助言者
リンドウがサンヨウと酒を酌み交わしていた頃、シュウは昨日同様アイギスの西側でAランクの邪竜二体を倒していた。
今回は邪竜の出現を機構本部にいる時に察知できたのでシュウは刀と『飛燕』を装備していた。
そのため邪竜自体は問題無く倒せたのだが、さすがに二日連続ではぐれが出たとなると倒して終わりとはいかなかった。
「これで明日も来たら笑うけどな」
「もし明日も出たらまたあなたが戦うんですか?」
シュウが邪竜の出現を察知した時、シュウはサヤ相手に訓練を行っていた。
そのため今日のシュウの戦いにはサヤが同行しており、普段と違い一切遊びの無かったシュウの戦い振りにサヤは改めて魅了されていた。
シュウはサヤのこうした視線には気づいていたが、好意にしろ悪意にしろ特別な感情を向けられることには慣れていたので特に気にせずにサヤの質問に答えた。
「そうだな。もし明日も邪竜が出たらお前らの『貪る氷槍』試してみようぜ。Aランク二体程度なら俺一人でどうにでもなるし」
「ギオルさんが来てくれるでしょうか?」
「残業ってことにすりゃ来るだろ。邪竜が出ても出なくても五万も払えば割のいい仕事だろ?」
時給五万の仕事など非合法以外ではそうそう見つからないだろう。
そう考えたシュウはサヤにギオルへの伝言を頼みながら本部へと帰った。
七月七日(火)
この日の夜、シンラはリンドウと共にアイギスの西でAランクの邪竜二体を倒していた。
昨日の夜にもAランクの邪竜二体が現れてその二体はシュウとギオル、サヤが倒したのだが、今日の邪竜に関してはさすがに面倒だとシュウが出撃を断った。
既に三日連続で出撃していたシュウに今日の出撃まで頼むわけにはいかず、シュウ同様邪竜の出現を察知していたシンラはリンドウと共に出撃した。
Aランクの邪竜二体は問題無く倒せたのだが、四日続けてはぐれが出現、しかも来た方角まで同じとなると機構としてもいつまでも受け身ではいられなかった。
アイギスの周囲の見張りを担当している者にアイギスの西側に何か変わったものがないか探るように頼んだので、その内連絡が来るだろう。
そう考えてシンラとリンドウは一度本部へと帰った。
七月八日(水)
この日の早朝、アイギスの西に奇妙な物体を発見したという報告を受け、シンラはすぐにセツナを除く全隊長を招集した。
「アイギスから西に二百キロ程行ったところに巨大なドーム状の何かを発見したとの報告がありました」
隊長たちが集まって早々、シンラはアイギスの西側の調査を行っていた者たちから送られてきた映像を壁のスクリーンに映した。
スクリーンに映された映像は距離もあったことからそれ程鮮明ではなかったが、隊長たちが見たところシンラの言う巨大なドーム状の何かはAランクの邪竜すら難無く入れる程の大きさだった。
「これから邪竜が出てきてるってことですか?」
はぐれの出現を立て続けに予知できず研究局の局員たちは連日徹夜続きだった。
そのためクオンは現時点で疲れ果てており、そんな状況で今回立て続けに現れたはぐれの原因らしきに物体が見つかったためクオンはすぐに反応した。
そんなクオンの反応を見ながらシンラは現時点で分かっていることをこの場にいる全員に伝えた。
「このドームに触れた職員からの報告によると、このドームに手で触れても特に害は無いそうです。硬さは討伐局で使われている銃では傷一つつかず、中に入ることはできなかったそうです」
「つまり中に邪竜がいるかどうかも分からないってことか?」
「はい。そうなります」
シュウはシンラからの報告を聞き質問した後しばらく考え込んだ。
しかしその時間はそれ程長くはなく、シュウはいつも通り余裕の表情で口を開いた。
「まあ、いい。邪竜がいてもいなくても俺が行けばどうにでもなるしな」
「一応中にSランクがいると想定してシュウさんを含む三人で行ってもらおうと考えています」
シンラのこの提案に自分以外は誰でもいいと考えていたシュウは特に反対せず、今回ドームの破壊に向かうのはシュウ、リンドウ、アヴィスの三人に決まった。
