突入
模擬戦を終えた後、女の隊長四人と『妖精女王』、そしてシュウは急いでアイギスの西にある現場へと向かった。
現在機構で使っている車はほとんどが五人乗りなのだが、今回は一人が子供とはいえ六人での出撃だ。
そのため六人は大型の車に乗り西へと向かった。
車内では運転席にレイナ、助手席にアヤネが座り、車の中央の座席にヴェーダとクオン、そして最後尾に『妖精女王』と見張りのシュウが座っていた。
出発してしばらくは『妖精女王』がいる緊張からどの隊長も口を開こうとしなかった。
シュウは特に『妖精女王』を警戒していなかったが、それでも他の隊長が緊張するのは無理も無いと考えて口を開かなかった。
しかしアイギスを出発して五分も経たない内に沈黙に耐えかねたのかクオンが口を開いた。
「ねぇ、この戦いが終わったらあなたの『魔装』もう一度測らせてもらっていい?」
「……は?もしかして僕に言ってる?」
この空気の中誰かが口を開いただけでも驚きだったというのにまさか自分に話しかける者がいるとは思わず、『妖精女王』は驚いた表情を浮かべた。
『妖精女王』の横ではシュウも呆れた様な表情でクオンに視線を向けていたが、そんな二人の態度に構わずクオンは話を続けた。
「うん。シュウの『魔装』はもう何度も測った。だから今度はあなたの『魔装』を測らせて欲しい」
「さっきの戦い記録してるんだからそれで十分でしょう?面倒だから嫌」
『妖精女王』が心底不快気な声でそう言ったのを聞き、クオン以外の女の隊長は声こそ出さなかったがとても慌てた。
シュウがいるので大丈夫だとは思うが相手はあの『妖精女王』だ。
何がきっかけで暴れ始めるか分からないのだから、『妖精女王』を変に刺激するのは止めて欲しいとクオン以外の女の隊長たちは冷や汗を流した。
クオンは自分の横にいるヴェーダの表情からそうした同僚たちの気持ちに気づいていたが、そのまま『妖精女王』との話を続けた。
「でもさっきのじゃなくて完全な『妖精女王』の『魔装』が測りたい」
クオンのこの発言を聞き、『妖精女王』は面倒そうな表情をしながらしばらく考え込んだ後でクオンに返事をした。
「面倒だから嫌。そういうのは明日『千刃』にやらせて。後僕とあなたは今日会ったばかりなんだからあまり馴れ馴れしく話しかけないで」
「はーい」
『妖精女王』はにらみながらクオンの頼みを断ったのだが、『妖精女王』の鋭い視線を受けてもクオンは特に動じた様子を見せなかった。
そんなクオンにシュウは呆れた様子で話しかけた。
「もうその話はそれで終わりにしろ。それよりさっき使ってた武器を取り出す能力便利だな。どうしていつも使ってないんだ?」
実戦で試したい大型の武器の試作品を現場に運ぶ場合、これまではクオンは背負うか引きずるかして運んでいた。
しかしあの様な便利な能力があればそういった苦労はしなくていいはずだ。
そう考えてのシュウの質問にクオンはこの収納能力を今日初めて使う理由を説明した。
「この能力は確かに便利だけど元の持ち主は研究局での私の部下で、普段は仕事でも使ってる。だから私が邪竜退治に行く時に能力借りるとその人が仕事できなくなっちゃう。だから使いたい時に使えるわけじゃない」
クオンがよく使う光線や飛行の能力も研究局局員から借りているものだが、この二つの能力はそれぞれ複数の人間から似た様な能力を借りてクオンは使っている。
そのためクオンは出撃する時間に関係無くこの二つの能力を使えるのだが、収納能力は似た様な能力を持っている能力者を他に探すことができなかった。
今回はたまたまその能力者が夜勤明けのところを捕まえることができたので、クオンは収納能力を使うことができた。
しかもこの能力は抜かれた場合能力者の周りに収納していた物が全て出てしまう。
この能力者は私物と研究局の資料等を全て能力で持ち運んでいたので、クオンが彼から能力を借りるために荷物置き場として一室を用意しなくてはならなかった。
