天賦
「ほら話まとまったところで戦い続けろ。一つアドバイスしとくとそのチビの『魔装』はまだ完全じゃないから今はかなり疲れてるはずだ。勝つなら今しかないぞ」
シュウのこの発言の直後ヴェーダが『妖精女王』に斬りかかり、それを見た『妖精女王』は足下にいたアヤネをヴェーダ目掛けて蹴飛ばした。
ヴェーダがアヤネを受け止めている間にまずは後衛の二人を倒そうと考えた『妖精女王』だったが、レイナの障壁に進路を阻まれてしまい『妖精女王』は思わず舌打ちをした。
『妖精女王』を囲む様に展開されたレイナの障壁は足下に展開されたものも含めて五枚で構成されており、『妖精女王』はアヤネとヴェーダが待つ方向に進むしかなかった。
『妖精女王』が先に後衛二人を倒そうとしたのは単に効率の問題だ。
多少面倒ではあったが前衛から倒さないといけないならそうするまでで、体が大きく行動も読みやすい邪竜と違い目まぐるしく動く人間同士での戦いにはレイナも能力での干渉は行いにくいはずだ。
そう考えた『妖精女王』は気持ちを切り替えてアヤネとヴェーダと戦い始めた。
『時間加速』の使用を禁止されたため先程までの様に不意打ちはできなくなったが、それでもアヤネも昨日、今日戦い始めた素人ではない。
アヤネはヴェーダと連携して左右から激しく『妖精女王』を攻め立て、時折飛んで来るクオンの放つ魔力の弾丸を受けて面倒そうにしている『妖精女王』としばらく接近戦を繰り広げた。
そしてアヤネとヴェーダがそろって『妖精女王』に武器を振り下ろし、それを『妖精女王』がそれぞれ左右の手で受け止めた時に『妖精女王』が口を開いた。
「うん。大体分かった。これなら大丈夫そう」
『妖精女王』のこの発言を聞き、ヴェーダの表情が変わった。
「今まで私たちの力を試してたとでも言うつもりですか?」
レイナを除いた三人がかりで押し切れていない以上『妖精女王』が自分たちを見下すのはしかたがないとヴェーダも頭では分かっていた。
しかしまだ幼い『妖精女王』にまるで自分たちを評価する様な物言いをされ、元々リクの件で『妖精女王』にいい感情を持っていなかったヴェーダは不快になった。
そんなヴェーダを見て『妖精女王』はヴェーダの誤解を正した。
「そういう意味じゃない。僕が幻術抜きでどれだけ戦えるかの確認が終わったってこと」
「え?」
全く予想していなかったことを『妖精女王』に言われてヴェーダは戸惑った。
その隙を見逃す『妖精女王』ではなく、大振りの攻撃でアヤネを遠くに吹き飛ばすと『妖精女王』は魔力を右手に集中させてヴェーダに殴りかかった。
それを見てヴェーダは慌てて大剣で『妖精女王』の攻撃を防いだが、『妖精女王』の拳はヴェーダの大剣を難無く打ち砕いた。
自分が魔力で強化した大剣があっさりと砕かれたことに驚きながらも、ヴェーダは慌てて後退しようとした。
しかし『妖精女王』とまともにぶつかろうと前のめりになっていたヴェーダは最初からヴェーダを仕留めるつもりだった『妖精女王』の追撃から逃れられず、上空からのクオンの牽制をものともせずに『妖精女王』はヴェーダの腹部に拳を叩き込んでヴェーダを戦闘不能にした。
その後『妖精女王』は残る三人の隊長に話しかけた。
「あなたたち隊長がそれなりに戦えることは知ってる。さっきまでは僕がどれだけ戦えるか試してたけどあなたたちと僕の力の差は大体分かった。あなたたちで何とかなるならSランクとの戦いも何とかなりそう。だからもう戦うの止めない?魔力と体力がもったいない」
「悪いけど後輩やられてはい、そうですかって言える程こっちは大人じゃないのよ。せめてあんたに傷の一つもつけないとヴェーダに合わせる顔がないわ」