「ところで今回『瞬刃』持って行っていいのか?」
実際に使うかどうかはともかく今回シュウたちが壊そうとしているドームの大きさを考えると『瞬刃』が使えるかどうかで選択肢は大きく変わる。
そう考えてのシュウの質問を受けてシンラは申し訳無さそうに謝った。
「すみません。『瞬刃』と『グングニル』は邪竜がアイギスから十キロ以内に入った時にしか使えないということになっています」
シンラとレイナはこの二つの武器の使用制限を解除すべく何度も行政府の担当部署に掛け合っていたが、色よい返事はもらえていなかった。
「……俺の会見の件もあるし一回政治家連中はまじでしめとかねぇと駄目みたいだな」
役に立たないだけならシュウも我慢するが、こちらの邪魔をしてくるとなると話が別だった。
かといってそう何度も戦い以外のことに時間は割きたくないので、どうせやるなら派手にやろう。
そうシュウが考えていると、今回の議題と関係無い物騒な発言をしたシュウに他の隊長たちの視線が集まっていた。
それに気づいたシュウにシンラが話しかけた。
「武器の制限については私たちの方で何とかしますのでもう少し我慢してもらえませんか?」
「悪いけど俺、守る気無い約束はしないことにしてるんだ。だから諦めてくれ」
シュウのこの発言を聞きこの場にいるシュウ以外の全隊長が警察沙汰を覚悟し、そんな同僚たちの気持ちを知ってか知らずかシュウは話を続けた。
「安心しろよ。俺もそこまで暇じゃねぇし、来月の会見までは大人しくしてる。それに会見でも法に触れるようなことは、いやあれはアウトか。……まあ、とりあえず暴力は振るったりしないから安心しろ。それより話進めようぜ。二百キロも離れてるとなると早めに出ないとな」
これまで通り邪竜が夜に出現するなら時間的にはまだ余裕があったが、片道だけで車での移動を二時間以上するのだ。
長時間車に揺られた後、現場に着いてすぐの戦闘はシュウも避けたかったので早く現場に向かうに越したことはなかった。
シュウの先程の発言はとても聞き流せるものではなかったが、それでも今は連日アイギス近辺に出現している邪竜への対応が先だ。
そう考えてシンラは会議の終了を宣言した。
会議後すぐにシュウたち三人は準備を終えてそのまま車でドームのある場所に向かおうとしたのだが、アイギスを出てすぐに後部座席にいたシュウが車を止めるように言った。
シュウの指示に従いアヴィスが車を止めると、その後助手席に座っていたリンドウが口を開いた。
「どうした?また別の邪竜か?」
今回も討伐局の人員を分断した上で創造主が同時に二ヶ所での戦闘を仕掛けてくる可能性があった。
その可能性に備えて今全ての討伐局局員たちが機構本部に集められていたが、全ての局員が集まるにはまだ時間がかかるだろう。
そのためシュウの返答次第では自分たちの出発を遅らせようとリンドウは考えていた。
リンドウたちの出発は別に数時間遅れても問題無かったからだ。
しかしシュウの返答は要領を得ないものだった。
「いや、邪竜っていうか、何だこれ?こんなの初めてだな」
そう言ってシュウはリンドウにもアヴィスにも視線を向けずに空を見上げていた。
そんなシュウを前にリンドウもアヴィスも困惑していたのだが、三人の困惑は長くは続かなかった。
どこからともなく声が聞こえてきたからだ。
「驚いたな。私が声をかける前に気づくとは」
突然の声にシュウたちが警戒心を抱く中、車の進行方向に一人の少年が現れた。
「誰だ、お前?」
突如として現れた見たところ十代前半の少年を前にリンドウとアヴィスが反応できずにいる中、シュウは明確な敵意を込めて少年に視線を向けていた。
そんなシュウの視線に臆することなく少年は自己紹介をした。
「私は『創造主』だ。今日はお前たちに助言をしに来た」
「へー、『創造主』様が直々に来て下さるとは思ってなかったぜ。で、どんな助言下さるって言うんだ?」
自分を『創造主』だと言う少年を前にリンドウとアヴィスはなおも困惑していたが、シュウだけは少年の言葉を信じていた。
