足止め
それを受けてレイナ以外の面々は即座に壁から生えてきた邪竜の首に攻撃を加え、次々に邪竜の頭を破壊した。
しかし邪竜の出現速度は尋常ではなく、『妖精女王』たち四人が倒す邪竜の数より壁から生えてくる邪竜の数の方が多かった。
一部の邪竜は翼が生えた背中まで見えており、このままでは完全な姿の邪竜で通路は埋め尽くされるだろう。
角の色から察するにこの壁から生えている邪竜はAランクとBランクが混在しているようで、少なく見積もっても三十体はいるこれらの邪竜を相手にしていると時間と魔力をかなり消費してしまいそうだった。
通路が狭く邪竜たちが同時に四、五体しか五人と戦えないことが唯一の救いではあったが、これだけの邪竜を残して前に進むと遅かれ早かれ挟み撃ちにされるだろう。
次々と邪竜を殴り殺していた『妖精女王』はこのままではらちが明かないと判断し、隊長たちにこの場での邪竜の足止めを頼んだ。
「ここでこの邪竜たち足止めしといて。上から大きな魔力を感じるからそれがここのボスだと思う。それは僕が倒すから」
そう言って一人繭の奥へと向かおうとする『妖精女王』をアヤネが止めた。
「だから、さっきも言ったけどあなた一人に任せる気は、」
「でもこの中で一番強い僕がボスと戦わないと僕がここに来た意味が無い」
アヤネに最後まで言わせずにそれだけ言って歩き出した『妖精女王』を見てレイナは瞬時に今後の計画を考えた。
「この階の敵は私一人で足止めするわ。もし三階まで行ってまだ先があるようなら連絡して」
「一人でこの数はさすがに無理ですよ!」
レイナの提案にヴェーダが反論したが、レイナはすぐに自分の案の補足をした。
「安心して。さすがにここで足止めする気は無い。あの階段のところまで行けば一度に襲ってくる邪竜の数も減ると思うからあそこで足止めするわ。クオン、あの光線撃つアンテナみたいな武器で手前の分の邪竜だけでも倒せない?」
階段まで全員で向かうにしても数十体の邪竜を相手にしながらでは難しい。
そう考えてのレイナの頼みを聞き、クオンは能力で手のひらサイズの球体二つを取り出した。
「悪いけどあれは後一個しかないから使いたくない。時間稼ぎぐらいならこれで十分」
そう言ってクオンが投げた球体が邪竜にぶつかると大きな爆音と共に邪竜数体の体が吹き飛び、その隙に五人はその場から離れることができた。
邪竜が生えるのは出入口付近の壁だけだったので、邪竜の群れから離れた五人は特に妨害を受けることなく階段へと向かうことができた。
その途中アヤネは通路中の空気を震わせる程の大きな音がする武器を何の断りも無く使ったクオンに文句を言った。
「せめて一言言いなさいよ!今でも耳が痛いわ!」
「あれ『テンペスト』?」
クオンへの文句を口にするアヤネを横目にレイナは先程邪竜数体をまとめて吹き飛ばした爆弾の正体をクオンに尋ねた。
このレイナの質問を受けてクオンは得意気な表情で先程の球体の説明をした。
「一応『テンペスト』の技術も使ってるけど、あれは火薬を使っていない完全な新作。簡単に言うと魔力を込めて爆弾にできる」
「へー、それであの威力。量産はできるの?」
「できるけどまだ不安定だから全部隊に配備するのは無理。へたすると机から落としただけで爆発するから」
「……なるほど」
あれ程の威力の武器の話が事務局に伝わっておらずシンラからも聞いたことがなかった時点でレイナは先程の武器に何らかの致命的な弱点があることは察していた。
そのためクオンの説明を聞いてもレイナは落ち込んだ様子を見せず、そのまま他の四人と共に階段へとたどり着いた。
「悪いけど障壁が残り三枚になった時点で上に逃げて来るからできるだけ急いで」
「了解」
「ねぇ、さっきの爆弾一個か二個くれない?いざとなったら逃げる前に使いたいから」
