妹
妹視点です。
翌日、マリーウェザーは猫のミコをお腹の上にのせてゴロゴロと床に懐いていた。
「ちょっと……お姉ちゃんの方が猫みたいになってるよ……」
「いいのー。今日は私は猫になるために帰ってきたんだから」
「え……本当に……?」
「概ね間違いなく猫になるための帰省だよ」
「…………仕事が大変だと、人は人間であることをやめていくんだね」
「にゃあ。」
私はマグカップに注いだ紅茶を冷ましながら、姉を眺めた。
仕事で忙殺されていても、優しくて綺麗な姉。
臆病で人と距離を取りたがる姉。
妹の目から見ても、モコモコのスウェットでクッションに猫と埋もれている姉は、可愛いと思う。
外から帰ってきた姉をこうやって緩ませてあげられる人が姉のパートナーになるのだと思っていた。
石崎さんは、頑張る姉モードを解いて、姉を甘やかしてくれるだろうか。
「…………昨日の人さあ、お姉ちゃんの後をつけてきた石崎さん。お姉ちゃんは付き合うの?」
「にゃー。」
「ちょっと……猫語じゃ分かんないよ。」
「……付き合うよ。」
思ったよりも冷静な声で返事が来たから、ちらりと姉の表情を見たが、伏せた目元が影を落とすだけでどんな感情も窺うことができなかった。
「でも、大丈夫?異種族結婚が上手くいかなかった話ってよく漫画とかエッセイとかにもなってるの見たことあるよ?難しくない?」
昨日、あまりのことにどうしていいのか分からなくて、携帯端末で色々な情報を読み漁っていた私は不安で仕方がなかった。
ただでさえ、姉は疲れた顔をしていたのに、こんな問題まで抱えてしまって大丈夫なのかと心配だった。
「……人間どうしでだって、お互いに理解しようと思わなかったら上手くいくことなんかないんだからさ。」
マリーウェザーはそこで少し言葉をきった。
「獣人族だけど、石崎さんは価値観ガンガン押し付けてくる感じの人じゃなさそうだったから……大丈夫じゃない?」
その声が思いのほか不安そうだったから、言葉を選び損ねたなあと思った。
不安だと、心配だと、私が言うべき言葉じゃなかった。
姉の不安を煽ってどうするんだと今更になって思う。
「なんかさ、お姉ちゃんはもう彼氏とか旦那とか必要なくて、動物飼ってれば幸せになれる人なんだと思ってたんだけど……」
「……う…ん?」
釈然としない顔がこっちを向いたから、なるべく不安がにじまないように明るい声を出した。
「石崎さん。ミコみたいに大切にできる人だといいよね」
「そうだね。」
姉はまた、ぽすんとクッションに懐いてごろごろし始めた。
ミコは手がかかるし、我儘な猫だけれど、ミコを愛することができて私たちは幸せを貰っている。
自分が誰かを慈しむことができるということは、とても幸せなことだ。
だから、ちょっと変なご縁だけれど、石崎さんに出会ったことは姉にとって幸運なことなのだと思う。
石崎さんも、ツガイだと言うのなら姉を大切にするのだろうし。
2人の間に何か問題があって困った時、姉が私を頼ってくれたら、私は姉の味方になってあげればそれでいいのだと思う。
暖かい紅茶は美味しいし、お姉ちゃんもミコも可愛い。
私は、紅茶を飲み切ってしまうまで、姉が柔らかな手つきでミコの毛並みを撫でるのを飽きずに見ていた。