目の前の相手に何をしても勝てないと感じたのは生まれて初めてだったからだ。
そんなシュウの驚きをよそに『創造主』は話を進めた。
「お前たちが今から破壊しようとしている繭の中には女しか入れない。だからお前たちが行っても無駄だぞ」
「なるほど、それは前もって教えてもらえて助かったぜ。二時間かけて行って戦えなかったじゃ笑えねぇからな」
「お前たちの戦いを見たい私としても無駄な時間は避けたかったからこうして助言に来た。お前や雷使いの活躍だけ見せられてもつまらないからな」
「なるほど、でもどうせアドバイスするなら本部出る前に言って欲しかったぜ。本部に戻るだけでも一時間ぐらいかかるんだぞ?」
助言に来るのが微妙に遅かったことに文句を言ったシュウに『創造主』は自分の事情を伝えた。
「楽しみが減るから街の中はのぞかないことにしているんだ。時間を無駄にさせたというならそれは謝ろう」
「ふん。さすが邪竜なんてもの送り込んでくる奴だ。さっきからずいぶんと勝手なこと言ってくれるぜ。この場で殺してやりたいところだがどうせお前殺しても無駄なんだろ?」
シュウは既に『創造主』と数分間話していたが、目の前の少年からはまるで存在感というものが伝わってこなかった。
その上『創造主』の髪からはまるで生気が感じられず、目の前の少年が生物かどうかすら疑わしいとシュウは考えていた。
それを踏まえてのシュウの質問に『創造主』は特に誇るでもなく答えた。
「ああ、今お前たちが見ている私は仮の姿だ。別に攻撃しても構わないが意味は無いぞ」
「なるほど、女以外が行っても無駄だって言うなら出直すしかねぇけど、逆に言うと女なら問題無くその繭とやらの中には入れるんだな?」
せっかく噂の『創造主』がこうして自分たちの前に顔を出したのだから、聞けることは聞いておこう。
そう考えてのシュウの質問に『創造主』は穏やかな口調で答えた。
「ああ、あの繭は女の侵入を一切拒まない。そういう風に創ったからな。ついでに教えておくとこの前お前の同僚がしたように姿を消して侵入しようとしても無駄だぞ。繭は触れた者の心を読んで侵入者を識別しているからな」
シュウは先月の自分たちの戦いの記録は見ていなかったので、『創造主』の言う同僚がレイナのことだとは分からなかった。
しかし『創造主』の発言の別の部分にシュウは心の中で食いつき、繭とやらに対する対策を考えながら『創造主』にあることを頼んだ。
「お前が『創造主』だっていう証拠見せてくれねぇか?実際に会った俺はともかく他の隊長たちに今の話信用してもらおうと思ったら何か証拠が無いとな」
シュウに証拠を見せてくれと言われ、『創造主』が今日初めて表情を変えた。
何をすればいいか分からなかったためで、そんな『創造主』を見てシュウは要望を伝えた。
「そんなに派手なことしてもらう必要無いぜ?Aランク一体召還してもらえば十分だ」
「何だ、そんなことでいいのか」
『創造主』がそう言った次の瞬間には『創造主』の背後にAランクの邪竜が姿を現し、それを見てシュウはリンドウとアヴィスに声をかけた。
「俺こいつともう少し話するからあれは二人で倒してくれ」
そう言って邪竜に目もくれないシュウに驚きながらも、リンドウとアヴィスは邪竜との戦闘を始めた。
そんな二人をよそにシュウは『創造主』との会話を続けた。
「今のお前は仮の姿ってことだったけどお前の本体殺せば邪竜は出なくなるのか?」
「……意外だな。お前は戦いを楽しんでいると思っていたのだが」
「ああ、俺は戦うの大好きだぜ。でもどうやら戦うのが嫌いな奴の方が多いみたいでな。俺空気読める方だからお前殺せば片がつくっていうなら、お前を殺してそれで終わりだ」
そう言って刀に手を伸ばしたシュウの発言を聞き、『創造主』はわずかに笑みを浮かべた。
「今のお前と戦う気は無いが、後何度か私の試練を乗り越えることができたら直接戦ってやろう。それまでは精々私を楽しませてくれ」
そう言うと『創造主』は姿を消し、周囲に妙な気配が無いことを確認したシュウは既に戦いを終えていた二人と共に急いで機構本部に帰った。