完全に自分たちを見下している『妖精女王』の発言を聞き怒りを覚えたアヤネは、『妖精女王』の返事を待たずに動き出した。
正面から斬りかかってきたアヤネに対して『妖精女王』は小細工無しで迎え撃った。
アヤネの細剣と『妖精女王』の拳がぶつかり、先程のヴェーダの大剣同様『妖精女王』の攻撃でアヤネの細剣は破壊された。
しかしアヤネの細剣にはアヤネの血が混ぜられているため次の瞬間には何事も無かった様に復元され、アヤネは『妖精女王』の左肩を斬りつけた。
拳に魔力を集中していたため『妖精女王』はすぐに他の部分を魔力で強化できず、結果として『妖精女王』の左肩は大きく斬り裂かれてしまった。
『妖精女王』がすぐに後ろに退がったため傷はそこまで深くはなかったが、ここまで大きい傷を作るつもりはなかった『妖精女王』は驚きながら傷ついた肩に手を伸ばした。
またアヤネがヴェーダがやられたことに怒っていることも『妖精女王』にとって驚きだった。
『妖精女王』は外周部を歩いている時に何度かアヤネと会ったことがあるが、その時アヤネは毎回すぐに逃げ出していた。
そのため『妖精女王』は自分が模擬戦の中止を提案すればアヤネは応じるだろうと考えていたので、アヤネが戦いを続行したことに驚いた。
アヤネのこの振る舞いが人目があるからのポーズなのか本心なのかは『妖精女王』には分からなかった。
しかしアヤネへの義理でわざと攻撃を受けたとはいえ大きく流血する程の傷をつけられてしまった以上残る三人も倒さないと自分が女の隊長全員より強いと示したとは言えないかも知れない。
『時間加速』無しであれだけの動きができるとは少しアヤネを過小評価していたようだ。
そう考えた『妖精女王』はアヤネに巻き込まれた二人に同情しながら模擬戦を終わらせるために動き出した。
再びアヤネに殴りかかった『妖精女王』に対し、アヤネは動かずに迎え撃つことにした。
先程の様な手は二度と通じないだろうからうかつに動かずにカウンターを狙おう。
そう考えていたアヤネだったが『妖精女王』が動いたと思った次の瞬間右脚に痛みを感じ、気づいた時にはアヤネは背中を『妖精女王』に踏みつけられて床に転ばされていた。
気づいたら動きを封じられていたのでアヤネは『妖精女王』が幻術を使ったのではと疑ったが、それに勘づいたのか『妖精女王』が口を開いた。
「言っておくけど幻術なんて使ってない。それをするとこの模擬戦の意味がなくなるから。今のは単にすごく速く動いただけ」
自分たちと『妖精女王』の魔力による身体強化の練度の差を考えるとそれぐらいはできても不思議ではなく、こんな化け物によく一発入れられたものだとアヤネはこんな状況にも関わらず自画自賛してしまった。
そんなアヤネの後頭部を『妖精女王』は思い切り踏みつけ、この攻撃でアヤネも戦闘不能となった。
実際にするかはともかくアヤネの能力を使えばアヤネの上半身を斬り離して『妖精女王』の束縛から逃げることは可能だ。
そう考えて『妖精女王』はすぐにアヤネの意識を奪ったのだが、その行動を見ていた隊長たちは倒れているアヤネに容赦無くとどめを刺した『妖精女王』の行動に引いていた。
しかしそんな隊長たちの反応を気にもせず、『妖精女王』はレイナに襲い掛かった。
『妖精女王』としてはクオンを倒して模擬戦を終わらせたかったのだが、クオンは先程からレイナの障壁を足場にして『妖精女王』の頭上にいた。
跳んでクオンに攻撃を仕掛けることもできたが、地上にいるレイナを倒した方が早いと判断して『妖精女王』はレイナに襲い掛かった。
当然レイナは障壁でそれを阻み、障壁を挟んで『妖精女王』とレイナはにらみ合った。
