社会科見学
「待って下さい。『妖精女王』さんが今回私たちの仕事に協力することを隠すのは止めましょう」
「えっ、いいのかよ?俺なりに気を遣ったつもりだったんだけど」
シュウはここ最近の機構と王族の争いについてほとんど知らなかったが、例え平時でも機構未所属の『妖精女王』が邪竜の討伐に参加したことが公になったら問題になることぐらいは理解していた。
そのため秘密裏に事を運べる『妖精女王』を助っ人として呼んだというのに、シンラの方から『妖精女王』参戦の事実を公表するというのだ。
ここまで会議を主導していたシュウもこのシンラの発言には驚いた。
「今はデリケートな時期なので下手に隠し事をした方が後々問題になると思います。今回の戦いに女性しか参加できない件も合わせて機構から正式に『妖精女王』さんの件は発表しようと思います」
「それをすると相当反発が強くなると思いますけど……」
シンラの提案を受けてレイナが難色を示したが、シンラはそんなレイナに自分の考えを伝えた。
「王族が今回の件で何か言ってくるようなら私にも考えがあります。シュウさんが隊長に就任した際の経緯を公表します」
この発言を聞きほとんどの隊長が驚いた表情を見せたが、シンラにこの考えを撤回する気は無かった。
シュウの隊長就任時の経緯は機構内でも知る者は限られているが、王族や一部の議員の様に知っている者もそれなりにいる。
ここだけの話など必ずどこかから漏れるものだ。
そう考えてシンラは今回討伐局が『妖精女王』の助力を求めたことを王族、あるいはその息のかかった報道機関が批判するようなら既に前例があると公表するつもりだった。
これにより今のアイギスの平和が首の皮一枚で繋がっているものだとアイギスの市民に知らせることができ、それと同時にミアのシュウへの誤解も解くことができるとシンラは考えていた。
後者はほとんどシンラの個人的な目的だったがこの事実を公表すればシュウへの市民の評価も多少は上がり、各報道機関のシュウへの批判も収まるかも知れないという目論見もシンラにはあった。
とはいえこれまで隠していた事実を公表するのだから、シュウが隊長に就任するまでの経緯を公表したら機構への批判も少なからず起こるだろう。
しかしシンラは面倒事はできるだけ自分の引退前に解決しておきたいと考えており、そんなシンラにとって今回の件は好都合でもあった。
そのためシンラは多少無理矢理にでも今回の件を利用して機構に有利に事を運ぶつもりだったのだが、そんなシンラの思惑を知る由も無いシュウはシンラの提案を受けて面倒そうな表情をした。
今回助っ人として『妖精女王』を選んだのは秘密裏に事を運ぶためで、その必要が無いと言うならわざわざ現場に連れて来てからも面倒な『妖精女王』ではなくテュールをシュウは連れて来ただろう。
戦闘力なら『妖精女王』もテュールも大差無いからだ。
しかし一度『妖精女王』を連れて来ると言った以上ここでテュールを連れて来ると言い出すとまた話がややこしくなりそうだった。
テュールが強さが理由で目立つことを避けたかったこともあり、シュウは結局このまま『妖精女王』を連れて来ることにした。
「とりあえずあのチビを連れて来て戦わせるとこまでは俺がやる。その後のことはじいさんたちでいいようにしてくれ」
「はい。それはもちろん」
「じゃあ、悪いけどクオン、また頼む」
シュウは最近アナス以外にも透明化能力持ちと幻術使いを一人ずつ雇い、三人を交代で機構本部近くに待機させていた。
今日は新人の透明化能力持ちの当番の日で、シュウはクオンの手を借りてその男から透明化能力を借りて街へと繰り出した。
シュウが機構本部を出発してから四十分程が経った頃、機構本部一階の事務局受付前には帰って来たシュウとシュウに連行された『妖精女王』の姿があった。
そんな二人を見たフミナはシュウに声をかけた。
「今日はずいぶんと早いお帰りですね。その子は、……お子さんじゃないですよね?」
