初めての全力
繭の三階に一人残されたアヤネは死なないことだけを考えて二本角との戦闘を続けていた。
人目が無いとはいえ一糸纏わぬ姿で戦うのはアヤネとしても恥ずかしかったが、幸い『妖精女王』が去ってすぐにそんなことを気にしている余裕はなくなった。
『妖精女王』の幻影に攻撃を仕掛けていた二本角がアヤネに攻撃を集中し始めたからだ。
何故か全く反撃をしてこない相手を無視し、アヤネ一人に攻撃を集中した二本角の攻撃は苛烈の一言だった。
二本角はアヤネに全方位への斥力波こそ放ってこなかったが、通常の円状の斥力波だけでもアヤネにとっては十分脅威だった。
二本角の攻撃を回避するために『時間加速』を温存しなくてはいけなかったアヤネは二本角に近づくことすらできず、二本角が戦いの合間についでの様に生み出し続けた邪竜の数は増える一方だった。
「思ったよりきついわね。二階から帰って来るだけでどれだけ時間かかってるのよ」
二本角の放った斥力波を回避した後、自分に襲い掛かって来た邪竜たちを斬り伏せながらアヤネは二本角の視線から逃げる様に横へと移動した。
それを追う形で二本角も顔の向きを変え、その後二本角がアヤネに斥力波を放つと同時に邪竜をけしかける。
それが『妖精女王』がいなくなった後繰り返されたアヤネと二本角の攻防だったのだが、二本角相手に攻め手が無いアヤネと違い二本角にはアヤネを殺す手段などいくらでもあった。
二本角は後退してアヤネとの距離を取ると、そのまま前方に巨大な壁状の斥力波を放った。
「やっば……」
一見無敵に見える『時間加速』でも回避不可能な攻撃はどうしようもなく、今回の二本角の攻撃は一目で回避不可能だとアヤネは判断した。
アヤネは慌てて自分の首を斬り落とし、すぐに体の時間を巻き戻すと先程同様自分の死体を魔力で強化して盾代わりにした。
もちろん巨大な斥力波を人体で完全に防ぐことはできなかったが、アヤネにとっては即死さえしなければかすり傷も致命傷も同じだ。
今度も何とか二本角の攻撃をしのいだアヤネは体中の傷を治すとすぐに移動しようとした。
しかしそれより先に二本角の指示を受けた邪竜たちがアヤネに襲い掛かり、アヤネの動きを封じた。
先程までと違いアヤネを傷つけるのではなく動きを封じるためだけに襲い掛かってきた邪竜たちにのしかかられ、アヤネは身動きが取れなくなった。
「ちっ、うざい事してくれるわね」
二本角の生み出した簡易版の邪竜は体長三メートル程で体重は二百キロといったところだった。
隊長なら誰でも魔力で身体能力を強化すればこの邪竜の二体や三体は蹴散らせるのだが、さすがに二十体以上に一斉にまとわりつかれてはアヤネには打つ手が無かった。
自分に乗った邪竜たちの隙間から二本角の薄緑色の角が光るのを見て、アヤネは死を覚悟した。
自分にまとわりつきながら体中を噛み千切ってくる邪竜たちから両腕で何とか頭だけは守っているというのが今のアヤネの状態だ。
まともな防御ができない今の状況でもう一度二本角の最大出力の衝撃波を受けたら自分などひとたまりもないだろう。
自分がこんな窮地に陥っているにも関わらずまだ姿を見せない『妖精女王』にアヤネが心の中で呪詛をつぶやいていたその時だった。
二本角の頭部が突然誰かに殴られた様によろめき、その直後『妖精女王』の声がアヤネの耳に届いた。
「完全な不意打ちでも折れないか。僕もまだまだ」
邪竜の角は邪竜の体の中でも最高の硬度を誇り、Sランクの邪竜の角は歴代の隊長の誰も折ったことが無かった。
シュウですらSランクの邪竜の角の破壊は二度挑戦して今の自分では無理だと諦めている程で、いくら『妖精女王』が不意打ちを仕掛けたところでSランクの邪竜の角が折れるはずもなかった。