「あなたも上に逃げればよかったのに」
「そうね。今後悔してるところよ」
障壁を多く展開すればする程レイナは他のことに意識を割けなくなる。
一ヶ所に展開してそのままにしておくならまだましなのだが、今回レイナはクオンの移動のために障壁を四枚程展開していた。
クオンの動きに合わせて次々に障壁を展開する必要があったので、魔力の温存と周囲の状況を把握する余裕を持つためにレイナは床に残ることにしたのだがその結果『妖精女王』とにらみ合うことになってしまった。
あれ程短時間の間にヴェーダとアヤネがやられるとはレイナも思っていなかったからだ。
『妖精女王』がシュウやコウガと同等の力を持っているというシュウの発言を信じれば予想できたことだったが、レイナを含む隊長のほとんどがシュウのこの発言に対して半信半疑だった。
そのためレイナは今窮地に陥っているわけだが、レイナの置かれた状況は現在進行形で悪化していた。
『妖精女王』が素手の攻撃でレイナの障壁にひびを入れ始めていたからだ。
上空にいるクオンのことなどまるで気にせずに自分の障壁を破壊しようとしている『妖精女王』を見て、レイナは目の前の少女はシュウより強いのではと考えてしまった。
既に傷がふさがった左腕も合わせて左右の手で一心不乱に自分の障壁を殴る『妖精女王』からレイナは恐怖しか感じなかったからだ。
シュウが『妖精女王』を何度も捕まえている以上自分の考えが間違っていることはレイナも分かっていたが、シュウが『妖精女王』より強いとなると普段のシュウはどれだけ手を抜いているのだという話になる。
目の前の『妖精女王』を通じてシュウの強さの底知れなさを改めて思い知ったレイナは、この模擬戦の今後の展開について考えていた。
といっても前衛二人がやられた時点でレイナとクオンに勝ちの目は無い。
残された戦力がクオンでは籠城の意味も薄く、レイナは既に『妖精女王』に殴られる覚悟を決めていた。
そんな時だった。
上空に逃れていたクオンが床に着地し、自分に入れていた能力で何らかの武器をどこからともなく取り出した。
アンテナの様な形の武器を床に設置して何やら作業を行っていたクオンに気づき、『妖精女王』は攻撃対象をクオンに変更した。
そんな『妖精女王』を見てクオンはレイナに『妖精女王』の足止めを頼んだ。
「三十秒足止めして!そうしたらこれでけりをつけるから!」
クオンのこの頼みを聞き、レイナはすぐに障壁六枚で創った箱に『妖精女王』を閉じ込めた。
レイナの障壁を能力無しで三十秒以内に壊すのはシュウでも不可能で、自前の能力が幻術の『妖精女王』はレイナの箱からの脱出は諦めてクオンの用意している武器に注意を向けた。
この状況で出す以上クオンが取り出した武器は生半可なものではないはずだ。
こんな武器を秘密裏に用意していたクオンに心の中で文句を言いながら『妖精女王』はクオンの用意が終わるのを待った。
そして一分もかからずにクオンの作業は終わり、クオンは発射準備の終わった武器を『妖精女王』のすぐ前まで運んだ。
形状からクオンの用意した武器が飛び道具であることは『妖精女王』にも分かっていた。
しかしわざわざ自分のすぐ前まで運んだということはこの武器は命中精度に難があるのだろうと『妖精女王』は察しをつけた。
こういった場合のクオンの武器は命中精度以外の部分は完成しているので、『妖精女王』はこの模擬戦で初めて気を引き締めた。
そしてクオンの合図を受けてクオンと『妖精女王』の間の障壁が消え、クオンは『グングニル』と同じコンセプトで作られた武器の試作品の引き金を引いた。
