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手加減

「すごいですね。あれが壊されるとこ初めて見ました」

「そうですね。シュウ隊長と同じで、遠距離攻撃ができない代わりに出力そのものは高い体質なのかも知れません」


 リクとリンシャの会話を横で聞いていたヴェーダは、ここでようやく違和感に気がついた。

 ヴェーダたちの目の前では、今もシュウとミアの攻防が続いていた。

 ミアの振るう斧をシュウが『空間切断』で防ぎ、そこにミアが重力球を叩きつけて破壊する。


 その直後の隙を狙ったシュウがミアの腕をつかんで投げようとする。

 それを自分にかかる重力を制御してミアが防ぎ、即座に振り下ろされた斧をシュウが防ぐか回避する。


 先程からこれの繰り返しで、どう考えても妙だった。

 リクも同じ様に感じていたらしく、疑問を実際に口にした。


「どうして斧を斬らないんだろう?」


 この戦いが始まってからシュウは、最初に武器をぶつけ合った以外はミアの斧に対して『空間切断』か手足での防御しか行っていなかった。

 ミアの魔力で強化した斧を同じく魔力で強化した手足で防ぎ、手足に傷一つついていない時点でシュウとミアの技術の差は歴然だった。


 しかし傷はつかなくても体に直接斧を受けた時の衝撃は体に蓄積するはずだ。

 わざわざそんなことをしなくてもシュウなら斧を斬れば済む話で、シュウが何度も吹き飛ばされてまで防御に徹している理由がリクとヴェーダには分からなかった。


 シュウが時折面倒そうな顔をしているため、ミアの実力を試しているというわけでもなさそうで二人の困惑は深まるばかりだった。

 そんな二人にリンシャが横から解説を入れた。


「多分あの斧を壊したくないんでしょう。あの斧はおそらくシンラ隊長からのプレゼントで、それをたかが練習試合で壊すのは悪いと思っているんだと思います。シュウ隊長は変なところで気を遣いますから」

