!?今までこんな食べ物見た事がないわ。」
「それはまぁ、身分的に…」
私とミランダはあまりお金を持っていない。悲しい現実を乗り越えるために質で物を売って、ただいまお昼ご飯。
「ねぇ、このまま街を彷徨いてたって勉強にならないし、お仕事をしようと思うの。」
「ルーナ様がですかっ!?」
「そうよ。実は何をするか少し考えたの。何処かに部屋をとって、今日は休みましょう。詳しくはそこで話すわ。」
あまり高くない宿で1泊する事にしたのだけど、それでもこの街は物価も高いし結構な痛手だった。
「ミランダ。私、農家に弟子入りしたいと思っているの。」
「……」
ミランダが固まってしまった…。
そりゃそうよね。本気で出産7日前まで帰らないつもりじゃないと思っていただろうから、街に連れてきてくれたんだと思うし。
「弟子入り…って、何を考えてるんですか。無理に決まってます。私ならまだしも、ルーナ様には出来ません。」
「虫なら平気よ。」
「…もう、そういう甘い考えからして弟子入りは無理です。」
コミュニティみたいなものに入れてもらえればいいな…って思ったんだけど。最初は手も足も豆だらけになってしまうし、体力も続かないから足手まといになると思うけど、こういうのは時間をかけて覚えていくものだし。
「ではミランダは何をすれば3ヶ月暮らせると思う?」
「…本気で7日前まで帰らないおつもりですか?」
「当然よ。所詮私は子育て要員だし、身分さえバレなければいいのよ。」
「……」
ミランダは護衛として雇われて私を見ているのだから、職務違反になっちゃうかな。
「そうですね。私の任務は『ルーナ様の護衛』ですから、山小屋でという命令など受けておりません。何処へでもおともします。」
「ありがとうっ!!」
農家弟子入り…1番やりたいんだけどね。こんな20才で役立たずは、使ってくれないよね…。
「ルーナ様、本気で農家に弟子入りを希望しますか?」
「もちろん!」
「はぁ…、では仕方ありません。私の兄夫婦の畑の手伝いをさせて貰いましょう。」
「ミランダの実家は農家なの?」
「はい。農家を継ぐのは兄だったので、末っ子の私は別の道を。」
「…っ私は何て素晴らしい縁の持ち主なの!農家に弟子入りの第一歩を導いてくれる女性に出会えるなんて!!」
「まぁ…収穫期というのもありますから…」
何がそんなに嬉しいんだろ…。しかも、素晴らしい縁って、継母に虐められた上に侯爵からの酷い扱い…。どう考えても良い縁が無かっただろうに。
「突然お邪魔するんだから、何か持っていくべきなのかしら。でも、あまりお金を持ってないし…。」
人様のお家に泊まる事なんてなかったから、既に緊張するわ。
「私の実家に帰るだけなので、気にしないでください。」
「う~ん。」
「……」
侯爵も愛人を隠して、子供を引き取るか養子に出すとかいくらでも方法はあっただろうに…。
色白で綺麗な茶色の髪に珍しい紺碧の瞳。パーティーでこの子が隣にいれば注目されるわね。
侯爵は後で後悔するのが目に見える…。逃がした魚は大きかったってね。
あの執事も私と同じような考えをしてたのが見え見えだった。
この子の3ヶ月の行動を見ていたら、どうしたって離縁を申し込まれる、子も望めない。
それに、今の不出来な親とは違って、死んだ両親はかなり顔が広かったみたいだから、結婚してても損はなかった。
農家に弟子入りとかぶっ飛んだ発想しているけど…。
「ミランダ…?」
「はい、何でしょうか。」
「明日出発するとして、何日くらいかかるの?」
「3日ほどですね。うちは領内では端のほうですが、辺境ではありませんので。」
「3日の旅費は足りるかしら。」
ミランダが呆れた顔をしているのを、農家弟子入りの喜びのあまり気付かないルーナであった。