透明になっていた『妖精女王』は邪竜の顔の近くに姿を現すと不満気な表情を浮かべながら手にしていた武器を開き、扇状に広がった武器を振るって二本角の両眼を傷つけた。
続けざまに攻撃を受けた邪竜が苦し紛れに全方位への斥力波を放つと、『妖精女王』はアヤネと二本角の間に飛び出した。
その後『妖精女王』は空中で手にした扇を更に広げて円状に広げると、障壁を張って二本角の攻撃を防ごうとした。
しかしこの武器の張る障壁は使い手が注ぐ魔力量に関わらず一定で、Sランクの邪竜の攻撃を防ぐには不十分だった。
実際『妖精女王』が武器で張った障壁は二本角の放った斥力波相手に二秒と持たず、『妖精女王』は斥力波にぶつかった衝撃で吹き飛ばされた。
とはいえ今回『妖精女王』が使った武器はまがりなりにもクオンが作った武器だ。
二本角の斥力波を防げこそしなかったが威力はかなり減少させており、斥力波を食らった『妖精女王』はほとんどダメージを負わずにアヤネのもとに向かうことができた。
「ここまでピンチになってるとは思わなかった」
「悪かったわね。あたしたちみたいな凡人はSランクが相手だと時間稼ぎだけでも命懸けなのよ」
まとわりついていた邪竜たちが壁になり先程の攻撃は致命傷で済んだが、おそらく『妖精女王』の邪魔が入らなければ二本角が衝撃波を放った直後に邪竜たちは二本角の指示でアヤネから離れていただろう。
そうなったら間違いなく自分は死んでいた。
そう考えたアヤネは間一髪のところを助けてくれた『妖精女王』に礼を言おうと思っていた。
しかし実際は駆け付けて早々に呆れた様な表情で自分を見下ろす『妖精女王』を見て、アヤネはふてくされた様な態度を取ってしまった。
『妖精女王』がアヤネの予想外の苦戦に驚いたのは事実だったが『妖精女王』はアヤネの無事を心底喜んでおり、『妖精女王』がアヤネを見下ろす形になったのは単にアヤネが座り込んでいたからだ。
しかし今の『妖精女王』にアヤネをなだめている時間は無く、そもそも『妖精女王』はアヤネの態度を気にも留めていなかった。
「とりあえずあの邪竜を倒す。そこで待ってて」
そう言うと『妖精女王』は落ち着いた足取りで二本角のもとへと向かった。
そんな『妖精女王』を見送りながらアヤネは先程の『妖精女王』の不意打ち直後の発言を思い出していた。
邪竜、特にSランクの邪竜の角の破壊が不可能なことは討伐局の者なら誰でも知っており、邪竜への不意打ちの際に絶対に角は攻撃場所に選ばれない。
それ程先程の『妖精女王』の行動は愚かだったが、そんな素人の『妖精女王』ですら初の邪竜戦でこれだけの戦いができるのだから才能というのは残酷だ。
二本角に向かう途中先程落としたらしい武器を『妖精女王』が拾っていたが、Sランクの邪竜の攻撃をまともに防いだのだ。
あの武器はもうまともには機能しないだろう。
『妖精女王』があの武器でどの様な攻撃を行うつもりかはアヤネには分からなかったが、自分をかばうために武器を損傷させてしまい最後まで足を引っ張ってしまった。
これが原因で『妖精女王』が二本角に勝てなかったら下の同僚たちに会わせる顔が無いとアヤネは完全に不要な心配をしていた。
アヤネが自分の勝利を疑っていることなど知る由も無い『妖精女王』は目の前の二本角との勝負を早く終わらせることしか考えていなかった。
今のクオンではBランクの邪竜二、三体にすら後れを取りかねなかったからだ。
先程扇で攻撃した眼もどうせ潰せてはおらず邪竜の再生力で再生できる程度の傷しか負わせていないだろうからこれ以上ちまちまと小技を撃ってもしかたがない。