引き金を引くと同時にクオンの撃ち出した光線が武器で増幅され、『妖精女王』目掛けて撃ち出された。
光線を撃ち出した時の反動が強過ぎて武器はすぐに壊れてしまい、それと同時に武器の近くにいたクオンもその際の衝撃で吹き飛ばされてしまった。
クオンが今回用意した武器から撃ち出された光線の太さは以前コウガが『グングニル』を使って放った雷撃の半分程の太さだった。
その光線は何とか前に向けて発射されたが、発射直後に武器そのものが壊れたため撃ち出された光線は微妙に『妖精女王』から外れた場所に撃ち出されてしまった。
しかし光線は『妖精女王』の動きを封じていたレイナの障壁にぶつかり軌道を変え、最終的に撃ち出された光線の半分程が『妖精女王』に命中した。
「たかが模擬戦で何て武器を……」
自分目掛けて撃ち出された光線の威力を『妖精女王』は瞬時に見てとり、先程の約束を破り『魔装』を発動した。
光線の勢いに吹き飛ばされないように脚に力を入れながら『妖精女王』は全力で『魔装』に魔力を注ぎ、十秒程続いた光線による攻撃に何とか耐え抜いた。
クオンが取り出した武器による光の奔流が収まった後、体中に小さな火傷をいくつも負った『妖精女王』はすぐにクオンのもとに駆け寄った。
そして今も床に座り込んでいるクオンを見下ろしながら『妖精女王』はクオンに不満をぶつけた。
「いきなりあんなもの使って。……殺す気?」
「いや、その状態で『魔装』使えるとは思ってなかったからちょうどいいかなと思って」
今回の模擬戦の内容は研究局が用意したカメラ及び機材で記録されていた。
全く悪びれた様子を見せないクオンを見て思わずいらついた『妖精女王』は、クオンの額にデコピンを食らわせた。
「いった……」
魔力で強化した力で行った『妖精女王』のデコピンを受けてクオンの額からはわずかながら血が流れた。
まさかここまで相手が怒っているとは思わず、クオンは額を抑えながら涙目で『妖精女王』に恨めしそうな視線を向けた。
「それぐらいで怒らないで。本当は腕の一本ぐらい折ろうと思ったんだけど、怖い男がにらんでるからこのぐらいにしておく」
そう言ってクオンから視線を外した『妖精女王』の視線の先では殺意すら感じそうな程不快気な表情をしたコウガがいた。
そんなコウガに特に恐怖を感じた様子も見せずに『妖精女王』はレイナに視線を向けた。
「結局『魔装』は使っちゃったけど、あなた以外全員倒したから僕の勝ちってことでいい?」
「ええ、構わないわ。後ありがとう。あなたがあの光線防いでくれて助かったわ」
「よけられなかっただけだから別にあなたが礼を言う必要は無い」
そう言ってシュウたちのもとに向かう『妖精女王』に視線を向けながらレイナは自分の障壁の損傷具合を確認していた。
『妖精女王』を閉じ込めていた箱の外にはみ出た光線が訓練室の壁や床に当たるのを防ぐためにレイナは障壁三枚を犠牲にした。
そのため『妖精女王』が光線の残り半分を防いでいなかったらレイナはさらに障壁三枚を犠牲にしてあの光線を防ぐしかなかったので本当に助かった。
レイナの障壁は能力発動の度に新しい障壁を創っているわけではなく、十枚しかない障壁を取り出す様な形で展開している。
障壁自体は破壊されても数時間で修復されるが、障壁の修復が行われている間レイナの魔力は回復しない。
そのため模擬戦で六枚もの障壁が破壊されてはこれから行う戦いに支障をきたすことになっていた。
模擬戦であの威力の武器を使うクオンに呆れればいいのかそれを身一つで防いだ『妖精女王』に驚けばいいのか分からず、レイナは一度ため息をつくととりあえず文句を言うためにクオンのもとに向かった。