あれを再び収納する手間を考えると気軽にこの収納能力を貸して欲しいとは言えないなと考えながらクオンがシュウとの話を続けていると、そこにレイナが口を挟んできた。
「クオン本当に能力二つだけでよかったの?今回シュウは戦いには参加しないんだから透明になる能力だけでも返してもらったら?」
「大丈夫。今回は武器の試作品たくさん持って来たし、シュウがこの子抑えられなくなったらそっちの方がまずいから」
先程の模擬戦と違い今回は前衛に『妖精女王』も加わるのだから自分が使える能力が一つ減るぐらい何の問題も無いとクオンは考えていた。
レイナはこうしたクオンの考えを理解したわけではなかったが、参加こそしているものの今回の戦いではクオンより貢献できない自分がこれ以上口を出しても説得力が無いと判断してそれ以上は何も言わなかった。
そして一行はシュウとクオン以外はほとんど話さないまま数時間のドライブを終え、午後二時頃に報告にあったドーム、『創造主』が言うところの繭の前に到着した。
途中で一度休憩を挟んだとはいえ数時間車に乗った後で全員が疲れていたので、繭への突入は一時間後ということになった。
そして繭の中に入らないシュウを車の中に残して女性陣は車から降り、『妖精女王』は隊長四人から離れたところで繭を眺めていた。
そんな『妖精女王』を警戒しながらクオン以外の隊長三人は呆れと驚きが入り混じった表情でクオンに話しかけていた。
「よく『妖精女王』にあんな馴れ馴れしく話しかけられるわね」
「怖くないんですか?」
アヤネとヴェーダが心底不思議といった表情でそう尋ねてきたので、クオンは少し考えてから口を開いた。
「私隊長の中でも弱い方だから自分より強い相手いちいち怖がってたらきりがない。そもそもあの子が見境無く人襲うような子ならシュウがとっくに殺してると思うし」
「言いたいことは分かるけどあの子の場合、強さより性格の方が問題だと思うわ。とにかくこっちから積極的に話しかけることないと思うわよ?私たちも落ち着かないし」
「ふーん。まあ、みんなの言いたいことは分かった。気をつける」
レイナの発言に気の無い返事をしながらクオンは一人で繭の前に立つ『妖精女王』に視線を向けた。
先程のクオンの自分より強い相手をいちいち怖がっていたらきりがないという発言は嘘ではない。
しかしクオンが『妖精女王』を恐れていない理由は別にあったのだが、クオンとしてもそれを他の隊長たちに伝えることはできなかった。
そのためクオンは同僚たちを説得できないことも分かっており、『妖精女王』も別に隊長たちと仲良くするつもりは無いようだ。
不必要に同僚たちに心労をかける必要も無いと考え、クオンは今回の任務中『妖精女王』にむやみに話しかけるのを避けることにした。
一行が繭の前に着いてから一時間後、予定通り隊長四人と『妖精女王』は繭の中に入ることになった。
そんな五人にシュウが声をかけた。
「分かってるだろうけどお前らがやられたらもうこの繭を突破できるメンバー集めるの無理だからがんばれよ。やばいと思ったら全部このチビに丸投げすればいい」
シュウのこの発言に思うところがあったのか『妖精女王』が額に右手を伸ばす中、レイナはシュウに万が一のために警戒を頼んだ。
「多分大丈夫だとは思うけど私たちの戦いが長引いた場合、外に出て来た邪竜は頼むわよ?」
「ああ、任せとけ。でも二体ぐらいならうちの連中に回すかもな」
女性陣が繭に突入したのに合わせて繭からアイギスに邪竜が向かう可能性を考え、アイギスの四方には北に『ナイツ』、西に『シールズ』、東に『オーダー』、南に『フェンリル』がそれぞれ隊長と共に配置されていた。
なお今回『フェンリル』の指揮はシンラが取っていた。
シュウは自分の勘によりおそらく今回アイギス側に邪竜は現れないだろうと考えていた。