そう考えた『妖精女王』は細部が壊れているため束ねて鈍器として使うしかなくなった武器を円状に広げ、その武器に右手をかざすと自分の能力を全力で解放した。
『妖精女王』が魔力を高めたのを感じて二本角が再び全方位に斥力波を放ったが、既に手遅れだった。
『妖精女王』がかざした右手の先から紫色の光の柱が生まれ、その光とぶつかった二本角の斥力波は拮抗すらすることなく光の柱に飲み込まれた。
『妖精女王』の創り出した光の柱の太さは精々三メートルといったところで二本角の放った斥力波全てをカバーできたわけではなかったが、『妖精女王』はアヤネを二本角からかばう位置に立っており『妖精女王』としては自分の目の前の斥力波さえ押し切れれば問題無かった。
『妖精女王』の創り出した光の柱はそれ程長くなく、光線を撃ち出したというよりは光のハンマーを創り上げたと表現した方が正確だった。
実際『妖精女王』は光の柱を創り出した後歩き出し、『妖精女王』が一歩歩く度に二本角の体が焼き尽くされていった。
「……どうなってるの?」
『妖精女王』が光の柱を創った直後、あまりの眩しさにアヤネは目を閉じてしまった。
その後すぐに目を開けてみると二本角の体の半分以上が消滅していたのだから、『妖精女王』が今使っている技は幻術だと言われた方がアヤネは納得できた。
しかしどれだけ高度であろうと出発前の会議でコウガが言っていた通り、幻術自体に殺傷力は無い。
そう考えると今目の前で『妖精女王』が使っている技は純粋な攻撃技ということになるが、そうだとするとどうして幻術使いがこれ程強力な光線を放てるのか。
アヤネが目の前の光景を何一つ理解できない内に『妖精女王』の創り出した光の柱は二本角の体を焼き尽くし、やがて繭の壁にぶつかった。
しかし『妖精女王』はなおも攻撃を続けており、ようやく眩しさに慣れた目でアヤネが『妖精女王』を見ると『妖精女王』は戦いが終わったことに気がついていないようだった。
「ちょっと!もう邪竜は倒したわよ!」
このアヤネの呼びかけでようやく『妖精女王』は自分が繭の壁を焼いていることに気づいたらしくすぐに能力の使用を止めた。
光の柱が消えてからアヤネが『妖精女王』に視線を向けると、『妖精女王』の顔には大量の汗が流れており足もふらついていた。
これまでと違い隙だらけの今の『妖精女王』なら自分でも殺せそうだとアヤネは考え、二本角と刺し違えたことにできる今の状況もあり少し迷ったが今回は何もしないことにした。
そう決めたアヤネが急いで『妖精女王』に近づこうとすると、『妖精女王』は静かながらもはっきりと敵意の込もった声でアヤネを止めた。
「それ以上こっちに来たら首をねじ切って頭を踏み潰す」
発言の内容もさることながら『妖精女王』の殺意の込もった視線を受け、アヤネは慌てて足を止めた。
しかし今にも倒れそうな『妖精女王』を放っておくわけにもいかず、アヤネはその場から『妖精女王』に声をかけた。
「大丈夫?辛そうだけど」
「今の技は正直かなり疲れた。だから近づかないで」
『妖精女王』は今回初めて幻術能力の一部を応用して攻撃に使用した。
相手がSランクの邪竜だったため手加減する余裕も無くいきなり最大出力で撃つことになり、それによる疲労が原因で『妖精女王』のアヤネに対する態度は少々乱雑になっていた。
「今あなたみたいな人に近づかれたら手加減できないと思う」
「いやいや、何もしないわよ?」
少し迷ったのは事実だったが今のアヤネに『妖精女王』に危害を加えるつもりは無かったので、アヤネは心外だという表情で『妖精女王』に心配し過ぎだと伝えた。
しかし『妖精女王』の態度は変わらなかった。
「弱った僕を見てすぐに殺気漏らす様な人の言う事信じると思ってるの?」