「当たり前だろ、何歳の時のガキだよ。せめて妹だろ。まあ、どっちでもねぇけど」
「じゃあ、この子は一体?迷子なら私たちで預かりますけど」
目の前の少女の正体を知らないが故のフミナののんびりとした発言を聞き、『妖精女王』は一切表情を変えることなく自分の通り名を名乗った。
「『妖精女王』と呼ばれてる」
『妖精女王』が名乗りを上げた瞬間、フミナはもちろん受付の奥で仕事をしていた事務局局員、そしてロビーを行き来していた市民たちの動きが止まった。
そんな中動揺しながらもフミナが口を開いた。
「『妖精女王』って、……あの『妖精女王』ですか?」
「あんたがどの『妖精女王』のこと言ってるか知らねぇけど、こいつは俺に三回、いや今日で四回目か、とりあえず捕まった『妖精女王』だ」
名乗った後は知らないと言わんばかりに口を閉じた『妖精女王』に代わりシュウがフミナの質問に答えた。
「どうしてここに?」
「え、何だろ?社会科見学?みたいな感じだ」
「はあ……」
シュウの要領を得ない説明を聞き、フミナは戸惑った。
シュウは問題無いだろうと考えていたが、『妖精女王』を今回正式に女の隊長たちと共に邪竜討伐に向かわせるかはこの後行われる模擬戦で決まることになっていた。
そのため隊長以外は『妖精女王』が機構本部に来た理由を知らず、悪名高い『妖精女王』の出現を受けて機構本部の一階にいた人間はシュウ以外微動だにできなかった。
少しでも動いたら自分が『妖精女王』に襲われるかも知れない。
そんな恐怖から動けずにいた周囲の人間を見て、シュウはこれ見よがしにため息をついた。
「やれやれ、このチビは犯罪者しか襲ったことないんだけど、お前らそんなにやましいことがあるのか?客共はともかくお前らまでびびってるのはちょっとあれだな」
シュウが呆れた表情で事務局局員たちに視線を向けると、彼らは全員がシュウから視線をそらした。
そもそも『妖精女王』が犯罪者しか襲ったことがないというシュウの発言は間違いで、シュウもそれは分かっていた。
そのためシュウのこの発言は皮肉交じりの軽口だったのだが、ここで長々と事務局局員たち及び機構本部への訪問客をからかう程シュウも暇ではない。
シュウはさっさとこの場を離れることにした。
「そんなびびるな。すぐ連れてくから。ほら、受付頼むぜ」
シュウに促されてフミナは受付へと向かい、シュウは隊長が外部の人間を機構本部の二階より上に通すための書類に記入を済ませてから四階へと向かった。
シュウが会議室に入ると隊長たちは既に待っており、会議室でシュウの帰還を待っていた隊長全員の視線が『妖精女王』に向けられた。
そんな中隊長たちを代表してシンラが『妖精女王』にあいさつをした。
「初めまして、討伐局局長のシンラです。今日は危険な邪竜との戦いに参加していただきありがとうございます」
「あなたに礼を言われる筋合いは無い。僕は『千刃』に無理矢理連れて来られただけだから」
そう言って不機嫌そうな顔で空いている席に着いた『妖精女王』にコウガは警戒心を抱きながら能力を発動した。
といっても雷撃を放ったわけではなく、コウガは『妖精女王』から発生する電磁波を感知していた。
見張る様に『妖精女王』の後ろに立つシュウから普段と同じ波長の電磁波を感知した後でコウガが『妖精女王』に意識を向けると、コウガは『妖精女王』から初めて感じる波長の電磁波を感知した。
コウガは『妖精女王』と今日初めて会うので当たり前といえば当たり前だったのだが、自分の予想と違う結果を受けてコウガは一人考え込んだ。
もっともコウガの予想通りなら今行っている確認自体が無駄な可能性も高く、仮にコウガの考えが当たっていたとしてもコウガはもちろん他の隊長たちが困るわけでもない。
そのためコウガは人知れず確認を終えると何も言わずに会議の流れを見守った。
「さてとこのままこいつら四人とこのチビで模擬戦するってことでいいか?」
