マリーウェザー
マリーウェザーはヒールをカンカンと鳴らしながら、駅の改札をくぐった。
足元を冷たい風が通り抜けて、トレンチコートの裾が足に絡む。
すっきりとした襟足の項から冷気が入り込んだ気がして、ぶるりと身震いをする。
(あったかいものが食べたい。早く帰りたい。)
***********************
マリーウェザーは設計課のベテラン職員だ。
毎日ご機嫌で仕事をしているのだが、今日は同僚のミスをマリーウェザーのミスだと勘違いされてしまい、マリーウェザーの心はすっかりくしゃくしゃになってしまった。
上司に弁明したが、他部署との大人の事情なアレソレを勘案して、黙っているようにと指示をされたのも、余計にマリーウェザーの心を抉った。
でも、マリーウェザーはすぐに、再加工のための指示書を作り、必要な図面をひき、加工機のプログラムを入力し、必要な購入品の手配を行い、製造課に加工日程や加工前の段取りを打ち合わせに行って、営業と納品日の確認をして、上司に報告をして、不具合対策書を書き、提出して……
文句も言わずに手を動かして、就業時間ぎりぎりで不具合対応を終わらせたマリーウェザーを待っていたのは、通常業務だった。
就業時間の後に5時間の残業を慣行したのは、今日中に書かなければいけない図面があったからだった。来週の朝一で外注先に渡す図面は後回しにできず、今日はくたくたになるまで働いた。
自分に責の無い不具合の対応のために沢山の人に頭を下げて仕事の話をすることは、とても疲れたし、長時間の残業でマリーウェザーはいつも以上に疲れていた。
*********************************
目についたデリで、瓶ビールとモツの煮込みを買い込むと、少しだけ心が落ち着いた。
ほこほこの煮込みは空きっ腹にしみるだろうし、ビールはきっと不愉快な思いを虚ろな酩酊でごまかしてくれる。
(そうだ、今日は実家に帰ろうかな……)
一人暮らしの家に帰っても、待っているのは洗濯物の山と掃除の行き届かない散らかった部屋だ。実家の、日差しのあたたかなリビングで、飼い猫のミコと一緒にごろごろすれば心は晴れるに違いない。
ゆっくりして、それからまた、頑張ればいい。
実家行きの新幹線のチケットを買って、乗り込む。
片道2時間。ガラガラに空いた新幹線の座席にすとんと座って、マリーウェザーは1人で寂しく晩酌を始めた。
ツガイと暮らすようになるまでの、あれこれを書いた話になります。