レイナの発言を受けてアヤネが短く返事をした後、レイナは先程の爆弾を貸して欲しいとクオンに伝えたが、クオンはレイナの頼みを断った。
「ごめん、無理。今は能力で運んでるから問題無いけど、これ本来は専用の保管機から取り出して五秒経つと何もしなくても爆発するから」
「思ったよりひどい武器ね」
「……今後に期待して」
自分たちの力作に文句を言われて何か言い返そうとしたクオンだったが、特殊な能力を持っていないと運ぶのすら困難な武器はさすがに擁護できなかった。
そのためクオンはレイナに今の自分の気持ちだけを伝えてからレイナを残して他の三人と共に上に向かった。
「ふー、参ったわね」
階段の中程からレイナが下に視線を向けると、数体の邪竜が二階への階段の前を遮る形で展開されたレイナの障壁を破壊しようとしていた。
本来ならBランク以上の邪竜数十体の攻撃にさらされればレイナの障壁といえども数分で破壊される。
しかし今回は戦場が広いとはいえ屋内だったことが幸いした。
レイナの障壁に殺到している邪竜たちはその一部しか障壁への攻撃に参加できず、邪竜が一体でも火を吐こうものなら障壁よりも他の邪竜たちの受けるダメージの方が大きかった。
とはいえレイナの障壁も確実にダメージを受けていたのでいつまでもは持たないだろう。
自分の弱さと能力の内容を考えるとこういった状況では受け身になるしかないと分かってはいるのだが、それでもこの状況はレイナとしても精神的にきつかった。
そのためレイナは上に向かった四人に少しでも早く決着をつけて欲しいと願いながらきしみ始めた自分の障壁に視線を向けた。
レイナを残した四人が二階に着くと二階にはドーム状の部屋が一つあるだけで、その部屋の中には既に数十体の邪竜がいた。
室内の状況を見るなりアヤネが自分の考えを告げた。
「ここはクオンとヴェーダに残ってもらうしかないわね。ここをヴェーダが、あっちをクオンが守ってくれる?」
「分かった」
「分かりました」
どれだけ言い繕ったところで今回の最大戦力の『妖精女王』を奥の敵にぶつけることは決定事項だ。
そうなると二階の足止めは自分たち三人の中から出すしかなく、自分より弱いクオンや後輩のヴェーダを先に行かせるわけにはいかない。
そう考えてアヤネが二人に出した指示に『妖精女王』も特に文句は言わなかった。
そして二階の入り口にヴェーダを残し、残る三人で邪竜の群れを突破してから三階への入り口にクオンを残して『妖精女王』とアヤネは三階へと向かった。
その際『妖精女王』がクオンにしばらく視線を向けていたのだが、クオンが何も言わなかったため『妖精女王』はすぐに上へと向かった。
二人が三階へと向かった後、三階への入り口の守りを任されたクオンは能力で二つの武器を取り出すと襲い掛かる邪竜の群れに向けて使用した。
右の武器からは光線が、左の武器からは金属製の網が放たれ、光線は邪竜数体を瞬く間に焼き払い、網は邪竜三体を捕えた後収縮を始めた。
何とか網から逃れようとしている邪竜の体に徐々に網が食い込み、やがて網は邪竜たちの翼や眼を傷つけた。
しかし邪竜たちの抵抗により網はやがて破られてしまい、自由の身となった邪竜たちは傷だらけとはいえ三体全てが戦闘可能な状況だった。
「まだ殺せないか。でも今の感じだと押さえつけてる間に隊員たちで袋叩きする分には問題無さそう」
邪竜を倒せないまでも自分たちの作品が一定の効果をあげたことに満足しながらクオンは新しい武器を取り出した。
しゃがんだ状態のクオンなら覆い隠せそうな程の大きさの金属製の扇を手にし、クオンは目の前の邪竜の群れを扇であおいだ。
自分の真正面で戦っているヴェーダの邪魔にならないようにクオンは群れの右を狙って扇であおぎ、クオンが扇を動かした次の瞬間には十体以上の邪竜が風を受けてその動きを止めた。
その後もう一度扇を動かしてからクオンは複雑そうな表情をした。
「思ったより弱い」
