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ザ・デスゲーム

作者: 雉白書屋

 水色の照明が部屋を照らし、白い壁と床はされるがままにその色に染まる。

 我々の六人の顔も例外ではない。その色の下に緊張、自信、怯え、様々な表情を浮かべ、白い大きな台座を囲んでいた。

 台座は床よりも少し高い段の上にあり、その真ん中には不釣合いな小さな赤いスイッチが固定されている。まるでショーケースの中、クッションに寝かされたダイヤ。小さいながら重厚な存在感を放っている。


 我々がそう感じるその理由。

【このスイッチを押せばこの中の誰かが死ぬ】

 なぜ私がこの状況にあるかを今、振り返る意味もそれに思考を費やす意味もない。

 ただ、生き残れば大金が手に入る。そう説明を受けた以上、やるしかない。私は、いや我々は……。


 初めに動いたのは私の真正面にいる小柄な男だった。先手必勝。誰も動かないのなら自分がという主人公感。引きつりながらも浮かべた笑みからそう読み取った。

 スイッチに向けて伸ばした手。カチッという音が部屋に溶けた。


 その直後、私の隣で爆発音がした。

 そう大きくはない、篭ったような音。そして生暖かいものが顔にかかった。

 ドサッと何かが倒れた音に、それが何か見ずともわかったが目を向けずにはいられなかった。

 私の隣に立っていた女の顔は下顎だけを残し、そこから上は消え失せ、ワイングラスを倒したように勢い良く零れ出た血が床を駆けた。

 爆散したのだ。そう理解したと同時に上がる悲鳴と煙。どこか夢うつつな空気感を漂わせていたこの場は肉が焦げた臭いと凄惨な死体によって、一気に残酷な現実へと染め上げられたのだ。


 私の正面の男は続けてスイッチに手を伸ばした。いかにもな卑しい笑みを浮かべて。

 私の手はそれを制止しようとビクッと動いたが無駄だ。間に合わない。それにこの部屋では妨害行為は禁止されている。だから先程も誰も止めようとはしなかったのだ。

 それでは押した者勝ちなのか? そんなのルールとして……。


 ――カチッ


 ……いや、そうはならなかった。男の卑しい顔は私の目の前で、落としたスイカのように破裂した。砕けた肉が降り注ぎ、一瞬だがゲリラ豪雨のような音を立てた。


 このスイッチは押せばこの部屋の誰かが死ぬ。それが押した本人の可能性も有り得るのだ。

 その予想は説明を聞いたときに蛍の光ほど小さく頭に浮かんでいたが、あの男はそうではなかったのだろう。

 あの男の行動。これにより新たな考察が生まれる。


 一、無作為に死ぬ

 二、自分以外の者が死ぬ、ただし二度続けて押すと自分が死ぬ。


 これ以外の可能性。たとえばヤラセ、主催者側が選んでいるという可能性もあるが、それを考えても無駄だろう。媚びた所で大した効果は期待できない。それにここは、あくまで何かしらの法則がある前提で考えるべきだ。

 残りは私含め四人。ざっと目を向けたところで口を開く者が。


「や、やめませんか?」


 痩せた男が言う。先程の悲鳴もこの男だ。


「い、生き残った人に金が支払われるってそれって、最後の一人だけとは言われてませんよね?

つまり、残りの時間大人しくしていればいいじゃありませんか!」


「……生き残った者全員に金が配られるとも言われていない」


 長身の顎鬚を蓄えた男が言う。


「それに、もし山分けだったら取り分が減るじゃない」


 赤い口紅が目立つ女が髪をいじりながらそう言った。


 交渉決裂。和平の交渉は逆に各々の意思を固めてしまったようだ。沈黙が続く。もし私の立てた仮説その二が正しければ、今私が押せば残り三人となり次に誰かが押し、運よくそれから逃れることができれば私の勝ちは確定だが……。

 この場合、二分の一で私は死ぬことになる。余りに危険な賭けだ。それにこの考察が正しいとも限らない。


 顎に手をやりスイッチを見つめる。と、そこに伸びた大きな手。赤い爪、口紅同様の。


「……何?」


 気づいたら私はその手首を掴んでいた。ジロリと私を睨む赤い口紅の女。


「い、いや。すまない……」


 無意識からの咄嗟の行動だった。理由をつけるなら……そう、私は恐れていたのだ。痩せた男に同意したかった。それを自覚すると足が震え始めた。その震えが手から伝わったようで女がニヤリと笑った。