「そんな武器であの攻撃してるんですか?すごいですね…」


 何やら含みのある言い方をしたリクにリンシャは冷たい口調で返事をした。


「本人は気づいてないんじゃないですか?まったくシンラ隊長もまた面倒な人を…」

「でもそうなるとシュウさんでもきついんじゃ…。さすがに斧を壊さないとなると…」


 シュウの真意を知り不安そうにしているヴェーダにリンシャは微笑んでみせた。


「斧は壊したくない。でも負けるのは論外。そのどっちも実現するのがシュウ隊長です。二人共よく見ていて下さい。シュウ隊長は、二人には期待してるみたいですから」


 決着が近いことを悟ったリンシャは通信機を手にすると、どこかに連絡を取り始めた。


「ほらほら、どうしたの?討伐局の隊長ってこんなものなの?」


 先程から防戦一方のシュウを前に、ミアは自分の勝利が近いことを確信していた。

 シュウの頼みの綱の『空間切断』による防御はミアには通じず、斬り落とした際の破片によるけがを恐れてか斧への攻撃もしてこない。


 重力球による攻撃直後に腕を何度もつかまれているのが多少しゃくではあったが、相手は仮にも隊長なのだから自分と互角の身のこなしができるのだろうと納得していた。

 しかし斧が直撃してもシュウの体に傷一つついていないことには、ミアもさすがに危機感を覚えていた。

 しかしシュウはこの戦闘中何度も斧に視線を向けていた。

 シュウが警戒している以上、重力球だけでなく斧での攻撃もシュウに決定打を与えられるはずだとミアは考えていた。


 すでに何度も自分の体への無理な重力制御を行ったため、ミアはわずかながら体に違和感を覚えていた。

 そのためミアは、できるだけ早く勝負をつける必要があった。

 その後何度も繰り返された攻防の末、ミアはシュウを壁際まで追い込んでいた。


「さあ、もう後が無いわよ!少しは隊長らしいとこ見せてよね!」


 そう言うとミアは、重力球を左手に創り出してシュウ目掛けて叩きつけようとした。

 すでに後ろに逃げ場は無いので、これでシュウの『空間切断』や刀を突破してシュウにとどめを刺せるとミアは考えていた。


 しかしシュウはミアの左手の重力球そのものではなく、ミアの左腕の動きを阻む形で空間を斬り裂いた。

 結果としてミアの重力球は防がれてしまったが、今の動きでシュウの刀は右に大きく流れていた。


 この体勢からミアの斧を刀で防ぐのは不可能で、今までの様に左腕で防いでも吹き飛ばされて壁にぶつかってしまう。

 さすがにそれで戦闘不能とはならないだろうが動きは止まるはずで、そこに先程使わずに残ったままになっている重力球をぶつければミアの勝ちだった。


 仮にも隊長に無傷で勝てるとは思っていなかったミアだったが、自分の勝利自体は予定通りだ。

 一応シュウの刀にも注意を払いつつ、ミアは右手に握った斧を振るった。

 刀による防御は間に合わず、左腕で防いでもそのまま壁に叩きつけられてしまう。

 そこに追撃をかければミアの勝ちだった。


(この状況を『万物切断』を使わずに突破できるならやってみなさい!)