今クオンが使った武器は束ねた状態では鈍器として、広げたら風を起こして中距離戦を行える扇として、更に円状に広げたら盾として使えるという武器だった。
円状に広げた際は一応魔力による障壁を張れる仕様になっていたが、変形させることを優先したせいで武器の出力が犠牲になっていた。
そのため扇状態で起こした風の威力もクオンの想像以下で、クオンはこの結果に落胆した。
この武器はまだ外部に発表はしていなかったが、この程度の威力では仮に発表しても使いたいという者は現れないだろう。
そう考えていたクオンの横から邪竜の一体がクオン目掛けて火炎を放った。
しかしその火炎はクオンがあらかじめ設置しておいた装置により発生した障壁に阻まれ、クオンには届かなかった。
「せっかくの機会だしまだまだ実験に付き合ってもらう」
そう言うとクオンは新しい武器を能力で取り出し、邪竜の群れ目掛けて使用した。
今回は邪竜が逃げる心配も無く、周囲に味方がほとんどいないため流れ弾の心配をする必要も無いという試作品の試し撃ちには絶好の機会だ。
今回持って来た二十以上の武器は全て試作品で、それらの武器は何度か使えば壊れてしまうものばかりだった。
壊れた武器を帰ってから修理するのは結局クオンなのだが、それはこの際忘れることにした。
邪竜に隠れて直接見ることはできないが、ヴェーダのいる方から聞こえる音から察するにヴェーダは今も次々に邪竜を倒している様子だった。
リクとヴェーダは一人で戦っても隊長の中で上位に入る強さだとクオンはシュウから聞いていたが、だからといってさすがにヴェーダ一人にこの場を任せるわけにいかない。
壊れた武器の修理は部下も手伝ってくれるだろう。
そう信じてクオンは試作品の武器を次々に犠牲にして邪竜を倒していった。
『妖精女王』とアヤネが三階に着くとどうやらここが最上階のようで、上へと続く階段は無く部屋の奥には二本角の邪竜が一体いるだけだった。
「雑魚がいなくて助かった」
今回戦うことになる邪竜が二本角の可能性を考えていた『妖精女王』は目の前の邪竜が二本角だったことにも特に動じず、周囲にうっとうしいAランクやBランクの邪竜がいないことを喜んでいた。
そんな『妖精女王』にアヤネは注意を促した。
「気を抜かないで。二本角の邪竜はシュウでも手こずる相手なのよ」
「言われるまでもない。ここで大人しく待っててって言ってもきかないだろうけど、邪魔だけはしないで」
そう言うと『妖精女王』はアヤネを置いて邪竜目掛けて走り出し、そんな『妖精女王』の背中を見ながらアヤネは今自分たちがいる繭について考えていた。
ここまで全力で駆け抜けて来たので深く考えるひまも無かったがが、この繭の中にいた邪竜は数だけなら五月に現れた邪竜より多い。
そしてこの繭の出現に研究局は一切気づけなかったので、『創造主』がその気になればこれだけの数の邪竜でアイギスを奇襲できたことになる。
もっともその場合はシュウ、コウガを含む全戦力で討伐局も対応でき、そのため『創造主』は今回の様に特殊な拠点で待ち構えるという形を取ったのだろう。
それにこれだけの数の邪竜が一斉にアイギスに近づけば研究局が予知できなくても周囲の見張りがすぐに気づいただろうから、自分が今抱いている心配は前提が間違っていることはアヤネも分かっていた。
しかし女の隊長だけでどれだけ戦えるかを見たいからというだけの理由でこれだけのものを用意できる『創造主』の力を前にし、アヤネは戦う前から心が折れそうになってしまった。
とりあえず今は目の前の邪竜を倒そう。
そう現実逃避気味に考えながら二本角と戦い始めていた『妖精女王』を見てアヤネは驚いた。
自分より先に邪竜と戦い始めていた『妖精女王』が邪竜に攻撃を当てるどころか近づくことすらできていなかったからだ。
『妖精女王』の予想外の苦戦を受け、アヤネは慌てて戦いに参加した。