「はい。シュウさんの推薦な以上間違いはないでしょうが、それでも一度この目で『妖精女王』さんの力を見ておきたいですから」
わざわざ危険を冒してまで外部の、しかもまだ十歳かそこらの少女を戦わせるのだ。
これから『妖精女王』と戦う女性陣には悪いが、『妖精女王』が四人を軽く蹴散らせるぐらいの力を見せてくれなくては割に合わないとシンラは考えていた。
そして隊長たちが今は使われていないシンラに割り振られた訓練室に向かっていた道中、クオンはシュウに話しかけた。
「ねぇ、透明化能力返して」
「いや、今回の件が終わるまではこのままにしといてくれ。あのチビがいつ逃げ出すか分からねぇし」
「ふーん」
シュウの予想通りの返事を聞き、クオンは能力を発動した。
その結果予想通りの結果を得てクオンはつぶやいた。
「やっぱこっちに当たり判定無いんだ」
「ん?今何かしたか?」
シュウのこの質問を受けてクオンは今自分が行ったことをシュウに伝え、それを聞いてシュウだけでなく『妖精女王』までがクオンに視線を向けた。
「おい、何かあったのか?」
クオンが『妖精女王』と並んで歩くシュウに近づいただけでも生きた心地がしなかったというのに、その後で『妖精女王』がクオンをにらみつけたのだ。
コウガは慌てて前にいる三人に声をかけたのだが、クオンからは問題無いという返事が返ってきた。
その後もクオンはシュウと話を続けた。
「誰にも言わないから安心して」
「ちっ、やっぱ分かるか」
今回『妖精女王』を機構本部で隊長たちに会わせるにあたり、二つの不安要素があるとシュウは考えていた。
一つ目の不安要素は一般の隊員はそれぞれの訓練室で待機しているのでおそらく大丈夫だとシュウは考えていたが、二つ目の不安要素、クオンは隊長であるため避けようがなかった。
しかし付き合いの長いクオンなら余計な真似はしないだろうともシュウは考えており、実際クオンは先程行った確認の結果を受けても特に騒がなかった。
「でも大丈夫?今回は意味無いんじゃない?」
シュウの狙いを知ったクオンの質問を受け、シュウは今度はいつも通りの笑みを浮かべた。
「俺の説明ちゃんと聞いてたか?」
「ああ、だったら今日は楽勝」
シュウの発言を受けてクオンはこれからすぐに『妖精女王』と、そしてその数時間後にSランクの邪竜と戦うという状況にふさわしくない楽観的な発言をし、それを聞いたシュウは珍しく弱気な発言をした。
「どうだろうな。『妖精女王』は邪竜と戦うの初めてだし、楽勝とまでいかないと思うぜ」
自分の頭を指差したシュウを見てクオンは安心した様子だったが、一方のシュウは今回の件にわずかながら不安を持っているようだった。
そんなシュウを見てクオンは何か言おうと思ったが、結局は何も言わずにコウガのもとに戻った。
「何の話をしていたんだ?」
「別に大した話はしてない。透明化能力返してもらって、『妖精女王』の見張りしっかりしてって頼んだだけ」
先程のシュウとクオンの会話はコウガを含む他の隊長たちにはほとんど聞こえなかったが、それでもシュウの反応を見るに単にクオンが頼み事をしているという雰囲気ではなかった。
そのためコウガは自分の説明をはぐらかそうとするクオンをさらに問い詰めようとしたが、おもしろそうに笑うクオンを見て問い詰めるのを止めた。
この状態のクオンは不機嫌な時より厄介で何を言っても無駄なことをコウガは経験上知っていたからだ。
シュウがクオンの前で自分の頭を指刺した意味も先程辛うじて聞こえた『当たり判定』という言葉の意味もコウガには分からず、幼馴染とシュウが自分には分からない共通言語を持っていることにコウガはいら立ちを覚えた。
コウガのこのいら立ちにはクオンも気づいていたが、先程のシュウのやり取りは他の隊長たちに聞かれても大丈夫なようにわざとあの様な話し方をした。
そのためクオンに先程のやり取りを説明する気は無く、訓練室までの道中をクオンは不機嫌そうな幼馴染の顔を見ながら笑顔で歩いた。