そのためシュウはこの様な発言をしたのだが、シュウの発言を聞きレイナは眉をひそめた。
「もしこれから邪竜が出た場合、戦うのコウガと『シールズ』じゃない。留守番ぐらいちゃんとして。いい?」
「あいよ。任せとけ」
シュウは自分の勘をある意味五感以上に信じているので、今回の戦いの最中繭の外に邪竜が出ないことを確信していた。
シュウのこうした考えはレイナには分からなかったが、さすがにシュウも最低限の仕事はするだろうと考えてレイナはこれ以上のシュウの説得を諦めた。
レイナとシュウの会話の後、繭へと向かう女性陣を見送ったシュウが車に向かい、後部座席からある装備を取り出すのを『創造主』ははるか高みから視ていた。
シュウが手にした装備は以前レイナが使っていた装着者の姿を消す装備で、それを使ってシュウが姿を消すのを視て『創造主』は思わず笑ってしまった。
といってもこの『創造主』の笑いは嘲笑ではなくどちらかというと微笑ましいものだった。
『創造主』は別に人類を滅ぼしたくて邪竜を送り込んでいるわけではなく、人類が邪竜という脅威に立ち向かう姿、そしてその過程での人類の成長を楽しんでいた。
そのため邪竜と戦うための人間の行動はたとえ無駄なあがきだとしても『創造主』にとって微笑ましいものだった。
おそらく今自分が見ている剣士は姿を消して繭に侵入しようとしており、仲間たちと同時に入ればばれないとでも考えたのだろう。
あいにく『創造主』の創った繭の侵入者への識別機能はそんな甘いものではなかったが、今後もこういった試みはどんどんして欲しいと『創造主』は考えていた。
しかし剣士の試みはどうせ失敗に終わるだろう。
そう考えた『創造主』はすぐに剣士から興味を失って繭の中に意識を向けた。
『妖精女王』を含む五人が問題無く繭に入ると、繭の中は外から見た以上に広かった。
先程のレイナたちの発言のせいか少し小声で何やら『妖精女王』と話しているクオンに呆れつつ他の三人は現状を確認した。
外にいるシュウに無線で連絡を入れると繋がったので、この繭は電波を通すようだった。
試しにアヤネが外に出ようと壁に触れると問題無く外に出ることができ、再び繭に入ったアヤネは中の広さに言及した。
「思ったより広いわね。まさか階段があるとは思ってなかったわ」
アヤネの言う通り繭の中は外からの見た目以上に広く、その上気味の悪い模様に囲まれた通路の先には上へと繋がる階段らしきものが見えた。
隊長たちは繭に入ってすぐにSランクの邪竜との戦闘に入ることになると思っていた。
そのため邪竜一匹いない繭の内部を見てわずかに緊張を解きつつも、想像以上に広かった繭の攻略に思っていた以上の時間がかかりそうだと考えてため息をついた。
しかしいつまでもここで嘆いてもいられないので、隊長たちは繭の奥に向かおうとしたのだがそれを『妖精女王』が止めた。
「何のつもり?言っておくけどシュウの言った通りあなたに丸投げするつもりなんて無いわよ」
自分たちの前にいた『妖精女王』が突然手を横に伸ばして自分たちを制止したのを見て、アヤネはわずかながら声を荒げた。
機構と全く関係が無い上に十五歳未満の『妖精女王』を戦いに参加させているだけでも問題なのに、その上『妖精女王』に先陣まで切らせるつもりはアヤネはもちろんレイナやヴェーダにもなかった。
またこの戦いで『妖精女王』が死んだ場合、機構が外部から激しい批判を受けるという理由もありアヤネは『妖精女王』が先陣を切ることに難色を示した。
しかしそんなアヤネを見ても『妖精女王』は特に表情を変えなかった。
「あなたが僕をどうするつもりかはどうでもいい。あなたたちの指示に従うつもりは無いから。でも少し待った方がいい。周りの壁から嫌な感じがする」
『妖精女王』にそう言われて隊長たちが壁に視線を向けた直後、周囲の壁が歪み壁のいたるところから邪竜の首が生え、それらが一斉に女性陣に襲い掛かってきた。