 私は手を離した。再度頭によぎる警告。この部屋では妨害や暴力は禁止されている。そのルールを破ればどうなるかは想像はつきやすい。

 尤もそのまま掴んでいても振りほどかれていただろう。この女のほうが見るからに力は強そうだ。


「次、死ぬのはアンタかもねぇ」


 女の笑みがさらに意地悪く、顔が歪む。

 女の言う事に根拠はない。だがそう言われれば死刑執行のボタンに見えてきた。勿論、私の。


 ――カチリ


 無機質な音が部屋に溶ける。またスイッチが押された。私が瞼を閉じるよりも速く、痩せた男の顔が吹き飛ぶのが目に映り、瞼を閉じた先の暗闇の中で、その光景が残像となり鮮明に脳に残った。


 あと三人。さっきの仮説どおりならここで私が押せば……負けは確定だ。女が生き残ろうとも顎鬚の男が生き残ろうとも、次にスイッチを押されて吹き飛ぶのは私だ。で、あればこのまま押さないとすると……。

 女が二度続けて押して、自爆。私が素早くその後でスイッチを押す。それが最良。もしくは顎鬚の男がスイッチを押して、女が爆死。

 その後、私がスイッチを押す。後者は私が死ぬ可能性という危険が伴う。どの道、待ちの姿勢か? ……いや、そもそも、この仮説は本当に正しいのか?


 脳という暗く狭い小部屋。そのドアを開け、目にしたのは女がスイッチに手を伸ばす瞬間だった。

 僥倖。私は興奮を悟られないようにグッと顔に力を入れた。その様子を見て女がまたしてもニヤリと笑った。

 そして……手を引っ込めた。

 ……同じ考えだ。女も、恐らく顎鬚の男も。顎鬚の男も私と同じく女が爆死したあと、逸早くスイッチを押す気だったのだろう。組んでいた両手を解いていた。

 膠着状態……。それが続くかと思われた。むしろ続けば良いとも。このまま終わっても良い。すでに緊張からか喉は内側を引っ掻かれたように痛み頭は重く、手足は痺れていた。

 ただ時間が過ぎるのを願った。しかし、再び女がスイッチに手を伸ばした。


「今度こそ次死ぬのはアンタね」


 女が私を見て言った。その顔は醜悪さを極めた。


「その次はアンタ。連続で押すわ」


 顎鬚の男を指差し、女は言った。確信めいた発言。勝利宣言と言っていい。

 この女、何かに気づいたのか……? 自分だけが勝つ、そんな法則……。

 女から下された死刑宣告。

 抗う術。

 考えろ。

 これまでの死者。どういう順番だ?

 死人は何を語っている?

 何を残した?

 死体。

 ……確証はない。

 ないが……。


「ふふん、怖くてしゃがんだって無意味よ。それとも土下座してる?

まぁ血がこっちまで飛び散らないから良いけど……ね!」


 ――カチリ


 恐ろしい音。だが引き寄せられるように耳を澄ましてしまうのは何故だろうか。


「よし! 生きてる! ははははは! もう一回! これで私の……あれ?」


 ――カチリ


 女は続けてスイッチを押した。そして部屋は静かになった。最初よりも。

 私は立ち上がり、部屋を見渡す。女と顎鬚の男からはまだ白煙が昇っていた。

 涙が出た。哀れみじゃなく、喜びでもない。ただ煙と臭いが目に染みたのだ。今はまだ感傷的な気持ちにはなれない。


 女は最後の瞬間、まず爆死したのが顎鬚の男だったことに疑問を抱いただろう。しかし勢いづいたのか、あるいはその太い手の重みでスイッチは再び押された。


 法則は重さだ。この床よりも数センチ高い段は体重計のようなものになっていたのだろう。


 私は腕に抱えた隣で死んだ女性の遺体をそっと床に降ろし、また涙した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 簡潔にデスゲームの怖さがまとめられていて面白かったです
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