この『妖精女王』の発言が図星だったためアヤネは何も言い返せなかった。
そんなアヤネに『妖精女王』はそれ以上脅しも皮肉も言わず、ただこれからの予定を口にした。
「とりあえず下に行って残った邪竜を、」
片づける。そう『妖精女王』が言おうとした時繭が揺れ、その直後繭は跡形も無く消え去り『妖精女王』とアヤネは地上にいた。
近くを見ると他の三人もおり、三人共裸のアヤネを見て怪訝そうにしていた。
そんな三人に『妖精女王』が視線を向けたのと同時にヴェーダが『妖精女王』に話しかけてきた。
「Sランク倒したんですね。ありがとうございます」
「『千刃』に言われてしたことだからあなたが礼を言う必要は無い」
いざという時の覚悟が他の隊長たちより強かったため、ヴェーダは自分たちの代わりにSランクの邪竜を倒してくれた『妖精女王』に礼を述べた。
『妖精女王』がリクを病院送りにしたことを許す気はヴェーダには無かったが、それと今回の件は別だと考えたからだ。
しかし『妖精女王』はさっさと残りの邪竜を倒そうと考えていたのでヴェーダへの対応もそこそこに周囲を見回し、ヴェーダも礼儀として礼を述べただけだったのでこの『妖精女王』の態度には特に何も言わなかった。
地上に邪竜がいなかったので二本角を倒した時点で今回の戦いは終わりということだろうかと周囲を見渡した後で『妖精女王』は考えた。
しかしすぐに自分の考えが間違っていたことに『妖精女王』は気がついた。
『妖精女王』たちのはるか上空にはまだ六十体近くの邪竜がいたからだ。
それを見たレイナはすぐに障壁で自分たちの周囲を囲み、その後近くにいた『妖精女王』と同僚たちに視線を向けた。
「悪いんだけどもう一頑張りしてくれる?私の障壁五枚しか残ってなくて一枚はもう限界が近いからできるだけ急いでね」
レイナのこの発言を受けて他の隊長たちは疲れた体で戦いに臨もうとしたが、『妖精女王』はこれ以上の戦いを拒んだ。
「僕はもう戦わない。いいでしょ?」
周囲の女の隊長の誰に言ったわけでもない『妖精女王』の発言を受け、シュウが不敵な笑みで返事をした。
「ああ、構わねぇぞ。こっから先は俺も参加していいみたいだからな。外で応援してました、だけじゃリンシャも報告書書きづらいと思ってたんだ。助かったぜ」
そう言って刀と『飛燕』を装備したシュウが女の隊長たちに近づくと、シュウと入れ替わる様に『妖精女王』は紫色の粒子となり姿を消した。
「えっ、あの子どこ行ったの?」
「さあ?あいつ別にワープできるわけじゃねぇから姿消してその辺にいると思うぜ。どうせ帰りは車だし」
何も言わずに姿を消した『妖精女王』の行動に驚いたアヤネとは対照的にシュウは『妖精女王』の行動に特に思うところは無いようだった。
「とりあえずお前は下がってろ。さすがに気が散る」
微妙にアヤネから視線を外しているシュウにそう言われ、さすがにシュウをからかえる状況でもなかったためアヤネはレイナの近くに向かった。
その直後、邪竜の群れが地上の隊長たち目掛けて降下を始めていた。
邪竜がアイギスに向かう心配も無く隊員たちの犠牲も考えなくていい状況なら、時間さえかければレイナとアヤネを除く隊長三人で残りの邪竜を片付けることは十分可能だった。
実際シュウを含む三人の隊長は誰一人自分たちが負ける心配はしておらず、クオンですら面倒そうな表情をしているだけだった。
普段のクオンなら残った邪竜の相手はシュウとヴェーダに丸投げするところだったが、今回はそうもいかない。
見たところ残った邪竜は五、六十体はいそうなのでせめて何体かは倒そう。
そう考えながらクオンは他の二人に続く形で邪竜と戦い始めた。