 そうして放たれたミアの斧での攻撃、勝利の一撃となるはずだったそれは、シュウが左手の手刀で行った『空間切断』によって防がれた。


「なっ…」


 勝利を確信していた状況から一転、予想外の展開にミアの動きが一瞬止まってしまった。

 それを見逃すシュウではなく、ミアが気づいた時にはミアの首元にシュウが刀を突きつけていた。


「はい。俺の勝ち」


 自分の勝利を喜ぶでも誇るでもなく納刀したシュウを前にミアはしばらく呆然と立ち尽くしていた。

 まさか自分が序列九位の隊長に負けるとは思っておらず、ミアは大きな衝撃を受けていた。


 一方シュウの勝利自体は予想していたリクだったが、ミアとは違う理由で驚いていた。


「刀以外でも『空間切断』できるんですね」


 今までの自分たちとのけいこでは使ってこなかったシュウの技に驚きながらリクがそう口にすると、リンシャは驚いた様子も無くリクの発言を肯定した。


「はい。知らないのも無理無いですよ。使ったらああなるので、滅多に使いませんから」


 そう言ったリンシャの視線の先で、シュウの左腕は『空間切断』を行ったことでずたずたになっていた。

 空間を斬り裂く程の斬撃を生身に纏ったのだから当然の結果で、シュウの左腕の出血は全く止まる様子が無かった。


 先程まで戦っていたミアですら心配そうにする負傷具合だったが、シュウは特に気にした様子も無く訓練室に常備されている治療器具で止血をしようとした。

 ちょうどその時、訓練室に二人の人物が入ってきた。

 先程リンシャが連絡を入れておいたクオンとアヤネだ。


「あ、その子がシンラの孫?あんたにそれ使わせるなんて末恐ろしい子ね」


 ミアに視線を向けた後でシュウの左腕を見たアヤネは、驚くというよりも楽しそうに笑っていた。

 すでに二年以上の付き合いになるアヤネ、そしてその後ろに立っているクオンもリンシャ同様シュウの手刀による『空間切断』は知っていたのだろう。

 二人は傷だらけのシュウの左腕を見てもそれ程驚いた様子を見せず、そんな二人にシュウが声をかけた。


「おっ、リンシャが呼んだのか。助かった。早く能力貸してくれ。左腕が滅茶苦茶痛い」


 クオンの能力の移動は、クオン以外を対象にしても行える。

 今回はアヤネの時間巻き戻しをシュウが使いたいので、クオンがアヤネの能力をシュウに移した。

 アヤネの能力を借りたシュウはすぐに左腕を治し、その後シュウの意思を受けて能力がアヤネに戻った。


「いやー、お前らの能力まじ便利だな。俺の代わりなんてリンドウのおっさんが二十人もいれば足りるだろうけど、お前らの代わりなんてそうそういねぇだろ」

「それ絶対リンドウ隊長の前で言わないで下さいね」


 シュウの発言に顔をしかめたリンシャを無視してシュウはミアに話しかけた。


「どうだ?俺を試しに来たって言ってたけど、俺は合格か?」


 悔しそうに無言で震えるミアを相手にシュウは話を続けた。


「まあ、悪くはなかった。能力も身のこなしもとりあえずは合格だ。でも予想外のことが起こったぐらいで動き止めてたら、命がいくつあっても足りないぞ。攻撃と防御を切り離して考えないで、戦闘中は常に気を張り詰めてろ。…とりあえずこんなところか。リンシャ、後の細かいところはお前に任せる。いいようにしてくれ」

「分かりました。明日の朝九時に顔を出して下さい。いいですね?」


 リンシャの発言を聞き、面倒そうな顔をしたシュウにリンシャは念を押した。


「いいですね?」

「あー、めんどくせぇ。…分かった、分かった」


 眉間にしわを寄せ始めたリンシャに返事をしながらシュウは、クオンに話しかけた。


「クオン、こいつ用の武器用意してやってくれ。俺程じゃないけど遠距離攻撃が苦手なんだよ」


 シュウの頼みを聞いたクオンは、一度ミアを見てからうなずいた。


「分かった。普通の隊員の武器なら私じゃなくて部下が担当することになるけど、話は通しておく」

「ああ、それでいい。リク、ヴェーダ。悪いけど今日のけいこは裏庭でつける。じゃあ、二人共助かった。サンキューな」

「これでさっきの件ちゃらね」


 シュウとあいさつを交わしたクオンとアヤネ、そしてシュウたち三人も部屋を去り、訓練室にはリンシャとミアだけが残された。

 シュウが出て行ったドアを悔しそうににらむミアを見たリンシャは、ため息をつきながらミアに話しかけた。


「もしかして素手での『空間切断』なんてできるとは思わなかったけど、一度見たから次は勝てるとか思ってませんか?」

「はい。確かにあれには驚きましたけど、分かってさえいれば対処できます。明日あいつに引導を渡してやります」


 口調こそ丁寧なもののシュウへの敵意を隠す気も無いミアを見たリンシャは、このまま放置すると本当に明日にもシュウに挑みかねなかったので釘を刺しておくことにした。


「シュウ隊長が何も言わなかったので私も黙っておくつもりでしたが、さっきの戦い、シュウ隊長は全然本気を出していませんよ?」


 予想外のリンシャの発言を聞き、今まで訓練室のドアをにらんでいたミアがリンシャに視線を向けた。


「あなたの重力球はたしかにすごい威力ですが、効果範囲は手のひらの上だけ。そんな攻撃がリーチの長い斧の攻撃すらまともに当てられなかったのに、当たると思いますか?」


 重力球が当たりさえすれば自分の勝ちが決まると思っていたミアは、大前提を否定されてしまい何も言えなかった。

 そんなミアにリンシャは話を続けた。


「最後にシュウ隊長が『空間切断』であなたの動きを止めましたが、わざわざそんなことをしなくても腕を折るなり気絶させるなりすればよかったにも関わらず、シュウ隊長はあえてあんな面倒な手を選びました。そういった気遣いができる程、あなたとシュウ隊長に実力の差があったからです」

「でもあいつは私の斧を斬ればよかったのにそうしませんでした。あいつがそこまで強いとは私には思えません」


 ミアは確かにシュウに負けたが、先程の戦いではシュウは防御に徹していたためミアは負けたという実感を持てずにいた。

 それゆえのこの発言だったのだが、リンシャはそこに追い打ちをかけた。


「その斧はシンラ隊長からもらったものですね?」

「はい。両親やおばあ様は私の討伐局入りに反対しましたけどおじい様が説得してくれて、その時にもらったものです」

「それはシンラ隊長が序列一位になった時、当時の部下の方たちから贈られた物だということは知っていますか?」


 うなずくミアにリンシャは話を続けた。

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